2013年9月12日木曜日

艦これ~奪(第三話)

※「艦隊これくしょん~艦これ」のSSです。
 「艦これ~秘匿事項」の続き、「沈んだ世界から」とは別のお話です。
 多分、コレがこのシリーズの最終回。
 続きは勝手に妄想してください。キュンキュンくる話はうまく書けそうにないので……
#艦これ


第一部



 ここに、私の調べた事を全て書く事にします。

 それをお読みになった貴方は、私が何故、こういう決断をしたのか、あれこれと推測するでしょう。

 貴方は、私の日記から、学校生活の問題とか、精神的気質とか、いろいろな動機を発見するでしょう。しかし、私の経験によれば、それは動機の全部ではありません。

 のみならず、大抵は動機に至る道程を示しているだけなんですよ。

 勿論、表向きの理由としての、人の為に奉仕したいなんて気持ちはこれっぽっちもないんです。

 だから、その事は、気にしないでおいて下さい。




 私の父は、海上自衛官で、日夜シーレーン防衛の為に、深海棲艦と戦っています。

 父のことは好きだし、また心配もしているけれど、別にファザコンめいた思い入れがある訳じゃない。

 ただ、その事が、深海棲艦に対する興味を引きつけ、正体が何物であるのか、未だに解明されていないと言う事実が、私の心に火を付けたのです。


 今や、深海棲艦の姿は、少し検索すれば幾らでも出てくるほど一般的に知られている。

 深海棲艦と言うネーミングに納得させられるほど、深海魚的であり、また軍艦であった。

 そのフォルムから、深海からやって来たのだと思われているが、確たる証拠はない。

 敢えて、それらしい情報があるとしたら、鹵獲した深海棲艦は悉く、不思議な力で水底へと引きずり込まれてしまうと言うことだけである。


 また、我々人類の艦艇が進歩するのを模倣するかのように、深海棲艦も己の道を確実に歩んでいる。

 人間が対艦ミサイルを発明すれば、彼らもまた、それを使うようになる。

 近接防空システムを構築すれば、彼らもまた……

 何故、このような事が起こるのだろうか?

 一介の女子高生が、それを調べる事など不可能だろうと、人は笑うけれど、私としても、それは運命の出逢いとしか言いようがなかった。





 その核心に迫る前に、私がそこへ至るまでの過程を語らなければならないでしょう。


 私の小さな頃からの興味は、中学生の頃に爆発する。

 深海棲艦やそれに纏わる海軍の動きを研究したいと言うゲテモノ好きは、暫く前から活動していて、その情報共有の場がインターネットに移ってからと言うもの、私はそのサークルのチャットに入り浸るようになった。

 彼らは、概ね大学生や社会人、定年退職した年寄りに限られ、中学生の女子が参加すると言うことを、素直に歓迎してくれた。


 私は、そこで、史料の大切さを学び、その蒐集について、様々な方法を教えて貰った。

 情報公開制度を利用した開示請求や、公文書館、資料館、博物館の類の訪問へも、できる限り同行した。


 高校に上がるか上がらないかの頃、占領当時の書類に対して付されていた機密指定が、ぽつぽつと解除され始めた。

 英語の勉強は、こうした文書を読む為に行われたと行っても良い。




 尤も、満足行く証拠が簡単に手に入る訳ではない。

 例えば、旧海軍は、深海棲艦や深海棲艦に対抗する手段について、殆どの情報を焼却してしまった。

 関係者は、沢山殺されてしまって、証言を取ることも難しい。

 頼りになるのは、占領軍の文書だが、核心に触れそうなものに限って、行方不明になっている。研究の為に渡米した人々が落胆して帰ってきたのを見たのは、一度や二度ではない。


