2023年5月21日日曜日

チート転生したけど転生先はテラだった season2

 ○これまでの話

 主人公はある日倒れ、転生の女神によってアークナイツの世界に転生してしまった。

 それは、極東の南朝側、那古市に拠点を置く天鳳会の若き組長、稲葉みおとして。

 町奉行の里中詩子や組の仲間と共に、敵対するヤクザと守護人奉行の陰謀と戦い、一応の決着が付いた。

 みおの戦いは続く。



 鉱石病の暮らしが厳しいのは世界何処へ行ってもそうだ。

 極東のこの地に於いてもそれは例外ではない。

 私は剣術道場を開いていたが、それも閉じざるを得まい。


 感染の原因は古い友人を訪ねた時の事だ。

 彼には生き別れの息子がいて、その息子の所在を探していたのだ。その事で伝えたいことがあると言うのが理由である。

 彼の"事情"は知っているが、敢えて触れる事もない。

 一つだけ言える事は、その息子は数年前に事故で亡くなったということが、最近分かったのだ。

 それを報告するため、遠路はるばる那古市までやってきたのだ。


 彼の部屋に鍵は掛かっていなかった。

 刀鍛冶である彼の工房に立ち入ると、黒い粉が舞い上がる。

 その瞬間、それがオリジニウムダストだと気付いた。

 既に幾らか吸ってしまった。

 一刻も早く立ち去るべきだというのが通常考えられる対処だ。

 しかし、彼を確認したかった。


 私は息を止めて近付く。

 彼は――既に源石に置き換わっていたが、その手元に手紙と一振りの刀が置いてあった。

 私はそれを手に取ると、工房を後にした。


 手紙には、自分の願いを律儀に全うしてくれるのは私ぐらいだと書いてあり、そして自分が死んだ今、息子に伝えるべき意味はなくなったと書いてあった。

 手を煩わせた礼として、自分の最高傑作を持って言ってくれ、そして自分のためにそれを振るってくれと書いてある。


 鉱石病に掛かってしまったのは殆ど疑いようのない事実だ。

 そして、鉱石病の人間が他の移動都市に入る事は叶わない。

 例外は沢山あるが、一介の庶民にそんな都合のいい特例はない。

 なので、荒野で野垂れ死ぬか、移動都市の中で迫害を受けつつ、ひっそりと死ぬかのどちらかしかないのだ。


 一つだけ……鉄砲玉みたいな使い道があるなと思った。

 "悪い人間"が暗殺に感染者を使うとき、上手いこと書類を偽装して他の街へ送りつける。

 地の利のある都市へと送り込まれることは想像に難くない。

 遠からず死ぬのならば、せめて自分の街で死にたいし、剣の道に生きるのであれば戦って死ぬのも悪くない。


 ここには有力ヤクザ天鳳会がある。

 駄獣の賭博場に行けばゴロツキらしい連中はいくらでもいる。

 少しはキレのありそうな男に声を掛けると、「自分から鉄砲玉志願とは大層なこった」と一人の男を紹介される。


 その男はオニのヤクザで天鳳会に繋がりがあると言う。

 剣術には自信があるので、軽く剣技を見せると目の色を変えた。

「鉄砲玉なんてとんでもねぇ。お前ならしっかり働けるぞ」

 そんなわけで、彼の紹介で天鳳会の本部に足を踏み入れることになった。


 若頭代理というエーギルの男にも剣術を見せる。

 そこそこ剣の道にも通じているらしく、構えの隙のなさだの刀さばきの正確さを褒められる。

 よし、お前はボディガードとして働け。

 鉱石病の予防薬は事務所が用意してやろう。


 こんな流れ者にあり得ない厚遇である。

 流石に耳を疑うと、既に道場の事が知られていた。

 どうせ何を言っても信じないだろうと黙っていたから驚きだ。

「剣術先生が近くにいるなら姉御も安心だろう」


 それで早速仕事である。

 組長は若い女性で、迫力はそれほどでもないが、相当な術者らしい。

 いつぞ大きな事件に関わって、朝廷も一目置くとか言うのだから信じられない。


 事務所で彼女が仕事をしている間、部屋で刀を手にただ待つことしか出来ない。

「矢代さん。鉱石病大変でしょう」

 不意に組長が話しかけてきた。

 書類に目を通しながら話をしている。


「鉱石融合率はそんなんでもないので大した事ありません」

 仕事の前の健康診断で、「典型的な初期症状だね」と言われてたのだ。

 ロドス製薬の薬を貰って、毎日欠かさず飲んでいる。

「困ったことがあったら言ってね」

「ありがとうございます!

