2013年10月16日水曜日

艦これ~沈んだ世界から 第六話

 僕は、東南アジアの貿易港で、現地商工会の夕食会に誘われた。

 命令書が偽物だったのか、それとも僕のスケジュールが漏れていたのか、よく分からない。道すがら襲われ誘拐された。

 運転手は犯人のグルだったのだ。送迎の車は、暗い横道に逸れると、護衛の兵士二人は射殺された。


 目隠しをされて、僕は何処かに連れて行かれる。自動車に乗って、飛行機に乗って……


「洋上か?」

 眠っている間に、僕は束縛を解かれ、狭い部屋に閉じ込められた。

 扉を乱暴に叩いて、見張りの男に声を掛けるが、分からない外国語で吠えられるばかりだ。

 窓がないので外の状況は分からない。しかし、穏やかながら微かに揺れる状況は、海以外の場所を想像させない。

 暴れても体力を消耗するばかりだ。あきらめて大人しくすると、半時間あまりで、そこから出された。


「ここは、島ばかりだから深海棲艦が出ないんだよ。

 喫水が深いヤツは全部座礁しちまう」

 その男の日本語は流暢で、他の船員と比べると幾らか清潔だ――着物は彼らと同じようなものを着て、彼らに馴染んでいる風を装っているが、それは嘘だなと思える。

 顔は東洋的だが、濃い顔なので、日本人なのかそうでないのかは区別が付かない。

 拳銃を持った見張りに脅されながらデッキに出る。

 緑色のこんもりした島が目の前に迫っている。背後や左右を見れば、周囲数百メートルから数キロあまりの島が幾つも目に入ってくる。

 男によると、下手に島に上がればマラリアか何かにやられるか、さもなくば飢え死にすると脅された。


 この島ばかりの海域は、なんとメラネシア全体に広がっている。

 そこは深海棲艦との遭遇も少なく、また島影を利用する事で容易に逃走できると言う事で、大体安全なのだという。

 その為、交易が失われず、小さな貨物船がよく行き来するそうだ。彼らはそこから通行量を得て生計を立てているのだという。


 船は大きめの魚雷艇といった感じか。連装機関砲と魚雷発射管を備えていて、漁船や貨物船を脅すのには悪くない装備だ。

 海賊だというのは本当だろう。問題の男以外からはゴロツキの匂いがぷんぷん漂ってくる。

 僕が内容に構わず仕事をしていた時にも、こんな男どもをよく見かけたモノだ。

 しかし、僕の誘拐は彼らの仕業だろうか? 否、考えにくい。


 真犯人は、嘘の伝令を紛れ込ませられるぐらいの人間だ。組織に精通しているか、さもなくば内部に協力者がいると言う可能性もある。

 いずれにしても、あのような芸当は、国家的な機関でもなければ無理な話だ。

 それに、警護の兵士だって、車の動きの怪しさに、身を起こし銃に手を掛けた状態だった。"殺しの手際"と言うモノがどういうものか分からないが、しかし、手品のように、仕組まれた芝居のように、僕が易々と誘拐されたのが、ここにいる無骨な、そして実際頭の良くなさそうな男たちの手によって成されたとは、どうしても考えにくい。


 ただ、そうなると、僕をこんな所に連れてきた理由が分からない。

 第一、我が海軍の秘密を知りたければ、拷問でもして、秘密を暴こうとすればいいじゃないか?

