俺は仕事中に倒れたようだ。
平成初期の建築物にどうにかこうにか今時の内装を施したオフィス、総務に何度言っても変えてくれない古びたオフィスチェアが軋み、そのまま床に崩れ落ちる。
周囲の人間が騒いでいるが、何を言っているのか、声が遠い。
視界が暗くなってくる……俺の人生はここまでか。
今までの人生はいいことなしだった。
親は皮肉屋、学校ではいじめられ、それでも腐らず勉強して、奨学金とバイトで国立大学も出たが、ブラック企業で使い捨てられた。
仕事仕事の毎日で休みなんかはない。当然友達もいなかった。
遊びらしい遊びと言えば、スマホに入れたソシャゲぐらいだ。
ゲームぐらいが努力に見合う成果をくれたのだ。
あぁ、ゲームの世界に転生したい。
気が付けば、自分の身体は見えず、視界はただただモヤが掛かっているようだった。
人の声がする。女の人の声とも、男の人の声ともつかぬ。
「今までの人生ご苦労様でした。
苦渋に満ちた人生を諦めずに生きていた貴方に褒美をあげることにしました。
そう、人から好かれる容姿と、その世界で活躍できる素晴らしい能力を授けましょう。
転生先は――そうですね。貴方のよくやっていたゲームにしましょう。ここ一年で、一番プレイ時間が長いのは……
アークナイツですか。
分かりました、貴方をアークナイツの世界。テラに転生させましょう!」
俺は全力で「やめてくれー!」と叫んだが、声は一切出なかった。
そして、再び意識が薄れていく……
確かに、ここ一年はイベント目白押しだった。水チェンは苦労して手に入れたし、リィンは少人数編成に必須になったし、狂人号の元素ダメージにはハニーベリーを必死で育てた……ここに来て、ゲームのことを考えるとは……もっと細かくシナリオを読み込んでおくべきだったな。
気が付いた時、私は病院にいた。
如何にも町医者という風で――それが町医者と思える程度には、そこは日本だった。
「おぉ、気が付いたか」
そこには猫耳を付けた、年老いた医者がいた。
私は「ここは?」と聞くと、親切そうな医師は「中村区のいつもの病院だよ。お前さんが倒れるとはな。どんな術をうけたんだよ?」と微笑んでいる。
「中村区?」
「お前さんのシマだよ。那古市中村区は天鳳会のものじゃないか、何を言ってる?」
老医師は馬鹿にされていると思ったのだろうか? 如何にも当然と言う顔をしている。
「わからない……」
私が答えると、「おい、まさか!」と部屋を飛び出した。
処置室のベッドには、厳つい顔のループス、クランタ、オニ、サルカズがいる。
今、さらっと種族名が出たのはゲームの影響の所為だ。そのはずだ。
「姉御……」
全員が心配そうな顔をしている。
「済まないが、記憶がないんだ……」
私がそう言うと、「姉御は、天鳳会の組長、稲葉みおの姉御でございやす!」とクランタの男が言った。
「そうか……鏡を見せてくれ」
そう言うと、少しスカしたサルカズの男が手鏡を出した。
「コータス?」
深く赤黒い目をした白く長い髪の毛と、細長い耳、気が付けば小さな尻尾――それはコータスそのものだった。
その毛並みは美しく、自分で言うのもナンだけど可愛いのだ。
「そうです、姉御は神民の末裔、稲葉家の跡継ぎです!」
状況は何となく見えてきた。しかし、なんでこんな厳つい男ばかりなんだ? それ以上に、私が何故病院にいるのだろう?
医者は「他は大丈夫だ、"源石爆弾"じゃないかと思ったが、そのセンはなさそうだ。安心しろ」と太鼓判を押した。
他の人間が言うには、天鳳会の資金援助で設備は揃っているそうだ。
以前の自分に感謝して病院を出た。
そうか、鉱石病ではないのか。
アークナイツ世界に来て一番の懸念が消えたわけだ。
それだけで、自分がヤクザの親分だろうが、ここがマッポーと名高い極東だろうといいような気がした。
現場にいた組員は全員死んでしまったので、詳細は分からないそうだ。後続の連中がすぐに応戦して事なきを得たという。
黒塗りの高級車に乗ってから移動はあっという間だった。
事務所は窓の少ないビルの一つ外側を高い塀で囲んでいる要塞のような建物だ。
「西成署みたいだな」
ふと呟くが、聞き返す組員はいなかった。
「姉御! 大丈夫ですか!」
幹部っぽい連中が次々に声を掛けてくる。
ペッローやエーギル、サンクタも混じっている。
サンクタとサルカズが一緒にいると言う事は、そこそこ民族的な仲違いは少ないのだなと安心した。
よくやってるじゃないか、前の私……と思っていたが、そんなほのぼのした話ではない。
私と私の警護をしていた組員をやったのは、国士会の連中らしい。
最近勢力を伸ばして調子をこいているそうで、私の命を狙った事件は、地上げ絡みでならず者を詰めていた事務所を、私が殴り込みに行く時に起きたようだ。
どうも、その事務所自体が罠らしく、国士会のチンピラも多数死んでいたらしい。
流石に、そこまでの事件ともなると、町奉行が出てこないわけにはいかない。
落ち着いたら、直々に事務所に来るという――と言うか、連絡はしてあるからすぐ来るようである。
「お奉行が到着しました!」
ドスの利いた声が響く。
瞬間、大袈裟な音を立てて重厚な扉が開く。
「みお! 大丈夫か!?」
現れたのはフェリーンの美人さんと、後に続く警官だった。
「貴方が那古市一、いや、この南朝で有数の術士なのは分かるけれど、無茶はしちゃダメでしょ!?