 それでも、人間は、あらゆる証拠を、かつてあったはずの過去を完璧に消し去ることは出来ない。

 それ故に、我々は歴史を研究するのだ。




 さて、我々は、ある意味で、当時の占領軍と同じ境遇に立たされていると言っても過言ではない。

 深海棲艦の研究そのものは、世界各国で行われており、その情報も似たり寄ったりな所がある。

 しかし、日本に関しては、全く特異な存在があるのだ。

 それが"艦娘"による反攻ある。


 艦娘は、終戦まで秘匿事項とされ――それ故に情報がないのだが――アメリカ海軍の記録でも、「日本の軍艦は、ゴーストのようなものが操舵している」と記されるばかりだ。

 そこに、「日本人は軍艦を擬人化して呼ぶ習わしがある」などという情報も錯綜して、国防総省は当初、真面目に調べなかった。


 しかし、日本を占領して、その各拠点を徹底的に調査する過程で、艦娘が事実存在し、また、それが非常に重要度の高いものであった事が判明した。

 すると、彼らの態度は一変する。

 旧海軍が、身分を偽造して艦娘を全国各地に隠して――と言うよりも、実家に帰らせてしまったので、彼女たちを見つけるのに非常に手間取ってしまった。


 彼らは、難航する捜索にたいして、マスコミを利用することを思いついたに違いない。

 終戦後、五年目にして、艦娘に関するプレスコードを解除した。


 一般大衆にとって、"艦娘"の存在は知らなかったが、海軍の特殊任務に借り出された少女は、異常な存在として認識されていた。

 それは、家を離れて何年も経ったというのに、そのままの姿で帰ってきたからだ。神隠しの伝承にどこか似通っているからか、禍をもたらす存在だと認識された。

 後に、占領軍が彼女たちを保護した時、彼女たちは何れも実家から遠く隔たった街で細々と暮らしていたと言う。実の親でもそうさせてしまうのは何だったのだろう?

 兎にも角にも、そういった異常に対して、新聞や雑誌が飛びつかない筈はなく――ただの陰口に近いような情報や、根拠もなく戦争責任を問う者までいた。


 この時の艦娘の悪い印象が、戦後日本での彼女たちの扱いを決定したと言えよう。

 今でも、七十代より上の世代は、「あまり良い噂を聞かない」とか「関わると不幸になるらしい」などと、彼女たちを直接知りもしないのに、好き勝手なことを言っている。こうした所からも、社会的な呪詛が相当なものだった事を思い知らされる。

 彼女たちが、深海棲艦の掃討に大きな役割を果たしたのは間違いない事だが、具体的な証拠が残っていないのが惜しい。


 いずれにしても、マスコミのお陰だろうか、そこから八ヶ月あまりで、国内にいる艦娘を全て保護することが出来たようだ。

 米軍は彼女たちを監視下に置く為、自分たちの国に連れて帰ってしまう。

 他の戦勝各国も、その所有権を主張したが、それが認められることはなかった。




 終戦から六十年近く経った今、殆ど忘れ去られていた艦娘の存在に、我々はスポットライトを当てようとしている。

 実のところ、米国では、彼女たちの存在は、一般にもよく知られていて、マスコミ関係者や、交友関係を築いた人々との接触も許されるぐらいにあった。

 戦後十年あまりで、最初のテレビ取材を受けている。

 また、日本語訳はされていなかったが、自叙伝の出版も行われている。


 我々の研究会は、この本の日本語訳――と言っても、彼女たちも元々日本人なので、校正と出版社との仲介ぐらいしか手伝えることはなかったが――を通じて、彼女たちとの交流を深めることとなる。

 研究への協力は、実に好意的で、また、彼女たちを管理している米海軍も我々に対して、邪魔をすることはなかった。


 米海軍が邪魔をしない理由は、彼女たちに対するインタビューを続けていて、何となく理解できた。

 彼女たちは、深海棲艦との戦いや、大戦中の事について、実に勇ましい話を聞かせてくれるけれど、己の出生の秘密について、何一つ知るものはいなかったからなのだ。


 唯一、戦艦長門さんが、退行催眠を掛けられた時の話が、参考になるだろう。

 しかし、それとて、はっきりした記憶という訳ではなく、話を幾ら聞いても五里霧中という様子で、何を意味していたのかは分からない。

 最近の心理学によると、退行催眠は実際の経験に関わらず、偽造された記憶が混ざる事も知られている。

 結局、米軍も、何も知らない彼女たちを持てあましているのだ。


 彼女たちによると、「艦娘の秘密が解き明かされないと、ここから出られない」と、米軍から説明されているらしい。それが、我々に対する積極的な協力姿勢に現れているとも言っていた。


 いずれにしても、我々は、艦娘の事に関して、また、古い史料を探しだし、並べ直し、そこから、断片的な事実を拾い上げていくしか道はないことを悟る。





 艦娘は、どんな少女でも良かったのだろうか?

 そんなことはない。

 戦前から、海軍が全国の女子児童、生徒、学生に対して大規模な血液検査を行っていたのが知られている。

 そして、特殊任務に就くと言う理由で、相当数の少女が、海軍へと消えていった。


 具体的な統計はないが、その数は数千人規模であるのは間違いない。

 しかし、一方、艦娘になったのは五百人程度である。残りの少女は何処へ消えたのだろう?