 組長は鉱石病が怖くないんですか?」

 うっかりと質問してしまう。

「怖いよ。でも空気感染しないって分かってるもの、ビビってても仕方ないじゃない。

 組長が鉱石病にビビって引き籠もってるって嫌じゃない?」

 事もなげにさらっと答えられた。

 どう答えたらいいか迷っていたら続きの言葉が来た。

「貴方も突然鉱石病になって動揺しているでしょう? みんな怖いんだよ。でも、恐怖は理性で克服出来るわ。

 それって剣術の道にも通ずるでしょ?」

 そこまで達観されると返す言葉もない。

「まぁ気楽にして。取り敢えず危険な連中はやっつけた後だし、ちょっと連れ回すけどそれぐらいかなぁ」



 それからボディガードとして働くことになる。

 彼女の出先、彼女が交渉だの会合だのしている後ろで、いつでも刀を抜けるようにしている。

 彼女が幾ら声を張ったところで、男ほどの迫力はない。ただただ強そうな男が後ろに立つと言うのにも一定の意味があるようだ。

 特に大きな事はない――とは言え、彼女の命を狙う人間は後を絶たないのだが。


 特に自慢する話でもないが、ボディガードに就任して早々、突撃カマしてきた鉄砲玉を――そいつも感染者だったが――切り伏せたのは、私のヤクザ生活にいい方向に働いた。

 尤も、その話に尾ひれが付いてしまったのだけど。

 ついでに剣術について学びたいと言う若い連中に稽古を付けてやっている。今やすっかり先生扱いだ。



 ある日、事務所に電話が掛かってきた。

 若頭代理が出ると「あぁ、お奉行ですか」と案外機の抜けた声だ。

 お奉行って、どこの奉行だよと思っていたが、若頭代理は電話を組長へと渡した。

「詩子、最近調子良さそうじゃない? 町奉行で何か困ったことでもあったの?」


 この街はヤクザとズブズブなのだなと思った。

 そして、その奉行と組長の関係がかなりこざっぱりしたものなのだと言うのも分かった。

「うんうん。じゃぁ例のお寿司屋さんでね」


 彼女は時間までにキッチリ仕事を済ませた。

 ヤクザなのに事務仕事っぽいことしてて、何だよこの人と思ったものだ。しかし電話での指示だの何だのを見ていると、これがこの人の本当の姿なのかもしれない。


 組長と一緒に寿司屋へと向かう。

 寿司屋は貸し切りになっている。

 寿司屋そのものは他の組員が守っているので、私は運転手と一緒に車で待機だ。

 お奉行の顔も見える。組長と同じぐらいの年頃の女性だ。

 それなりに事情がありそうな気がする。


「組長はちょっと前から随分と成長したねぇ。爆発事件で目が覚めたんだろうね。

 組長としての自覚も出てきてて頼もしいよ」

 年老いたヴァルポの運転手も勿論組員だった。

 組長のことは割と昔から見ていたという。

「昔はどうだったんですか?」

 運転手は「おっと、昔話しすぎると組長に殺されちまう」とはぐらかした。


 丁度その頃、別の組員が寿司折りを持って来た。

「姉御の差し入れだ」

 どうせ大したものではないだろうと思ってたが、有鱗獣だの周鱗獣だのが入っているちゃんとした寿司だった。

 一流の寿司屋がいい加減な寿司を出している筈もなく、十二貫がどれも美味かった。


 お奉行とどういう話をしていたのか知らない。

 知らないし、一介のボディガードがとやかく言う話ではない。

 とは言え、二人は笑顔で手を振って別れていた。


 組長は多少酒が入っていた。

「矢代さんってお酒飲まれますか? お土産に一瓶だけ貰っちゃったんだけど、このまま家に持って帰ると喧嘩になっちゃうから」

 そう言って貰ったのは、クルビアのオリジムシビールだ。

「すっごく美味しかったから!」

 そう話す姿は組長と言うよりも、世間で見掛けるただの会社員のようだった。


 運転手に勧めなかったのは、運転手が下戸で有名だからだそうだ。

 まぁ、下戸が運転手なら事故もないだろうよ。



 組長が屋敷に戻り、私は宛がわれた個室に入る。

 一応、刀の腕は見込んで貰っている。それなりに揃っている部屋だ。

 尤も、軽い旅行で出掛けた先での出来事、特に荷物らしい荷物はない。

 家から持って出た護身用の打刀と脇差し、それとアイツから"預かった"刀。

 特に買い物で困る事はない。家の者が組長の買い物のついでに買って来てくれる。

 屋敷に付いている組員もいるから、男が入る用の風呂だのなんだのも揃っている。

 感染者になって人生終わったものと思っていたが、そうでもない。勿論、自由ではないのだが。


 例のビールを飲む。

 王冠を開けると、芳醇なホップの香りがする。

 程よい苦みと、麦の味が口に広がる。

 瓶をしげしげと眺めるとボブ農場と言う所で作っているようだ。

 ラベルには防護服にチェーンソーを持った男、三匹のオリジムシが描かれている。

 そんなものもあるのか。

 普段はサケ(世間では極東酒と言うが)を飲む事が多いので、ビールもいいものだなと思った。


 気分は悪くないが、どうにも寝る気分にならない。

 こんな時は、アイツの刀を眺めてみたりする。

 刃文の美しい刀だ。鍔はシンプルだが、幾何学模様が綺麗に打ち込まれている。柄は白く艶のある交鱗獣の皮、漆黒の柄糸が捩り巻きされている。


 アイツはどういう思いでこれを託したのだろう?

 アイツは刀工としてちょっと名の知れた存在だった――しかし、ここ十年は新刀を生み出すことはなく、世捨て人のような生き方をしていた。

 それ故、今では忘れ去られた存在だ。

 そして、そんなアイツがいつ感染したのかも分からない。

 感染したから隠居したのだろうか? それとも何かあったのだろうか?


