2013年9月28日土曜日

艦これ~沈んだ世界から 第五話

「今回は密航者とかいないのかな?」

 商館の男――明石と名乗った――は、やけににこやかだった。

「そんなもん」

 そこから先は、言葉にする気が起こらなかった。

 僕が言葉少なげにすると、その分を補うように男はまくし立てる。

 「あのドレスは気に入ってくれたかね?」とか「大佐はこっちでも有名だからね」とか、どうでも良いような、良くないような、そんな言葉を浴びせかける。

「君は、一体何者なんだ?」

 僕の言葉に、彼は「何処にでもいる商売人さ。何だって売るさ」と笑う。

 どうせ、何を追求した所でまともな答えなど返ってくるまい。むしろ、この口の上手そうな――先回の港であった時以上に饒舌なこの男を見ていると、その術中に填まるまいと、僕の口は自動的に硬く閉まるのだ。


 僕は男に連れられて商館の方へと歩いて行く。

 街は決して大きくなく、近代的な建物が目立つのは、商館や役所の建ち並ぶ一角だけだ。

 石畳の道路があるのは極一部で、そのエリアを離れると、南国特有の湿気たような木造建築が並んでいる。


 商館のテラスは、朱色に塗られた壁が東洋的で、バルコニーの様式は西洋的だった。

 そこに置かれた安楽椅子が二脚。彼は、僕に席を勧めると、使いの者に合図を出した。

「僻地だからね。外務省の連中以外は特に、何もする事なんてないよ。

 荷役は下っ端にさせればいいんだし」

 そう言いながら、彼は隣に座った。

 使用人は、酒とグラス、そして書類とペンを持ってきた。

 彼は、ざっと目を通すと、万年筆でサインを書いた。

 その格好は実に様になっていたので、その下に書くだろう、自分の垢抜けない文字をどうしたものかと、いささか狼狽した。


 明石の差し出した書類に、僕も目を通した。

 貿易に関しては、多少なりとも勉強させられたが、船積書類の書式が、往路の時と随分と違っていて、何処に目を通すべきかさえも分からず、無意味に何枚もの紙を行ったり来たりする。

「何にも問題ないけど、商売人の書いた文字だ。インチキがあるかもしれないぞ」

 僕の困っている姿を、半ば馬鹿にしたような笑いを漏らしながら、彼は酒を注いだグラスを僕に差し出す。


「甘!」

 その酒は、どぶろくのように乳白色をしていたが、香りは芳醇で甘酒さえも連想させた。これを喉に押し流すと、喉の水分が吸い取られて、いがらっぽくなるぐらいだ。

 戻してしまいそうなぐらいの僕の反応に、彼は壊れた玩具のように笑う。

「現地の酒でな、これでも30度あるんだぜ?」

 その強い酒をちびりちびりやりながら、書類に目を通していく。

「主計将校に回してくれ」

 酔いが回るのが早いのか、細かい文字のお陰なのか、もう、長々と読む気が失せた。

 僕の後に付いてきた使いの兵に任せ、僕は浮かせた腰を、深く椅子へと沈めた。


「どうだい? 面白いだろ?」

 何を指してそう言っているのか分からなかったが、何も愉快なことがないので、正直に答える。

「何も変わりやしないよ」

 僕のぶっきらぼうな答えにも男は挫けることを知らない。

「変化ってモンは見えない所で起こるんだぜ? お湯みたいなものさ。熱をじっくり掛けても沸騰し出すまで、見た目はただの水だからな。だが、加えた熱は水の中に蓄えられるんだ。面白いだろ?」

