2023年9月26日火曜日

【全年齢版】酒飲みドラゴン百合

  酒好きで移住した女性の前に酒好きのメスドラが現れ……


 我が町は酒処だ。

 江戸時代から日本酒の産地として知られていて、大正期に葡萄酒、昭和になってからウィスキー、平成にクラフトビールを始め、そして令和になってからはクラフトジンを売り出した。


 私は余りにも酒が好きすぎて、東京の大学を出てから颯爽と引っ越して来たクチである。

 地元の人間からは、エラく飲兵衛なねぇちゃんが越してきたと話題になった。


 自分で自慢する程ではないが私は割とザルだ。

 幾らでも飲めてしまう。

 そして無類の酒好きで、美味い酒ならば素直に美味いと喜べる人間だ。

 そんな私は、地元の産業振興課に勤めているから、何かと酒造メーカーとの絡みが多い。


「おう、ウワバミのねぇちゃん!」

 私はこのあだ名が割と好きだった。

「よう来たな。

 今年の龍神祭り、年女のねぇちゃんに依り代を頼もうと思うんだ。いいよな!?」

 龍神祭りとは、この土地が酒の産地になる伝説である善女龍王を奉るお祭りだ。

 祭りのために仕込んだどぶろくが振る舞われ、これが凄く美味いのだ。

 依り代はその龍神に成り代わって酒を大量に飲むというヤバイ役割だ。


 その年の年女が務めることになるのだが、そんなに都合のいい女が見つかる訳ではない。

 なので全国的に募集したり、挙げ句の果てには男に女装させたりする。

 それが今年は私でいいんじゃないかと言う事になった。

 私はそんなに嬉しい事はないと喜び飛び回った。


 今年のどぶろくは、例年から趣向を変えて雄町で仕込んだという。

「そんなの絶対に美味しいに決まってるじゃないですか!」

 私が驚くと「まだわかんねぇよ」と氏子のオジサンが笑った。


 祭りは近づき、当日は冷たい十月の水をぶっかけて身体を清め、そして白装束を纏い、全体的に色白な化粧を施す。

 目元に挿した紅が凄く色っぽくて、それが嬉しくて自分のSNSに上げまくった挙げ句、勘違い男性を惹きつけて仕舞ったのは……まぁどうでもいいか。


 祭りは大勢の人が詰めかけて大盛況だ。

 昼日中から酒が飲めるので私は大満足。

 海の幸、山の幸、兎に角美味いアテが山ほどだ。

 烏賊の黒作り、秋鮭の塩焼き、鰍の刺身、炙った銀杏、自然薯のわさび和え、のびるの天ぷら。

 どれも美味い。

 出てくる酒は取り敢えずどぶろくだけど、協賛している酒造メーカーから色んなお酒が出てくる。

 日中から飲んで酔い潰れるまで飲んで、翌朝も朝から飲むとか言う狂った祭りではある。

 幸い私は二日酔いしない体質なので、夢のような二日間となるだろう。


 そんなわけで今年のどぶろくだ。

 神主さんが樽を開けて試飲する。

 その満足そうな顔が全てを物語っている。

 そしてそれを皆に振る舞う。


 私も振る舞われる側で……信じられないぐらい美味いのだが!?


 非常にすっきりしていて、甘みはそれほど強くない。それでいて余りにもフルーティーなのでそれが甘みにさえ感じられるほどだ。

 アルコールは強く感じられずすいすい行けるが、しかししっかりした飲み応えがある。

 まるで上質なワインのような味わいである。


 兎に角美味い。何杯でもイケる。

 私の飲みっぷりに町の人は喜んで飲ますし、私も喜んで飲む。

 日が傾く頃にはすっかり酔っ払った。

 身体がふらふらして、前のめりに倒れた。


 流石のウワバミもこの程度か……そんな声も聞こえる。

「いや、あんたらの三倍は飲んでるよ!?」

 背後から声が聞こえる。私の心を代弁してくれるような人だ。

 声も可愛いし、べっぴんさんだろう。

 ちょっと顔を見てみたいな……というかそんな子いたっけ?


