2013年7月16日火曜日

艦これ~秘匿事項(第一話)

※「艦隊これくしょん~艦これ」のSSです。


少女が長門に改造手術を受ける的なツィートを見かけたので、今まで適当に考えていた設定を形にしました。

今まで書いたシリーズとは別の内容で、四時間ぐらいでさっと書き上げました。続きは多分ありません。







 まさか自分の娘が適合者となるとは。


 この国から数百人単位の少女が消えている。

 海軍がそうした少女を集めている事は知られている。

 「特別な任務に就くため」と説明されているが、それ以上の事は誰も語らない。変な噂を流せば、たちまち特高に逮捕されてしまう。

 少なくとも、誉れ高いことだとされ、小さな村なんかで適合者が見つかれば、それこそ、村民総出で祝うと言う風習まで出来てしまっている。

 二度と戻れないことは皆にも分かっているのだ。

 ご馳走と沢山の客人に囲まれて、家族は何を思うだろうか。




 最初に父に報告する。

 可愛い孫娘が鎮守府へ行くのだと聞くと、表情を強張らせ、押し黙っていた。

 お互いに何も話せず、十分あまりの時間が過ぎ、知人の公爵を呼ぶことにしようと提案して話は終わった。

 せめても箔を付けてやりたいのだ――それが何の役にも立たないって事を分かっていながら。




 妻は取り乱すと思っていたが、淡々としていた。

 しかし、悲しげなその顔を忘れる事は出来ないだろう。

 宙に浮いた言葉で、これからが大変だと呟いた。

 お祝いや、訪問者や――その他多くの非日常が駆け巡るだろうから。




 我々は、悲しみを別々に噛み締める。

 あの子の思い出を語るにはまだ早すぎる。

 出征した長男が、深海棲艦との戦いで命を落とした時も、こんな感じだった。

 否、あの時は既に覚悟が出来ていた気がする。


 次女が病魔によって冥府に連れ去られた時は、もう、苦しむ間もなかった。

 病院には、もっと悲惨な家族もいたから、彼らを気遣う振りをして自分の感情を誤魔化した。


 そして、この子。

 兄弟の分まで幸せになって欲しかった。




 最後に愛娘に話すと、「そう」の一言で微笑み返してくれた。

 あまりにも不憫だ――こんな事にならなければ、もっと楽しい事も沢山経験できただろうに。

「もし、好きな人がいるなら……」

 僕自身が自暴自棄になっていたのだろう。娘は、僕の馬鹿な提案をやめさせた。

「こんな日が来ると思っていました。だから、好きな人は作りませんでした」


 耐えきれなくなって、僕は往来にまで逃げ出す。

 喫茶店で暫く時間を潰し、「鎮守府へ召し上げられる一週間まで、何でもしてあげるのだ」と言う決意と共に家に戻る。


 しかし、先までの意思は何処へ行ったのか、娘の気丈な姿を正視することが出来ない。


 金を無言で渡し、学校にも事情を伝え、休ませる事にした。

 いっそ、このまま行きずりの男と駆け落ちでもしてくれたら!

 そうして、僕が娘を逃がしたという廉で逮捕されるなら、本望だ。


 噂はたちまち広がり、一晩明けると、近所の皆に知れていた。

 街を歩けば、口々に「おめでとう」と言ってくれる。

 悔しい! 悔しい!

 かつての自分がそうであったように、みんな、自分じゃなくて良かったと思っているに違いない。

 どいつもこいつも、"お国"の事なんてつゆとも思っていやしない。

 ちょっと人が不幸になるのが楽しいばかりだ。

 若い娘のお洒落を、どこかの婦人会が咎めて、彼女たちの青春を奪えばそれで満足する。そんな連中ばかりだ。

 人より少しいい生活をする人間がいたら、こんな非常時に何をしていると叱られる――では、その非常時にお前は一体何をしてきたのか!