 面白いことあるものか。

「何を期待しているんだ? 海軍は確かに、最近軍備を拡張しているが、深海棲艦に正面からぶつかるような能力はないぞ」

 男は飄々としている。

「一年で二隻だったのが、この数ヶ月で、一体何隻増えた?」

 言葉の内容そのものよりも、男の態度が僕をたじろがせた。


 酔い覚ましの為に、南国の暖かい風に身を任せ、椅子は揺れるがままにしておく。

 沈黙は苦痛ではなく、穏やかな時間を感じさせる。

「なぁ。

 あんたが、こうやって、荷物を持って海を渡ったってなかなかのニュースなんだぜ。

 この前の時なんて、あっと言う間に世界中を駆け巡ったみたいだよ。

 ドイツで調査官やってる奴の話だが、あっちこっちの国が、深海棲艦撃退の方法を知りたがっている。

 これからは気をつけろよ。日本人があちこちにいる以上に、欧米人や華僑は何処にでもいるんだからな」

 僕は、その真面目すぎる話に、鼾のように頷く事しか出来なかった。




 港の方に目を向けると、パージが何度も行き交っているのが見える。

「今の設備は、荷物がない事前提だから、こんな風なんだよ。

 あの艀だって、陸で日干ししてあったのを修理して使ったりしてな。

 結構投資してるんだぜ? しっかり稼がせてくれよ」

 男の商人然とした言葉には、何処か安心させる音色が見える。露骨だからこそ、本当のことのように聞こえるからか。それとも、全てが嘘っぽい中で、それだけが真実であってもよい程度のものだからなのか。

 そして、男は出し抜けに「女が良いか? 酒と飯が良いか?」と聞いてきた。

「変な病気を拾いたくないものでな」

 そういう僕の必死の口答えは、男にすっかり見抜かれていて「臆病者だな」と笑われた。


 臆病者だからだろうか?

「外は色々危なくってな」

 の一言だけ貰って、僕はその日を商館の中で過ごすことになった。

 男は「仕事だ、仕事だ」と消えていく。

 暇だ。実に暇だ。




 日中は、日差しの強さにやられて、部屋の奥へ引き込む。

 夕暮れの風を感じるようになると、窓際で港町をぼんやりと眺めて過ごした。

 そして、とっぷりと日が暮れた頃、男は約束通り、良い食事と良い酒を用意してくれた。

 給仕の女は、露出が多く、明らかに誘っている様な目をしているので、「俺はやらないぞ」と釘を刺す。

「そうか、大佐がお気に入りだもんな」

 と大声で笑う。黙って無視していると、「そうか、いらないか。今度、そういうのが好きな奴にいい宿を探して貰うように頼むよ」などと、好き放題にいい散らかす。段々嫌いになりそうだ。

「ま、何にしても、人をまとめる人間は臆病ぐらいが丁度良いさ。そうじゃないと、チーム全体が危ない目に遭うからな。

 俺みたいな人間は、骨一つ拾われることもない」

 給仕は無言で仕事をしている。料理が出てきては下げられる。


 この国の妙な味付けに驚いていると、男が解説する。

「この国は、植民地にならなかったからな。今でも王様がいるよ。

 少尉。食文化って言うのはな、混ざり合った方が妥当に美味くなるんだよ。

 日本のカレーが誕生したのは、選りに選ってイギリスなんぞを経由したからに違いない」

 堂々と胸を張っているのに感心していると、「あ、だけど、鰻丼は純和風だが、イングランドのウナギゼリーと比較出来んな……」とぶつぶつ言い出す。

「何にしてもだ、少尉! これから外国に行くことも出てくるだろう。

 こういう時、小話の一つぐらい憶えておくと便利だぞ」

 そう言って、空いた盃は即座に酒で満たされる――そう言えば、酒と言えば、大井参謀とばかり飲んでいるな。




 酔いが回って来たので、寝室に通される。

 男は全くの素面のようで、なんだか羨ましく感じる。

 そんな時、参謀の忠告を思い出すのだ。

「酒が沢山飲めたって何も偉くないし、大人の証明になる訳でもなかろう」

 そうさ、大佐。沢山飲むより、沢山味を知った方がいいんだ。


 蝋燭を消すと、電気が碌々通じていない街は、闇の中に沈む。

 満天の星空が、窓と壁とを曖昧に分けている。

 意識が遠のく。穏やかな眠りだ。

 湿気は厳しいが、我が国の真夏よりマシなんじゃないかな?