部下のためと言うのは分かるけど、無理をしたら許さないからね! 貴方は私のお嫁さんになる人なんだから!」
制服をビシッと着たその女は早口で捲し立てた。
「お、お奉行……」
声を詰まらせる組員、お付きの警官は押し黙っている。
「なによ!?」
声を掛けた幹部は、私が記憶喪失だと伝えた。
「そ、そうなの!? じゃぁ、私と結婚の約束してたのも覚えてないの!? ねぇ、明日から撞木町の屋敷で一緒に暮らすとかいうのも忘れてるの? まぁいいわ、それはそれでいいから、一緒に行きましょう!?」
ハイテンションで続けようとするのを、私のとこの幹部が止めた。
「そんな約束してないでしょう。
それに、那古市も南朝も同性婚はありません」
「うるさいわね!」
奉行の一喝で幹部は引いた。
「それで、貴方はどなた?」
私が訊ねると、「みお! そんなことも忘れたの? 永遠の愛を語り合った私と言う人を!」と勝手に盛り上がる。
「そういうのいいから……」
私が呆れていると幹部の一人が耳打ちしてきた。
相手の女は里中詩子で那古市の町奉行だ。我々の世界で言うならば、警察本部長と言った所か。
そんな立場の人間が、ヤクザの親分に会いに行くって、常識的にヤバイだろと思ったのだけど――ここはテラの極東の地、マッポーを極めているか。
「これからライン生命の事務所に行きましょう! あそこなら女同士でも子供が作れるでしょう!」
里中は暴走気味だった。
私は横の幹部に尋ねる。
「前からこうなの? 私はどうしてた?」
「最初からこのようなお方です。塩対応でよろしいかと」
「元気な顔を見たら、もう十分でしょ? こっちもこっちで大変なのよ」
私がそう言うと、里中はハッとして、そして声色を低くして一言添える。
「お願いだから、こっちの邪魔はしないでね。国士会は私が潰すから」
そこまで言うと、「お大事にね。記憶が戻るのを祈っているわ」と優しい声色を去り際のセリフにして、扉を開けて去っていった。
嵐のような女が去って、気持ち落ち着いたと思ったときに重大な事に気付く。
「私が記憶喪失って周囲に知られたらマズくない?」
本部長のビシッと決めたペッローの男が口を開く。
「手は打ってありますが、病院に担ぎ込まれたのは間違いありません。敵対勢力が手を出さない保証はありません。
里中様には内密にしておくように言ってあります。
天鳳会は奉行とは上手く行ってる方なので、悪い様にはしないでしょう」
若頭代理のキレモノ感あるエーギルが言葉を継ぐ。
「奉行は兎も角、下の連中を動揺させては組の沽券に関わります。手を打たないでは済まされません」
事務局長のサルカズのやさぐれた感じの女が反論する。
「姉御が今の状態で戦争始める気か?」
それからは喧々囂々となってしまった。
マズイ、これはナメられる。ヤクザだの鎌倉武士の世界、ナメられたら殺す勢いでいないと、こっちが殺されるハメになる。
あらん限りの声で叫ぶ。
「黙れコノヤロウ!」
思った以上に声が張った。
口にした自分が一番驚くが、口ごもる訳にはいかない。
「事の発端はなんだ!? 地上げだろう。地上げ屋を詰めろよ」
背景も分からないのにかなり危険な発言だが、咄嗟にはそれぐらいの事しか思いつかなかった。
舎弟頭のリーベリが「儂のところでやります」と名乗りを上げて話は収った。
「話を聞きたい、何人か残れ」
そう言うと、特に言い争う事もなく、本部長のペッロー、舎弟頭のリーベリ、若頭代理のエーギル、事務局長の女サルカズ、老獪なオニの顧問が残った。
「姉御、腹を割って話しましょう。記憶喪失は本当ですか?」
ペッローが訊ねるので「その……正直何も……」と、急に自信がなくなる。
「事務所の連中に口の軽い馬鹿はいませんが、外では絶対に知らないとは言わないでくださいね」
リーベリが呆れた顔をしている。
「でも、どうするの? 黙ってたらそのウチバレちゃうよ」
サルカズが言うので、エーギルが「私が一緒に動きます」と話を進める。
「所で、若頭代理って、若頭はいないの?」
私が素朴な疑問を呈すると全員がため息を吐く。
「会長に代替わりしたのは半年前。それから正式な若頭を決めていない。会長はまだ年若いから、若頭は立てずに若頭代理としている。未だにその手腕に疑問を持つ下部組織は多い。
そこに来てこれだ」
顧問が厳しい顔をしている。
「分かった。人前では大きな顔をしておくよ!」
必死になって答えた。
「組長付きは今日のことで死んでしまったし、部屋住みについては何も知らないヤツに代えた方がいいだろう」
映画と漫画程度のヤクザ知識をフル動員して、役職を整理する――部屋住みは言わば付き人だ。私が何者だったか、彼等から聞くのは悪くない。そのように言うと「危険です!」と本部長が口を挟む。
「だが、記憶が戻る切っ掛けになるかも知れない」
エーギルが異論を呈する。
「その部屋住みと私の前の関係ってどうだったの?」
「上手くやってた方かなぁ。小遣いも気前よくやってたし」
サルカズがそういうので、「じゃぁ、そのままで」と伝えた。
さて、ここからが勉強タイムだ。
天鳳会は那古市に拠点を置く、南朝では有力なヤクザの一つだ。
正面から敵対しているのは国士会で、この那古市に於いて正面から勢力を伸ばそうとして来ているのだ。
一般的に南朝では、ヤクザが北朝と繋がりを持つと武者が突っ込んで来て斬獲されると言う。だが、それは表向きの問題だ。国士会と北朝とは繋がりあるのではないかと言われている。
天鳳会は、そういう意味で南朝政府と上手くやっているタイプのヤクザである――それ故に多少ナメられるきらいがある。
市内にはシラクーザや龍門のマフィアの息の掛かった組織もいる。かなり険呑な状態だ。
里中が天鳳会と私に目を掛けるのは、幼馴染みだからだという。それと、叔父が国士会に殺されているのも原因の一つだ。公式的には天鳳会が裏社会を押さえていれば、奉行的に楽できるという所だ。
勿論、政府にとってヤクザは迷惑な存在でしかない。しかし、政府の中にヤクザを便利に使う人間がいるから許されている。そういうバランス感覚なのだ。
私自身にテラの大まかな知識があるので、「どこから記憶がないんですか?」と疑われる始末だ。
流石に転生して憑依したなどとは言えまい。
ざっくりとした前提を聞いたところで、若頭代理に「お疲れでしょうから、今日はここまでにしましょう」と言われた。
そんなに疲れているのかな?