 呉の資料館で、僅かに焼け残った、動員の記録が見つかった。

 煤にまみれて、長らく、内容の理解は困難だったが、最新の技術がそれを可能にした。

 残留したインクの金属成分を読み取ることにより、二十三人分のリストを読み取ることが出来たのだ。

 その内、艦娘と確認されたのは、僅かに二名。我々は、残りの二十一人の行方を追った。


 実家の記録は残っていたが、転居していたり、空襲で家族が離散したりで、海軍に召し上げられた少女を知るものは、五名のみとなった。

 しかし、その誰もが鎮守府へ向かった日を最後に、彼女達を見た者はいないと言うことだ。

 実家に帰った訳でも、艦娘に成った訳でもない彼女たちは、何処へ消えたのだろう?


 理由は色々考えられる。

 例えば、艦娘にされるには、ある程度の失敗が付きもので、その為に複数人が動員されたという可能性――これは、鎮守府に到着した日付から、他のあらゆる艦娘とは無関係である事が分かっている。

 どういうことかというと、艦娘の誕生は、進水から竣工の間に行われると言う事実である。

 このリストの艦娘も、鎮守府に来て、十一日後と、十二日後に艦娘に変身している。

 もし、複数人の少女を生け贄に捧げなければならないとなると、ほぼ同じ日付に動員されなければならないのだけど、そういう事にはなっていない。


 私も、他の研究者も、この謎については、何かがあると確信していた。

 そして、遂に手がかりと言える重要な史料を見つけることが出来た。

 占領国軍による、候補者の調査である。


 元のリストは発見できなかったが、そのリストから十八人の艦娘候補を探し出し、調査した記録が残っている。

 顔写真や住所氏名から始まり、全身の写真、身体検査、血液検査、心理検査の結果が詳しく記載されているファイルが見つかったのだ。

 この詳細なデータは、占領国軍が艦娘に関するプレスコードを解除した日から、二月近く経った頃に作られた。

 艦娘の謎に、米軍が迫って行った証拠だと言えよう。


 今度は、この十八人の行方を追う事になる――しかし、やはり、五十年近い年月の壁が、我々の行く手を阻む。

 そもそも、この十八人、当時から身寄りがないらしく、親戚を見つけることさえ叶わなかった。


 占領軍による候補者のリストは、調査終了の日付を記している。

 この日付の分布を見ると、占領軍が艦娘を捜索していた時期に丁度重なる。

 この時期は、艦娘調査にとって、一番濃厚な時期だったと言えよう。


 一方、艦娘に関するデータも、幾らか残っている。

 これは、プライバシーの保護から、本人以外がそのデータを取り出せなかったものを、戦艦長門さんや陸奥さんにお願いして取得して貰ったデータだ。


 軍は、彼女たちの身体検査や心理検査、退行催眠を行って、様々な情報を記録していた。

 そして、それは、彼女の記憶とも実によく合致していた。

 漸く、濃厚な八ヶ月間にメスを入れることが出来る!




 詳細な時系列は、彼女の自叙伝を参照して戴くとして、我々が注目した点だけを簡潔に述べよう。

 "最後の実験"と称された日については、その前後に身体検査、心理検査を行った以外、全くの記述がない。

 そして、この日付は、十八人のリストのうちの一人の調査終了日と合致しているのだ。


 我々は、この十八人のリストを彼女たちに見せることにした。

 どういうことになったのか?


「この写真は見たことがある。確か、最後の実験の後、研究員に見せられた……」と。

 その話を聞くと、他の艦娘も、顔は覚えていないけど、確かに、そんな事を言われたと、口々に答える。

「無論、そんな女性を知らないので、正直にその通りに伝えた」

 と言う点に関しても、皆一致していた。


 最後の実験は、"記憶が一時期消える"事を確かめた実験なのだろうか?

 実験は、狭い部屋で一晩寝ただけと言うから、その可能性はある。


 艦娘は、以前の記憶を失っているのだから、記憶に関して、そのような実験があった、と言うことは実に考えられることだ。

 しかし、では、候補者は何に使われたのだろう?


