「提督……やっと二人っきりになれたね」
緑色のセーラー服、薔薇色の瞳に、赤みがかった褐色の長い髪。
一人の少女が、机の上に座り込んで、僕の顔を覗き込む。
「最近、出撃ばかりで大変だったの……髪も傷んじゃうし……」
彼女は、艶っぽい言葉をぽつりぽつりと繋いでいく――「如月さん!? 僕は人間で、君は駆逐艦で……」
僕は僕の言葉によって、理性を押さえつけようとする。"彼女は人間じゃないんだ! 彼女たちはただの艦艇だ!"と。
しかし、個性的な彼女たちは、そうした人間側からの差別にも動じる様子などない――事実上、彼女たちにとって、相手に出来る人間は、僕ともう一人しかいないのだから。
「あんた、何やってるのよ……」
如月の肩越しに、叢雲の仁王立ちが見える。そう、彼女も駆逐艦である。
肩を震わせ、怒りに唇が小刻みに引きつる。
白い肌は、茜色の瞳を一層引き立て、その性格を物語るように燃え上がっていた。
「執務室でこんな事やるなんて、頭大丈夫? よく、こんなお馬鹿で、提督なんてやってられるものね!」
にじり寄ってくる形相が、可愛くも恐ろしい。
「これは違うんだ! ほ、ほら、如月さんも……」
「え~っと。
叢雲ちゃんも一緒にどう?」
もう弁解の余地などない。
僕は叢雲さんに、胸ぐらを捕まれ、壁に押し付けられる。小柄とは言え実体は軍艦だ、人間の力でどうにかなるものではない。
「今日という今日は――」
本気で殺されるんじゃないかと脅えた。
日本男児がどうのこうの、帝国海軍がどうのこうのを超越して、本気で漏らしそうになったのは、誰にも言えない。
この窮地を救ってくれたのは、大井参謀だ。
「この馬鹿者共!」
一喝が木霊すると、全員が動きを止め、全員が注目する――視線の先には、小柄な少女。見た目は、尋常小学校で授業を受けていそうな女の子だが、こう見えて僕よりも二回りか三回り年上だ。
二十年前の災厄の時、"劇的な変化"を経験した一人だという。
この国で、彼女たちと言葉を交わす事の出来る、もう一人の人間である。
「小娘と遊んでいる暇があったら、さっさと出航の準備をしろ!」
二十年前のある時期を境に、地球環境は激変した。
はっきりした統計は出されていないが、世界の人口は数百分の一から、数千分の一になったと推測される。
我が国の人口も、一億弱から十五万前後にまでに激減し、出生率は近年の医療技術の向上を以てしても、以前の水準に遠く及ばない。
この異変の、原因の一つと考えられるのは、地球から百光年ほど離れた恒星での超新星爆発である。
その星は、月の数百倍の明るさで青白く輝き、三ヶ月の間、強力なガンマ線を浴びせかけ続けた。
癌の発生率は有意に上昇したらしいが、正確な調査は行われていない。
人口動態調査や疫学調査が行われないのは、世界がそれどころじゃなかったからだ。
超新星爆発だけでは説明の付かない出来事が頻発した。
一つは気候の温暖化である。幸い、我が国では、農作物の生産性が向上したが、大陸では乾燥化が進み、僅かな水源を巡って、戦争が繰り広げられている。
温暖化は、熱帯性のマラリアに限らず、様々な感染症の流行を呼び寄せた――それと同時に、病原体不明の感冒が蔓延した。
様々な症状が入り乱れた事が、医療の混乱を招き、その混乱が死者を呼び寄せ、また混乱するという具合である。
この惨状は、十年ほど続き、僕が子供の頃、友達が沢山死んだのを憶えている。
また、温暖化は海水面の上昇を招いた。概ね世界の三割の土地が失われたと言われる。
但し、海に沈む傾向は、地域によってまちまちで、海面上昇以上に地盤の沈降を唱える学者もいる。
我が国は幸いな事に、数パーセントにとどまっているので、彼らの説は正しかろう。
そして、それ以上に人類の歩みを止めさせたのは、深海棲艦の発生である。
それは、外洋に多く出没する、半有機/半無機物の"何か"である。生物なのか自動機械なのか分からないが、艦船を襲い、これを喰らう。
人類の所有する艦艇の様に、砲雷撃を行うため、過去に沈んだ艦艇の怨霊だと言う噂も出ている。
船という船、見つかれば間違いなく攻撃を受け、多くの場合、無傷では済まない。
