○これまでの話
主人公はある日倒れ、転生の女神によってアークナイツの世界に転生してしまった。
それは、極東の南朝側、那古市に拠点を置く天鳳会の若き組長、稲葉みおとして。
町奉行の里中詩子や組の仲間と共に、敵対するヤクザと守護人奉行の陰謀と戦い、一応の決着が付いた。
みおの戦いは続く。
鉱石病の暮らしが厳しいのは世界何処へ行ってもそうだ。
極東のこの地に於いてもそれは例外ではない。
私は剣術道場を開いていたが、それも閉じざるを得まい。
感染の原因は古い友人を訪ねた時の事だ。
彼には生き別れの息子がいて、その息子の所在を探していたのだ。その事で伝えたいことがあると言うのが理由である。
彼の"事情"は知っているが、敢えて触れる事もない。
一つだけ言える事は、その息子は数年前に事故で亡くなったということが、最近分かったのだ。
それを報告するため、遠路はるばる那古市までやってきたのだ。
彼の部屋に鍵は掛かっていなかった。
刀鍛冶である彼の工房に立ち入ると、黒い粉が舞い上がる。
その瞬間、それがオリジニウムダストだと気付いた。
既に幾らか吸ってしまった。
一刻も早く立ち去るべきだというのが通常考えられる対処だ。
しかし、彼を確認したかった。
私は息を止めて近付く。
彼は――既に源石に置き換わっていたが、その手元に手紙と一振りの刀が置いてあった。
私はそれを手に取ると、工房を後にした。
手紙には、自分の願いを律儀に全うしてくれるのは私ぐらいだと書いてあり、そして自分が死んだ今、息子に伝えるべき意味はなくなったと書いてあった。
手を煩わせた礼として、自分の最高傑作を持って言ってくれ、そして自分のためにそれを振るってくれと書いてある。
鉱石病に掛かってしまったのは殆ど疑いようのない事実だ。
そして、鉱石病の人間が他の移動都市に入る事は叶わない。
例外は沢山あるが、一介の庶民にそんな都合のいい特例はない。
なので、荒野で野垂れ死ぬか、移動都市の中で迫害を受けつつ、ひっそりと死ぬかのどちらかしかないのだ。
一つだけ……鉄砲玉みたいな使い道があるなと思った。
"悪い人間"が暗殺に感染者を使うとき、上手いこと書類を偽装して他の街へ送りつける。
地の利のある都市へと送り込まれることは想像に難くない。
遠からず死ぬのならば、せめて自分の街で死にたいし、剣の道に生きるのであれば戦って死ぬのも悪くない。
ここには有力ヤクザ天鳳会がある。
駄獣の賭博場に行けばゴロツキらしい連中はいくらでもいる。
少しはキレのありそうな男に声を掛けると、「自分から鉄砲玉志願とは大層なこった」と一人の男を紹介される。
その男はオニのヤクザで天鳳会に繋がりがあると言う。
剣術には自信があるので、軽く剣技を見せると目の色を変えた。
「鉄砲玉なんてとんでもねぇ。お前ならしっかり働けるぞ」
そんなわけで、彼の紹介で天鳳会の本部に足を踏み入れることになった。
若頭代理というエーギルの男にも剣術を見せる。
そこそこ剣の道にも通じているらしく、構えの隙のなさだの刀さばきの正確さを褒められる。
よし、お前はボディガードとして働け。
鉱石病の予防薬は事務所が用意してやろう。
こんな流れ者にあり得ない厚遇である。
流石に耳を疑うと、既に道場の事が知られていた。
どうせ何を言っても信じないだろうと黙っていたから驚きだ。
「剣術先生が近くにいるなら姉御も安心だろう」
それで早速仕事である。
組長は若い女性で、迫力はそれほどでもないが、相当な術者らしい。
いつぞ大きな事件に関わって、朝廷も一目置くとか言うのだから信じられない。
事務所で彼女が仕事をしている間、部屋で刀を手にただ待つことしか出来ない。
「矢代さん。鉱石病大変でしょう」
不意に組長が話しかけてきた。
書類に目を通しながら話をしている。
「鉱石融合率はそんなんでもないので大した事ありません」
仕事の前の健康診断で、「典型的な初期症状だね」と言われてたのだ。
ロドス製薬の薬を貰って、毎日欠かさず飲んでいる。
「困ったことがあったら言ってね」
「ありがとうございます!