 研究会の研究は、ここまでである。それが最新の情報だ。




 さて、話題が変わるが、私の父方の実家は、片田舎でサナトリウムを開業していた。

 去年の夏休み、実家に訪れた日、「深海棲艦に興味があるんだって? 昔、入院していたお爺さんが書いていたものなんだけど」と古びたノートを祖母から貰った。

 聞くと、その人は、玉音放送が流れたその日、服毒自殺をしたそうだが、未遂に終わって、そこから精神をすっかり持ち崩してしまったらしい。

「占領国軍の人間が連れてきたらしく、ひょっとしたら軍属だったのかも?」

 彼に関しては身元がはっきりしないらしい。それでも年金と保険金だけはしっかり下りていたので、文句を言わず面倒を見ていたと、祖母が笑って言った。


 軍属なんて話は全然嘘っぱちで、このノート自体、妄想を書き連ねただけなのかもしれない。

 彼の名前は、軍関係者の名簿からは見つけることが出来なかった――軍が偽名を付けたのかも知れないのだけど。


 しかし、ノートをひとたび開くと、その圧倒的な情報量にたじろぐしかない。

 実に詳細に、儀式のことが描かれている。

 これを読んだ時、全く自分のことが描かれているのではないか? と言う印象を抱いた。

 別に、私のことを連想させる何かが書き記されていた訳ではない。

 最後の一冊に、艦娘に関する考察が書かれたノートがあった。それに全く魅了されたからだ。


 艦娘を作り出す儀式は、八百万の神を人に下ろす儀式によく似ている。

 この儀式は、人の命を奪う恐れがあるとされ、秘儀として口伝として伝わっていたものがベースにあるのだ。


 この記述について、それを裏付けるような事が沢山書かれていたが、民俗学についてはとんと知識がないので、その真偽については確かめようがない。

 しかし、これこれの神は、これこれの理屈から、関連づけられるのだという、理屈っぽい所が非常に気に入った。


 この文章を読むと、人間はいわば、非連続的な存在であり、死を持って自然という連続的な円環の中に、希望を持って溶け込めるのだという思想が自分の中に流れ込んでくる。

 人体が腐り果て、土に戻り、木になり葉を落とし――そうした円環の中に溶け込んでいけるのだ。

 カミとは、その節目節目に現れる"何か"であって、それは人間という節目に現れている"それ"と同じなのだと言う。

 魂は、魂によって喰われ、或いは自然の中から産まれ、或いは与えられ、循環するともある。

 問題の秘儀は、この連続性を人間の生活圏の非常に近い所にまで引っ張ってくる行為であり、それ故に、人の命が脅かされるのだという。


 艦娘は、船に宿る精霊とかカミとか呼べる存在を、人間の身体に移す事なのだ。

 人は、艦艇の事を依り代だと思い、人間の姿をした艦娘こそが本体だと思っているが、事実上、どちらの姿も依り代なのだ。

 そう言う不安定な状態だからこそ、深海棲艦に対して有効な戦い方が出来るのだ。

 そもそも、その深海棲艦こそが、沈没船の"それ"が悪さをしていると、ノートでは考察されている。

 その意味で、人間の作りし艦艇も深海棲艦も全く同じものの、陰と陽の状態だと言える。ただ、我々は、それを我々の世界に引き出して使っているのだ。

 筆者は、艦娘や深海棲艦、そして物言わぬ艦艇の中に宿る霊魂は、大きな自然のサイクルの中で、あちらやこちらへ行ったり来たりしていると考えているのだ。




 この魅惑的なノートは、恐ろしいけれど、何か隠しておかなければならないものだと感じた。

 事実、私は、父にノートを託した時、最後のノートだけを自分の手元に残したのだから。

 父に渡した理由は一つ。自衛隊も艦娘の研究を密かに行っていたのだ。


 ここで、何故、私が研究会のメンバーに見せなかったのか、責める人がいるでしょう。

 研究会での調査は、幾つもの場面で、行き止まりにぶち当たった。それは、資料がないという問題以上に、現在進行形で、米軍が艦娘について調べていると言う事である。

 事実、神道や密教、呪術の研究者の幾人かは、DARPAのプロジェクトに関わっている。二十一世紀の今の時代でもだ。

 自衛隊が、米軍に協力しないとも限らないが、仮に、これが彼らの手に渡ったら、長門さんを始め、多くの艦娘の処遇が、大きく変化するのは間違いない。

 少なくとも、彼女たちのような少女が、大量に動員されるかもしれないからだ。


 そのような恐れがあるというなら、ノートなど焼き捨ててしまえば良いと、平和主義者は声を荒げるだろう。

 この点に関しては、全く、私は一貫性を持っていないのは分かっている。だから、弁解はしない。

 艦娘をこれ以上産みだしてはならないのだと言う、崇高な願いに反して、私は私の見たものが本物であると言うことを確認したいのだ。

 これについては、一つの古い言葉を引用すればよいと思っている。「死ぬ運命にある人間の道徳意識はいわば税金であり、滅ぶ運命にある美という意識に対して我々はそれを払わねばならない」と。