そういう訳で屋敷に向かう。
車で五分程度。
その五分で眠ってしまった。
会長の名誉に関わると、到着してすぐ若頭代理に起こされる。
五人の部屋住みが出迎える。
五人ともカタギとは思えない面構えの女の子だった。
ヴィーヴル、ヴァルポ、サンクタ、龍、ウルサスだ。
全員それぞれに見た目に可愛さがあるが、同時に厳しさも感じる。
「会長! お帰りなさいませ!」
声を張っていて、可愛げがない。
ここで若頭代理に頼ったら威厳がないと思って、私は若頭代理を帰した。
組からついてきた十人ばかりの護衛も下りたが、彼等はそれぞれの持ち場に散っていく。
私は広間に部屋住み五人を呼び出し、護衛には人払いをお願いした。
「お前達に一つだけ言う事がある」
なるべく威厳を出そうとして声を張るのだけど、どことなく空回りしている自覚がある。
その微妙な空気に全員が固唾を呑んだ。
「私は今日、記憶を失った。思い出す手伝いをして欲しい」
そう宣言すると、一人、また一人と噴き出した。
サンクタの顔に傷のある女の子などは、呼吸困難になるほど笑っている。
「みおちゃん、それマジ?」
目つきのキツい龍の女の子も笑いながら聞くし、ヴィーヴルの女の子も「ドッキリとかないよね? 絶対に笑ってはいけないヤクザ事務所24時間とか」と訊ねる。
仏頂面のウルサスの子も口元が緩んでいる。
「笑うな!」
そんなの笑うに決まってるか……五人ともひとしきり笑った挙げ句に、「本当に記憶喪失なの? そっくりさんとかじゃないよね? そうだったら明日には那古港に沈んでるよ?」と言うので、「残念ながら本当らしい。何かの間違いで入れ替えとか起きていなきゃ」と真剣に答えた。
流石に冗談ではないと気付いたのか笑い声は止んだ。
「ねぇ、私と貴方たちってどういう関係?」
「組長と使いっ走りだけど?」
大人びた顔のヴァルポの子が答える。
「いや、そうじゃなくて……」
「他に人がいないときは友達だよ。みおちゃん、子供の頃から友達いなかったしね」
「どういうこと?」
「先代ができるだけ普通の子に育てたかったみたいだよ? まぁ、私達がいるって時点でお察しだけど」
全員がニヤニヤしてる。
「そんなに?」
「暗い子だったからね。でも、半年前に先代が急死して、遺書もないから自動的にみおちゃんが組長になったんだよ。
本人は……って本人の前でいうのもアレだけど、結構嫌がってたみたいだよ。
そんなんだから、マジどうしようってなっててさ。
術士としては凄いから、一度鉄火場を味わうといいってんで事務所強襲したらこのザマでしょ?」
何となくアウトラインが見えてきた。
「私ってそんなに強かった?」
「才能まで忘れちゃわなければ、市内で最強なのは間違いないよ」
ウルサスの子が、アーツユニットらしい杖を持って来てくれた。
それに触れると、私の身体が拡張された気がする――否、完全に拡張されている。
周囲の電子機器の状態が手に取るように分かる。
護衛の通信や、個人的な電話など、全部が頭に入ってきて、それが整理されて意識上に提示される。
私の驚く顔を見て「才能は生きてるみたいね」とウルサスの子が笑う。
「みおちゃんのアーツは、光子を操る能力。半径五十メートル以内の電子機器は制御下に入って、二十五メートル以内なら群れて飛びかかってきた人間を殆どの場合"無力化"できる。手を頭に触れたらその人の意識も読めるって言ってたね」
心の中で「チート過ぎるだろ!」と叫んだけど、私は淡々と説明を聞いた。
「あの里中って子は?」
「あぁ……」
全員が残念そうな顔をしてる。
「親同士が仲良かったんだよね。それで腐れ縁って言う感じじゃない? そういうのをみおちゃんは煙たがってたけど、あの子アプローチが激しいから……でもまぁ、ちょこちょこ連絡してたし、ある程度気を許してたんじゃないかな?」
ふと自分のスマホの連絡先を見る。
五人の"友達"と幹部連中の名前、護衛の呼び出し、そして里中の名前だけだった。
もう少し仕事上の繋がりとかいろいろあるだろうと思ったけど、本当にそれしかないのだ。
「彼氏的な人なんていないよね?」
私がおどおどと訊ねると、全員がどっと笑う。
「いるわけないじゃん!」
「そ、そうなの?」
「私達も弱点作るといけないってんで、恋人が作れないことになってるんだよね。だから運命共同体。みおちゃんが頼りになる旦那さん作らないと、私達も解放されない」
サンクタの子が笑い声で説明した。
「結構しんどいんだから、しっかりしてよね!」
ヴァルポの子が背中を叩いた。
「最後に……私達の関係ってマジだよね?」
「そうじゃなかったら、私達、明日には那古港に沈んでるよ!」
そういう訳で、私は自室に戻った。
女の子の部屋にしては地味だな。
化粧品は高そうなのが揃っているけど、控えめな色合いばかりだ。
そう言えば、化粧ってどうしたら? どんな服を着てるのだろう?
そんなことを考えつつ、鏡台を覗かずに私は倒れ込むように眠りに就いた。
考える事が多い。自分の容姿を未だはっきりと見ていない。
そう言えば、明日は何をするのだろう?
ヤクザの親分って何をすればいいのだろう?
夢の中でも思考が巡る。考えなきゃ……覚えなきゃ……
朝、何に邪魔されることなく目が覚めた。
かつてないほどの気持ちの良い起床だ。
スマホに手が伸び、時間を見る。
「ヤバイ! 遅刻する!」
一瞬、最悪な光景が頭を過ったが、次の瞬間「何か焦るようなことかな?」と正気に戻った。
よくよく考えれば、自分は転生した身であると思い出す。けれどなんとなく、それも嘘のような気持ちにもなる。
シャワーを浴び、メイクをして身支度をする。
鏡に映る私の姿は見慣れているような気もするし、全く新鮮なものにも映る。
「私、こんなにも可愛いのか」
ふと口にしたけど、冷静に考えると恥ずかしい。なんでこんなことを口走ったのだろう?