 この刀がいつ作られたのかも分からない。

 売ればそこそこのカネになっただろう。そうすれば鉱石病の治療も出来ただろうに。


 今日ばかりは胸のもやもやが取れない。

 刀をしまい、警護の詰め所へと向かう。

「矢代先生、ご苦労様です!」

「先生は例の旅行に同行されますよね?」


 話を聞くと、組長が旅行を検討していると言う噂話が立っていた。

 噂というか、幹部連中に自分が暫くいない間の指示を出しているという。

 初耳だが、知らないと言う顔をしててもみっともない。

「組長から指示があるまで狼狽えるな」

 そう言って話は収めた。

 だが話に出てきたのは濱藤の移動都市である。それに私が一番動揺している。


 濱藤は私の道場のある街である。

 ある程度見知った連中には手紙を出したが、感染者と知ると大体は返事も寄越さない。

 人望はある方だと思ってたが、鉱石病とは恐ろしいものだ。


 まだ決まった話ではないが、濱藤に行けるとなると、少しは今の事情を知りたい。

 道場は一番見込みのある弟子に任せたので、何もなければいいのだが。

 その弟子は、娘が出来たばかりだ。

 感染者が顔を出しにくいけれど、挨拶ぐらいはしたい。

 結局、その夜はまんじりとも出来なかったのだ。


 翌朝、組長を連れてある会合場所へ。

 その社内での話だ。

「矢代さん。実は、来週からちょっと旅行へ行くんだけど、一緒に付いてきてくれる? 手続き関係は、昨日の子が全部済ませてくれたから、問題は何もないんだけど」

 組長からの提案を心待ちにしてないと言えば嘘になる。

「謹んでお供します」


 そう答えて一呼吸を置いて彼女は語りかける。

「濱藤って貴方の元々いたところでしょ?」

 そう言われてきょとんとしてしまう。

「話さなくても分かるよ」

 彼女は微笑みながら続ける。

「私の用事が済んだら、少し時間をあげる。少しぐらいは片付けなきゃいけない事あるでしょ?」

 まだ入って間もない感染者にここまでしてくれるものかと思い、自然と涙が溢れた。

「一生、貴方の為に働きます!」

「そんな大袈裟な!」

 組長は笑って済ませたが、私は感謝で言葉にもならない。


 当日までに旅の準備を片付ける。

 私としてはそんなに持ち物はない。

 打刀は"預かり物"の方を持っていこう。いつまでも観賞用ではアイツに申し訳ない。


 当日は一人のトランスポーターが迎えに来た。

 中年の女性でサユリと言った。皺が見えてきているが端整な顔立ち。若い頃はさぞかし美人だっただろう。

 それにしても、隙を一切感じさせない立ち姿には感服した。それでいて、組長を「みおちゃん」と軽い調子で呼んでいる。

 どうも先代の組長から使っているそうだ。

「矢代孝四郎……名取家の剣術指南役も落ちぶれたものね」

「あれは自分からやめたんだ」


 古い話になる。名取家という守護人奉行の倅に剣術を教えていた時期がある。

 お世辞に性格のいいタイプの人間ではなかった。

 父親は立派な人なのに残念な事だ。

 剣の道、人の道を教えてきたつもりだが、ある日刃傷沙汰になったのだ。

 彼は権力でもみ消そうとしたが、父親はそれを許さなかった。

 勘当まであと一歩のところで、私が身を引いて譲って貰ったのだ。

 あの判断が正しかったのかはまだ迷う所がある。


「それじゃぁ行きましょうか濱藤へ」

 サユリの運転で車は動き出す。

「着いたら曼鱗獣の蒲焼きを食べましょう?」

 彼女の提案に組長は後部座席から頸を突っ込んで来る。

「えー、昨日櫃まぶし食べたばっかりだよー」

 娘っ子みたくサユリに懐いていな……古い仲だからだろう。

 櫃まぶしは曼鱗獣の蒲焼きの那古風といった食べ物だ。昨日は組長のおごりで食べさせて貰った。

 そう言えば、曼鱗獣の捌き方は南朝と北朝では違うという。

 南朝は「腹を割って話そう」の腹開き。北朝は「切腹を連想する」ので背開きだと言う。


「美味けりゃいいじゃねぇか」

 独りごちてしまう。

「濱藤の曼鱗獣は美味いからね!」

 サユリは上機嫌だった。


「それにしても、みおが旅行って珍しいね。しかもお熱になってる小説家がいるだなんて」

 そこから組長の読んでいる小説の話になった。

 小説の内容は、鉱石病や種族の差のない世界のSF作品である。

 普通に考えて、鉱石病も種族の差もないなんてさぞかし幸せな世界だろう。

 しかし、小説によるとそんなに単純な話ではなく、肌の色の違いでいがみ合い、国によるいがみ合い。人間の手による環境破壊やエネルギー問題、世界を滅ぼしうる兵器による問題などを抱えるそうだ。