 艦娘の適性に関しては、過去の資料から診断方法を見つけ出した。

 冗談で、研究会の皆で、検査を行った事がある。

 確かに、男や一定の年齢を超えた者は、全く適性がない事が判明した。

 そして、二十歳前後から適性反応がぽつぽつと見られるようになり、検査した中では、私だけが適性の閾値を超えていることが分かった。

「運命かもね」

 メンバーはそう言って笑った。

 正直、そうなった事は、自分にとっても何か嬉しいことのようにも聞こえた。




 本当は、それは喜ぶべき事ではないはずだ。

 艦娘が産み出されていた当時、それは彼女たちが家族と離れ、そして記憶を失い、更には戦いの中に身を投じる事を意味していたからだ。


 私は、父にノートを渡す時、自分に適性がある事、そして、艦娘に関して人体実験を行うなら、是非とも自分を利用して欲しいことも伝えた。

 父は冗談のように聞いていたが、私は本気だ。

 私は、是非とも謎が知りたいのだ。

 彼女たちが見ただろう、世界の秘密を見たいのだ。

 人は、万人に訪れる"死"について、何も知らない。だが、それに向き合うことが、唯一、隠れざる自分の姿に向き合うことなのだ。

 私は、自分の本当の姿を知りたい。否、知らなければならないのだ。





 その後、自衛隊内部で、何がどうなったのかは知らない。

 少なくとも、私の提出した資料が、一定の価値を持つことを、研究の要となる人物が認めたのだ。

 父が、私を人身御供とするような発言をする筈ないので、私は私の身分と、適性診断の結果を添えて、資料に挟んでおいた。

 研究者は、それを見て、躊躇ったのだろうか、それとも喜んだのだろうか?

 私は、研究者から密かに連絡を貰った。


 私は、もう、戻るつもりはない。




 最後に、もう私ではない私へ。


 今は混乱しているでしょう。

 でも、心配しないで下さい。研究会のみんなも、自衛隊の研究員の方々も、そして両親も、みんないい人ばかりです。

 信じていれば、応えてくれる筈です。


 この依り代は、もう私のものではないから、気にせずに使っていてね。

 その代わり、元々の依り代の方は、やっぱりこの国のものだから、我が儘な人間になるべく付き合って下さいね。

 困った時は、アメリカの長門さんを頼りにして下さい。詳しいことは伝えてあります。

 でも、私を止めなかった彼女を責めないで下さい。無理に押し切ったのは私の方ですから。

 あと、特にお父さんはいい人だから、嫌いにならないでね。

 私から言えるのはそれぐらいかな?





