私はサキュバスだ。
尤もサキュバスも人間も本質的には変わらない。種族的には亜種みたいな存在だ。
以前は空想の存在と知られていたが、細かな調査の末、別の生き物と言う結論に至った。
勿論、創作のサキュバスと私達は無関係だ。
しかし、人間の男性を誘惑するホルモン――世間で言うフェロモンを放出するし、遠隔的に男性の体力を自分のモノにする能力がある。
人間として暮らし、人間との子を授かり、人間の子を育むが、一定の条件で遺伝子を伝達させていて、世に言う隔世遺伝を行う。
この遺伝子はトラップのようなモノで、人間であれば誰でも発動する可能性があるのだが、それは思春期を超えた女子を血液検査するしかない。
私は中学校に入って初めての健康診断で、サキュバスと診断された。
確かに小さな頃から男子にモテる感じはあった。
サキュバスである事は限られた人しか知らない筈だが、しかし男にはモテるのだ。
中学生と言う事もあって、男の方も恥じらいがある。
やたら集中されるとか、切っ掛けを求めて、いらぬ会話をする男子とか、色んな子がいた。
しかし、私はサキュバスなので、彼等の"性の鼓動"が分かる。
これを浴びると、何となく体力を回復する事が分かる。
あぁ、私は本当にサキュバスなのだと。
サキュバスとは言え、普通に生活していれば人間と変わりはない。
栄養補給を気にして、ストレスを貯めないように気をつければ、サキュバスとしての性質を出さなくて済むという。
サキュバス向けの研修として、先輩サキュバスにインタビューした動画を見たことがあるが、自分の好きな人に素直な好意が寄せられるので、むしろ便利だと言う話まで聞く。
私としては男子のそう言う股間から出てくる波動を感じるのが嫌いだ。
自分自身がサキュバスである事を、まざまざと見せつけられるような気がした。
自分の事を何度恨んだだろうか。
自分の事をどれほど嫌だと思っただろうか?
高校は、男子を嫌って女子校に入ったので、幾ばくか平穏な日々を送ることが出来た。
しかし、大学はなんだかんだと共学しかない。
私は法学の勉強がしたかった。
法律でこのサキュバスの立場をどうにかしたいと思っていたからだ。
共学の総合大学。普通に言えば普通の大学だ。
入学から様々な男性からの熱い眼差しを向けられる。
それが好意であることも、表向き理性で本能を押さえつけているのだとしても、それは憎悪でしかなかった。
俗に言う好々爺と言える名誉教授の講義の時でも、講堂の多くの生徒の中から、私一人に差し向けられた矢印を感じる。
これは男性の本能に従う自然なものなのだと諦めるしかなかった。
法学部と言っても、全員が弁護士や裁判官、検事に向かうとは限らない。
むしろ、そう言う法学部の方が少ない。
法学部がある大学だって、現役合格率なんて知れている。
私は自分の頭の限界を感じて、結局普通の会社の普通の社員として雇われることとなる。
人生なんてこんなものだ。
当然リーガルな部署に就くことはなく、営業事務兼生産管理みたいな仕事をすることになる。
営業は当然男ばかりだが、しかし仕事を選べる時代でもない。
我慢しつつ生きるしかないし、大学生のウチに男をいなす技術は覚えたつもりだ。
男が言い寄れば、「年収幾ら、身長幾ら、長男ではない、持病なし、××な思想に共鳴して、学歴は……」なんて並び立てれば、大抵の男はイラっとくる。
幾らフェロモンが強かろうと、こんな特定の思想に傾倒したヤバイ女とお近づきになりたい男なんていない。
勿論、男でも俺はフェミニストですよと言う顔をして近付いてくるハイスペ男はいるのだが、しかし性欲の鼓動を感じないでいた人間なんていない。
男なんて、どう足掻いたところで、女とヤリたいだけなのだ。
勿論、それで男を責める訳にはいくまい。そう言う風に進化し続けたのが人間であり男であるのだから。
そんなある日、小さな三次店の営業と面会する事があった。
勿論、事務的なやり取りだ。
商社にはメーカーと結びついている一次店があり、そこがやり取りする会社を絞った二次店がある。私はその二次店の一つで働いている。
さらに下に三次店、四次店なんて続く。
この各段階で無駄な口銭が発生するのだが、年収何千万みたいな一次店の営業が、たかだか年間何百万みたいな商社との営業に使える時間はないし、与信管理がとんでもないことになるので、こんな構造になるのだ。
たかだか数パーセントの口銭を節約するより、そっちの方が合理的だろうと言う訳である。
三次店とは言え、普通は営業とやり取りしている。
しかし、営業が急病になって、その上、緊急でちょっとしたやり取りをしなければならなくなった。
営業と電話を繋ぎつつ、三次店の営業と話をする必要が出てきた。
登場した男は一言で言えばイケメンだった。
その会社の次期跡取りとして、今は営業を勉強しているらしい。
今まで沢山のイケメンを見てきたけど、心がこんなに掴まれるイケメンはいない。
出逢ってきた男は、どんなに顔が良くて、スタイルが良くても、必ず性的なイメージを抱かずにはいられなかった。
それはサキュバスとしての能力に他ならない。
世間的には清廉潔白な人間であっても、私はそれを感じないでは済まない。
だが、彼はそれを一ミリも感じることがなかった。
こんな男の人がいるのだとときめいてしまった。
恋と言われればそうかも知れない。
彼の事を考えないでは済まなかった。
暫く手が付かなかった。
他の人から割と冷静で淡々と仕事をこなす人間だと思われているので、周囲からも心配された。
なるべく冷静でいようと思ったが、彼の事で頭がいっぱいになってしまう。
ヤバイ。
こんなに人の事を考えるなんて初めてだ。
ここでやたらめったらウブな振りをし続けるにも限界がある。
これが恋であり、私は彼の事が好きになったのだ。
彼は紳士的だったし、落ち着いていて賢そうであった。
尤も、私が今まで言い訳にしてきたアレコレが彼と合致しないとしたとしても、そんなものは関係なかった。
彼とのあれこれを妄想してしまうし、彼の事を調べてしまう。
そんな私自身がちょっと嫌な気がする。
その上、私がサキュバスだと知れたら彼は嫌がるだろうなと言う気もしていた。
しかし、その後、彼と私が直接電話する機会も少なくなかった。
彼の事務所は同じ街である。
ふと、雑談に及んだときに「今度、晩ご飯でもどうですか?」と誘ってしまった。
彼は「僕なんかでいいんですか? 案外失望する人多いですよ?」と言う野田。
「とんでもない!」
私と彼は約束した。
そして彼オススメのお洒落な創作料理のお店に入る。
彼は話の面白い人で、とても女性の気持ちを汲み取れるタイプの男の人だった。
「女たらしって言われるでしょう?」
私が笑うと「バレました?」と笑い返してきた。
「その……今日って金曜日ですし……」
彼は言う「お誘い有難いんですけど、詐欺だと言われる前に言っちゃいます。
僕……戸籍上は女なんです。
別に手術とかもしてませんよ?」
全ての謎は解けたが、しかし私が彼を好きだという気持ちは止められなかった。
私は彼を受け入れ、彼も私がサキュバスということを理解してくれた。
それだけでも人生の七割方の幸せを手に入れた気がする。
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