「救われねぇ話だな。小説の中でぐらい幸せになってもいいだろう」

 うっかり素が出てしまった。しかしサユリもその話に乗っかってきて「幾ら何でも人類に対して露悪的過ぎやしない?」と笑った。

 組長は「それもそうなんだけどね、ちょっと気になることがあってね」と言って言葉を濁らした。

「なんだい、このサユリちゃんにも聞けない話なのかい?」

 サユリも食い下がるが、組長は「ちょっとだからね」と言うに止まった。

 そのちょっとの為に仕事もほっぽり出して、濱藤まで行く事になるのだけど。


 街道は延びている。幾つもの移動しない村落を通り過ぎ、小さな移動都市も通り過ぎていく。

 道は平坦ではないが、それでも交通量はあるのでそれほど支障は来さない。


 朝出発して、到着は夜になっていた。

 移動都市に入り、ホテルへと直行する。

「ふぅ、疲れたぁ」

 組長が伸びをする。

 濱藤の"警備会社"と合流し、ひとまず私の仕事はひと段落だ。


 このホテルは剣術指南役であった頃、何度も利用したことがある。

 尤も食事だのパーティだのに呼ばれた時の事なので、宿泊は初めてだった。

 個人的には大浴場があるような旅館の方がよかったが、警備的にはこういうホテルがいいのだろう。


 シャワーを浴び、二人との食事に合流する。

 約束通り、曼鱗獣の蒲焼きである。

 濱藤は南朝側の移動都市であるが、捌き方焼き方は北朝的なので那古市から来た組長には珍しいだろう。


 久方ぶりの濱藤だ。しかしこの旅行が終われば、二度と足を踏み入れる事もないだろう。

 弟子には連絡を入れた。

 組長の用事が終われば会うことが出来る。

 何を話そうか。何を伝えようか。



 翌朝は早速、組長は小説家と話をする事になった。

 小説家が一介のファンに会うのかと言えばそんなことはなく、小説家の方は組長へのインタビューをバーターにしてきたのだ。

 取材とは仕事熱心だ――確かに組長は"例の一件"で顔も知られてしまったし、表沙汰になってないアレコレも知っているだろう。


 小説家は指定時間にホテルのロビーに現れた。

 どんな偏屈な人間が出てくるだろうと思っていたが、思った以上に若い小柄な女性だった。可愛い系の子で、挨拶から何から突飛な印象はなかったのだ。

 小説家の名前は三倉紫苑、性別は公開してなかったし表に出てくる情報も少なく、謎の人物であった。

 そう言う印象は組長も同じだったのだろうか。割と面食らったような顔をしている。


「こんなちっちゃい子が良く書くねって思った?」

 挑むような眼差しに組長は、「ごめんなさい。でも思ってた人物像とあんまりにも違うから」としどろもどろになっていた。

「まぁそう言う顔される方が、何かと便利だからね」

 作家はそう言って話を始めた。


 組長は、あの小説が何処から着想を得たのか気になっているようだった。

「ひょっとして自分も同じようなの考えててパクられたとか思ってたり?」

「滅相もない! でも――何というか、小説読む前に見た夢に凄く似てたから」

「どうなんだろう? 人間の記憶って曖昧だから、後で知った事を昔から知っていたみたいに思う事あるじゃない? そう言う手合いって割と見てきたから信用してないんだよね」

「もし、貴方が同じような夢を見たことがあったりしたらって思って」

「いやぁ、そういうオカルトじみた話し好きなの?

 私は単純に、そう言う世界でどんな問題が生じるかって考えただけだよ。

 私の好きな言葉に、"優れたSF作家は自動車を発明する。卓越したSF作家は渋滞を予言する"ってあるのよね。

 まぁ私、これでも売れっ子作家じゃない? だから慎重に考えただけだよ。

 もっと言えば、慎重に考えれば誰でも思いつく可能性はある。

 私とそう言う人との違いは、私はそれをきちんと文章に残したってことかな。

 それだけのこと。それ以上でも以下でもない」

 組長は今ひとつ納得している顔をしてない。

「ひょっとして、経験したことしか書けないとか言う手合い?