我が国に限ると、それまでは600万トンの輸送船を保有していたが、数年で570万トン以上が沈められた。
海軍だって、手をこまねいていたわけではない。護衛用の艦艇は沢山出していた。末期には、戦艦まで包した大護送船団を用意したらしいが、帰ってきたのは二隻の駆逐艦だった。
拿捕は愚か、撃沈だってままならなかったという。
これらの通商破壊により、世界の物流、経済は停滞した――この事態により感染症の猛威が鎮圧されたというのだから、皮肉なものである。
このまま、人類は有史以前の生活に戻るのか? そう思われた一年前、彼女たちはやって来た。
部屋を追い出された僕たちは、尤もらしい顔をして、埠頭を闊歩する。
"提督"なんて立場は、『彼女たちと言葉を交わす事が出来る』と言うだけの理由で決められ、海軍兵学校も出ていないのに少尉と言う事になっている。
大井参謀は、そんな僕の教育係兼、お目付役でもあるのだ――そんな事もあって、港で偉い顔なんて出来ない。
「あの娘さんは、何て言ってるんです?」
補給作業を監督している士官に訊ねられる――彼は彼女の姿を見ることは出来ても、言葉を理解出来ないのだ。
「もう少し、丁寧に作業してくれると嬉しいかなって……」
本当は、もっと激烈な言葉を使っていたが、僕や彼女の立場の微妙さから、それをはっきりと言うことが出来なかった。
上手く説明できないが、彼女たち――艦娘と呼ばれるが――は、霊魂だか生き霊みたいな存在で、艦船を依り代としている。
たった一人で、操船し砲撃や雷撃を行えるのだから、それ以上の説明は出来まい。
そして、彼女の姿が少女の形として見られるのは、ざっと見渡して二割ほどの人間に限られる。他の人は、程度の差があり、影のように見えるとも、ピクトグラムのように見えるともいう。
二割の人間の中から更に、彼女の語る言葉を聞き、また僕たちの言葉を伝えることが出来る人間となると、確認されているだけで、僕と大井参謀の二人だけとなる。
僕のような能力者が他にもいるかもしれない――海軍は必死になってそうした人材を探しているが、未だに見つからないでいる。
出航の準備と言っても、僕がするのは、出航前の記者会見だけだ。
一言二言喋って、お偉いさんの演説があって、そのまますぐに出航する。
この出航は、重大な任務である。
無線での通信と、飛行機を使った命がけの渡航を除けば、我が国が他の国と接触するのは、もう十年以上もなかったことだ。
駆逐艦三隻で南西諸島まで出掛けて、外交官を送り届ける事が主たる任務である。
そして、ボーキサイトを手に入れる事も忘れてはならない。
我が国では、有望なアルミニウム鉱石が算出しないため、代わりに明礬石やゼオライトを利用している。但し、この方法では、潤沢な量を用意できるものではない。だから、ボーキサイトの輸入は喫緊の課題なのだ。
資源のことを言えば、全般的に足りないと言えば足りない。
電力は水力発電を主力とすることで、燃料の消費を防いでいるが、それでも石油、ガスの産出量は知れたものだ。
石炭の液化も研究しているが、ガソリンや軽油を得るのに、十分な成果を出していない。
鉄鉱石の産出も、お世辞にも十分と言える量ではない――海軍が軍艦を新造できなかった理由はここにある。
その他の地下資源にしても、一通りの鉱物は産出するが、産業として成り立たせるには不十分なのだ。
隣のバースに移動すると、沖仲仕が遠くで、くだを巻いているのが見える。
「おい、やめておけよ。
あんな得たいの知れないものと関わったら、碌な事にならねぇよ。
あの提督殿なんか、恥ずかしくて街に出られないみたいじゃないか」
遠巻きに僕と娘達の事を覗っている――喧嘩を売りたいのだろう。わざと聞こえるように話している。
他の人から、僕が避けられている理由は沢山あるから、もう、細かい事は考えない事にしている。
人からどのように見られようと、僕は彼女たちが可愛く見えるんだ。それ以外の何が必要だというのだろう。
「提督、あの人間、何をこそこそ喋っているの?」
言葉は届かなくても、表情や態度から悪意は伝わるものだ。
叢雲は苛立ちを隠さない。
「気にするな。僕がいい給料貰っているから腹を立てているだけだよ」