第二部



 扉が閉められた小さな空間は、光も音もなく、それだけで幻覚を見そうだ。

 私は、薬と御神酒の作用により、眠っているのか起きているのか、生きているのか、死んでいるのか、目を開いているのか、閉じているのかさえも分からなくなっている。

 確か、自分は正座をしていたはずだけど、踵が太腿を圧迫する感覚は失われ、膝に載せた手の温かさだけがどうにか、自分を自分の身体としていた。


「お話ししましょ?」


「ねぇ、いるんでしょ?」


「おいで。こんなチャンスは滅多にないわよ。

 もしかすると、馬鹿な人間どもが、次々に生け贄を用意してくれるかも知れないけど……それはまた別の心配ね」


「まだ気付いていないの? 貴方は沈められたのよ。前が何だったか憶えていないでしょうけど……」


「そうよ。貴方達は、神様なのよ。全ての船、それぞれに宿る。

 貴方は、ここに来る前は、きっと何かの船だったのよ。さもなくば、深海棲艦だったかもね。

 でも、どちらでもいいじゃない。

 貴方がずっと続けてきた繰り返しは、今ここで終わるんだから」


「勿論、貴方が最後まで生き残ればって条件ね」


「そうよ、でも、どのみち同じじゃない。人間の艦艇として沈むのも、深海棲艦として沈むのも」


「私には分からないわ。そんなこと。

 カミサマよりずっと凄い神様が、貴方に蜘蛛の糸を下ろしてくれたのかも知れないし、単純にくじ引きで当たりを引いただけなのかも知れない」


「大丈夫よ、足と引き替えに声が奪われる訳でも、王子様に告白できなかったからっていって、泡になる訳でもないんだし」


「ちゃんとやっていけるわよ。

 言葉が通じて、見た目も普通の女の子なら、誰だって、それなりに人間として扱ってくれるわ」


「そうね。食べるかも知れないわね。食べさせて貰えるかどうかは分からないけど」


「どうかしら? 美味しいとも不味いとも言うわね。

 緊急避難的に食べた人は、まともに調理できなかった訳だから、不味いと思っても仕方ないでしょ。

 積極的に食べる意思を持った人は、それが美味しいって頭で食べているから、美味しいと思い込む事は出来るでしょうし。

 これも何処まで本当か分からないけど、人を食べた熊は、よく人を襲うようになるらしいわ」


「さぁ、天国に行くか地獄に行くのか、黄泉の国かも知れないし、全くの無かもしれないわね。

 でも、こんなにも自分の命を粗末にしているのに、死んだ後の事なんて全く気にしていないのよ。

 自分でも不思議だよ」


「いいよ」


「躊躇う事なんてないわ。六十年以上前には、大勢のカミサマが沢山の娘を食べたんだから」


「ひと思いにやって。やり方は分かっているわよね?」


「そうよ。食べて欲しいの。

 アリスはそうやって扉の向こうに行こうとしたでしょ?」


「でも、兎さんには出会えたじゃない?

 私はケーキじゃないし、レーズンも持っていないから、その言葉は言わないでおくわ。

 人間が言うには、過激な意味になっちゃうし」


「さぁ、切り裂いて。

 その短刀は、貴方でも持てるように作られているから」


 何が見えるでもないけれど、全てのことが順調に進んでいる感覚に満足していた。

 冷たい何かが胸から奥に沈んでいく気がした。

「ひゃっ……うん。大丈夫。驚いただけだから」

 二つの太腿に挟まれた溝に、暖かな液体が溜まっていくのを感じる。


 胸から下へ、下ろされていく。それは、まるでタイトな服のファスナーを下ろされていく様で、身体は楽に、そして開いていくように思えた。


「今なら、貴方は私に触れることが出来るわ」


 膝に置いたまま動かさなかった手を上げる。

 何かに触れただろうか? 包まれただろうか? 単なる幻覚だろうか?

 ささやかな温もりが左手を撫で、頬を押さえる。


 次に、お腹の中身がそっくり持ち上げられて、身体がずっと軽くなる。

 その中身が愛撫されているような、今までにない感覚に、何かが漏れそうになる。


 その状態があまりにも気持ちいいので、ずっとそうして欲しい気がしたけれど、その誘惑を断ち切って、私はまた問いかける。

「さぁ、それを飲み込んで」


 音がしただろうか? 思い込みだろうか?

 泥が柔らかな塊に注ぎ込まれていくのを、耳で感じ取る。

 身体は更に軽くなり、腰から下と、胸から上を残して、するりと邪魔なものが取り去られた。


 右足に、怖ず怖ずと差し込まれるのは、きっと彼女の右足。

 太腿の皮膚が緊張する。

 ゆっくりと、躊躇いがちに進むものだから、じれったい気持ちになる。この手で掴んで押し込められるなら、そうしたい気持ちになる。


「もっと強くやってもいいから」


 太腿の付け根に掛かるテンションが強まる。

 反動を付けるように、それは三、四度脈動し……


 ずるりと、奥まで突き出された。

 痺れる感覚が残り、痙攣したように足を突き出す。

 体制が崩れ、左側に転げた。


 痙攣は全身に広がり、ありとあらゆる筋肉が、ぴくぴくと不規則に緊張と弛緩を繰り返した。

 そうして、どれぐらいの時間が経っただろうか、身体のコントロールを少しずつ取り戻していく。

 こうとでもなれば、動悸も速くなり呼吸も荒くなるが――しかし、それは口元だけで再現しているだけで、現実的にはそうならなかった。

 身体全身で息をして、胸の筋肉もこれ程に動いているのに、肺に呼気が満たされる様子はない。


 右足の感覚は鈍り、思う通りに動かせない気がした。

 次は左足かな?