 経験しないと書けないなんて二流の言い訳だよ。

 想像力と推論能力のために人生の何に時間を掛けるかというのは大切だけど、人と違った経験したってだけで何か書けるなら、作家稼業なんて犯罪者だらけになるじゃない。

 貴方だって、私なんかよりよっぽど凄い経験してきてると思うけど、それだけで作家業が務まるとか思ってたりする?」

 割と歯に衣着せない子だ。

 組長は割と泣きそうな勢いだ。

「ねぇ、貴方、本当にあの事件の首謀者なの?」

 そこまで言われるとつらいだろう。


 それからああだこうだと取材は続いた。

 勿論、組長にも言えない事は多い。

 名前を伏せたりするけど「それって○○って人だよね?」みたいな事まで出てくる。

「貴方、ジャーナリストにでもなるつもり?」

「私、調べ始めると割と熱籠もっちゃうタイプだからさぁ」

 頭を掻きつつ笑い、そして真剣な眼差しになる。

「最近、ちょっと不味いことになったんだよ。

 軽い気持ちで北朝との密輸について調べてたんだ。

 別に密輸なんて普通でしょ? 今時、高校生だって忍者の持ってくるゲームを遊んでる。

 だから、その辺の人間関係とか調べてたんだよね……」

 どうもこの子はアタリを引いてしまったらしい。


 密輸は御法度ではあるが、あくまで名目上である。

 密輸なんて誰だってやっている。いつぞ食べた寿司だって寿司屋お雇いのトランスポーターと言うか忍者が運んでいる。

 忍者って言ったって様々だ。要人暗殺なんてやってしまう連中もいれば、鱗獣やらゲームやらを運んでいる連中もいる。

 実際、サユリだって忍者だ。

 運び屋には運び屋の機微がある。どこで袖の下を渡すとか、どういう手続きがあるとか、誰に気をつけるべきかとか様々だ。

 移動都市の外を移動するのだって様々な困難がある。

 誰しもそれを織り込み済みで密輸しているのである。


 とはいえ、これは絶対にやったらヤバイと言うのは幾つもある。

 刀剣等の武器、アーツユニット、純正源石の類は流石にお上も黙っていない。

 どうやらこの作家先生は、刀剣密輸の情報を握ってしまったらしい。

 濱藤は北朝に割と近いから、この手の情報だの物資だのが出入りしやすい。

 迂闊と言えば迂闊だ。


「ヤクザの親分なら匿ってくれるでしょう? 私死んだら、続き読めないよ?」

 エキセントリックなお嬢さんだ。

 「北朝のこういう情報を役立てられそうだし」とも付け加える。

「いや、私、別に好き好んで北朝を敵に回してる訳じゃないし……」

 しかし、そこまで言いつつも組長は彼女を黙って見過ごす事も出来ないでいる。

 イライラしたように頭を掻くと、「あー、もう! しょうがない!」と彼女の同道を許したのである。


 荷造りにまで同行することになる。

 離れて早々暗殺されるなんて寝覚めが悪いから――組長は笑顔で私とサユリにお願いしたのだ。


 警備会社の警護は、ホテルとその周辺の契約だから、そこから離れるというのは危険な行為ではあった。

「まぁ矢代のおっちゃんも強そうだしいいんじゃない?」

 サユリはあっけらかんとしている。


 彼女の家に着く。

 案外普通の家だ。小さな平屋でささやかな庭がある。

 若い子が自分の収入で買うにしては豪勢だが、しかし新進気鋭の作家としてはかなり控えめである。

「おっきい家とかそんなに必要ないでしょう? モノ書くだけなんだから」

 それが彼女の持論であった。


 組長は家の"雰囲気"から罠があると察知した。

 どうやっているかは分からないが、絶対にあるといって譲らない。

 でも三倉先生は「でも、荷物あるし」と言ってこっちも譲らない。

「他に入れる所とかありますか?」

「縁側とか?」


 縁側の雨戸は当然内側から閉まっているので、外からはどうにもならない。

「乱暴するけど許してね」

 組長はアーツユニットを雨戸にかざすと、雷光がきらめいた。

 次の瞬間、かなり派手に扉が消し飛んだのだ。

「何てことするの!?」

「これから生活棄てようって人が何を気にしてるの?」

 無茶苦茶だった。


 組長は扉の内側にも罠が仕掛けてあったのだと説明し、「玄関よりは突破しやすかったから」と笑う。

 笑い事ではないのは三倉先生の方だが――ぶつくさと言いながらも荷物を取りに部屋へ入っていく。


 そしてこの時、組長もサユリも、そして私も気付いていた。

 敵の気配に。


「*極東ヤクザスラング*!!!!」

 スジモンどもが奥の部屋から飛び出してきたのだ。

 私は三倉先生を庇い、脇差しで応戦する。

 打刀を振り回すには狭すぎる。

 サユリは後方から手裏剣を投擲して援護してくれる。


 しかし背後も忙しそうだ。

 家の外からもヤクザだの鉄砲玉だのが雪崩れ込んでくる。

 危ないと思ったが、組長は自分のアーツを使い、それらの敵を一掃していく。


 戦闘は一瞬だった。

 大した強敵もいない烏合の衆だ。

 組長はスカートの塵を払い、三倉先生の手を握る。

「エキサイティングね」

 三倉先生は震えながらも強気だ。

「エキサイティングなのがお好き? ならもっとお好きになりますよ!」

 組長が楽しそうだ。

「それいいね。何かで使っていい?」



「さてと、残るは矢代先生の用事だね」

 組長的には大団円直前みたいな顔をしている。


 しかし、どういう顔で会えばいいだろうか?

 道場では色々と気にする連中もいるというので、結局ホテルで話をすることにした。


 約束の時間、弟子がやって来る。

 他のメンツは気を遣って離れた所でお茶をしている。


 一番目に掛けて、そして期待に応えてくれた優秀な弟子だ。

 朗らかな挨拶から本題に入ろう――しかし何をどう話せばいいのか?

 役所的には遠方での感染は客死扱いだ。

 なので、私の手紙を証拠にして登記の変更などはつつがなく終了した。

 とは言え、彼の顔色がすぐれない。

 どうしたんだと問い詰めるが、「お師さまが気にするような事じゃないです」と言うばかりだ。


 長年見続けてきた彼の事は分かる。

 素直な男だからそれでも言えないというのは余程のことなのだ。

「言いたくなったら伝えてくれ。

 道を踏み外す前にな」

 それが最後の言葉だと思うと少し寂しい。


 帰りの車内は賑やかだった。
 いつの間にか二人は打ち解けている。
 アヴドーチャ・レザーペンの話で盛り上がっているのだ。
「え!? なんでそんなこと知ってるの?」
 と、組長がしばしば突っ込まれているけど、本当に組長は謎の情報網があるから侮れない。

 三倉先生は組長の屋敷にそのまま居候してしまった。
 書き物の方は順調らしく、それと平行して密輸のことも調べている。

 私はと言えば、弟子のことがずっと引っかかっている。
 那古市に戻って暫くした頃、一通の手紙が舞い込んだ。
 弟子――の弟子からの手紙だ。
 どうやら彼の娘は重篤な病気になっているそうだ。
 手術が必要らしいが、その費用がとても払える金額ではないそうなのだ――そして、金策に関してどうもよくない仕事をしていそうだとも言うのである。

 「カネは用意するから早まらないように」と伝え、私は親友から託されたあの刀を手に持ち街に出た。
 古物商を巡るのだ。

 しかし、思ったほどの値段にならない。
 足りない、それでは足りない。
 言葉を尽くして刀の魅力を語るが、「南朝ではあまり高く売れないよ」と言われるのがオチだった。

 ここが最後と入ったのは怪しい古物商だ。
 少なくとも町奉行に届けのないので、まぁ色々とお察しである。
「ほぉ……"邦政"ですかぁ。普通の商人なら渋いでしょうな」
 男はニヤリとした。
「普通に売るつもりでしたら、そりゃぁ他と同じだけしか出せませんな」
 と勿体付けて、「普通に売るつもりならね?」と顔を近づける。

「お客さん、"邦政"作の刀はね……曰く付きなんだよ。
 北朝に愛用者が多いんで、南朝じゃ態々欲しがる人はいない。
 しかも、作者が隠居しちまってここ数年、見つかってないんだよ。
 この意味がお分かりか?」
「つまり、その……」
 言葉に詰まりながら訊ねる。
「皆まで言わなくていい。こっちも仲介しかできないしね。ただ一つだけ約束できるのは、こっちの取り分を含めても、お客さんの言い値ぐらいは出るってことだよ」
 男はニコニコしている。
「また連絡するよ。その時にまでハラを決めて貰えればいい」

 店を出た。
 誰かにつけられていやしないかずっと気になった。
 弟子に「道を踏み外すな」と言っていながら、自分もその提案に乗ってしまいそうだ。
 駄目だ駄目だ! ボディガードが北朝に刀剣を売っていたなんてバレたら組長にも迷惑が掛かる!