 頭と船員は、紳士的とは言わないまでも、それなりの扱いをしてくれる。そのお陰で、僕には妙に安心しきった所がある。

 男は何も質問してこない。だから、僕もそれをしないでおいた。

 何にしても捕虜であるのだから、下手なことをして今の待遇を悪化させるのは得策でないと思ったからだ。

 それに、彼が自身の秘密を交換条件として、艦娘の秘密をバラせと言うのなら、僕はそれに素直に従うかも知れない。


 その一日は、背後に見張りの男がいる以外、とりわけ、どうと言うこともなく過ぎ去った。

 夕日が茜色に染まる頃には、島々の影が長く伸び、光線は海中へと静かに溶けていくのが見える。透明な海は、その不気味な暗さを僕に教えてくれたのだ。

 空のホライズンブルーは、夕焼けの色が混ざり、その"やさしさ"を更に押しつけがましいものにする。遠方の積雲を二つ目の水平線のように見せ、穏やかすぎる世界は涙さえ誘う。

 この抒情はドビュッシーか。

"さざめく波は海へと、そして私たちは墓場へと"


 日が暮れると、僕が隙を見て逃亡するのを恐れたのか、船室に閉じ込められる。

 夕食は、魚の煮物が入った缶詰だった。

 僕の顔色を覗ったのか、男は「明日には仲間の船が来るから、もう少しマシなモノが食えるぞ」と微笑む。

 何が出ようと、この薄汚い船の中で喰うことになるのだ。愉快な気持ちにはならない。


 こんな時、独房の囚人は何を考えて過ごすのだろう。

 部屋の電灯は燃料の節約の為に、早々に切られ真っ暗だ。

 しかし、眠るにも時間は早い。

 こういう時こそ、無駄な考えが頭に思い浮かばないものだ。

 あれほどまでに心を捉えて放さない、艦娘と深海棲艦の関係や、大井参謀と僕との関係、国のこと、軍のこと、明石のこと、そうした一切合切が、頭の中から一斉に逃げ出してしまい、特にこれと言って、自発的に考えようという思いが発生してこない。

 頑張って考えてみても、すぐさま、どうでも良い事に迂回してしまい、そのどうでも良い事は、すぐに記憶から消えていく。


 夢と思考は実に曖昧だ。あの銃声を聞くまで、僕は眠っていた事にすら気付かないでいた。




 機関砲の重たい発射音、汎用機関銃の軽快な音がリズムを刻み、現地語の怒声や罵声が、戦いのボルテージを否応もなしに引き上げていく。

 誰と戦っているんだ? 何なんだ? もしかして、僕を救出しようとしている海軍か? 明石の手勢か?

 聞き慣れないエンジン音は、右へ左へ、離れては近づき、背後に回れば正面に現れる――高速な船が、彼らを翻弄しているに違いない。

 後方で爆発音。ロケット砲か? 擲弾か?

 悲鳴が聞こえる。しきりに、同じ言葉を叫び続ける声もする。火災が発生したな。


 僕は、再び扉を叩こうと、そこへ駆け寄ると、タイミングを一として、男が顔を出す。

「お前、何者なんだ!?」

「それは、こっちが聞きたいよ!」


 男は、僕を引っ張り出すと、火線の交差する、正に矢場に突き出された。

 こめかみに冷たいモノを感じる。銃口だ――彼は僕の知らない外国語で何やら叫んだ。

「命あっての物種だからな。

 目的に一つ近付いたと思えばこうだ。上手く行かないものだ」

 男が囁きかける間に、双方の銃声は止んでいた。


 我々に猛烈な攻撃を仕掛けていた船は、男の船より二回りは小さかった。

「彼らが君たちぐらい紳士的だといいんだが……」

 別れ際の言葉はそればかりにして、船を移る。相手側の人間は、全身黒ずくめで人相さえ掴めない。僕の希望は叶えられそうもないな。




 無言のまま二つの船は分かれていく。離れる。遠ざかる……


 別の船室に放り込まれようとした時、その音を聞いた。

 魚雷の発射音である。何度も似たような音を聞いたから僕には分かる。むしろ、僕にしか分かっていなかった。


 死にもの狂いで、彼らをはね飛ばし、海に飛び込む。

 銃声が聞こえたかな? どうだっていい。僕も爆風に巻き込まれたのだから。




 僕の身体は、殆ど感覚を失う。痛点も三半規管も。

 どちらが水面か、闇夜の中では区別が付かない。浮いているのか? 沈んでいるのか?