部屋住みの子たちと一緒に朝ご飯を食べて、少しばかり雑談を楽しむ。
具体的に何がどうと言う事もない。
ご飯が美味しいとか、新しい服を買ったとか、今日はメイクの載りがいいとか……そんな程度の話だ。
あれ? 自分って記憶喪失だったような?
何となく引っかかる気持ちを感じつつ、若頭代理のエーギルの到着を待つ。
「みおちゃん変わったね」
ヴァルポの子が笑う。
若頭代理が迎えに来ると、「元気そうでなにより」と微笑んだ。
念のために大きな病院に行くという。
流石にヤクザの力が行使されるだけあって、検査は上げ膳据え膳で次々に進んでいく。
最後の問診で、エラそうなお医者さんに「特に悪い所はありませんね」と、困った顔をされた。
曰く、今日にも記憶が戻るかもしれないし、永遠に戻らないかもしれないと言う。なんとでも言える予言を賜ったものだ。
それからおあつらえ向きの採石場へと向かう。
「会長のことを疑っていませんが、従来通りアーツが使えるか見極めさせて貰います」
アーツユニットを握るだけで半径五十メートル以内の情報はいとも容易く手に入る。一点集中すれば、もっと遠くの情報操作もできそうだ。
光を一点に集中させる。
何を労すると言う事もない。ちょっと意識を向けるだけだ。
杖の先から紫色のレーザーのような強力な光線が伸びる――その瞬間には遠くにある石の壁が木っ端微塵になった。
若頭代理は「ほぅ」と言って、「これも出来ますか?」と一握りのコインを空に放り投げた。
意図はすぐに理解した。
"計算"は自分の外側の何かがやってくれるような気がした。
大まかにコインの中心を射貫くイメージをすれば、私のアーツユニットはその通りに幾筋もの光を飛ばし、全てのコインの正鵠を射貫いていた。
「予想以上です」
彼は再び微笑むと「以前より上手くありませんか?」と言うのだった。
「もういちど初めからやりましょう。ヤクザとしての所作と考えを」
そう言って、彼は私を様々な場所へと連れて行く。
今日は何処何処の事務所、明日は何処何処の会社。
声を荒げるべき場所。機嫌良くしているだけで上手く進む場面。"ならず者"の中にある不文律や、空気感。
私は自分で言うのもどうかと思うが、真綿のように吸収していく。
部屋住みの子達は、私の変化を歓迎した。
私の父親が願ったのとは違う形で、私の成長を喜んでいる。
彼女達の親は、組のために殉じた構成員だ。先代はその責任を負っていたのだ。
「みおは本当に記憶喪失なのだろうか?」
天鳳会を評価していた分析官は、会長は影武者の可能性が高いと判断していた。
問題は、あんなにも"似ている"人間をいつまでも隠せていただろうか?
そして私が接触したあの感覚は、間違いなくみおだったのだ。
「自分で自分が信じられなくなる時があるよ」
部下に笑うと「お奉行、それはここだけにしてください」と釘を刺される。
みお、どうなってしまったんだ? 変わってしまったのか?
あの自信も力強さもない彼女。
天下無比のアーツを扱う彼女――それをいつまでも嫌がっていた彼女。
会長という重責に耐えきれない彼女。
みおが襲撃で倒れたという一方に私は動揺した。
友人が倒れたという意味でも、これで彼女が少しでも楽になるだろうと思った意味でも、そういう事を考える自分にも。
だけど、その日の夕方には彼女の顔を拝めたし、平気な顔をしている事に安心できた。
安心なのだろうか?
もやもやした気持ちは、追ってもたらされる情報で更に深まる。
みお。愛おしいみお。
彼女は今でも友達と言えるだろうか?
彼女から連絡が入らない。そして、私からも入れる勇気がない。
この街の治安を守っている身として情けない。
鑑識の情報にも目を通す。
みおが倒れたあの現場はすぐに調査が入った。
源石は検出されなかった。そればかりかアーツを使っただろう痕跡もないと言う。
幾つもの監視カメラを検証して、現場の様子を探る――屋外での映像しかないが、部屋がオレンジ色の炎に包まれるのが分かる。
外からアーツが打ち込まれた様子はないし、建物にいたのは天鳳会と国士会の構成員だけだ。そして、みおを除くと部屋にいた全員が死亡している。
建物から逃げた人間や、死亡した人間に術士はいないし、それらしいアーツユニットの残骸もない。
何か証拠らしいものと言えば、源石を使わない何かの"回路"である。
私の知る限り、源石を使わない電子回路なんて存在しない。
だが、"普通の痕跡"が微塵もないのだ。
私は藁にもすがる思いでみおに連絡していた。
「みお、元気? 私のお嫁さんになる覚悟できた?」
私の言葉に、「貴方がお嫁さんでもいいのよ?」と返ってくる。
かつてのみおでは絶対にない返事だ。
「ところでさ……アーツも源石も使わないで爆発って起こせる?」
彼女は術士だ。その術士にアーツを使わない方法を訊ねるのが間違っている。
彼女は躊躇いもせず「火薬とか?」と言う。
火薬とは何だろうか? 彼女は「火を付けると爆発する? よく分からない」と言うのだ。
「分からない話しないでよぉ」
私が戯けると「分からないのはお互い様でしょ」と笑った。
ヤクザの修行を再開したと聞いていたので、「少しはドスの利いた声が出るようになった?」と言うと「お嫁さんがそんな声出すの聞きたいの?」なんて言われる。
全く拍子抜けだった。
あのおどおどした彼女は陰も形もない。
でも、これはこれとして愛すべき人物だった。
"火薬"の情報は最高機密にした。
そんな言葉も物質も、鑑識が知ることはない。政府の中央研究所に聞けば少しは情報があるだろうか?