勿論、艦娘に対して酷い言葉も放っていたが、彼女たちがトラブルを起こさないようにするのも、僕の仕事の一つだ。
「何それ、人間のクセに生意気ね」
僕は、反射的に彼女の手を掴む。どう考えても、一発シメに行くつもりだ。
「これ以上、トラブルを起こさないでくれ」
懇願する僕の態度と対照的に、毅然と答える。
「私達が戦って、貴方達が補給する。
全く平等な関係の筈でしょ? 貴方達が私達の事、養っているつもりでいるなら、私達は他へ行くわ」
強気な彼女に対して、僕は咄嗟に「ごめん。謝るよ……」などと言ったから、彼女の怒りに更なる油を注いでしまった。
「全人類を代表して謝ってるつもり?」 / 「反射的に謝られたって、全然届かないんだけど!」 / 「大の男が意味もなく頭を下げるんじゃないわよ!」
それを如月と子日が必死に押さえてくれた。でも、怒りは収まらないようで、仏頂面を見せつけていた。
「子日は美味しいお菓子が食べられるから、今のままの方が良い!」
元気よく答えると、追うようにして如月が囁く。
「提督がそばにいてくれるから、この港にいてもいいかなぁ」
それらの宣言に、叢雲は、焦ったような困ったような顔を隠すように、そっぽを向いた。
「ほ、本気で言ったんじゃないんだからね!」
彼女たちは、一年前のある日、人類の前に現れた。
燃料と弾薬、そして人間の姿にあるときは、甘いものや清潔な住居を求め、その代わりに深海棲艦の脅威から我々を救ってくれると約束した。
当時、海軍の艦艇は駆逐艦と軽巡と合わせて四隻しかなかったし、そもそも、政府もその消耗率の激しさから、僅かな労働力を割く事を渋っていた。
意気消沈していた司令部は、諸手を挙げて彼女たちの提案を呑んだ――不足している資源を南西諸島や太平洋から輸入できれば、国に対する影響力を回復できるだろうというスケベゴコロも影響した。
そして、一年間の、近海での航海訓練や交戦経験を経て、今、満を持して、南西諸島へと向かう。
記者会見で、僕は「お国のためにも何としても任務を完遂する」と言うようなことを、台本通りに、形式張った言葉で述べた。
続いて、総司令からのお言葉が始まる。
話は長かったが、威勢が良かったので、眠くならずに済んだ。
根っからの軍人と褒めれば良いのだろうか? その大音声は、しっかりと聴衆の耳に届いた。
例えば、「遂に、この綿津見を、我々のもとに取り戻す時が来たのだ!」だの「これは皇国の興亡のみならず、全人類にとっての未来が掛かっている」だのと言う文言は、自尊心を失いつつある我が国の国民に、それらしい希望を与える役目を持っていた。
出航――本来であれば、多くの人が甲板を埋め尽くして、それは華々しい光景だったろうに……
海軍が用意できた人員は、ダメコンの為の僅かな機関兵と主計士官だけだ。そこに、外交官が数人加わるだけである。
僕と大井参謀、二人が同時に死ぬのは許されないので、彼女はお留守番となる。
淋しいと嘆いていても仕方ない。今後も船も兵員も調達出来る見込みもないのだから……
僕と関係者は、一緒に叢雲に乗艦することになった。
しかし、彼らから話しかける事は滅多になかった。僕が、"影のようなもの"に楽しげに話しかけているから、気味悪がられているに違いない。
彼女が艦として動いているとき、女性としての姿は消え、艦全体から聞こえる声を聞くことになる――傍から見えれば独り言だな。
行くところがないと、取り敢えず艦橋へ向かう――船の中で人が行う仕事の殆どは、彼女一人で済ませてしまえる。海図は予め渡しておけば、一両日中に暗記してしまう。僕の仕事は、本国からの命令を彼女に伝達して、また敵と出くわした時、逃げるのか、戦うのかを決定することにある。
「ベタベタ触わるな!」
考え事の余り、無意識に手摺を撫で回していた。
彼女の目は、艦内の至る所にあるようで、部屋で"変な"事をしようものなら、猛烈な抗議を受けることになる。
「ただの手摺だろ!」
売り言葉に買い言葉。
散々言い合った挙げ句に、僕が折れる事で決着した。