 闇の中で心細く、孤独で、本当に何もないのだ。




 そこからは多分、夢だろう。思考と曖昧になった夢だ。

 あの魚雷艇が、あんな小さな船に魚雷を命中させられるなんて考えられるだろうか? 船底より下をくぐってしまうのではないか?

 時限信管か、有線か?

 男は、僕に逃げ道を与えたかったのか? それとも、単純に商品を奪われた腹いせなのか?


 そこから先、僕の夢は、さらに夢らしい展開を見せる。

 視界全体が真っ白に光っている。そして、そこに文字が浮かんでいる。

 それは、望む通りの情報を示してくれるような何かだったと思う。

 試しに叢雲さんの事を調べようとした――古鷹の救援に出動中、爆撃機にやられて大破。その後、雷撃処分。


 龍田は? 天龍は?

 僕は、思いつく限りの艦娘について調べ始めたのは憶えている。

 しかし、記憶は徐々にかすれて、また混同している。

 潜水艦にやられたり、艦載機にやられたり。不吉な言葉ばかりだ。

 ただし、僕は何一つ大切な事はそこで調べていなかった。全く、思いつきもしなかった。

 ひょっとしたら、その万能の図書館は、僕の疑問に対する答えを持っていたのかも知れないのに!




 怒りに夢を覚ます。夢は入れ子になっていたのだ。調べ物の夢と、それから醒めた夢と。

 では、今のこの状態も夢なのだろうか?


 暗くて生温いそこは、纏わり付くような液体がしみ出ていて、しかし柔らかく、いっそ裸になれれば、ずっと気持ちいい気分になれたのではないか? と思うほど、母胎を連想させた。

 そうして、頭が動き出すと、次に匂いを感じる。

 血の臭い? 鉄の匂い? 腐臭? それとも機械油か?

 何処かで、微かに嗅いだ覚えがある――深海棲艦だ。

 ならば、ここは水底か?

 目を幾ら凝らしても、周囲は暗く、何も見えない。


 覚醒から起き上がろうとするまで、随分時間が掛かった気がする。

 人は、こういう状態を金縛りなどと言うのだろうか。頭は明晰に動いているが、身体の方はまだ眠っているのだ。

 その四肢が目覚め始めると、感覚は寄り鋭敏になった。

 床もどこも上等な革のソファーのような弾力を持っている。むしろ、こちらの方がしなやかだ。


 身を起こそうとする時、背をもたれている壁が動いた――壁と言うよりも身を包んでいる椅子のようなもの。もっとはっきりと言えば、誰かの胸を借りているような感覚だ。

 背の角度が直角になるように腰を上げると、人の手が。冷たいけれど確かに人の手が、僕の頬を拭ってくれるのが分かった。


 僕は硬直した。何が始まったのか分からないが、決して安心できる事でないのは分かっている。

 もたれ掛かっていた胸、そして顔に触れた手、それらは全て、しなやかで柔らかく、世界を二つのカテゴリに分けるとしたら、紛れもなく女性的である。先に直感的に母胎的なものを連想したのも、きっとその為なのだろう。

 しかし、それ以上に、闇は、人間の本能に訴えかける恐怖を提供する。

 静かだが、何かが蠢いている気がする。気配が移動している。

 顔か? にしては、大きなものがあるぞ。

 恐慌状態の僕は、手を伸ばせないでいる。背中の何かは、とっくに離れている。足を突っ張って、後方に逃げ出す事は多分、出来ただろう。


 顔がぼんやりと照らされた。

 彼女は、深海の生物と人間が融合したような姿をしている。そう、深海棲艦のように。

 それは、人間の身体に着衣のように纏わり付く異形の存在だ。ぬめりけのある表面と、黒金のような厳めしさが混じっている。

 着衣然としていたものは、やはり生き物のようでもあり、触手が不随意的に蠢いているようにも見える。それとも、灯が揺らめいていて、そのように見えるだけなのか?