組長は鉱石病が怖くないんですか?」
うっかりと質問してしまう。
「怖いよ。でも空気感染しないって分かってるもの、ビビってても仕方ないじゃない。
組長が鉱石病にビビって引き籠もってるって嫌じゃない?」
事もなげにさらっと答えられた。
どう答えたらいいか迷っていたら続きの言葉が来た。
「貴方も突然鉱石病になって動揺しているでしょう? みんな怖いんだよ。でも、恐怖は理性で克服出来るわ。
それって剣術の道にも通ずるでしょ?」
そこまで達観されると返す言葉もない。
「まぁ気楽にして。取り敢えず危険な連中はやっつけた後だし、ちょっと連れ回すけどそれぐらいかなぁ」
それからボディガードとして働くことになる。
彼女の出先、彼女が交渉だの会合だのしている後ろで、いつでも刀を抜けるようにしている。
彼女が幾ら声を張ったところで、男ほどの迫力はない。ただただ強そうな男が後ろに立つと言うのにも一定の意味があるようだ。
特に大きな事はない――とは言え、彼女の命を狙う人間は後を絶たないのだが。
特に自慢する話でもないが、ボディガードに就任して早々、突撃カマしてきた鉄砲玉を――そいつも感染者だったが――切り伏せたのは、私のヤクザ生活にいい方向に働いた。
尤も、その話に尾ひれが付いてしまったのだけど。
ついでに剣術について学びたいと言う若い連中に稽古を付けてやっている。今やすっかり先生扱いだ。
ある日、事務所に電話が掛かってきた。
若頭代理が出ると「あぁ、お奉行ですか」と案外機の抜けた声だ。
お奉行って、どこの奉行だよと思っていたが、若頭代理は電話を組長へと渡した。
「詩子、最近調子良さそうじゃない? 町奉行で何か困ったことでもあったの?」
この街はヤクザとズブズブなのだなと思った。
そして、その奉行と組長の関係がかなりこざっぱりしたものなのだと言うのも分かった。
「うんうん。じゃぁ例のお寿司屋さんでね」
彼女は時間までにキッチリ仕事を済ませた。
ヤクザなのに事務仕事っぽいことしてて、何だよこの人と思ったものだ。しかし電話での指示だの何だのを見ていると、これがこの人の本当の姿なのかもしれない。
組長と一緒に寿司屋へと向かう。
寿司屋は貸し切りになっている。
寿司屋そのものは他の組員が守っているので、私は運転手と一緒に車で待機だ。
お奉行の顔も見える。組長と同じぐらいの年頃の女性だ。
それなりに事情がありそうな気がする。
「組長はちょっと前から随分と成長したねぇ。爆発事件で目が覚めたんだろうね。
組長としての自覚も出てきてて頼もしいよ」
年老いたヴァルポの運転手も勿論組員だった。
組長のことは割と昔から見ていたという。
「昔はどうだったんですか?」
運転手は「おっと、昔話しすぎると組長に殺されちまう」とはぐらかした。
丁度その頃、別の組員が寿司折りを持って来た。
「姉御の差し入れだ」
どうせ大したものではないだろうと思ってたが、有鱗獣だの周鱗獣だのが入っているちゃんとした寿司だった。
一流の寿司屋がいい加減な寿司を出している筈もなく、十二貫がどれも美味かった。
お奉行とどういう話をしていたのか知らない。
知らないし、一介のボディガードがとやかく言う話ではない。
とは言え、二人は笑顔で手を振って別れていた。
組長は多少酒が入っていた。
「矢代さんってお酒飲まれますか? お土産に一瓶だけ貰っちゃったんだけど、このまま家に持って帰ると喧嘩になっちゃうから」
そう言って貰ったのは、クルビアのオリジムシビールだ。
「すっごく美味しかったから!」
そう話す姿は組長と言うよりも、世間で見掛けるただの会社員のようだった。
運転手に勧めなかったのは、運転手が下戸で有名だからだそうだ。
まぁ、下戸が運転手なら事故もないだろうよ。
組長が屋敷に戻り、私は宛がわれた個室に入る。
一応、刀の腕は見込んで貰っている。それなりに揃っている部屋だ。
尤も、軽い旅行で出掛けた先での出来事、特に荷物らしい荷物はない。