慎重に情報を照会している間にも、様々な事件が起こる。
奉行所はヤクザの相手をしていればいいと言うものでもない。
チンケな窃盗や喧嘩、刃傷沙汰、殺人。事件のない日はない。
詐欺グループ、強盗団、そして北朝の差し金。
間諜を潜り混ませ、組織解体の糸口を見つける。
北朝や海外の勢力に対抗する機関は多数ある。
中央の町奉行、近衛府、朝廷の外交府、地方の守護人奉行、そして我々のような町奉行――それぞれがそれぞれの政治的バランスで動いている。
勿論、那古市町奉行としては朝廷に従っているし、情報は各機関と共有している。
しかし、一番きな臭いのは国士会とそのバックだ。
何かしら怪しい動きをしているのは間違いない。
国士会は元からそういうヤクザではなかった。
三年前、ある親子が急にのし上がってきた。
次期会長を狙う立場にあり、それ故、対天鳳会の急先鋒である那古市の事務所を任されるようになった。
あまりにも急な話で情報は多くない。息子が特別なアーツを使えると言うのが理由と言うが、詳細は分からない。ただ、政敵を殺しまくったらしい事は間違いない。
それで勢力図が一気に変わったのだ。
何せ、潜入していた間諜や忍者まで殺されたのだからただ事ではない。
そして、今日も一人の部下が殉職した。
何か大きな情報を掴んでいた。
守護人奉行の内部にも腐敗があると言うレポートを受け取った矢先である。
彼が斃れた場所は分かっていた。
弔うためには徹底して情報を拾わなければならない――鑑識が言うには、アーツでも源石でもない爆発が起こったと言う事である。
"火薬"か……火薬とは何であろうか。そしてそれは誰が作っているのだろうか?
問題の"息子"が? 慎重に考える必要がある。
少しはヤクザらしくなっただろうか?
前の世界でヤクザらしくなりたいなどと言うと、白眼視されるに違いないが、この世界では一定の社会的地位と、組によっては尊敬すらされる場合もある。
光栄なことに天鳳会は仁義のある側のヤクザだと評価されている。
里中が交流を公言しても差し支えのない程度には、よいパブリックイメージがあるのだろう。
テラと言うか、極東のこういう形式張らない世界に魅力を感じてしまう。
勿論、それは命が安いこととトレードオフではある。
"可哀想ランキング"とか"お気持ちバトル"なんてものは存在せず、明け透けな闘争がそこにはある。
転生するならロドスの内勤だろうと思っていたが、あそこだって社会である以上、仲良し倶楽部ではいられまい。
そうであるなら今、一国一城の主である事は幾らか気が楽な所もあるだろう。
気が楽か……
別に会長という立場が楽であると言う訳ではない。
私がいらぬ所で狼狽えれば組織の屋台骨が揺らぎ、不用意な発言をすれば内乱が発生するだろう。
権威と権力を誇示し続けなければ、ヤクザみたいな組織は瓦解してしまう。
暴力的になる必要はない。私が強いのは誰もが知っているのだから。
極東に於けるほぼ絶対的な価値観は、ナメられたら殺すである。
ナメられると言う行為は、元の世界なら相手から見下される程度の意味でしかない。しかし本邦に於いて反撃してこない相手と言うのは、自分の権利を自分で守る能力や意思のない人間だと言うだけのことだ。
自分の事を自分で守る意思のない人間に、極東の社会は厳しい。
日本人は耐えに耐えて、ある一点でキレて大きな騒ぎを起こすのだと言われる。だけど極東のこうしたスタンスを見ていると、"耐える"というプロセスを道徳に落とし込んだからこそ、まだ満足して社会を維持できるようになっただけに思える。
折衝をして落とし所を見つけて関係を維持する――日本人にはそうした事が出来ない人間が多い。じゃぁ、それは極東も同じかと言うとそうでもない気がする。
少なくとも命が掛かる問題だ、少ない頭でも考えるだろう。
それに極東は何だかんだ言ってウルサス帝国や炎国に国境を接している。思った以上に島国根性を感じない。
相手の名誉を不用意に傷つければ自分の命に関わる。
そういう所から極東人は礼儀正しい。ヤクザのような社会ならなおのことである。
私は"元々"礼儀正しい方だった。それが役に立つ。
あの大親分が礼を尽くすのならば、不義理は絶対に出来ない。
そういう風に人をまとめていくのは、思ったよりも気分のいいことだ。
里中にはあれ以来会っていない。それが暫くぶりに連絡を入れてきた。"爆発の原因"に関する相談だ。
自分でもよく分からないが、"火薬"が原因じゃないかと言ってしまった。
火薬……前の世界の物質だ。レインボーシックスコラボイベントで、ニトロセルロースが未知の物質扱い去れた。きっとそれだ。それが連想された。
残念ながら化学の知識はないだから、私に言える事はここまでだった。
ただ、それが何らかの信頼の証しになったようだ。それから頻繁にやり取りをするようになっていた。
メッセージでやり取りしている分には割とマトモな人なのだなと思えた。
里中とのやり取りで、その火薬が起爆装置と共に利用されているのではないかと言うのだ。
私が記憶を失った時の、あの爆発もそれだという。
もしそうであるなら、私はまだまだ命を狙われていると言う事だ。そして、その爆弾が再び目の前に現われるかも知れないという。
光――電磁波を好きに検出し、操作できる私の能力は、相手が源石を使った回路であろうと、シリコンベースの回路であろうと使える筈だ。
相手が爆弾なら、半径五十メートルよりは近くに設置されるだろう。それなら私だって検出可能だ。
じゃぁ、何故、前の私は検出できなかったのだろうか?
