2023年10月18日水曜日

裁縫箱ドラゴン

  女装趣味に目覚めた男が、うっかりドラゴンを召喚してしまう話。




 俺は尾村隼人、今年でハタチだ。
 大学に通いながら男の娘バーで働いている。源氏名は千隼だ。
 女装にハマったのは大学に入ってすぐで、周囲に煽てられるまま今のバイトに足を突っ込むことになった。

 自分で言うのもナンだが、結構パス度が高い方だ。
 いつぞ女装姿で他のバーに居たら、見事にナンパに遭ったりした。
 その時は、熱心に口説いてきてこれからホテルに行こう! と言う所で「実はちんちん付いてるよ」とネタバラしして笑った。
 相手は割と陽気な相手で「俺はそれでも食っちまうタイプだぜ」と笑いつつ、普通にお店の勘定を代わってくれた挙げ句にサヨナラした。
 連絡先は交換したので、私のお店に誘ったら呑みに来てくれる。

 その人は大谷文也と言う、三枚目を絵に描いたような人間で、真面目な顔をすればかなりイケメンである。
 彼にとってはナンパは割とゲーム感覚であって、ガチで女の子をホテルに連れ込むことはないと言う。
「だって面倒臭いでしょ、そういうの」
 案外ドライな人間で笑える。

 そんなある日、お店に立っていたら「ボタン取れてるよ」と教えてくれる。
 驚いて周囲を見渡したら、服のボタンと同じものが落ちている。
「道端で落とさなくてよかったね」
 そんな話をしつつ、その日はお店を上がった。

 その服はロリ服で、割と気に入っているコスチュームだった。
 ちょっとショックだったけど、ボタンぐらい元に戻せるだろうとタカを括ったのだ。

 裁縫セットが確か部屋にあったはずだ。
 中学校の頃、他の男子達のご多分に漏れず、俺はドラゴン柄の裁縫箱を選んだ。
 今になってみればプラスチック製のしょうもない小箱ではある。
 大学に進学して一人暮らしを始めるとき、「どーせ使うから」と言われて持ってきて、今の今まで押し込まれていた箱であった。
「まさか使うとは思わなかったな」
 そう独りごちて箱を空ける。

 先ず玉結びをやって……ってどうやってやるんだったっけ?
 ネットでアレコレ動画を見ながらやるけど上手く行かない。
 なんか変な結び目になったがいいか……と思って縫い始めるも、糸がすっぽ抜ける。
 苛立って、さっきの結び目に固結びを幾つか載せて行く。
 これがまた難しい。

 漸くボタンの取り付けに掛かったのは小一時間経ったところだった。
 え……こんなの無理だが? 何処かのお店に頼んだ方が早いのでは?

 絶望して全部放り投げた時、ソイツは現れた。

「不器用な奴め……」
 そこに現れたのは、青黒い鱗に覆われた一匹の龍であった。
 裁縫箱とは些かフォルムが違うが、しかし俺はそれが全く同じ存在であることを予感した。
 何故そうかと言われれば困るが、随分昔にコイツを知っていると言う気持ちになったからだ。

 ドラゴンの身長は二メートルちょっとと言うところだろうか。
 俺はチビで細いので、その体格差は驚くしかない。
 そのドラゴンは、長い爪と四本の指と言うハンデをもろともとせず、ささっと俺のやりかけの縫い糸を抜いた。
 そして玉結びを作り、難なく針に糸を通し、慣れた手つきでボタンを止めていく。
「こんなことも出来ぬとは、人間は下等種族だな」
 ドラゴンが何となく得意気だった。

 そのドラゴンは自らをルールレジェと読んだ。
 俺がレジェと呼ぶと「やめろ」と言いつつも、俺は長いのは面倒だと言うと、「好きにしろ」と膨れた。

 レジェが言うには、俺には自分を召喚する才能があり、何らかの力に共鳴したのだろうと言う。
 何らかのってナンだよと思いつつ、「当座の世話代だ」と一握の金塊を俺に託した。

 金塊は約五十万程度の現金になる。
 レジェ曰く、こんなモノ、毎日だって出せると言うので恐ろしい。
 だが、あまりにも俺が驚き、そして騒ぎ喜んだのを見ると、「あまり贅沢をさせ過ぎるのは不味いな」と笑った。

 レジェは美しいドラゴンではある。
 鱗は綺麗に輝き、きめ細かい鱗と大胆に大きな鱗との取り合わせが工芸品のようにも見える。
 これからどうするんだと言えば、差し当たりは魔力を溜めるらしい。
 黙っていれば人間に化ける魔力ぐらいすぐに溜まると言っていたので、それを気長に待つことにしよう。