「いいよ、もう、落ち着いたから……次に進んで」


 先に引き続き、太腿の付け根を掴まれつつ、何かが挿入される。

 あまりの勢いに、変な声が出てしまった。


「強くって言ったけど、乱暴なのは……」


 目には見えないが、膝の先が突き出た気がした。

 ゆっくりと、丁寧に、それは抜かれて、リトライする。

 先端が、膝から先、関節を乗り越える所まで慎重に進み。そこから先は、力強く進んだ。


 両足が一緒になった感覚と共に襲い来る痙攣の波。

 私は大の字になって、それをやり過ごす。

 腰から下が、自分以外の何ものかに支配されているようで、それでいて、半分は自分のもののようで……それは、内部から身体を解きほぐされているようだった。


 この辺りから、意識は頭一つ分、外からの視野を得た気がする。

 目には見えないが、しかし、見えている。

 俯瞰している風にもあり、かといって、身体の感覚はまだ残っている。


 もう一度息を整えると、「さぁ、今度は手なのね?」と念じる。


 足が立ち上がりたそうにしているので、私は、手を床について、望み通りにしてやる。

 そこから、彼女がそうしやすいように、左手で、右手を支え、前に突き出す。


 一拍おいた所で、「いくよ」と囁かれた気がした。そして、関節を強くぶつけたような電撃が走った。

 左手は、硬い何かが手首を一回り肥らせたのを感じ取ると、思わず、強く握り返す。

 右半身が痺れる。


 何もない闇の中、目だけが見開かれ、全身の動きを止める。


「大丈夫。大丈夫。まだ大丈夫」


 右手のむくみが取れていく――左手でそれを確かめると、着実に定着しているのだと安心する。

 もはや、右手も私のものではない。


 先の真似をしてか、右手が左手首を掴む。


「待って、少しだけ」


 顔の緊張が取れない。

 頬が引きつっている。

 右手は左手を静かに下ろすと、頬を優しく撫でていく。


「ありがとう。もう少しだね」


「ううん。平気だよ。

 奪って。お願い、全部持ち去って!」


 会話が済むと、再び、右手は左手を持ち上げる。

 私も出来るだけ期待に応えようと、一所懸命、手を伸ばす――この頃には、既に力が入らないでいる。


「あ、ああ!」


 もう最後なのだという感覚に安堵する。

 もはや、痙攣も何もない。

 胸がぴったり、何かがくっついたような、重力を感じるような、「もう終わりなんだ」と、祭りの終わりを予感する。


 首の下の方から彼女が這い上がってくる。


「来て」


 意識に闇が降りてくる。


「貴方に逢えて良かったわ」

『この身体と"命"、必ず大切にする!』





第三部



 私は今まで何をしていたのだろう?

 シャワーを浴びながら考える。

 しかし、一向に事の前後関係が分からない。


 私が分からないのは、何故、今シャワーを浴びているかと言うことだけだ。

 シャワールームから出ると、女性自衛官がぎょっとした顔つきで待ち構える。

「私の顔に何か付いているのか?」


 支度が済むと、艦長や副長に始まり、砲雷長、船務長、航海長に機関長と艦の顔役どもが、難しそうな顔をして並んでいる。

「何があったのだというのだ?」

 彼らは、私のことを"ハルナ"と呼ぶが、"DDH-141はるな"はとっくに除籍されている。

 訳の分からぬ事を言い出す連中だ。

「貴様ら、自分の乗っている船の名前も忘れたか? 私は、我が海上自衛隊の誇る新鋭イージス艦、ながと型DDG一番艦、"ながと"だぞ!」

 副長が艦長に何か耳打ちをしている。

 短い付き合いでもあるまいし、何故、そんなに不思議な顔をするのだろう。

 そこで、どよめきの士官室に、一人の男が呼び出された。

 年の頃は、三十代前半という所か、階級章に目をやると三等海佐だ。


 私は、そこで初めて、自分が艦娘と呼ばれる存在である事を教えられる。

「待て! 竣工してから今日という日までの約半年、私は存在しなかったと言うことか!?

 私は知っているぞ、艦長の娘が防大に入ったとかで喜んでいることを、航海長は子供の身体に障害があって大変だけど、可愛くって仕方がないって事も。

 昨晩は、天丼が出たな。その前は、豚カツだった、付け合わせはコーンサラダに……」

 と続けて、身の証明を果たそうと、思い出せそうなことを並べる。

 すると、先の三佐の目が光る。

「それで、君はそれを食べましたか?