 相談するなら今すぐだ! 今すぐにだ!
 その日の夜、組長は三倉先生、それと部屋住みの子と談笑していた。
「組長、お話しがあります!」
「何? 人払いした方がいい?」
「隠す事はないので大丈夫です!」
 自分が思い切りが悪い方であるとは思ってないが、それを差し引いても思い切りのいい話だ。

 組長に事の経緯を話してすっきりしたかった。
 勿論、組長に金を出してくれという事は口が裂けても言えない。
「面白そうな話ね」
 話に乗っかったのは三倉先生である。
 そして組長も「じゃぁ、矢代先生、紫苑ちゃんの取材手伝ってよ」と笑っている。
「刀剣の密売ですよ?」
「ヤクザが密売なんかにビビってどうするの?」
 正論とは思えない正論だった。

 それから準備に取りかかる。
 組長の義理の弟が電子的な小細工が得意らしく、柄の中に発信器を詰め込んだ。
 サユリの娘のユカリと言う忍者が渡した刀を追跡してくれる。

 話が決まると町奉行が呼ばれる。
「また面倒なことするつもりなの?」
 お奉行は流石に嫌そうな顔をしている。
「囮捜査はできないんでしょ?」
 あくまでも文民警察なのだから突飛なことはできまい。
「できないけどさ、あんたらがしたら私、逮捕しなきゃいけなくならない?」
「その辺は上手くやってよ!」
 組長が無茶を言っている。

 お奉行は真剣な顔をして言うのだ。
「少し前、濱藤で大規模な手入れがあったの。でも情報が漏れたのかもぬけの殻だったそうなのよね」
 更に名取家に潜伏した隠密廻り同心によると、どうも名取家が関わっているという。
 濱藤の守護人奉行、名取彰久氏は名君の誉れの高い人である。実際、彼の倅の剣術指南をしていたときの彼の印象は威厳もあり、自分に厳しく民に優しい人である。
 そして、名取家の話が出てきて思ったのは、その息子の――つまり私が剣術指南していた方だ。

 名取史久。
 何かと問題を起こす男だった。
 小悪党とよく連み、様々な事件を起こした。
 殺人だって本当は幾つもしていただろう。
 私が剣術指南役を辞める事になった事件は、カネや権力でもみ消すのが難しい相手だったのだ。
 勿論、守護人奉行という役職故に、父親に頼れば出来るだろう。それを父親が許さなかった。それだけである。
 私が身を引いたのは、これ以上彼の悪行に手を貸したくなかったからだ。
 だから思い出したくない事は多い。

 組長のことだから私が剣術指南役をしていた事ぐらい分かっているだろう。
 組長はその事には触れず「大丈夫?」とだけ聞いて来てくれた。
「大丈夫です。何れ決着をつけなければならない過去ですから」
 そこまで言うと、「ヤクザらしくなってきたねぇ」と笑った。

「はぁ、やっぱり名取家に行き着いちゃうのね……」
 三倉先生は嘆息した。
「私の方でも怪しいと思ってたというか、それっぽい証拠持ってるんだよね。
 やっぱりアレは名取家の跡取りかぁ……」
 濱藤にいて名取史久の悪行は知らぬものはいない。だが同時に、刀剣密売に手を染めている証拠なんてもの、目の前にあって掴むつもりの人間なんて三倉先生ぐらいなものだろう。

「ある物流企業の荷動きなんだけど、定期的に行方不明になっている。
 例えば濱藤と都はトラックで二日。天候不順とかあっても三日ぐらいで荷物を運べる。
 それが五日間もかかっている。
 しかも、移動都市を出た時と入る時の重量が違う。
 毎回荷崩れを起こした為と言ってるけど、そんな運送屋誰が使うと思う?
 でも使っている。それが名取家の資産管理会社の名取商事」

 そりゃぁこんな情報を持っていたら、命も狙われるだろう。
「真っ黒じゃない!」
 組長が楽しそうだ。
 お奉行は「そういうのきちんと太政官に伝えてよ……」と頭を抱える。
 それを聞いて三倉先生は「えー。だって、私が都に送った忍者、結局行方不明だよ」とむくれていた。
 その忍者が寝返ったのか、それとも殺されてしまったのかは判断が付かない。
 しかし、それぐらいのことはあるだろうなと思った。

 なにはともあれ全員の腹は決まった。
 程なく売人から連絡が来た。
 しかし、それにしてもどうやって三倉先生を連れて行くものか?
「一人だけ連れて行きたいヤツがいる。俺の娘なんだが……元を言えば娘の作った借金を返したいんだ。
 自分の責任ぐらい自分に負わせたいだろ?」
 売人は渋っていたが"邦政"の未発見作ともなれば大変な値段になるのは分かっていた。
「仕方ねぇな。おかしな動きをしたら殺すぞ」
 と脅された。