 彼女は何か言いたそうな口元を覗かせるが、目元は覆われていて窺い知れない。

 僕は、その姿形から、彼女が深海棲艦の本体部分なのではないかと確信した。

 しかし、同時に、それを人類の敵として見定める事も出来ない。


 緊張の対面は、どれほどの時間を要しただろうか? 考える事が多すぎて、時間について感じ取る部分はすっかり停止していたのだ。

 彼女は、僕の傍にずっといて、静かにしている。僕が動こうとすれば、その手で制止する。

 僕の手を握るその手は、決して、強くも逞しくもなく、僕の精神だけを強く引き留めるのだ。


 そうした状況で、漸く僕は、僕の空腹に気付く。

「食べるものはあるかい?」

 言葉を交わして、それが通じると思うだなんて、はっきり言って正気の沙汰ではないが、僕は、すっかりその姿形から、彼女を人間のようなものとして分類するようになっていた。

 それは、この空間にただ二人だけの存在があるからだ。


 二人の白人と黒人の子供を、他の人間の姿を見せずに育てる事が出来れば、肌の色の違いについて、格別意識する事もなく育つだろう。多少の事なら、背の高さなど気にしないように。

 仮に人間の言葉を理解する自動人形をこしらえたとして、それを同様に、人間を見た事のない子供と一緒に過ごさせたら、その子供は、自動人形を人間との区別を付けないでいられるだろう。

 きっと、それに近い感覚だ。

 僕は、この数十時間――空腹だけでその時間を測った訳だが――人間らしい人間と出会う事が出来たのは、彼女が最初なのだ。

 その僕に、それを頼るなと言うのはあまりにも酷ではないだろうか?


 僕の言葉に、彼女は何も反応しなかった。

「お腹が空いたんだ。何か食べるものはないか? 魚でも海藻でもいい!」

 根気強く、その事が自分の命に関わる事を説明した――言葉を解しているかどうかも分からないのに。


 そして、僕は意を決して、彼女の手を振り解いた。

 先ずは這うように、伝うように、場所を確かめる。

 床も壁と同様に柔らかいが、強く踏みしめれば、硬く締まるような感じだ。言わば、ダイラタンシーのようなものか。

 兎に角、足下は歩行や走行に難を感じさせない。


 彼女は心配そうにしている――表情が見えないのに、よく、そんな事が言えたものだな。

 僕は誰かに心配して欲しいだけなのだ。

 それに気付くと、僕は、闇の中に躍り出た。

 追いかける足音が聞こえる。大丈夫。恐ろしい足音ではない。


 走って何処へ行く? 外に出られても、深海なら死んでしまうぞ?

 だが、このまま飢え死にして、それより以前に脱水症状で死んでしまう――行かねば!

 波が行く海へか、それとも墓場へか! どっちだっていいさ。今と違うなら。




 闇の中を掛けていく。

 それは、きっと、目を瞑ったまま遠くを見ようとした時に似ている。

 次々に輪っかが目の前に迫り、通り過ぎていく――それは網膜と視神経の関係で説明されるそうだ。臨死体験した人間が、トンネルの中を進んでいるというのは、恐らくこれと同じ現象だ。

 それは別として、僕は目が見えていないのに、見えているかのように、走る事が出来た。

 夢の中だ。夢の中と同じだ。





 眩しい! 眩しい光の下にいる。

 手をかざしてみて、それが太陽である事に気付く。

「何処だろうか?」

 と言う疑問は、全く起こらず、ただ単に、宇宙まで届いてしまうのではないかと思えるほど、深い、深い青空を眺めて、全世界の中心を感じた。そして、この胸は満ち足りた。


 気分が高揚してくると、漸く、僕の脳みそは、生命維持に関して心配を初めてくれるようになった。

「水だ、水が飲みたい」


「それが人にものを頼む態度ですか? 少尉殿」

 目に入るのは、一人の艦娘――済まない。また、印象だけで決めつけている。しかし、艤装を見れば、ただの仮装かどうかわかるものだ。

「君は、艦娘?」

 自分で確信しているのに、聞き返す律儀さと頭の悪さ。何を言っているのだろうか?