 僕は、艦娘の秘密を知っている数少ない人間だ。

 政府の行っていることは、極めて非人道的であるからだ。

 それは、艦艇をよりよくコントロールするために、艦艇を依り代として、一人の人間の魂を癒着させる儀式である。


 事の始まりは、ある一人の少女が遭遇した事故である。

 貨客船と貨物船が衝突を起こし、貨物船が沈没、貨客船は半壊し、多くの人が投げ出された。

 行方不明者は十三名を数え、問題の少女もその中の一人だった。

 実のところ、彼女は、狭い船室に閉じ込められ、一週間は生きていたようだ。

 一週間後、助けられた少女は、己をその貨客船だと名乗り、また、実際に意のままに操った。


 この神秘的な現象は、内務省と海軍によって徹底的に調査され、多くの孤児を犠牲に出しながら、今の形に落ち着いた。

 こうして産まれた半人半艦の"霊体"を艦娘と言う。

 その可愛げのある愛称に対して、作り出す方法は残酷だ。




 先ず、祭壇を設置した二畳あまりの部屋を用意し、そこに少女を閉じ込める。

 部屋の前で、僕のように訓練された祈祷師が、一週間以上交替で祈祷を続ける。

 初めの一日は鎮痛剤のおかげで静かに過ごしてくれる。

 二日目から、扉を叩き、助けを乞う声が響く。それが悲鳴へ、空腹の度が増すと奇声を発するように変化していく。

 体力が限界に来ると、すすり泣き、或いは不気味な笑い声、ぼそぼそと聞こえる声なき声が聞こえる。父親や母親、若しくは恋人の名前もこの辺りで耳にする。

 その声は、大抵一週間以内に途切れ、そこから一日二日すると、外から掛けていた錠が落ちる。

 中には、武装を身に纏った一人の娘が一人立っている。


 娘は実に自信満々で、己の周囲の光景を、慮に値しないと言う態度を示す。

 部屋は、また別な係が清掃する――猟奇殺人でも行われたかのような凄惨光景だ。血と汚物、及び……


 僕は、その光景を一度しか目にしていない。目にしないようにしている。

 別に、それを見て吐いたとか、眠れなくなったと言う訳ではない。

 それを見る事に嫌悪を抱く事。たったそれだけの事が、僕を人間らしい人間に押しとどめていると信じているからだ。


 僕は、今まで、様々な悲鳴を聞いていたが、何故か精神を保っていられた。

 多くの人間は、数回参加するだけで病院送りになる。

 僕がこの仕事を続けられるのは、恐らく、僕自身が既にどこか壊れている人間だからなのだろう。


 僕は、知らせを聞いた時、儀式の事は、一切頭の中になかった。

 否、あったかも知れないが、娘がそのようになると言う事に対して、感覚が麻痺していたのだ。

 若しくは、僕は、それを好ましいことなどと思っていたのかも知れない。





 艦娘候補の選抜は、全国の尋常小学校、中学校、高等女学校など、適齢期の女子全員に対し実施される。

 第一段階は、唾液を検査紙に付けるだけの簡易検査で、それに引っかかったものが、血液検査に回される。

 血液検査は、学年で毎年一人ぐらい発生するが、実際に候補になることは滅多にない。

 また、候補になったからと言って、依り代となる艦艇の用意が出来ているとは限らないので、一年以上お呼びが掛からなかったと喜んでいると、不意打ちで出頭命令が出るのだ。




 娘は、僕の気持ちに応えず、一週間をいつもと同じように過ごした。

 学校に行き、友達と雑談し――友達も彼女が候補になった事を知っているはずだが、何事もなかったのは、よい友人に恵まれたのだろう。

 後に、学校の先生に聞かされた話では、自分の聞いた話がデマだったのではないかと思える程、娘は落ち着いていたという。場合によっては、友達もそのように信じていたのかも知れない。


 壮行会は、娘の希望で行われなかった。

 近所の人も集めず、知人友人も呼ばなかった。


 そうした日常は、水曜日の朝にぱたりと途切れる。

 昼前には、海軍のお迎えがやって来る。




 娘に「最後に何かないのか?」と訊ねる――同じ台詞は何度も問うたが、「そんなのないわ」の一言で済まされていた――そうすると「お父さんの知っている事を全部話して」と言われた。

 目は真剣だった。

 僕はある種の絶頂を向かえていたのだと思う。

 小さな子供に思い出話を聞かせてやるほどの気持ちで、僕はその望みに応えた。


 秘匿事項が多いので、家から人払いをして、真ん中の部屋を閉め切って話をした。

 恐らく、この時、僕の顔を見たら、半笑いの気持ち悪い顔をしていたに違いない。


 酷い話なのに、娘は僕に似た薄ら笑いの中で、それに耳を傾けた。

「そう」

 僕の説明を聞き終わると、娘は、もの悲しいあの日の表情を浮かべ、そして、また微笑に戻った。


「お父さんの事も忘れちゃうの?」

 僕は、その言葉に、一切詰まることなく、「そうだよ」と答えた。

 忘れてしまうこと。それが一番恐ろしい事だ。

 記憶こそが、人生と個人を決定しているものだ。

 この自分の答えに機敏に反応したのは、自分自身だ。


 突然、涙が溢れ、嗚咽し――今まで経験した惨状が、一気に去来したかのように、酷い吐き気に襲われた。

 それから、娘が鎮守府へと消えるまで、彼女の顔を見ることはなかった。




 僕は、祈祷に参加しなかったが、同僚曰く、とても静かだったという。

 錠が落ちるのは、異例なほど早く五日間で済んだ。


 通常、艦娘と接触できるのは、提督や司令部の人間に限る。

 親ともなれば、その接触はより厳しく避けられる。

 だが、僕の上司が気を回してくれたのだろう。一度だけ面会するチャンスをくれると言う。

「しかし、君。奇跡が起こるだなんて思うものじゃないぞ。

 ひょっとしたら、会わない方が良いとも思っているぐらいだ――それでも大丈夫か?」

 僕は首を縦に下ろした。




 娘は栄えある連合艦隊の旗艦になっていた。

 鋭い目つきと、長い黒髪、固く結んだ口、顎のライン――全て娘のままだ。

 気高さを兼ね備え、一段成長したように見えて、素晴らしく気分が良くなった。

 娘は、あの試練を乗り越えたのだという認識――どうして、あの凄惨な光景を肯定できるのか不思議なぐらい、清々しい気分になっていた。


 娘、否、戦艦長門は、一言だけ僕に口を利いてくれた。

「私の顔に何か付いているのか?」

 対面は、それっきりだ。




 それから数日経ったある日――日常が突然断ち切られて、そうしてまた世俗の日常に、否応もなく追い立てられ、少しずつ背中を押されていった家族は、あの日の事を想いだしていた。

「あなた……最後にあの子が言付けを残していったの――『それはよかった』って」


 最後に見た長門は、最後に見た娘と同じく、冷たくしかし、心底愉快だと僕に訴えていた。

 僕は、最初から娘を失っていたのだ。

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