 微かな潮の香りは、鎮守府より明るい調子に感じる。

 漆黒の潮を掻き分けて静かに突き進む光景が広がる。

 静かだ。

 誰にも邪魔されない。

 身を風に任せている。

 少し冷えるかな?

 夢と覚醒の狭間で、僕は夜具を引き寄せる。


 そんな気持ちの良い状態が暫く続いていると、突然の灯火である。

「提督、危ない所でしたね」

 ベッドの横に、龍田さんが腰をかがめて、僕に顔を寄せてきていた。

「血!」

 彼女には、右頬から左頬に掛けて、鼻頭の高さを横切る、点々と或いは線で繋いだような、赤い、全く赤い化粧が施されている。

 何故、それを瞬間、血と判断できたのだろう。恐らく、充満する、鉄のような生臭いような匂いのお陰だ。

 何処かしら、深海棲艦の匂いに近い。


「全く、油断も隙もないってもんだなぁ」

 龍田の微笑みが遠ざかると、後ろで拭い紙を取り出す天龍の姿が見える。

 スカートから紙を取り出す姿は、ありがちな少女の仕草に見えたが、全体を見ると、血の滴る刀を脇に向けて、たった今、人を斬ったと言う気迫を赤い霧のように発散させている。


「やぁやぁ、見事だね。

 しかし、殺してしまっては、尋問も何も……」

 拍手をしながら、ひょうきんな声を上げる明石が登場した。

「おい、お前!」

 この時の僕は、実に間抜けに見えた事だろう――




 天龍と龍田が血を洗い、使用人が斬殺された二つの遺体を片付けている。

 その凄惨な部屋を離れ、別の寝室に移ると、男は色々なことを聞かせてくれた。

「実は、僕も見えるし聞けるクチでね」

 あまりにもあっさりと、三人目の適合者が見つかったものだ。

「上に知れると、少々厄介だからまぁ、この事は他言無用だぞ」

 そのような断りが、何処まで意味を持つのか、或いは黙っていて、僕自身は無事なのか? 気になりだしたのは、帰国の途に就いてからだ。

 今は、ただただ、寝ている間に、その身、数メートルの所で艦娘によって二人の人間が殺された――と言う事実に動揺するばかりで、あらゆる情報は、ただ、受動的に吸い込まれるばかりだ。