人間にとってはただの手摺だが、彼女にとっては、身体の一部なのだ――そのように考えると、僕らや機関兵、そして積荷をその胎内に積み込むと言う事は、彼女にとって、気分の良いことではないのかもしれない。
彼女を旗艦にした理由は、消去法でこうなったとしか言いようがない。
子日は四六時中甲高い声で話しかけてくるので、夜になっても眠れやしないし、如月は僕を脅しおちょくる為に、妙なところで嬌声を発っするため、怖くて、艦内を移動することさえままならない。
怒ると怖いが、叢雲が一番過ごしやすいのだ。
ありきたりな表現だが、海は果てしなく広がっている。
走れど走れど、四方に海原が続いていて、"誰か"に出くわすのは、殆ど奇跡的にさえ思える。
艦隊戦の背後では、索敵の的を絞る人類の英知が発散している。情報戦や心理戦――相手の行動や意図をどのように察知し、また、予測するか。
そうした高度で知的な戦いがそこに存在しているのだ。
尤も、海のバケモノには、それが通用しなかったから、海軍の今がある訳だけど。
航海は順調だった――二日目の夕方、ハグレの駆逐艦に遭遇したが、三人は上手く散開して砲撃を避けつつ、子日が魚雷で仕留めた。
これは、過去一年間の間に、訓練航海で何度か出くわした敵だ。陸から遠く離れなければ、出てくる敵はこの程度なんだろう。
航海は、平均14ノットで進み、四日目の夕方に大陸の港湾都市――元と付けておくべきか――に到着する。
大陸では、群雄割拠の戦国時代に突入していて、内陸では血で血を洗う内乱を繰り広げている。
ヨーロッパへ、アフリカへ、全て陸続きであるが、各地の紛争のお陰で、安全な通行は保証されないし、部族毎に通行量を払う必要がある。
残る交通手段は、航空機によるものだが、資源不足の為、コストの高い移動方法となる。海上では、深海棲艦の艦上機や水上機が待ち構えているし、上手く逃れても、うっかりした所に着陸すれば、給油は愚か、飛行機だって持って行かれる可能性だってある。
人類の敵は、やはり人類だ――強敵さえ出てきたら、人類は一致団結して立ち向かうだなんて、夢物語にも程がある。
「いつまで寝てるのよ! このうすのろ!」
空が闇から次第に紺碧に近づく頃、叢雲にどやされながら、甲板に駆けつける。
水平線に光の弧が走り、雲一つない空は、深い闇の青に、絵の具が漏れ出たようなグラデーションを描いている。
「提督! 七時の方向、8海里に艦影です!」
如月が叫んでいる――こんな時ともなれば、真面目に喋る事も出来るのね……と落ち着いているわけにはいかない。
双眼鏡で覗いている僕の高さからは、それがよく見えない。マストらしきものが、"ある"と言われて初めて気付く程度だ。
相手は水平線ギリギリを航行しているのか……
娘達の言うには、軽巡ぐらいの大きさだと言う。
水平線の向こうには、何が潜んでいるだろうか?
射程内には入っているだろうから、撃って来てもいいはず。それがないのは、本隊が背後に潜んでいるからなのだろう。
どうする? 足を速めて逃げるか? あと半日の距離だ。油の無駄遣いは参謀に叱られるけれど、交戦で無駄に弾薬を消費するよりは賢いだろう。
「全艦、第二戦速! 前方の子日は前方に注意しろ」
先ずは、相手の出方を見よう――このまま陸に近づけば、姿を消してくれるだろう。
停泊は、数日に及ぶから、相手も厭きて何処かへ消えてくれるに違いない。
「どうしよう。まだ追ってくるよ!」
陸では余裕をぶちかましている如月が、実戦では焦っている。
怖いのか、叢雲に追いつかんとする勢いだ。
「相対速度は?」
「まだゼロノット……」
自信なさげだな――
「如月、しっかりしろ! ちゃんと確認したのか?
心配するな。僕からは、大きさは変わっていないように見える。
このままなら、振り切れるさ」
叢雲は、この呼び捨てが気に入らないのか、「偉そうに言っちゃって」と呟いた。
一時間後には、僕の双眼鏡からでも艦影が捉えられる程まで近づいてきたので、第三戦速を指示した。
しかし、おかしな話だ。
もし、相手が艦隊ならそろそろ、本隊が見えてもおかしくない――単艦で偵察行動をしていただけなのか? ならば、牽制の為に何発か撃ってきてもいい頃合いだ。
「提督、逃げてばっかりなんて男らしくないわね!