その疑問は、それから数日後に判明した。
「会長、二次団体からの贈り物です。源石、アーツユニットの類は検出されませんでした」
事務所に詰めている組員が一抱えの箱を持ってきた。
組に限らず、ある程度大きな組織ともなると、爆弾に狙われる事は十分にあり得る。だから、術士や検出器を使ってその中身を探ってから開けるのが普通だ。
尤も透視できる訳じゃない。危険物じゃないという判断をするだけだ。
そして、組員の術士が数人確認してOKが出たものが運ばれる。
私はそれに何処となく違和感を感じた。
何かよく分からないけど、回路らしい何かを感じる。でも、それは周囲のパソコンやスマホ、照明器具に至るあらゆる電子機器とは違う感覚だった。
「開けますか?」
組員が外装を引き剥がそうとするので「やめろ!」と叫んだ。
私は注意深く回路の構造を探っていった。
微量な電流が箱の外側を巡っている。
この感覚はこちらに来て初めてだ。前の私はそれだから分からなかったのか? 時間もなかっただろう。
「なるほど……」
私は独りごちると若頭代理に声を掛ける。
「組に爆弾処理ができるヤツはいるか?」
大事になった。
流石に爆弾処理はヤクザの仕事じゃない。
すぐに町奉行の爆弾処理班が出張ってきた。
犯人に気取られる訳には行かない。なのでこの前の地上げ屋をシメた事件に関する強制捜査という形を取った。
態々、問注所に令状を取ったぐらいだ。
荷物は慎重に解体された。
中身には釘類と粘土状の未知の物質が見つかった。
回路も明らかに異質な存在だ。
「源石を使わない電子回路なんて存在するの?」
里中は私の答えを期待しているようだった。
「私が何でも知ってると思わないで頂戴」
私が彼女の視線から逃れようとすると肩を掴まれ、正面を向けられる。
「火薬……その火とか衝撃で爆発する物質の事なんだけど、ロドスって薬屋が何か知ってそうなのよね。
貴方って、何か関係ある?」
流石にギクリとする。
「名前ぐらいは知ってるけど……あ、あのぅ……私みたいに記憶喪失の人間が幹部にいるって言うからさ。少し調べたけど。あぁ、きっとその時、何かの資料で見たのかも」
自分でもしらばくれてるなと思った。
"警官"である里中がそれを見逃してくれる筈もない。
里中は私の家に同行して、部屋で"取り調べ"をする事にした。
「懐かしいね。あんまり変わらない」
里中は私の部屋を見渡して微笑んだ。
「何か思い出した? と言うか、貴方は何を知ってるの?」
友達としての接し方半分、警官としての接し方半分という口調だった。
私が言葉に困っていると「ねぇ、私と貴方の仲じゃない? あの事件の後から貴方変よ――記憶を失ったのは分かるけど」と続ける。
「ごめん、私、分からない」
「でも、火薬のこと知ってるなんて変じゃない? ロドスがそれを何処で手に入れたのかは伏せられているし……ロドスの幹部の事だって、大っぴらには言われてない情報だよ。
貴方、あそこと何か関係があるの? 言えない事? 確かに険呑な製薬会社だって聞くけど……」
「多分、私、あの幹部と同じものを見たかも知れない」
私はなんとかこの状況を誤魔化したかった。
私は何か別な世界を見た記憶がある。
でもはっきりと覚えていない。
それを見てから私はすっかり変わってしまったわ。
自分でも自分が何者か分からない。怖い。
そう言うと里中は私を抱きしめた。
「みおが誰だろうといいわ。私が貴方を守るわ。いままでもこれからも」
その言葉に私は何かが溶けていくのを感じる。
本当に私は前の世界にいたのだろうか?
前の世界とはなんだろうか?
何か異質な社会があった気がする。
私は本当に何を知っているのだろう?
爆弾は明らかに私を狙っていた。
送り主は分からないが――心当たりと言えば国士会になるだろう。
詩子の言う事が確かなら、国士会周辺でこの爆弾が確認されている。
そして、その犯人は組長の息子の可能性があるという。
勿論、明確な証拠などないし、詩子のカンでしかない。
国士会の空気が変ったのが、組長が代わってからだと言うのと、そこで爆弾が使われたらしいと言うだけのことである。
何も分からない。
彼女が警察である以上、そんな突拍子もない仕事はできない。
ならば私が動くしかない。
別に彼女に何かを頼まれたわけではない。なんなら危険なことはするなと忠告する。
でも、私がそれをしないではいられない。
今度は爆弾が屋敷に届き、愛する部屋住みの子達が爆殺される可能性だってある。
ならば危険に身を晒すのは会長の役目だ。
国士会に会合を申し入れた。
表向きは例の地上げ屋の一件である。
もしも国士会が私を殺したがっているのであれば、ここで私を狙わない筈がない。
そして、その組長なりその息子なりが犯人ならば、自分たちの幹部が何人か死のうと知った事ではないだろう。
会合の申し入れは受諾された。
日程を調整して、本部長を行かせるとの連絡が来た。
国士会の本部長は、組長とは上手く行っていないと言う情報もある。囮には最高というわけである。
私と若頭代理の二人で迎える。
サルカズの本部長と、同じくサルカズのボディガードが部屋に入る。
ボディーガードが大きなボストンバッグを持って入ってくる。小柄な女性なら入りそうな大きさだ。
国士会の他の組員は隣に詰めている。何かあれば彼等と乱闘が起こるだろう。
問題のバッグからは、あの爆弾で感じた奇妙な回路の雰囲気を感じる。
意識を集中して回路を破壊する。
回路の破壊には、おあつらえ向きの練習台があった――送りつけられた方の爆弾だ。何をすると反応するかを少しずつ確かめた。電子回路に明るくないが、トランジスタらしいもののいい破壊方法を会得したのだ。
緊張の一瞬、私は信号が通らないのを確認する。
私の強張った顔を見て、相手の本部長は「いい面構えしてるじゃねぇか」と褒めてくれる一幕もある。
そんなつもりではないのだけどね。
集中はなお続く。
今度は、爆弾をどうやって起爆させるつもりだったのかを確かめなければならない。
雑談の場面で、若頭代理が問題のバッグのことに触れる。
「組長の御守りだとよ」
本部長はやや嫌な顔をしている。組長から強いて持っていく様に言われたのだろうか?
回路は破壊したものの、私のアーツで回路の様子を探ると、どうにも前とは違う回路なのが分かる。
電子回路に関して簡単な話は聞いたが、あくまでも源石ベースの回路のことだ。「こんな複雑なものの動きなんか分かるかよ!」と心の中で叫んでいる。
だけど、その瞬間「ピーン」という音が聞こえた――勿論、アーツで察知できる電波だ。
それは結構強烈で、部屋の外から飛んで来ているのが分かる。
私は自分のアーツで自分のスマホを操作して、部下に指示を出す。
「この方向で、これぐらいの距離から誰かが電波を出している」
指示を受けた組員と舎弟頭が急行する。
爆発しないことに焦っているのか、頻繁に"音"が聞こえる。
そのまま頑張ってくれ!