「でも、今日の一件で分かっただろ? 君を狙っている輩がいるって事だよ。

 我々も、こういう荒事には慣れているつもりだったが――全く彼女たちには感謝だよ」

 男は、この街に厄介な工作員が潜入したことを察知していた。それを、先に討ち取ろうと、僕が到着する前日、一個分隊規模で襲撃したが、返り討ちに遭って部隊は崩壊。

 守備に不安を感じた明石は、天龍と龍田を商館に寄越したのだ。


 放心状態が続いている所に、「やめろ! 俺は絶対に、こんなの着ないからな!」と言う天龍の叫び声が届く。

「あ~ら、天龍ちゃん、服が乾くまで下着で過ごすつもり?」

 龍田さんが、歓びの表情で纏わり付いているのは想像がついた……あの男の事だ。碌な着替えを用意していないに違いない。


 擦った揉んだを耳にしているうちに、僕は冷静さを取り戻し、そして、そうした頃に、やっと二人は姿を現した。

 それは、やたらにフリルの多い衣装で、その代わり、肩と背中の空いた露出の傾向がやや偏ったドレスであった。

 明石は、僕の事を児童性愛者かのように言うが、この男の趣味も、大抵碌でもないものだと思った。

 龍田が上機嫌なのはいいとして、天龍が胸の空き具合を気にしてもじもじしている。

 小一時間前に人を斬った顔かよ……


「二人とも可愛いよ」

 本気半分、四分の一をお世辞に、残りをこの状況をよりよく丸め込もうという浅知恵で、この言葉が成り立っている。

「ばっきゃあろう!」

 と、叫んだのは良いが、その後、言葉が見つからないようだ。

 照れる天龍を喜ぶのは一人ばかりだが……


 緊張と弛緩、その次は、再びの緊張。

 遠くで爆発音がしたのだ。

「提督! 千歳から入電。

 奇襲。我、交戦状態に入れり」


 しかし、僕たちはその場から動けなかった。

 深夜に商館を出れば、そこを狙われるかも知れない。加えて、軍の艦船が交戦するような戦力を前に、内火艇など出していられる筈がない。

 続報を聞けば、どうやら三隻のボートが近付いてきて、そのまま衝突、爆発を起こしたという。

 油槽艦は、急造でタンクを設置したモノだから、ダメコンなど考慮に入れていない設計だったのだろう。あっけなく浸水した。

 その後、探照灯で警戒し、第二波を機銃で沈めてその場を凌いだという。

 千歳と叢雲、子日はあとでもっと褒めてやらないと。





 緊張の夜は長く、疲労だけを残して、朝を迎えた。

 明石は元気そうだし、艦娘二人も疲労の色が窺えない――タフな連中だ。

 しかし、気負うものだけは、誰にも負けていない。

 朝靄が晴れると、真っ先に泊地に向かう。

 島影の向こう側だ。早く、早く!


 問題の油槽艦は、大破着底……と言うよりも殆ど撃沈と言ってもよい姿だった。

 45度ほどに傾斜して、右舷を少し覗かせる程度の姿となっていた。

「みんな無事で良かった!」

 心の底から喜びの声が出た。

「少尉、あんまり、艦上でそういう事を言わない方がいいと思うぜ。あの船にだって、兵は乗っていたんだろうし」

 男の忠告は、いやに冷たく響いた。


 乗員132名のうち、死者行方不明は35名にも及んだ。

 顔見知りの艦長と副長は無事だったから、僕には、その数字が、あまり実感として捉えられなくて、相変わらず、"被害が少なかった"と喜ぶ自分がいた。

 この時、問題の艦長から「艦娘さえ無事なら万々歳か。ご自慢の大佐殿から、艦を失うと言うことがどういうことなのか、みっちり教えて貰うといい」と言われても、また彼の苦虫を噛み潰したような顔さえも、心に染み入る事はなかった。