 指示された場所に行くと、分かりにくいところにメッセージが残されている。
 指示に従うと別の指示が。
 何巡かそう言うやり取りをしてうんざりした。
 だが腐ってはいられない。

 最後の指定場所に行くところで一人の変な子供に出くわした。
 ヴァルポの小学生で「おじさんたちどこ行くの?」と訊ねてくる。
「関係ないよ。危ないからどっかいきなさい」
「危なくないよー」
 あぁ、面倒くさいガキだな。
 そう思っていたら三倉先生は「お願いだからね」と飴を渡して追い払った。

「厄介だな」
 私がため息を吐くと「でも可愛い子だった」と三倉先生は笑っている。
「わかっているのか? これからアレだぞ?」
「分かってるよ!」
 三倉先生は口を尖らせた。

 指定場所は座敷のある茶屋である。
 人の気配がしてないので貸し切りなのだろう。
 そこにいたのは用心棒らしい男とヤクザ風の男が二人だ。
 刀と脇差しを床に置き、合い言葉を交わし、こちらは刀を見せる。
 すると相手は龍門幣の詰まったアタッシュケースを見せた。

「刀を見せて貰おう」
 私は戸惑いなく渡す。
「エラく肝が据わっているな」
 ヤクザ風の男の偉そうなヤツが顎を撫でつつこちらを値踏みしていた。
「今更ガタガタできねぇだろう」
「そりゃそうだな!」
 もう一人の若いヤクザが笑っている。そして三倉先生に視線を移すと「そこの女、借金こさえて頸がまわらないそうだな。なんだ、男か?」と嘲笑っている。

「それで刀の方はどうなんだ?」
 私が促すと、偉そうな方が刀を袋から出して中身を吟味する。
「ほぉ。これがそれか……"邦政"らしい美しさ」
 男は目釘抜きを取りだし、刀をバラしていく。
 刀身の茎に切られた銘を確認して「確かに邦政の作だな」と頷く。
 そして「取引成立だ」とアタッシュケースを手渡してきた。

 何処で手に入れたのかなど、余計な事は聞かれなかった。まぁそんなことを聞いてトラブルになっても笑えないからな。
 とにかくまぁ、アタッシュケースいっぱいの龍門幣を手に入れた。
 別に"南朝円"が使えない訳ではない。だが、足が付くのを嫌がる連中は龍門幣を使うのだ。
 明け透けなことを言うなら、北朝と南朝の境界で、下手に南朝円だの北朝円だのが出てくるのは、何かあった時にマズい。だからこその龍門幣なのである。

 ユカリさんは何処に潜んでいたのだろう? 一切姿は現さなかった。
 まぁ忍者だからそんなものだろうが。
 兎にも角にも取引の後、刀がどうなるかと言うのが一番のキモである。

 商談が終わり茶屋を出ると、再びあのヴァルポの子供がいる。
「あ、おじさん! 荷物変ったね?」
 めざといガキである。
「おじさんは大切なことをしてるんだよ」
「ほんとにぃ?」
「本当だよ!」
 そう言って聞かせようとした。
 子供は「その鞄、大切にしておいた方がいいと思うよ!」と捨て台詞のように言うと、笑いながら走り去っていった。
 なんなんだあれは。

 その後、ユカリさんからは定期的に連絡が入るが、那古市下層部の倉庫に入ったままだという。
 いつ運び出すのだろうか?
 それとも"秘密の通路"的なもので出し入れしているのだろうか?

 相手の出方が分からない以上、どうしようもなかった。

 ユカリさんから「動きがあった」と言う連絡があったのは一週間近く経ってからだった。
 名取史久が秘密の通路から、那古市に入ったと言う。

 移動都市というのは複雑なモノで、改造を施していく間に、さまざまな秘密のルートが生まれるものである。
 政府が行う場合もあれば、何らかの権力者が行う場合もある。
 いつぞの"赤備え"に関してもこういうルートを使って侵入している。
 或いは意図せず忘れ去られるルートだってある。それを見つけ出して売りつける商売だってあるぐらいだ。
 どんな都市でも、そう言うガバガバさ具合はいくらでもあるのだ。

 さて、そんな迷宮のあるルートを使って、名取史久と幾人かの北朝の人間が入ってきているそうだ。
 それを聞いて組長は膝を叩く。
「よし、行こう!」

 とは言え、ヤクザがこぞって下層部へ向かえばいくらなんでも目立つ。
 私と組長、三倉先生、サユリで向かう事になった。
「まぁ、相手も目立ちたくないだろうし大勢はいないでしょう」
 組長は楽観的だった。

「例の事件って、マジどうやって中継したの? 隠しカメラなんかあったらすぐバレちゃうでしょう?」
「だから秘密だってば」
 三倉先生と組長がじゃれついている。

「しかしナンだねぇ。剣術のお師匠さんが密売人狩りに行くとか面白い世の中だねぇ」
 サユリさんが突っかかってくる。
「自分もこんなことになるだなんて思ってもなかったよ」
 感染者になるとも思ってなかったが、様々な縁が絡み合っているものだなと、世の不可思議に畏れる。

 下層の倉庫エリアまでは車で入れる。そこから作業用エレベーターを降りたり、階段を伝ったりしながら目的のエリアまで辿り着く。
「監視カメラとかあるんじゃないのか?」
「そう言うのは大丈夫だから気にしないで」
 組長はやけに自信満々である。

 そういう訳で、密売人のいるところまで扉一つという所までやってきた。
 息を殺して会話を聞く。
 きっちり録音までしている。

 話は刀や弓について得々と語る商人がいて、名取史久と北朝の商人がそれを値踏みしたり、褒め称えたりしている。
 北朝の話題も度々出ていて、証拠としてはなかなかのものが手に入った。
 録音したモノはそのまま"匿名の情報提供"として町奉行へと流し込まれている。