三分後、後ろに控えている私のボディガードが囁く――彼の無線も傍受できているから何を伝えたいのかは分かっている。
「本部長、懸案の事項はまた持ち帰ってから判断させて下さい。
有意義な時間でした」
話が急にぶった切られて、本部長は不機嫌な顔をしていたが、私が握手を求めると「よくもコータスの女がこんな仕事するよ」と手を握り返してきた。
本部長は若頭代理の見送りをし、私は部屋に残った。
本部長と入れ替わりに"犯人"が連れて来られる。
「こいつか……」
その男は小柄なコータスで、見た感じ実に気の弱そうな感じであった。
怖い連中に脅されたのもあるだろう。
白い耳、赤い目。
「私と似ているね」
そう言うと、何処となく嫌な顔をしていた。
「あなた……異世界って信じる?」
私の問いかけに、男は見るからに動揺した。
私が「ふーん」と言った所で、組員の一人が飛び込んでくる。
「そいつ、組長の倅です!」
彼の尋問は後回しにした。
それよりも彼のスマホの方が大切だと思ったからだ。
私は電子機器を"感覚"で操作できる。アーツとあと"何か"のお陰だ。
まるでサイバーパンクのようである。
電子の海を泳ぎ、彼のスマホを踏み台にして、様々な情報を奪っていく。
奪えるモノは全部だ。
財政、構成員なんて情報から、裏の人脈やその通信ログなどが信じられない勢いで手に入る。
私達のサーバも全開で動いている。
少しでも多く……
何処かで察知されたのだろう。
突然通信が途絶した。
サーバ類の電源を落としたのだろう。
ネットワーク経由で落とした情報が消されるのはマズイ。
すぐに私達のストレージをオフラインにした。
さて、情報の分析はあとからにしよう。
彼を尋問しなければならない。
"彼"は森山拳悟――全く名前負けしそうなひょろっとした男だ。
「君のアーツは何? 爆弾を作る事?」
彼は回答に困っていた。
「もし話したら、俺を別の国に逃がしてくれよ」
「それは貴方の答え次第ね? この分なら、貴方国士会の組長よ。なりたくないの?」
かつての自分も会長なんて嫌がってたそうだから、他の組員は苦笑している。
「ヤクザなんてやりたくないし、これ以上人を殺したくない」
彼の証言によると、ある日、異世界の知識を知ってしまったという。
そして彼のアーツは、物質を純粋にする事と微細加工を行える事らしい。
彼の"知識"に目を付けた父親は、その力を使って一気に国士会をのし上がっていったらしい。
その父親こそ、国士会の組長らしい。
「確か貴方の所の組長って、サルカズよね? サルカズとのハーフなの?」
私が訊ねると、「組長は育ての親です。何処かの裕福な家の妾の子だったんですよ。その家の正妻に子供が出来たから追い出されたらしいんですよね」と言いにくい事を話してくれた。
「ごめんなさいね……つらい事聞いちゃって」
私が言うと、「そう思うなら助けてください」と真剣な目で懇願された。
さて、同時並行で国士会から息子を帰すように催促される事になる。
雰囲気としては戦争もやむなしと言う剣幕で、普通に考えるならコレは大人しく返すべきだろう。
「会長!」
尋問が終わり、会長室へと戻ると幹部の面々が怖い顔をしている。
「分かってる! だが待って欲しい」
「会長、暢気なこと言ってる場合じゃないですよ! 今晩に返さないとロケラン打ち込むって言ってるぐらいですよ!」
議論が白熱しそうなその瞬間、詩子が飛び込んできた。
「みお! 一体何やってるの!?」
凄い剣幕である。
「詩子、頼んでたもの持って来てくれた?」
私が何気なく聞くと、彼女もヒートアップする。
「はぁ? 信頼できる分析官って、一体、何をするつもり? 偽装する暇もないから、事が事なら私の命も危ないんだけど!」
「詩子……守ってくれるって約束は嘘だったの?」
私が色っぽく訊ねると「そういうのずるい!」と地団駄を踏んでいる。
国士会とのやりとりは、事務局長がのらりくらりとやっている。向こうからの罵声がこちらにも響いている。
それを涼しい顔でやってのける。肝の据わった女だ。
私は那古市の守護人奉行に電話をした。
「お奉行に連絡を頼むわ。
国士会の所の倅、返して欲しかったら指定の場所に一人で来なさい。
場所はホテルグランドナゴの屋上。
私だって、伊達や酔狂で電話してるんじゃないのよ。
じゃぁ、明日ね」
私の連絡に詩子は顔を真っ青にする。
「あんた、何の確証があって!?」
「確証は貴方が見つけるのよ?」
場所にホテルを選んだ理由は二つある。
一つは我々のフロント企業が経営していると言う事、もう一つは屋上から"テレビ塔"が見えるからである。
塔は市内全域に電波を発していて、ラジオからテレビから通信のハブになっているのである。
もう、この時点で何をしようとしているか分かっているようなものである。
私は仮眠室で一足早く眠りについた。
明日も満足して眠りたいと思いつつ。
意外に肝っ玉がついてきた。
あっという間に夢の世界だ。
眠りに就く度に私は私と言う自覚が増してくる。
"かつての私"と言う現象に、何処となく自信がない。
詩子に苦し紛れに説明したように、一瞬だけ異世界を見たのだろうか? そんな気がしてくる。
今感じてること、起こっていること、全てがリアルだ。
私がこっち側の人間になった証しだろうか?
こっち側とは何なのだろう? あっち側とは?