 彼の言いたいことや、どういう感情かと言うことを、口に出して説明することは容易だが、それは報告書に被害状況を書き記す程度の"知識"でしかなかったのだ。

 油槽艦の乗員は、軽巡や駆逐艦、水母には乗りたがらなかったようで、残り三隻の船に分乗することになったが、それさえも僕としては"よいこと"であったのだ。


「提督、あんまり良い雰囲気じゃねぇなぁ」

 明石はなおも僕のことをとやかく言うつもりだ。

 僕の浮ついていた感情は、俄に刺々しくなった。

「なら、何て言えばいいんだ! 責任取って、お前も沈んでこいとでも言えばよかったのか!」

 男は、残念そうな顔をして、反論する。

「あの艦長だったら、そうしたかっただろうな」




 本国に判断を仰ぐと、問題の船は雷撃処分が決定した。そして、今ある船だけで帰国すること、そしてこれ以上の喪失は許されないと釘を刺された。

 悪いのは、我が国をやっかむ連中だろう――まぁ、せいぜい、あの船から"艦娘"の秘密を探るといいさ。


 明石には、この船を調べようとする連中から、実行犯をあぶり出そうと相談した。

 彼は「言うほど簡単な仕事じゃねぇんだよ」とぼやいたが、努力だけはすると約束してくれた。

「深海棲艦と戦って、その上、外国人にまで命を狙われるなんて、因果なもんだな」

 僕の何気ない一言に、「そんな単純じゃねぇよ」と真面目に返され、何という顔したらいいか分からなくなった。

「厄介なのは御免だよ」

 適当な言葉で言い繕ったが、明石は面白そうな顔をしていなかった。


 そんな風に、本国の上意下達と、明石との無駄話、あとは殆ど艦上で過ごす日々が二日過ぎ、出航の日となった。

 これまでのようなセレモニーもなにもない。

 遅かれ早かれ、こんな任務ばかりになるのだ。何を惜しむことがあるだろう。

 何も特別なことはない。そう。もう、なんにも。




 沖に出て、大陸が見えなくなると安堵した。

 僕には、深海棲艦よりも人間の方が、ずっと怪物然としていたからだ。

 何を考えているか分からないという点で、両者は恐怖の対象となっていたが、深海棲艦が我々の資源を狙うトラのようなものと考えるのなら、人間は言わば、幽霊や呪いの類と同じだからだ。

 確かに、幽霊よりもトラの方が怖いだろうと叱られそうだが、しかし、純粋な恐怖という意味で言えば、両者は同等だ。

 少なくとも、トラはその存在が目の前にあるか、百歩譲ってもその棲息が確認された森の中を歩かない限り、それを恐れる必要はない。しかし、幽霊が一旦僕に執着するなら、寝室だろうと食堂だろうと、襲ってくる時は襲ってくる。目に見えていないだけで、その横に立つ使用人や給仕が豹変するかも知れない。

 今回の旅は、外国というものが、一層恐ろしくなった旅となってしまった。




 しかし、そうやって、散々人間の恐ろしさを語った所で、深海棲艦の恐怖が忘れ去られる訳でもない。

 復路については、多く語りたくないのだ。

 それは、天龍が被弾したからだ――"小破"この響きだけで、僕は動揺してしまう。




 この"小破"に至るまでの道程は、決して恥ずかしいものではなく、むしろ、この程度で済んで良かったと言われた位である。


 先ず、千歳が重巡と軽空母など六隻からなる戦隊を見つけた所から始まる。

 戦力差を考え、交戦を避けることを決定、なるべく距離をとる事を第一に、我々は足を速めた。


 夜間は特に急ぎ、また、航路を変更するなどして、追っ手を振り切る。しかし、日が昇ると彼らも活動を開始し、夕方頃に追いつかれる。そんな具合で、胃に悪い帰り道となってしまった。