家から持って出た護身用の打刀と脇差し、それとアイツから"預かった"刀。
特に買い物で困る事はない。家の者が組長の買い物のついでに買って来てくれる。
屋敷に付いている組員もいるから、男が入る用の風呂だのなんだのも揃っている。
感染者になって人生終わったものと思っていたが、そうでもない。勿論、自由ではないのだが。
例のビールを飲む。
王冠を開けると、芳醇なホップの香りがする。
程よい苦みと、麦の味が口に広がる。
瓶をしげしげと眺めるとボブ農場と言う所で作っているようだ。
ラベルには防護服にチェーンソーを持った男、三匹のオリジムシが描かれている。
そんなものもあるのか。
普段はサケ(世間では極東酒と言うが)を飲む事が多いので、ビールもいいものだなと思った。
気分は悪くないが、どうにも寝る気分にならない。
こんな時は、アイツの刀を眺めてみたりする。
刃文の美しい刀だ。鍔はシンプルだが、幾何学模様が綺麗に打ち込まれている。柄は白く艶のある交鱗獣の皮、漆黒の柄糸が捩り巻きされている。
アイツはどういう思いでこれを託したのだろう?
アイツは刀工としてちょっと名の知れた存在だった――しかし、ここ十年は新刀を生み出すことはなく、世捨て人のような生き方をしていた。
それ故、今では忘れ去られた存在だ。
そして、そんなアイツがいつ感染したのかも分からない。
感染したから隠居したのだろうか? それとも何かあったのだろうか?
この刀がいつ作られたのかも分からない。
売ればそこそこのカネになっただろう。そうすれば鉱石病の治療も出来ただろうに。
今日ばかりは胸のもやもやが取れない。
刀をしまい、警護の詰め所へと向かう。
「矢代先生、ご苦労様です!」
「先生は例の旅行に同行されますよね?」
話を聞くと、組長が旅行を検討していると言う噂話が立っていた。
噂というか、幹部連中に自分が暫くいない間の指示を出しているという。
初耳だが、知らないと言う顔をしててもみっともない。
「組長から指示があるまで狼狽えるな」
そう言って話は収めた。
だが話に出てきたのは濱藤の移動都市である。それに私が一番動揺している。
濱藤は私の道場のある街である。
ある程度見知った連中には手紙を出したが、感染者と知ると大体は返事も寄越さない。
人望はある方だと思ってたが、鉱石病とは恐ろしいものだ。
まだ決まった話ではないが、濱藤に行けるとなると、少しは今の事情を知りたい。
道場は一番見込みのある弟子に任せたので、何もなければいいのだが。
その弟子は、娘が出来たばかりだ。
感染者が顔を出しにくいけれど、挨拶ぐらいはしたい。
結局、その夜はまんじりとも出来なかったのだ。
翌朝、組長を連れてある会合場所へ。
その社内での話だ。
「矢代さん。実は、来週からちょっと旅行へ行くんだけど、一緒に付いてきてくれる? 手続き関係は、昨日の子が全部済ませてくれたから、問題は何もないんだけど」
組長からの提案を心待ちにしてないと言えば嘘になる。
「謹んでお供します」
そう答えて一呼吸を置いて彼女は語りかける。
「濱藤って貴方の元々いたところでしょ?」
そう言われてきょとんとしてしまう。
「話さなくても分かるよ」
彼女は微笑みながら続ける。
「私の用事が済んだら、少し時間をあげる。少しぐらいは片付けなきゃいけない事あるでしょ?」
まだ入って間もない感染者にここまでしてくれるものかと思い、自然と涙が溢れた。
「一生、貴方の為に働きます!」
「そんな大袈裟な!」
組長は笑って済ませたが、私は感謝で言葉にもならない。
当日までに旅の準備を片付ける。
私としてはそんなに持ち物はない。
打刀は"預かり物"の方を持っていこう。いつまでも観賞用ではアイツに申し訳ない。
当日は一人のトランスポーターが迎えに来た。
中年の女性でサユリと言った。皺が見えてきているが端整な顔立ち。若い頃はさぞかし美人だっただろう。
それにしても、隙を一切感じさせない立ち姿には感服した。それでいて、組長を「みおちゃん」と軽い調子で呼んでいる。