「人間はそう呼んでいるの? いいわ。

 私は、航空母艦、赤城。

 貴方は、私を何処へ連れて行ってくれるのかしら」

 僕は自信を持って言葉にする。

「日本に行こう。君と同じ意思を持つ艦艇が沢山いる。

 君の食べるもの、飲むものは、君のその姿、そして、この姿が望む限り、供給し続けよう。

 その代わり、君は僕の為に戦ってくれないか?」

 僕は、飛行甲板を撫でながら、彼女に伝える。

「いいわ。その通りにしましょう。国に帰る事が出来るのなら」


 僕は彼女に引っ張られた。艦橋に向かって走り出す。彼女にすがりつくように急いだ。

 スタンバイしていた、九六式艦上戦闘機、九九式艦上爆撃機、そして九七式艦上攻撃機が次々に飛び立っていく。

「目標の軽巡、二隻捉えました!」

「君は……いつ目覚めたの?」

 僕は、まだ夢見心地だったのかも知れない。

「司令! あなた司令官でしょ!」

 彼女の言葉に、うつらうつらとしつつ、指示を出す。

「攻撃開始」

 双眼鏡には、微かに艦載機が見えるぐらいだ――戦闘機が、水上機を落とした! 艦爆が急降下する! 艦攻が魚雷を落とす!

 気付いた時には、目の周りが痛くなっていた。強く接眼レンズを押し当て過ぎたのだ。


「司令、お水です」

「有り難う」

 その小さなやり取りで、僕は、彼女を知る事が出来た気がした。

 グラスの水を一気に飲み干すと、水差しの水を矢継ぎ早に注いでは飲んでいく。

 全てが空っぽになった所で、艦載機が次々に着艦して、そして、整理されていくのが見える。

「これも赤城さんの力?」

「正規空母ですから」

 真面目そうな、そして淡々とした言葉遣いながら、しかし、表情は明るく、少しぐらいの冗談なら笑ってくれそうに見えた。




 この旅が長くなるのは分かっていた。

 現在、僕たちは南太平洋の、それも左右の大陸のどちらも遠く隔たった位置にいた。

 そして、更に不幸な事に、赤城の燃料は、日本へと我々を帰すには、非常に心細い量しか残っていない。

 先に沈めた軽巡……を仮に彼女が食べたにしても、たかが知れている事だろう。

 兎にも角にも、太平洋のど真ん中で、これから幾多も敵に遭遇するかも知れないのに、積極的な戦闘を行うのはちょっと考えづらかった。


 海図は、世界が急変する前のものだから、あまり確かではない。

 オーストラリア大陸は形を変えてしまったと聞くし、アメリカ大陸の様子が少しばかり気になったが、冒険の旅に出るつもりはない。何とか、メラネシアの、あの地域に進む事が出来るなら、日本人商館も見つかるだろう。

 少なくとも、赤城の武装がある限り、ナメた真似をする連中が出てくる事はない……はずだ。陸に上がって空が心配だが。


 四の五の言っていても、海路は12ノットで10日も掛かる。

 せいぜい、深海棲艦に出くわさないように心がけよう。




 食糧は、食料庫で缶詰などが見つかったが、そればかりでは厳しい。ドラム缶の中で育てたもやしと、釣りで得た魚を加えて、何とか病気にならないように努めた。

 他の艦娘もそうであるが、発見時、いくらかの生活の形跡を覗わせる物品が見つかる。

 別に、乗員の私物が存在する訳ではないが、しかし、"誰かが乗る事"を期待しているかのように、食糧や水が残されている。

 勿論、艦娘自身が食べる為という理由だって考えられる。しかし、それにしては大量なのだ。


 大体、彼女たちが自立して戦うだけの存在ならば、艦橋も船室も必要ないのだ。それなのに、まるで彼女がいなくても運用出来るかのように、適切な施設が整えられているのはどういうことなのだろうか?