 世界がぐわんぐわんしてるが何とか身体を起こす。

 そして横に……龍神がいた。


 顔は絵巻に出てくる龍神を百倍美形にした感じだ。

 明らかに人間の顔をしていないのだが、原初的美しさがある。

 着物を着ていて良い香りのする惚れ惚れするような美人だった。

「あんただね? このあたしを呼び起こしたのは?」

 別に呼び起こした記憶は一ミリもないが、この祭りの依り代であるのは間違いない。

「そ……そうかな? わかんないけど」

「面白い娘だ。今宵は一緒に呑もう」

 そう言って、龍の女性が私の背中を摩ると、今までの行きすぎた酔いがすっと消えて、ほろよい程度へと戻っていった。


 周囲の人間も呆気にとられていたが、「おい、龍神がここにいて、酒も出さないとはどういうことだい?」と酒を要求した。

 町の人は驚き、慌て、そして酒を出した。


 龍神はそれを一口飲むと。

「よき酒だな。

 我が氏子達よ、五百年よくぞ約束を守ってくれた。

 今後千年も二千年も美味い酒を造れるだろう」

 そう宣言して、残りをぐいっと飲み干した。


「娘よ、美味いな。良い酒だ」

 美人の龍神の顔が兎に角近くてドキドキしてしまう。

「娘、名前は?」

「須ヶ口舞と言います」

「舞か……そうか、可愛い名前よ」

 しみじみとした所で、龍神様の酒盃にはどぶろくが注がれる。

「それにしても美味い。流石だな」

「はい」

 私はなんとなしにうっとりした気分になった。


 "アクシデント"がありながらも祭りは続いた。

 龍神様のお陰で、それ以上どれほど飲んだところで気持悪くなる事も、寝落ちることもなかった。

 一晩飲み明かし、周囲の人間は死屍累々と言った有様だが私はまだシラフ同然だった。


 私は龍神様の為に、酒をかき集めてくる事になる始末。

「ほぉ。麦の酒か!」

「これは香りが良いのぉ!」

「葡萄で酒がつくれるのだから、アケビでも作れるだろう」

 私は延々と龍神様と酒を酌み交わし、そしてお酒談義をした。

 私の酒知識がこんなにも役に立つとは思わなかった。


 翌日もまぁまぁ混乱しつつ、だがしっかりと締めくくられた。


 祭りが終われば龍神様も消えるだろう……と言う事はなく、どういう訳か私の部屋に住み着いた。

 役所の近くに単身用の部屋がなかったので、部屋のスペースに困ることはなかったが……いきなりの二人暮らし。どうしたものか。


 龍神様に関しては確かに龍神様だとみんな納得してくれる。

 だからこそ、色々な貢ぎ物がやって来る。

 ベッドから服から、色んなモノが貢がれた。


「舞よ、よろしく頼むぞ」

「はっ! はい!」

 翌朝、私と身支度をする。

 龍神様も登庁するのだという。

「お上に伺いを立てる必要もあろう。なぁに気にするな。他の人間にはただの女子に見えておるからな」


 慣れない洋服に文句を垂れながらも、ブラジャーが楽だと喜んでいる。

 龍神様の肌は、全体的に滑らかな鱗に覆われていて、それが乳白色に光っていて美しい。見とれてしまう。

 龍神様は私の視線に気付きながらも何も言う事はなく、むしろ私の姿を見て「お主は美しいのだからもっと自信を持て」と背中を叩かれるぐらいだ。


 美人から美しいと言われて素直に喜べるかよと言うのが世の常だが、龍神様に関しては無根拠に信頼できた。


 役所では上長が「あっ、町長が言ってた臨時職員の人ね」とあっさりしている。

 昨日の今日でよくねじ込んだなと思った。

 それはそれとして彼女は美人なので、何だかんだで人目を惹きつける。

 龍神様はそんなことを気にしないようだった。


 龍神様の名前は"須ヶ口優"となっていた。

 私ははっとしたのだけど、上司は「君にこんなお姉さんがいるとはね」と笑った。

 龍神様も"自分の名前"を今知ったようだが、その辺は上手くやり過ごしていた。

 私は乾いた笑いで誤魔化すしかなかった。


 それでこの"お姉さん"だが、町長の肝いりでねじ込まれたので、仕事に関して一ミリも期待されていない。

 そもそも町長はあの神社の氏子の一人で、町内の酒造メーカーのオーナーだ。

 町長の任期が来れば、同じ氏子の別のメーカーの社長なりなんなりが当選する。それを延々繰り返している町だ。

 こういうのを封鎖的と言うのかも知れないが、馴染んでしまえば気の良いおっちゃん達でしかない。

 外から来た人間がこういうのもおかしな話ではあるが、外から来た人がガヤガヤ言うのは、今まで上手くいっていることを崩す行為でしかないのだ。

 勿論、それがマイナスに響く場面もあるだろうが、何だかんだでオーナーだ社長だの子供は、東京の大学に通うし、私のような女も受け入れてくれる。

 新しいものに変わっていくのにも順序と手順が必要なのだ。


 そう言う訳で、私と龍神様との二人暮らしが始まる――彼女は現代社会に馴染む努力をしているようだった。

 街中の光景も涼しい顔で見ているかと思えば、家に戻るなりアレはなんだ、コレはどうなっていると質問攻めに遭う。

 現代人でも馬鹿らしいなと思うことは素直に「それは馬鹿の所業だな」と笑い、便利なモノは食わず嫌いせずに試している。

 お陰で、一週間ほどでスマホとパソコンをある程度使えるようになっていった。


 酒と豊穣の神だけあって、どぶろくと清酒に関して深い知識と洞察を持つ。だから、あちらの杜氏さん、こちらの杜氏さんと相談に乗る事が多い。