どうも先代の組長から使っているそうだ。
「矢代孝四郎……名取家の剣術指南役も落ちぶれたものね」
「あれは自分からやめたんだ」
古い話になる。名取家という守護人奉行の倅に剣術を教えていた時期がある。
お世辞に性格のいいタイプの人間ではなかった。
父親は立派な人なのに残念な事だ。
剣の道、人の道を教えてきたつもりだが、ある日刃傷沙汰になったのだ。
彼は権力でもみ消そうとしたが、父親はそれを許さなかった。
勘当まであと一歩のところで、私が身を引いて譲って貰ったのだ。
あの判断が正しかったのかはまだ迷う所がある。
「それじゃぁ行きましょうか濱藤へ」
サユリの運転で車は動き出す。
「着いたら曼鱗獣の蒲焼きを食べましょう?」
彼女の提案に組長は後部座席から頸を突っ込んで来る。
「えー、昨日櫃まぶし食べたばっかりだよー」
娘っ子みたくサユリに懐いていな……古い仲だからだろう。
櫃まぶしは曼鱗獣の蒲焼きの那古風といった食べ物だ。昨日は組長のおごりで食べさせて貰った。
そう言えば、曼鱗獣の捌き方は南朝と北朝では違うという。
南朝は「腹を割って話そう」の腹開き。北朝は「切腹を連想する」ので背開きだと言う。
「美味けりゃいいじゃねぇか」
独りごちてしまう。
「濱藤の曼鱗獣は美味いからね!」
サユリは上機嫌だった。
「それにしても、みおが旅行って珍しいね。しかもお熱になってる小説家がいるだなんて」
そこから組長の読んでいる小説の話になった。
小説の内容は、鉱石病や種族の差のない世界のSF作品である。
普通に考えて、鉱石病も種族の差もないなんてさぞかし幸せな世界だろう。
しかし、小説によるとそんなに単純な話ではなく、肌の色の違いでいがみ合い、国によるいがみ合い。人間の手による環境破壊やエネルギー問題、世界を滅ぼしうる兵器による問題などを抱えるそうだ。
「救われねぇ話だな。小説の中でぐらい幸せになってもいいだろう」
うっかり素が出てしまった。しかしサユリもその話に乗っかってきて「幾ら何でも人類に対して露悪的過ぎやしない?」と笑った。
組長は「それもそうなんだけどね、ちょっと気になることがあってね」と言って言葉を濁らした。
「なんだい、このサユリちゃんにも聞けない話なのかい?」
サユリも食い下がるが、組長は「ちょっとだからね」と言うに止まった。
そのちょっとの為に仕事もほっぽり出して、濱藤まで行く事になるのだけど。
街道は延びている。幾つもの移動しない村落を通り過ぎ、小さな移動都市も通り過ぎていく。
道は平坦ではないが、それでも交通量はあるのでそれほど支障は来さない。
朝出発して、到着は夜になっていた。
移動都市に入り、ホテルへと直行する。
「ふぅ、疲れたぁ」
組長が伸びをする。
濱藤の"警備会社"と合流し、ひとまず私の仕事はひと段落だ。
このホテルは剣術指南役であった頃、何度も利用したことがある。
尤も食事だのパーティだのに呼ばれた時の事なので、宿泊は初めてだった。
個人的には大浴場があるような旅館の方がよかったが、警備的にはこういうホテルがいいのだろう。
シャワーを浴び、二人との食事に合流する。
約束通り、曼鱗獣の蒲焼きである。
濱藤は南朝側の移動都市であるが、捌き方焼き方は北朝的なので那古市から来た組長には珍しいだろう。
久方ぶりの濱藤だ。しかしこの旅行が終われば、二度と足を踏み入れる事もないだろう。
弟子には連絡を入れた。
組長の用事が終われば会うことが出来る。
何を話そうか。何を伝えようか。
翌朝は早速、組長は小説家と話をする事になった。
小説家が一介のファンに会うのかと言えばそんなことはなく、小説家の方は組長へのインタビューをバーターにしてきたのだ。
取材とは仕事熱心だ――確かに組長は"例の一件"で顔も知られてしまったし、表沙汰になってないアレコレも知っているだろう。
小説家は指定時間にホテルのロビーに現れた。