反転攻撃とかしないの?」
叢雲はいつも冷静だが、好戦的だから、あまり言う事を聞くわけにはいかない。
「帰りの燃料が気になるー」
子日の意見も尤もだが……
「よし、原速に戻そう。
三人とも、散開して様子を見るぞ」
村雨と如月は、取り舵をとって子日と離れる事にした。相対距離、2海里を目指して進行する。
仕掛けて来るなら、この位置で反転、一撃を加えた後、速力一杯で離脱すればよい。
状況を開始すると、右手の子日が徐々に離れていくのが見える。
風はそよ風が吹くばかりで、彼女の煙突から出る煙は、進路に反してたなびいている。
天候の変化は半日はよいままだと言うから、逃げる側にとっては不都合だ。
じりじりと、距離を開ける二隻と一隻、後ろの敵はどちらに向かうか? 単艦で、攻撃の意思があるなら……
「こっちに付いてきたわよ。
向こうも減速してる」
異な事だ。まだ、僕たちの様子を観察するつもりか?
「如月は、第一戦速で子日と合流。
別命なければ、そのまま真っ直ぐ、港に向かって」
日は高くなった、港まで数時間。そこまでたどり着ければ、沿岸砲に助けられる。
「迷っているみたいね……」
僕の目からも、その様子は確かめられた。六時の方向にいたものが、如月が離れると、四時の方向まで位置を変え、再び五時に見える位置にまで移動した。
「偵察だけを目的にしているだけかも知れないな」
艦隊が控えているなら、戦力が分散した今、攻撃を仕掛けて然るべきだからだ。
僕の言葉に、叢雲は納得しない様子で反論する。
「あれって、そんなに頭良かったかしら?」
深海棲艦の生態は謎だらけだ。確かに、僕の出逢ってきた艦は、インテリジェンスな戦いをしているとは言いがたい面もある。でも、それは単に強敵に出会わなかっただけなのかも知れないし……
緊張しながらの航行は、その後も四時間あまり続いた。
しかし、新手の敵は前方からも速報からも現れなかった。
大陸から押し寄せる霞が目に入る頃になると、問題の艦影は消え失せ、引っかかりと安堵の入り交じった気分で、入港を果たした。
たった三隻の艦隊は、死地からの凱旋を果たしたかのように、盛大に迎え入れられた。
出航の時、総司令の言った「人類の尊厳の回復」は、あながち嘘ではないかも知れないな。
街はお祭り騒ぎとなっているが、艦娘たちはそこに参加できない。彼女たちの存在は、秘匿事項となっている。
三人はぷりぷりしていたが、僕は適当にあしらいながら、歓迎式典に向かう事となった。
外交官は、我が国の国家元首からの書翰を、この地域の代表に手渡し、現地のメディア向けの記者会見を行った。
僕は、用意された台詞を吐き出すだけで、他はこの外交官が上手く仕切ってくれた。
日本からの贈り物は、工芸品と自動車、軽飛行機である。
荒廃した世の中では、現物取引が基本となり、為替の類は同盟国内や、宗教、民族的な結びつきの強い閉じたシステムの中に限られた。
そして、耕作面積に乏しく、地下資源の少ない我が国が、こうした交易の輪に入るには加工貿易を着火させなければならない。
我が国のこの二十年は、人口を補う為の機械化の時代だった。だから、資源さえ手に入れば、一等国への復帰は夢ではないのだ。
夜は、商館が主催するパーティに参加した。商館の主は、二十年前に、この地に残留した日系人達である。
様々な情報が入ってくる。海外の政治動向や資源のことだ。
大陸では"災厄"以前と同じように、国家を統一出来そうな人間が登場すれば、それを邪魔をする連中が次々に出て来る。そんな事が何度も繰り返されて、分裂状態から脱する事が出来ないままである。