 彼女たちも知らない。曰く、自分たちが人間を欲しているからではないのかと。

 少なくとも、彼女たちは、我々人類が作り出そうと思えば作り出せそうな――むしろ、人間が考えそうな構造の船をしているのは、一考に値する。

 駆逐艦だって、我々人類が作ったそれと、特に大きな違いはない。

 違うのは二つ。彼女たちは、人間が操船するよりもずっとしなやかに、伸びやかに動き、正確に射撃し、そして、その威力は明らかに大きかったからだ。


 人類が深海棲艦に勝てなかった理由の一つとして、その貫徹力不足が指摘されている。

 戦艦の載せていた、35.6サンチ砲だって、奴らの前には、まるで14サンチ砲かのように見えたぐらいだという。

 何がどうして、その威力の減衰が起こったのか、全くの謎だが、我々はもはや、彼女たちに頼らずに、海を渡る事は出来ないのだ。




 艦載機が戻ってくる。定期的に偵察に出して、進路を決定するのだ。

 そう、初めて水上機母艦を手に入れた時から全く同じ、逃げるばかりの手である。

 折角の新兵器なのだから、派手な活躍を期待したい所だが、僕ははっきり言って、紛い物の軍人である。だから、そうしたものを有効に使う術を知らないし、深い思慮の上、一発逆転を狙うなどと言う事は到底出来ないのだ。