 レジェは地味にナンでも出来るドラゴンだった。
 家にいれば洗濯掃除料理まで何でもやってくれる。
 ワンルームの部屋の狭い台所だと言うのに、かなり本格的なカルボナーラだの、実家を想い出させるような肉じゃがだの、凝った麻婆豆腐なんかを作る。
 食材はネット通販だの、ネットスーパーだのでサクッと注文しているが、金塊のことを考えると文句も言えない。

 女装の姿のまま家に帰ることもあれば、家から女装で出て行くことも多い。
 レジェはそれを悪く言わない。
「私が人間の姿をしていれば、一緒に連れて歩いただろう」
 なんて言うぐらいには褒めてくれている。

 しかし、問題は店の方で起こる。
 最近姿を見ないと思ってた大谷さんがやってきた。
「千隼ちゃん……君……悪いモノに憑かれてるよ」
 大谷さんは今までに見せない真剣な顔をしている。
 だけど私はレジェのことを言えなかった。
 家事全般やってくれるのは助かるし、何だかんだでお金に困れば金塊をくれるからだ。

「その指輪……高そうだね。
 君の収入で本当に買ったのかい?」
 そこまで突っ込まれて私はしどろもどろになる。

 私は何と答える事も出来ず、「帰ります」と言ってしまう。
 そして「心配だから付いていっていいよね?」と迫られて、断る事も出来なかった。

 さて、陰鬱な気持ちで地下鉄に乗る。
 その間、一切の会話はなかった。
 明らかにホテルへと向かう男女の雰囲気ではなかった。
 周囲ではひそひそと噂しているのが聞こえる。
 ヤバイ男に掴まった馬鹿な女と言う見立てだろう。
 実際、ブランドのバッグとかプラチナリングとかそう言うのは私の歳としては分不相応だった。

 部屋に上がると、レジェはミシンを踏んでいた。
 青色の綺麗な布で幾つかのパーツが出来ている。
 チュールを引いた布々はそれだけで可愛く見える。
「お前が千隼ちゃんに憑いているドラゴンか……」
 大谷さんは嘆息するように吐き捨てたが、その姿は隙を一切感じさせない臨戦状態だった。
「ドラゴンスレイヤーか……厄介な相手を連れてきたものだ。
 相手をしてもいいが、このドレスぐらい完成させたい。
 一晩だけ待ってくれ」
 ミシンに布を掛ける手を一切休めることなく、ひたすらに作業を続けている。

 大谷さんは「そんなことが出来るか」と叫び、どこからともなく取り出したハルバートを叩き付けようとした。
 瞬間全てが凍り付いたように止まる。

「私は邪魔をされるのが一番嫌いなんだ。
 今、相手をしてやっても良いが、死ぬのはお前だ。
 死ぬのは今がいいのか、それとも明日の朝がいいのか、お前が選べ」
 そう言うと、緊張は弛緩した。

 私と大谷さんはレジェの鬼気迫る服作りを見守った。
 全てに迷いがなく素早く、そして丁寧でいて手際がよい。

 袖口が縫われたパーツとパフスリーブが合体して、裏地、表地のパーツが完成していく。
 裏返したり表に戻したり、表と裏が合体して、襟が表で出てくる。
 袖と身頃が袖口で合体し、脇線が縫われる。
 再び裏返したり戻したりしつつ、殆ど完成した姿になる。
 裾を縫って完成だ。

 朝早く服は完成した。
 私と大谷さんは固唾を呑んでいた。
 まさか黙って服の製作を見届けるとは思ってもみなかった。
「千隼……君のために縫ったんだよ」
 そう言われて私は服を受け取った。

「それでは始めようか」
 レジェは大谷に向き合った。
「今ので魔力は随分使ったからね。良いハンデになると思うよ」
 だが大谷はハルバートを手にする事はなかった。

「千隼ちゃん。その服は君のものだ。そしてこのドラゴンも」
 私は意味が分からなかった。
 メイクはボロボロだし、今すぐシャワーを浴びたいぐらいだった。
 でも大谷さんはしきりにレジェの縫った服を私に着せたがった。
 レジェはその様子をただ眺めているだけだ。

 意味は分からないが、兎に角私は服を着ることにした。
 その服は本当に私にピッタリのサイズで、今まで採寸することもなかった。なのに、ただ目測で作れると言う事に驚くしかない。
 そして、何か背筋にぞぞっとするものが走り、何となく身体が温かくなる。

 服はとても綺麗だった。
 普通の布とは思えぬ深い深い青で吸い込まれそうだ。
 デザインはシンプルながら、均整の取れたフォルムでシルエットが非常に美しい。

「千隼ちゃん……君は選ばれたんだ。このドラゴンに」
 何を言っているのか分らない。
 そしてレジェは光り輝き始めた。
「レジェ!」
 私が叫ぶと、光の中から美しい女性が出てくる。
「千隼……我が主よ」

 ドラゴンは自分の主を見つけると"賜物"を作るという。
 それを選ばれた人間が身に付けると、一生離れられない関係になると言う。
 私は呟いた。
「お前……メスだったのか」

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