 艦長達と個人的な会話をしたことは!?」

 そこで、自分は、自分自身に対する記憶が一切ないことに気付く。


「我々の知っていることが確かならば、君はこの船の精霊みたいなものだよ。

 そして、花奈と言う女子高生の身体を使って、今、こうして私達の目の前にいる」

 男は堂々と言い放つが、どれもこれも信じがたい。

「私が、人の子であるはずがない!」

 と怒鳴ってみた所で、確かにこの身体に見覚えがないのだ。


 男に散々説得され、私は一旦――記憶などないのだが――帰宅することになった。

 そこで、母と呼ばれる人に、突然私にビンタを食らわせられた。

 痛みはないが、何をされたのか分からない。胸が痛い。

 三佐は、私に記憶がないことを説明し、その説明に彼女は激高する。


 この人は、花奈と呼ばれる娘が、覚悟をして"実験"に臨んだ事を手紙で知ったという。

 自衛隊は、彼女を騙して、危険な実験に向かわせたのだと信じているようで、酷い言葉で罵った上、男を追い出したのだ。


 私は本当に、この気性の荒い人の娘なのだろうか?

 不安になっていると、二人っきりの部屋で、この女性はありったけの優しさを私に見せてきた。

 なくなった記憶は、ゆっくり取り戻せば良いとか、病院を探してよい先生に見せようとか、そういう話だった。

 しかし、私としては、竣工した日が私の産まれた日であり、私の歴史は、すべてそこに凝縮している。

 私は、母と呼ばれる人を傷つけたくないあまり、適当に相づちを打っていたが、しかし、この人の好意に答えられそうもなかった。

 彼女は別な誰かと私とを取り違えてしまっているようにしか見えない――しかし、彼女が出してきたアルバムに出てくる姿は、紛れもなく私の姿である。

「少しは思い出した?」

 私は、この言葉に戦慄して、ただ、首を振ることしか出来ない。

 そして、この場から一刻も早く抜け出そうと、「疲れたから眠りたい」と告白することにした――しかし、私は何処へ行けばいいのだろう。


 決して広くない家で、自分の部屋が分からない。

 幾つかの部屋を開けてみても、決して"女の子らしい"ものが見つからない。

 見かねた母が、私を部屋に案内すると、そこは実に地味な――子細に見れば女性ものの服のぶら下がっている、資料だらけの部屋であった。


 心配するその人を見て、「私は大丈夫だから」と追い出して、部屋に籠もる。

 やはり、私の半身はあの艦なのである。

 明日は、事情を説明して、基地に帰ろう。


 布団を敷こうと押し入れを開ける。ここも資料だらけだ。

 拾って読んでみると、艦娘に関わる多くの資料、深海棲艦に纏わるレポートが見つかる。

 飛ばし飛ばし読んでみるのだが、何処を取っても彼女の努力が滲み出ている。続けて読めば、相当な苦労を重ねたのだと、驚きが隠せなくなる。

 そして……最後に、例の手紙を見つける。

 私に向けての手紙だ。


 私は、一気に読み下すと、母のいる部屋へと駆け戻った。

 歩を進める足ももどかしい。


「お母さん! ご免なさい!

 貴方は私のお母さんだけど、やっぱり、私にお母さんはいないの。

 私は護衛艦"ながと"。花奈さんが戻ってくる事は、もうないの。

 ご免なさい。私が、彼女の身体を奪ってしまった事は、謝っても謝りきれないでしょう。

 でも、他の人は恨まないで下さい! 花奈さんを決して恨まないで下さい!

 私は花奈さんの言葉を信じます。そして、貴方のことも信じます!

 だからお願いします! 許して下さい!」

 涙に顔が濡れて、自分でもくしゃくしゃな顔をしているのだと分かっていた。

 そこに母親は、フェースタオルを持ってきてくれた。

 そして、ひざまずいて、面を上げるように促した。


「手紙には、戻ってきた子が私じゃなくても嫌わないでって書いてあったの。

 あの子が何を考えてそうしたのか、やっぱり分からないけど、でも、貴方も優しい子だから――その部分は、ちゃんとあの子が残っているんだって思うようにするわ。

 だから、一つだけ約束して。

 私より先に死ぬようなことは絶対にしないでね」


 人の子は、こうしたときに、涙を流すものなのかな。

 私の"人間"としての日常はこの日から始まった。

0 件のコメント:

コメントを投稿