南東の諸国も、王家が生き残っていた国ならいざ知らず、植民地支配の梯子を外された国では、未だに情勢が安定しないようだ。
乾燥した気候は、南ヨーロッパを襲い、フランスの穀物生産量は激減した。列強は資源を求めて、南下を始める。
黒海や地中海にも深海棲艦が出没するらしく、ジブラルタル経由か、エジプト経由で陸送する必要が出てくる。
この為、北アフリカから中東での資源獲得競争が激化、回廊となるカフカス、バルカン、小アジアでも火が付いている。
そこに独立運動、宗教戦争まで混じって、実にカオスな世界が広がっているという。
北米は一時的な分裂状態を経験したが、分裂したなりに上手くやっているようだ。
問題は南米で、列強の影響が消えた状態で、上手く介入を果たしたのは、アメリカ人である。
合併と分裂を起こした四つの国家は、それぞれに南米諸国に進出し、モザイク状に傀儡国家を築いた。
深海棲艦については、殆ど情報が手に入らなかった。
それを話題にすると「"災厄"以降の世代なのに、よく海軍なんかに入ったものだ」と、皮肉交じりに褒め称えられる。
僕だって、能動的に志願したわけじゃない。
それは一年前の事だ。その頃、僕は、生活に困っていた。
父は海運業を営んでいたが、深海棲艦の所為で、仕事を失った。
悪い事に、疫病により、父親や兄弟も命を落としてしまい、それまでの蓄財で、母子二人で細々と暮らしていく事になった。
それでも母は、(旧制)中学校まで行かせてくれたのだから感謝している――ただ、本心としては大学まで行きたかった。
だから、僕は手っ取り早く金を稼ぐ必要があった――少しでも給料が良ければ、どんな仕事でもすぐに飛びついた。
この時代、悪い事をせずに、高い賃金を得る方法の一つに、漁船に乗り込むと言う手がある。
深海棲艦が待ち構えている事を承知で、カツオやマグロなどを取りに行くのだ。
エンジンをやたらと強化した船で、ヒット・アンド・アウェイ的に漁を行うのだが、沈められる船は多く、それ故に大型回遊魚の相場は高騰する。
僕も、その高給に釣られた迂闊な男の一人であった。
船は身震いをさせる程の音を立てて、波頭を突っ切っていく。
エンジンの消耗なんて考えずに、ひたすら飛ばす。上手く行けば、数回の出港で元が取れるという。
山師が海出るんだと、船長が笑う。
あらゆる軸に対して、揺れを起こす船は、多くのアルバイトを船酔いの地獄へと落とした。
僕は何故か平気だった。
祖父は船乗りだったと言うし、親父も身を起こすまでは、現地で直接買い付けていたと言うから、多分、遺伝的に三半規管が丈夫なんだろう。
船長は、そんな僕を気に入ったのか、給料が一段階高い見張り要員に取り立てた。
何を見張るか? 一つは、鳥山の探索、もう一つは深海棲艦の監視である。
そして……僕が最初に見つけたのは、深海棲艦だったのだ。
「正面から一隻近づいている! 速い!」
一隻のフリゲートが迷いなく突っ込んでくる。
僕の金切り声に、船は回頭、全速前進を始める。
深海棲艦を眺めた黒々とした船体に、魚類を思わせる船首、打ち棄てられた廃工場のような上部構造――幽霊船の足がずっと速ければ、こんな風に近づいてくるものなのか。
形容する言葉を探していると、船長の雄叫びが聞こえる。
「他におるか!?」
僕は、その"幽霊船"に見とれていたのに気付いた。
押っ取り刀で、周囲を見渡すと更に後方から、何かが接近している。一隻? 二隻?