 さてどうしたものか、躍り出て捕縛という手もあるが――その時、がらりと扉が開いた。
 それは向こうからではなく、こちら側から。
 目を向けると、いつだったかのヴァルポの少女である。

「やぁやぁ、密売人諸君!」
 何やってるんだ! と言うのと同時に、何故気付かなかったのか!? と言う思いが胆を冷やした。

「面倒だ、殺せ」
 名取史久の指示で何人かが動く。
 流石に子供が殺されるままにされる訳にはいかない。
 我々も飛び出ていく。
「殺されるのは君たちの方じゃよ」
 何を見得を切ってるんだ、このガキは!?
 刀を抜いた一人が幼女に斬りかかる。しかし手品を見ているように後ろに回り込まれ、短刀で背中を一撃したのだ。

「おい何やってる!」
 名取史久が号令すると、他の連中も動き始めた。
 彼等は当然私達にも襲いかかり、組長とサユリは三倉先生を庇いつつ戦い、私は名取史久に迫ろうとしていた。

 名取史久と北朝の売人はその場から逃げようとしている。
 私は邪魔するものをなぎ倒し、幼女はするすると避けつつそれを追っていく。
「お前は何者だ!」
 幼女に声を掛けると「なかなかの腕じゃの」と笑うだけだった。

 そんな我々を阻む者が現れた。
「おまえ!」
 絶対に見間違えることのない我が愛弟子。
「先生、こんな所で会いたくありませんでした」
 彼は刀の柄に手を掛けた。
 その時、例の幼女が「あとは妾に任せよ!」と叫び、立ちはだかる弟子をするりと避けて、名取史久の方向へと走っていった。

「お前、その刀を抜いたらどういうことになるか分かっているか?」
「覚悟の上です。然もなくば娘の命はないので」
 食いしばっている彼は微かに震えている。
「逆賊の娘として生きることがどういうことを意味するか分かっているのか?」
「死んだら何もありません!」
 泣き叫ぶように訴える姿は痛々しい。
「他に道はなかったのか?」
 呟くように口にした私の言葉は、彼には届かない。

「よし、わかった」
 私は刀を握り直す。
 彼も刀を抜いた。
 精神を研ぎ澄ます。

 "その瞬間"こそが全てである。
 相手の息づかい、心臓の鼓動。
 全てが噛み合った瞬間、全ては決着が付いている。

 私の刀の切っ先から血が滴る。
「妻と娘をよろしくお願いします」
 彼はその場で倒れた。

 後味が悪い。それだけだった。
 例の幼女は、三人の売人を捕縛し、それを一人で引っ張って来たのだ。
「済まぬな。本命を取り逃した」
 大人びた表情とあどけない笑顔のコントラストが激しい。

 ひと段落した所でお奉行が部下を引き連れやってきた。
 気付けば幼女はいない。
 お奉行は上手くやってくれた。
 シマを荒らしたヤクザとの抗争がうっかり密売を引き当てたという結論を引き出したのだ。
 死んだ連中は、先に斬りかかってきたということで正当防衛扱いされた。

 名取史久はどうなったか?
 濱藤まではユカリさんが追跡してくれた。
 自分の屋敷に逃げ込んだそうだ。
 そして、その直後、名取家は名取史久が事故死したと発表した。葬儀では遺体が確認されているから、偽装ではなさそうだ。
 名取史久が事件に関与したという事実は未だに伏せられている。
 恐らく、当主が決着を着けたのだろう。

 それにしてもあの幼女は何だったのだろう?
 三倉先生が答えらしいものを持っていた。
「露霧衆って知ってる? って知らないか……」
 帝直属の特殊部隊だという。
 実力も顔も一切不明。細かい情報が漏れることはない。
 露霧衆と言う言葉自体、正しいかどうか怪しいレベルだという。
「一説には不老不死の人間が動いているとかなんとか」
 そんな馬鹿な事はあるかよと思ったが、組長は何かしら心当たりがあるような顔をしている。

 弟子の娘はどうなっただろうか?
 みな落ち着き、元の生活に戻った頃、一人の老人が組事務所に訪れた。
 守護人奉行、名取彰久氏である。
 これは流石に平伏せざるを得ない。

「此度の件、迷惑を掛けてしまった。
 詫びと言ってはナンだが、道場は再び君に任せられないだろうか?」
「滅相もない事でございます! 感染者、それもヤクザモノが師範では皆に迷惑が掛かります。それよりも、私の愛弟子の娘を助けてください! それだけで何も言うことはありません!」
 必死だった。
 こんな失礼な要望が通るとは思えなかったが、言わないではいられなかった。
 名取様は「その事なら気にするな。すでに手術が決まっているからな」と笑った。
「お主の心意気はあっぱれと言わざるを得まい。
 道場のことも任せるといい。
 もう一度礼を言わせてくれ。
 君たちのお陰で家が守られたのだから」

 それから定期的に娘から手紙が届く。
 彼に手を下したのが私だと知ったらどう思うだろうか。その点は心苦しいが、回復していく姿を喜ばないではいられない。

 三倉先生は「あんたたちといたら楽しそう」と居候を続行中である。
 サユリ、ユカリ親子は、稲葉家のお抱え忍者として働いている。
 そして私は――相変わらず組長のボディガードである。
「さぁ、今日も一日頑張りましょう。
 こんな世界だけど、少しはよくできるよ。きっとね」
 組長の明るさも今まで通りだ。


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