どんな偏屈な人間が出てくるだろうと思っていたが、思った以上に若い小柄な女性だった。可愛い系の子で、挨拶から何から突飛な印象はなかったのだ。
小説家の名前は三倉紫苑、性別は公開してなかったし表に出てくる情報も少なく、謎の人物であった。
そう言う印象は組長も同じだったのだろうか。割と面食らったような顔をしている。
「こんなちっちゃい子が良く書くねって思った?」
挑むような眼差しに組長は、「ごめんなさい。でも思ってた人物像とあんまりにも違うから」としどろもどろになっていた。
「まぁそう言う顔される方が、何かと便利だからね」
作家はそう言って話を始めた。
組長は、あの小説が何処から着想を得たのか気になっているようだった。
「ひょっとして自分も同じようなの考えててパクられたとか思ってたり?」
「滅相もない! でも――何というか、小説読む前に見た夢に凄く似てたから」
「どうなんだろう? 人間の記憶って曖昧だから、後で知った事を昔から知っていたみたいに思う事あるじゃない? そう言う手合いって割と見てきたから信用してないんだよね」
「もし、貴方が同じような夢を見たことがあったりしたらって思って」
「いやぁ、そういうオカルトじみた話し好きなの?
私は単純に、そう言う世界でどんな問題が生じるかって考えただけだよ。
私の好きな言葉に、"優れたSF作家は自動車を発明する。卓越したSF作家は渋滞を予言する"ってあるのよね。
まぁ私、これでも売れっ子作家じゃない? だから慎重に考えただけだよ。
もっと言えば、慎重に考えれば誰でも思いつく可能性はある。
私とそう言う人との違いは、私はそれをきちんと文章に残したってことかな。
それだけのこと。それ以上でも以下でもない」
組長は今ひとつ納得している顔をしてない。
「ひょっとして、経験したことしか書けないとか言う手合い?
経験しないと書けないなんて二流の言い訳だよ。
想像力と推論能力のために人生の何に時間を掛けるかというのは大切だけど、人と違った経験したってだけで何か書けるなら、作家稼業なんて犯罪者だらけになるじゃない。
貴方だって、私なんかよりよっぽど凄い経験してきてると思うけど、それだけで作家業が務まるとか思ってたりする?」
割と歯に衣着せない子だ。
組長は割と泣きそうな勢いだ。
「ねぇ、貴方、本当にあの事件の首謀者なの?」
そこまで言われるとつらいだろう。
それからああだこうだと取材は続いた。
勿論、組長にも言えない事は多い。
名前を伏せたりするけど「それって○○って人だよね?」みたいな事まで出てくる。
「貴方、ジャーナリストにでもなるつもり?」
「私、調べ始めると割と熱籠もっちゃうタイプだからさぁ」
頭を掻きつつ笑い、そして真剣な眼差しになる。
「最近、ちょっと不味いことになったんだよ。
軽い気持ちで北朝との密輸について調べてたんだ。
別に密輸なんて普通でしょ? 今時、高校生だって忍者の持ってくるゲームを遊んでる。
だから、その辺の人間関係とか調べてたんだよね……」
どうもこの子はアタリを引いてしまったらしい。
密輸は御法度ではあるが、あくまで名目上である。
密輸なんて誰だってやっている。いつぞ食べた寿司だって寿司屋お雇いのトランスポーターと言うか忍者が運んでいる。
忍者って言ったって様々だ。要人暗殺なんてやってしまう連中もいれば、鱗獣やらゲームやらを運んでいる連中もいる。
実際、サユリだって忍者だ。
運び屋には運び屋の機微がある。どこで袖の下を渡すとか、どういう手続きがあるとか、誰に気をつけるべきかとか様々だ。
移動都市の外を移動するのだって様々な困難がある。
誰しもそれを織り込み済みで密輸しているのである。
とはいえ、これは絶対にやったらヤバイと言うのは幾つもある。
刀剣等の武器、アーツユニット、純正源石の類は流石にお上も黙っていない。
どうやらこの作家先生は、刀剣密輸の情報を握ってしまったらしい。
濱藤は北朝に割と近いから、この手の情報だの物資だのが出入りしやすい。