 追いつかれた時には、重巡と軽空母から距離を保ち――しかし、間が詰まれば、直ちに回頭して、魚雷をお見舞いしてやろうという位置で、海路を北上する事にした。

 重巡の砲撃はまばらで、威嚇程度であった。

 問題は軽空母の方だ――空襲は、比較的早く彼らに見つかった時に発生した。


 三度の空襲を受けたが、逃げの一手で凌いでいた。艦娘も、輸送艦の艦長達も実によい仕事をしてくれた。

 急降下爆撃機は、一度攻撃態勢に入れば、爆弾を投下しなければ機首上げできない。これを利用して爆弾を避けるのである。

 千歳の水上機も、それなりに迎撃の役に立ち、帰国までに合計三機の艦攻、艦爆を撃墜した。


 問題は、その三度目の空襲である。

 敵機の放った魚雷が輸送艦に激突するコースとなった時、天龍がその盾になってくれたのだ。

 本人は、「上手くやったつもりだったんだけどなぁ」とうそぶいていたが、痛々しくて見ていられない。

 航行に支障はないという機関兵の言葉を信じることにして、「無理をするな」と言いつつ、帰国を急いだ。


 戦闘は、じきにやって来た夕暮れを以て終了。闇夜の中で進む夜は、油槽艦がやられた晩よりもずっと不安で仕方なかった。

 もし、朝になって、天龍が脱落していたら。そんな事ばかり考えていた。

 龍田は、「天龍ちゃんを見捨てる時は、提督の首が落ちる時ですよ」と笑っていたが、その声にいつものような余裕を感じられなかった。




 最後の夜は、精一杯急いで、日中はほぼ惰性で鎮守府に戻ってきた。予定よりも一日近く早い帰国である。

 燃料を予想以上に消費してしまったが、追っ手のしつこさを考えたら、許して貰えるはずだ。

 気持ちとしては、怒られる恐怖と、褒められる希望が入り交じって、自分でもその支配勢力を推し量れないでいた。




 帰国後、あちこちの部署を巡ることになる。

 これから恒例となるだろう報告もあれば、金輪際ない方がいい報告もある。

 何にしても、油槽艦一隻分の原油が入らず、燃料も余計に使ってしまった――資源の配分について、僕とは関係のない所で、諍いが発生するのだ。必要のない謝罪を強いられるのは、これも運命と諦めるしかない。


 そして最後の関門は、大井参謀だ。

 彼女は、無事なのを褒める反面、被害の話になると眉をひそめた。

「天龍の小破については、事細かに報告書に書いてあるが、人的被害に関してはやけに簡素だな。

 この件、死人が出なかったのは褒めてやりたいが、足を失った兵もいるそうじゃないか。

 いざ戦闘ともなれば、そういう事に気を掛けていられないのかもしれん。だが今は平時だぞ?」

 そう言われても、種々の雑務に駆り立てられて、報告書に割く時間がなかったのだ。こうして参謀の部屋に来たのも、やっとの思いでそれを捻出したのだ。

 思った以上に、反応が厳しくて、なんだか詰まらない気持ちになる。

「ああ、あと、油槽艦の艦長を怒らせたそうだな?

 私は、貴様のことが心配だ」

 子供が私を子供のように説教している。笑えた光景じゃないか。




 その夜、僕は油槽艦と天龍の乗員が収容されている病院へと向かった。

 病室を回ったが、概ね目を背けられるばかりだ。

 だから、行ったって無駄なんだ。

「君たちの働きのお陰で天龍も、艦隊も無事だったんだ」と謝意を述べても、無言で頭を下げられる程度だ。

 部屋を出れば、何かこそこそと言っている。聞き耳を立てるだけ無駄だ。どうせ、嫌みか悪い噂だけなんだから。


 俺は感謝しているんだぞ、あの兵士達がいなければ、天龍のダメージコントロールは出来ていなかった。

 だから、私は、兵士を必要としている。そして、感謝もしている。

 だが、命を張っているのは艦娘も同じだ――他の兵士も、鎮守府の連中も、もっと艦娘を受け容れろよ!


 それから、僕の目標は変わった。

 否、目標の動機付けが変わった。

 事故や被害を出せば、非常に面倒臭い。


 確かに、自分の心に正直に答えるなら、艦娘が傷つくのを見るのが嫌なのだ。

 今回の被害艦である天龍は、健気にも強がって見せている。入渠に際して、もっと働かせろと言うぐらいだ。

 彼女のお陰で輸送艦が助かったと言えば、「だろ? だろ?」と笑顔を見せる。

 どっちの為に働きたいと思う? そうだろ、参謀!