 地味な話になるが、現実的には、そうやって迂回しつつ進むしかない。




「提督、また進路を南に向けなくてはなりませんね。

 今日は、到着予定の十日目ですよ。でも、急ぎ足で真っ直ぐ進んだって、二日はかかっちゃいます」

 彼女の言い分は分かっていた――そう、包囲されつつあるのだ。

 その為、なるべく壁の薄そうな所を探して、突撃しようと、あちこちに偵察機を飛ばしてみているのだ。

「提督! 突出している重巡が二隻、真っ直ぐこちらに向かっています。深海棲艦ではないようですが……偵察機が攻撃を受けています」

 僕は直感的に、それが艦娘であると確信した。根拠は当然無いのだが。

「ならば、会いに行こう!」


 僕の元気ある言葉に、赤城は多少ぎょっとしたようだ。

 僕と赤城の十日間は、実に大人しいものだったから、お互い強気に出ると言う事を、努めて避けてきたのだ。

「色々な事があったから、何が起こるか分からない。

 新手の深海棲艦だったらお仕舞いかも知れない。でも、進むしかないじゃないか」

 他に手がないのはお互いに承知の上だ。赤城は、その事を考えていたのだろう。数秒考えると、僕に同意した。

「無線で呼びかけてみます」


 緊張は、深海棲艦と対峙する時よりもずっとずっと強く心を縛り付けている。

 赤城は、彼女たちに、深海棲艦と共闘する事を申し出て、また、万事上手く行けば、補給も一緒にしようと誘った。

 彼女たちにとって、無線は無機質なモールス信号ではなく、歌うように取り交わされる言葉なのだ。




 三時間後、僕たちは彼女たちに追いついた。

 そして、お決まりの口説き文句を直接彼女たちに告げる――高雄型重巡洋艦、高雄そして愛宕に。


「貴方のような素敵な提督で良かったわ」

 姉の返事は、妹の返事でもある。

 深海棲艦と戦い、傷つき、消耗していくのは、彼女たちにとっても辛い事なのだろうか、今まで、僕の……我が国の希望に対して、首を横に振った艦娘は一人もいなかった。

 何故、自分が産まれたのか、何処へ行くのか、全く分からないのは不安な事だと、かつて叢雲さんから聞いた事がある。

 指示してくれる人間や、帰る港は、彼女たちが本能的に欲する愛のようなものなのだろう。


 しかし、照れるのは僕の方だ。

 豊満な二人の体つきは、とても、本土ではお目に掛かれないような美しさを持っていて、下手な事を考えなくても、自然に脳裏に焼き付くものであった。

「ま、先ず我々がすべき事は、深海棲艦の包囲網を突破する事だ!」

 張り上げた声に威厳はない。

「提督は正直な方ですね」

 と、赤城さんが嫌みを言うが、高雄姉妹はその意味を捉えかねていた。


 無言のままではいけないと、混乱している頭の中でもなお、情報を飲み込み続ける。

 赤城さんの今までの報告から、この先を考えるのだ。




 奴らは、僕たちを南氷洋まで連れて行きたいようだ。そうすれば、燃料を得られるチャンスがなくなるから……否、ニュージーランドやオーストラリアはどうなんだろう。都市が健在で、そしてそこへたどり着けるものなら……しかし、油はあるかな?

 深海棲艦が、人間の考える事を考えられるにしても、人間社会の事情など知るはずもない。となれば、彼らは我々をそこで討とうとするのではないか?

「高雄さん、愛宕さん、北上していたのは、やっぱり深海棲艦があったから?」

 答えは否だった。

 南の方は、確かに航空機が沢山がいて、偵察がそれ以上ままならなかったと言う事情もあったが、それ以上に大陸側に押し当てようという敵側の機動があったからだという。

「きっと、私達を座礁させるつもりなのでしょうね」

 二人の証言からすれば、タスマン海は、極度に浅い海が広がっていて、綿密な海図がなければ何処で座礁するか分からないという。


 我々は南緯30度に所にいる。トンガまで570海里、トンガ海溝……つまりタスマン海の入り口まで400海里の位置にいる。

 高雄姉妹が意識を得たのは三日前。ここから南東へ450海里近く南でのことだ。水上偵察機で南方の索敵を行うと、深海棲艦の艦載機多数に捕捉された。

 北上を開始すると、東より多数の駆逐艦が現れ、航路を圧迫した。

 偵察機により、浅瀬の存在が確認された為、東に向け一点突破を試みる――それが我々の包囲網の真ん中に入る事も知らずに。


 この姉妹の件と、我々の件が同時に発動された作戦なのか、別々なのか、それは深海棲艦を拿捕でもしない限り判明しないだろう。

 ここでは、その知的好奇心を海に沈め、生き延びる事を考えよう。


 ここから100から200海里北に、重巡を筆頭に多数の艦艇を確認した。深海棲艦は、どれも顔が同じなので、正確な数は分からない。少なくとも、十数隻を超える規模である。

 南方では、恐らく正規空母か軽空母の戦隊がいる。姉妹が撒いた水雷戦隊は、我々を包囲するつもりなら、北に向かったに違いない。


「背水の陣はどうでしょう?」

 それは赤城さんの提案だった。

 海軍だから、背水と言わず背陸とでも言うべきか。しかし、それは面白い。

 トンガ海溝まで進出してしまえば、西からの敵は心配しなくて良い。高雄姉妹を東側面に配し、複縦陣で北上するのだ。


 作戦は更に緻密化する。今までと同様、北上する気配を見せつつ、間を詰めていく。

 少し足を速めれば、明日の昼過ぎには決戦の海域へ到達する。

 赤城さんの艦載機により、足の速い船を優先的に沈める。今まで、発見した航空機は全て水上機だったし、邪魔者はいないだろう。

 日没まで交戦を続け、敵が探照灯を用いた場合は、直ちに高雄、愛宕の二人に砲撃してもらう。


 一晩走り続ければ、トンガに到着する。

 トンガが存在しているか否かは兎も角、例の海賊の「太平洋のぎりぎり端っこまで行ける」と言う言葉を信じるなら、交易路はその辺まである事だろう。

 尤も、この周辺の深海棲艦が陸に近付く事を躊躇わなかったりしたら、人の香りを目の前に大規模な戦闘に陥るだろうし、そもそも"行ける"と"行く必要がある"は、また別の話である。そこで補給できなければ、座礁覚悟で、危険な海域に突っ込むしかないのだ。


 さぁ、状況開始だ。

0 件のコメント:

コメントを投稿