 地元で酒に関わっている人間は皆、あの神社の氏子だし、それ故に龍神様に全幅の信頼を置いている。


 ただ、私からすれば"困った姉"でしかない。

 兎に角大酒飲みだ。

 氏子の人達のお陰で、酒は毎日持って来てくれるのだが、大瓶のビールの一ケースが一晩でなくなる事は珍しい事ではない。

 話は楽しいし、機嫌良く飲んでいるのは嬉しいけど、こっちの身が保たない……


 それに就業時間の概念がないので、平然と仕事をサボる。うっかりしてたら酒まで飲み出す始末だ。

 市長ほか多くの有力者に推されてこの職場に落ち着いている故、事情を知らない人間からは「どこかの天下りのジジイよりも始末が悪い」と思われているフシがある。


 職場の雰囲気は最悪なのだが、当人は一向に気にしないようではある。

 私はあちこちに頭を下げる日々。胃が痛い……酒が飲めなくなる。


 私が苦しんでいる姿を見て、流石に鈍感な神様も気が付くものだ。

「ほれ、腹をみせぃ」

 私は「はっ!? 嫌ですよ!」と言ったが、「悪い様にはせぬから」と真剣な目つきで迫ってきたので、嫌々ながら腹を見せた。

 彼女は私のお腹を優しく撫でながら、「胃を悪くしておるな……何か悪いモノでも食ったのか?」と笑う。

 手つきが余りにも"変な感じ"だったので、思わず悲鳴を上げてしまう。

「お主はウブだなぁ」

 そう言いつつ、探りを当てた位置に手を当て続けると、その辺りが仄かに温かくなる。

「お主は余りにも周囲に気を遣いすぎだからこういうことになるのだぞ」

「じゃぁ、龍神様も少しは気をつけてください!」

 そんな風に言い合いをしていたら、胃の方はすっかり良くなっている。

「これで、今宵も晩酌できるな」

 龍神様は実に良い笑顔をしていた。


 そんな毎日を過ごしていれば、冬はあっという間だ。


 この土地、なんだかんだで雪深い。

 除雪車は毎日稼働しているし、これは例年のことだ。

 だが今年はどうも様子が違う。

 と言うか、ここ数年、局所的にドカ雪が降る事がある。

 今日なんて役所まで徒歩で十分のところを、二十分ほど掛けて登庁する必要がある。


 役所には問い合わせの電話が鳴り響く。

 明らかにキャパオーバーの雪が振っている。流石に縦割りとも言っていられないので、専門部署に応援に行く。

 当然"お姉さん"も一緒にだ。


 その時、龍神様は町内各地の雪の状況、渋滞状況をすらすらと言い当てて行くのだ。

 その場には、"知っている側"の人間が過半数だったので、その情報をありがたく使うことにしたのだ。

 勿論"知らない側"は訝しんだのだが、現地から送られてくる情報と突き合わせると、その"神通力"の正しさが証明される。


 大混乱の一日は過ぎていくが、雪は降り止まない。

 龍神様は休むことなく働き続け、他の人が仮眠に入っても何も言わずに続けていた。

 夜ともなれば状況が掴みづらい。

 その時、スタックした車をすぐに発見したり、監視カメラのないような道での状況把握に兎に角役に立ったのだ。


 翌朝、近隣市町村は自衛隊に災害支援要請を出したが、わが町はそうならなかった。

 この事をネットでは、「市長が自衛隊嫌いなのでは?」と噂したが、すぐに「◯◯町に入ったら道路に雪がなくて驚いた」と言う投稿で溢れかえった。


 わが町に特異的に雪が降らなかったと言う情報はないので、これは完全に除雪作業員の努力の賜物なのだ。

 非難は即座に称賛に変わった。

 余力の出来たわが町は近隣への応援に駆けつけ、この二日間の大雪が大きな影響を及ぼすことがなかった。


 この一件から、龍神様への視線が変わっていく。

 そして、新酒の季節となると評価は俄然上がる。

 龍神様のアドバイスを聞いて新たに仕込んだお酒が、実によい出来となったのだ。

 アドバイスは何人にもしていたから、その年は日本のあちこちの品評会で最高金賞を総なめにした。


 杜氏さん達が口々に龍神様のことを褒め称えると、完全に評価は変わった。

 しかも品評会だのお酒のイベントだのに顔を出せば、その美貌に皆が注目する。

 美人を追いかけてやってくると、旨い酒が飲めると言う体験は、何と言うかおっさん臭い話ではあるが、女性ウケもいい方なので全世代均等に顔を出しているように思えた。


 龍神様の大酒飲みは相変わらずだが、それぐらいは許してやろうと思う。

「妾はお主に感謝をしているのだぞ。

 お主が依り代にならなかったら、ここに出てこられなかったからな」


 龍神様曰く、私と"相性が良い"らしい。

 "人間にはどうせ分からない感覚"だそうで、「説明してもよいが、仮に分かったら、お主を神の世界へ連れて行かねばならぬぞ?」と言われて、「じゃぁ、知らないでいいです」と笑った。


「折角手に入れた肉の身体だからな。暫くは付き合って貰うぞ?」

「暫くって?」

 神様のことだから、とんでもない事を言うんだろうなと思っていた。

「お主が望めばいつまでも。望まなければ……その時は、仕方ないな」

 彼女の得意気な顔がムカつく。

「その自信、少し分けて欲しいな! ねぇ"お姉ちゃん"!?」

「しょうがない妹ちゃんだなぁ」

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