 それでも輸送作戦は続いた。

 たかだか全長百メートルあるかないかの輸送艦がどれぐらいの荷物を運べるというのだろう。

 輸入する素材は、運んでも運んでも足りない。

 代わりに色々なものを輸出し始めたが、物資不足から、木工製品や陶器ばかりだ。これが、西洋まで到達して、よい外貨を稼げるかどうか、実に怪しい。


 艦娘をローテーションさせつつ、輸送任務をこなしていく。

 途中で、様々な船を見つける。

 千歳の待ち望んだ千代田を見つけた。駆逐艦や軽巡にも出会った。

 母港は充実する。彼女たちの武器を参考にして、海軍工廠がやる気を出し始める。

 快速輸送艦は、成功と見なされ、研究と建造が再開された。


 軍拡の匂いがするが、彼らだけは僕に好意的だった。

 彼らにとって、やって来る船は、どれも調査対象として素晴らしい。それに、陸軍に奪われていた予算が、一気に取り戻せた事も理由の一つだろう。

 僕としては、守るべき船が増えるのは勘弁だが、その分、搭載砲の換装や新種の弾薬、艦載機の性能向上してくれるのは嬉しい。

 機銃が増え、連装砲が載る。魚雷の研究が進み、電探も実用化を待つばかりだ。


 艦娘は、改造される度に歓び、よりよく働ける事を僕に訴えてくる。

 彼女たちが、戦闘する艦艇である以上、戦いや勝利を求めるのは異常に思えない。しかし、少女の姿の彼女を見て、それでいいのかと悩む自分もいる――今は、洋上に散らばる、彼女たちの姉妹を見つけ出すことを考えよう。

 勿論、大井参謀の手前、そんな野心を持っているなどとは、決して口にすることは出来ないが。




 その大井参謀は、僕の働きぶりを評価してくれている。

 嫌な顔をしたのは、あの日以来で、それからはまた、明るく接してくれる。

 でも、酒を酌み交わす回数は減ったような気がする――いや、単純に任務に忙殺されているからなのだけれど。

 寂しさが半分。しかし、それが以前ほど空虚なものに感じられなくなっている。

 僕には、艦娘がいて、そして任務があるのだと。


 明石との接触は、五回に一回ぐらいで、他は大体、艦上で過ごした。

 命を狙われるのは御免だ。上陸せずに、艦隊の中にいれば、兵士達の士気も上がるし、この前のような襲撃があったとしても、あの時以上に叱られることもあるまい。


 ある時、明石は言った。

「詰まらない男だな」

 と。

 身の心配をしろと言った本人に言われたものだから、少々苛立ったが、的を射貫いている事は射貫いているので、僕は、その気持ちを我慢することにした。


 確かに詰まらない仕事だ。

 ただの運送屋だ――別に、運送屋が詰まらない仕事だと言うつもりはないが、しかし、海軍の仕事かと言えば、それも少し怪しい。

 僕自身は、生粋の海軍軍人ではないので、その辺の気持ちは鍍金のようなものだが、他の将校も似たようなことを口にしている。


 艦隊の規模が大きくなれば、今まで逃げ回っている深海棲艦の戦隊や艦隊とも正面から殴り合えるかも知れない。

 僕は、明石や、他の将校に対して、そのように言い聞かせている。

 まだ見ぬ空母や重巡、戦艦……待ち遠しくもあり。しかし、それは修羅への道に繋がっているのではないか。


 大井参謀のいつかの言葉。

「お前は、戦争がしたいのか?」

 これが、今になって、重みを増してきている。


 姉妹が増えて賑やかな艦娘宿舎が、そうした邪念をかき消してくれる。




続く





※艦これとコラボするって言う、蒼き鋼のアルペジオの設定を見たら、どことなくこのシリーズの世界設定と似通っていて、パクリ扱いされないかなぁとかビクビクしている所存。

 しかし、冷静に考えるとアレしかないんだなぁ、コレが。


①深海棲艦と戦う理由=海上輸送の確保

 しかし、それでは日本だけが困るだけで、アメリカは南米から、ヨーロッパはアジアやアフリカから搾り取れば、自動的に経済成長できるんすよね。

 そうなると、困る国って言ったら、日本とイギリスぐらいなもんなんだよなぁと。

 そこで、理由②が必要になる。


②海面の上昇、気候の変化

 これの為に、資源の確保の為に、世界中の国が、頑張って外に出なければならなくなる訳ですよ。


 おっと、これ以上は、ネタバレになりそうだから、やめておくよ!




 艦これの方は、相変わらず足踏み状態だよ。リアルラックが最悪な人間でも、努力一つで何とかなる抜け道を用意して頂戴!

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