私が朝まで起こされなかったと言う事は、私が守護人奉行を脅迫したのは間違いではなかったようだ。
一睡も出来なかった連中が赤い目をしている。
私は「喜べ、会長とお揃いだぞ」と言うと、変なテンションだった連中が大笑い始めた。
一人呆れているのは詩子だった。
「信じられないけど、あんた、これ命幾らあっても足りないぞ?」
詩子は解析結果を淡々と説明した。国士会と那古の守護人奉行と北朝の繋がりがあること、その証拠は確実であること。
「私と心中したくない?」
私が上機嫌でいると、「それが嫌だから、方々にSOSを出してるところよ!」と必死な顔をしている。
「手応えは?」
「正直しんどいわね。太政官も事なかれ主義の連中が多いし」
「ぽいわね」
官僚なんてそんなものか。
「死ぬなら一緒よ」
詩子が私の肩を掴んだ。
「そうね、一緒がいい。でも今日は無理ね。これから私の仕事があるもの」
私は詩子を秘密の通路で外に逃がした。
「出来る限りの事はやる」
「私も精々死なないように頑張るよ」
私が軽い物腰で言うと、「あんたのそういう所、そろそろ慣れそうだけど、それでいいの?」と笑いかけてくる。
「今の私が本当の私」
「そう? どっちでもいいわ」
詩子と別れると私と若頭代理、それと森山君の三人でホテルへと出掛ける。
事務所は国士会の連中で囲まれているので、私も詩子と同じ通路で外に出たのだ。
ホテルは静かだった。
通常の営業をしている。
屋上まで上がり時を待つ。
その日はおあつらえ向きの天気だ。
明るい日差し、雲一つない空。
風は少し強いがむしろ清々しい。
三人とも無言で新鮮な空気に身を晒す。
時間通りに守護人が現れる。体の大きなエーギルだ。
役者は揃った、放送開始だ!
私は守護人を睨み付け、そして意識を彼の背後の電波塔に向けた。
「どうだ、死ぬ覚悟が出来たか?」
守護人は得意気だった。
恐らく様々なルートを潰して回っていたのだろう。
若頭代理は「我々が未知の人脈を持ってたらどうするんですか?」と訊ねると「ヤクザ風情が抜かすな」と笑われる。
「盗んだ情報とそいつを返せば、命ぐらいは取らないでやってもいい」
「断ったら?」
「守護人をナメて貰っては困るよ。お前らに気づかれないように武者を潜伏させる事は幾らでも出来る。
もう囲まれているんだよ」
彼は自信満々だった。
私達はまだ勝っている。
彼の端末に矢のような連絡が飛んで来ている。私はそれを完全に封殺している。
彼が話している言葉や姿は、全てのテレビ番組をジャックして放送されている。
他の移動都市への通信チャンネルにも紛れ込ませている。
それを止めさせる事は出来ない。
「冥土の土産だ。なんでそんなに北朝の肩を持つ?」
「光厳様こそ、この極東を統べるべきお方だ。
南朝の簒奪者では、来るべきウルサスや炎国との戦争には勝てない」
淡々と説明する守護人に、若頭代理が食ってかかる。
「リメンバー血峰ってか? ちょっと大国に勝ったぐらいでいい気になるのが武者の悪い所だ」
「抜かすがいい。戦争は必ず起こる。起こってから武者に頼るような軟弱者が多いから南朝はダメなのだ」
「おいおい、仮定で相手を批判するなよ」
「では、南朝に本当の武人はいるか?」
「"本当"の定義が貴様本意だろ。それ以上南朝を馬鹿にするのは、一人の民として許せないな」
「ほざけ。お前らなんか誰も信用するものか」
彼がそういった所で、武者が屋上に雪崩れ込んできた。
だが、守護人の顔色は突然に青ざめる。
その甲冑は左大臣直属部隊"赤備え"のものであった。
後から公家が歩いてくる。
「よくも光元様を愚弄したもの。沙汰は追って伝える」
守護人奉行は捕縛された。
公家はこちらを向いて「北朝に仇成せばよき臣民でおじゃる。麻呂はそれ以外興味がないのじゃ。あとは好きにするがよいぞ」と言うと、その場を去って行った。
私達がホテルから出てくると、詩子と幹部達が待ち構えていた。
詩子は私に抱きつき「死ぬ気で頑張ったんだから、結婚してよね!」と泣き出した。
「詩子、助かったよ。でも、結婚は法律が変ってからだよ」
私は笑いかけたが、詩子は泣きじゃくるばかりだ。
「奉行所の連中に見られないようにしなくちゃ」
幹部に語りかけると、私と詩子の周りは大柄な構成員に取り囲まれた。
それから国士会や守護人奉行の内部は凄惨なものになった。
口封じに政敵を殺し、殺されと言う有様だ。
捜査は続くだろうが、それまでに幾人が死ぬか分からない。
守護人奉行の血筋や部下は、七十六人が切腹を命じられ、家は当然お取り潰し。切腹前に殺された者多数。
私が拾ったデータは、国士会中心のものだったから、朝廷の闇は表面を掠っただけだろう。
後日、激務から逃れたい詩子が事務所に遊びに来た。
「みおのお陰で浪人ばかりよ。あんたの所で預かってくれない?」
と嫌みを言ってくる。
「もうやってるよ!」
私が笑った後ろには、国士会の本部長がいる。
彼は解体された国士会の生き残りをまとめ、天鳳会二次組織の組長に収っている。
「命を賭しても姉御の為に働きます!」
頼もしい男だ。
「そう言えば、森山君ってどうなったの? カタギになれた?」
詩子が訊ねる。
「炎国の龍門に逃れたって言いたいけど、実はまだ那古にいる――と言うか、ウチの屋敷にいるよ」
「なんで?」
「実はさ……あの子、異母兄弟だって分かったんだよ」
「なにそれ!」
流石に驚いている。
「国士会の組長さ、元々天鳳会の幹部で森山君のお目付役だったらしいんだよね。でも、私が産まれてしまったから、立場が悪くなって、森山君連れて逃げちゃったらしくてさ。
ヤツとしては天鳳会に復讐がしたかっただけみたいだね」
「そういう情報はこっちに流しなさいよ!」
詩子は頬を膨らませた。
「ヤクザが警察に売ると思う?」
「このー!」
詩子としては、自分が愛した叔父を殺した犯人を見つけたかっただろう。
それは国士会の組長のごたごたで分からなくなっているそうだ。
彼女からしたら、私だけ美味しい思いをしているようにも見える。
「それで結婚式いつにする?」
詩子が寄っかかってくる。
「朝廷が同性婚を認めたらね!」
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