「もっと後ろに三隻!」
船員は恐慌した。喚きながら、救命胴衣を片手に海に飛び込む者さえいた――砲撃が始まったのだ。
船はジグザグに進んで、着弾を見事に避けていく。
僕は、マストに右腕を回し、絞め技を掛けるような姿勢で、なおも観察を続ける。格闘技を見ているような、熱い高揚感が頭をのぼせさせる。
「後ろのも撃ってきた!」
今まで浴びていた水柱からは、随分と離れたところに着弾している。
「船長! 船を真横に進めて下さい! 上手く行けば、同士討ちに持ち込めます!」
この判断の妥当性は、船長の視野からは確認出来ないはずだ。
しかし、彼は、僕の直感とも言える提案を、疑いもせずに呑んでくれた。
「行くぞ! 若造!」
合図と共に、僕は座り込んで、両手でマストを抱きしめた。
直後、船は横滑りしながら、船首を回した。
フリゲートの砲弾は、頭を通り越して、数秒前まで船体があった位置に着弾する。
流石だ。
深海棲艦の進路を巻き込むように、船は進んでいく。フリゲートは、漁船に振り回されるように、進路を大きく逸脱した。
双眼鏡の先を左右に振って、さっきの三隻を探す――このフリゲートとは違う、人工的な、そして美しい船体が目に飛び込んだ。
「撃て!」
僕は、その三隻の狙いが、フリゲートであるのだ。と、いつの頃からかはっきりと分かっていた。
三隻がそれぞれ放った砲弾のうち、何発かがフリゲートに命中した。
一発目が船尾に、続いて艦橋付近に二発。
その後は誘爆か、命中か知らないが、爆発が続き、艦は立ち所に海中へと没したのだ。
この直後、漁船は足を弛めた。
エンジンが焼き付いたのか、何なのか、漁船は、微速前進しか出来なくなっていた。
その船に近づく艦は、海軍のもののように見えたが、これこそ幽霊船かのように、ひっそりとしていた。
どれほど近づいても、一人として、影も見せなかった。
「あんた、助けてやったんだから、油ぐらい寄越しなさい!」
未知との遭遇は、僕にしか知覚できなかったようだ。
「船長、どうします? 港まで案内しますか?」
僕の無垢な言葉に、「塩水被りすぎて、頭がおかしくなったか!?」と怒鳴る船員たち。
聞こえるだの、聞こえないだのと言う、押し問答が続き、遂に、自分でもその声が幻聴なのではないか? と疑うようになった。
そこで、試しに問いかけてみる。
「僕が合図したら、真ん中の子の主砲を前方に撃ってくれないか?
僕しか、君たちと会話出来ないみたいなんだ」
「仕方ないわね」との答えと、それをアピールするように、主砲を旋回させた。
「撃って!」
上げた手を振り下ろすと、12.7センチ連装砲が火を噴いた。
船員は、僕の言葉が虚言妄言ではない事を素直に受け入れた。
海を見ていると、信じられないような出来事は、幾らでも起きるのだ。そして、それに一々驚愕しているばかりでは、海は何も我々に与えない。受け入れるからこそ、恵みを手にすることが出来るのだ。
深海棲艦もマグロも、海の神秘から産まれると言われれば、物わかり良くハイと答えるのが正しいのだ。
三隻の艦が、叢雲、如月、子日と言うのは、もはや語る必要もない。
漁港に戻った頃には、無線で通報を受けた海軍の人間が、周囲を封鎖し、僕と船員を拘束した。
そして、僕が彼女たちとコミュニケーションが取れる事を確認すると、身柄は鎮守府に送られた。
詰問、詰問に次ぐ取り調べで疲弊したところで、僕は再び漁港に戻る事となった。
三人の艦娘は、全ての扉を閉ざし、軍人の乗艦を拒んだのである。
「ほう、君が……」
大井参謀に出会ったのは、この時が初めてだ。
「あの船長は、私の古くからの友人でね」
幼女なのに貫禄がある――このギャップには、艦娘以上の衝撃を受けたものだ。
海軍のお偉方が、こんな案配だがら、僕の主張は、意外と言えるほど潔く受け入れられた。
「お願いだ。軍港に向かってくれないか? 僕も一緒に行くから」
僕の声に、一人が反応した。
「面倒臭いわね」
これを聞いて「面倒とは何事だ!」と怒鳴る参謀――喜びの声を上げたのは子日だった。
その後、漁船の船長と、参謀の口利きで僕は、特別に提督にさせられてしまった。
たった三隻の艦隊の、たった一人の乗員である。
あれから、五人の何だかんだで楽しい一年が過ぎた。今日は卒業旅行に出ている気分だ。
しかし、彼女たちの存在はあくまでも、我が国の政府だけの秘密である――彼女たちはパーティに参加できない。
僕が、こんな所で酒を飲んでいるなんて知れたら、彼女たちはさぞかし怒るだろう。
一応、料理は叢雲の食堂に運び込むように指示をした。
「さる、やんごとなきお方が乗っているのだが、極秘任務の所為で、姿を見せられない……」などと無理のある説明をして。
叢雲から、船に戻るようにきつく言いつけられていたから、酒は付き合い程度に止め、お土産のお菓子なども、夜食用だと言って貰ってきた。
どうか、機嫌が悪くなっていませんように!
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