迂闊と言えば迂闊だ。
「ヤクザの親分なら匿ってくれるでしょう? 私死んだら、続き読めないよ?」
エキセントリックなお嬢さんだ。
「北朝のこういう情報を役立てられそうだし」とも付け加える。
「いや、私、別に好き好んで北朝を敵に回してる訳じゃないし……」
しかし、そこまで言いつつも組長は彼女を黙って見過ごす事も出来ないでいる。
イライラしたように頭を掻くと、「あー、もう! しょうがない!」と彼女の同道を許したのである。
荷造りにまで同行することになる。
離れて早々暗殺されるなんて寝覚めが悪いから――組長は笑顔で私とサユリにお願いしたのだ。
警備会社の警護は、ホテルとその周辺の契約だから、そこから離れるというのは危険な行為ではあった。
「まぁ矢代のおっちゃんも強そうだしいいんじゃない?」
サユリはあっけらかんとしている。
彼女の家に着く。
案外普通の家だ。小さな平屋でささやかな庭がある。
若い子が自分の収入で買うにしては豪勢だが、しかし新進気鋭の作家としてはかなり控えめである。
「おっきい家とかそんなに必要ないでしょう? モノ書くだけなんだから」
それが彼女の持論であった。
組長は家の"雰囲気"から罠があると察知した。
どうやっているかは分からないが、絶対にあるといって譲らない。
でも三倉先生は「でも、荷物あるし」と言ってこっちも譲らない。
「他に入れる所とかありますか?」
「縁側とか?」
縁側の雨戸は当然内側から閉まっているので、外からはどうにもならない。
「乱暴するけど許してね」
組長はアーツユニットを雨戸にかざすと、雷光がきらめいた。
次の瞬間、かなり派手に扉が消し飛んだのだ。
「何てことするの!?」
「これから生活棄てようって人が何を気にしてるの?」
無茶苦茶だった。
組長は扉の内側にも罠が仕掛けてあったのだと説明し、「玄関よりは突破しやすかったから」と笑う。
笑い事ではないのは三倉先生の方だが――ぶつくさと言いながらも荷物を取りに部屋へ入っていく。
そしてこの時、組長もサユリも、そして私も気付いていた。
敵の気配に。
「*極東ヤクザスラング*!!!!」
スジモンどもが奥の部屋から飛び出してきたのだ。
私は三倉先生を庇い、脇差しで応戦する。
打刀を振り回すには狭すぎる。
サユリは後方から手裏剣を投擲して援護してくれる。
しかし背後も忙しそうだ。
家の外からもヤクザだの鉄砲玉だのが雪崩れ込んでくる。
危ないと思ったが、組長は自分のアーツを使い、それらの敵を一掃していく。
戦闘は一瞬だった。
大した強敵もいない烏合の衆だ。
組長はスカートの塵を払い、三倉先生の手を握る。
「エキサイティングね」
三倉先生は震えながらも強気だ。
「エキサイティングなのがお好き? ならもっとお好きになりますよ!」
組長が楽しそうだ。
「それいいね。何かで使っていい?」
「さてと、残るは矢代先生の用事だね」
組長的には大団円直前みたいな顔をしている。
しかし、どういう顔で会えばいいだろうか?
道場では色々と気にする連中もいるというので、結局ホテルで話をすることにした。
約束の時間、弟子がやって来る。
他のメンツは気を遣って離れた所でお茶をしている。
一番目に掛けて、そして期待に応えてくれた優秀な弟子だ。
朗らかな挨拶から本題に入ろう――しかし何をどう話せばいいのか?
役所的には遠方での感染は客死扱いだ。
なので、私の手紙を証拠にして登記の変更などはつつがなく終了した。
とは言え、彼の顔色がすぐれない。
どうしたんだと問い詰めるが、「お師さまが気にするような事じゃないです」と言うばかりだ。
長年見続けてきた彼の事は分かる。
素直な男だからそれでも言えないというのは余程のことなのだ。
「言いたくなったら伝えてくれ。
道を踏み外す前にな」
それが最後の言葉だと思うと少し寂しい。
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