2014年1月22日水曜日

艦これ~沈んだ世界から 第八話

 全てが悪い。天候が悪い。敵が悪い。任務が悪い。

 所はベンガル湾。嵐の中。


「全艦反転! 全力で本海域を離脱する!」

 僕の判断は、僕のお目付役であるオーストラリア海軍の士官を急騰させた。

「貴様、あの船に何トンの鉄鉱石が乗っていると思っているんだ!」

 この男は、元々王立海軍の人間だったが、オーストラリアに寄港したまま帰れなくなった人間の一人である。

 頭に血が上りやすく、僕の消極的な戦術に常に文句を付ける男だった。

 そして、これは彼の役目だという事もあるが、常に僕の行動に疑いの眼差しを向け、そして、それらを逐次本国へ送信している。

 深海棲艦が、この手の通信を傍受しているに違いない。という僕の確信は、何度具申しても無視された。


 今日の僕は、特に苛立っていた。

 先ず第一に未知の海域であるベンガル湾を横断するという無謀な任務である事、次に足の遅い輸送船を十五隻も面倒見なくてはならないと言う事、糅てて加えて、それを重巡一隻を初めとして、軽巡二隻、駆逐艦二隻で守れと言うのだ。無茶苦茶にも程がある。

 戦力がない訳ではない。僕が遭遇した金剛四姉妹や、赤城、加賀と言った大型の艦艇は、燃費が悪いと言う事で、出撃を渋られたのだ。


「何度も言いましたけど、もう一度言います。大きな海軍を維持するだけのリソースも度胸もない国が、覇権なんかを目指しちゃいけないんです!

 榛名は、初陣で受けた傷がまだ癒えてないですよね? 戦艦ひとつ整備できないで何ですか!」

「口を慎め! 貴様の指揮が悪いから修理が必要になるんだ!」

「だから、あんたの国を思って、こうして弾を食らわないように逃げるんだよ!」

「貴様! ジャップのクセしやがって!」

 その先、高雄の艦橋では、時の流れが十分の一秒間隔で細かく刻まれた。

 士官が拳銃に手を伸ばす、僕が叫ぶ。

 士官がホルスターからそれを引き上げる……


 刹那の血しぶき、硝煙の濁り。


「流れ弾だ。深海棲艦艦載機の掃射を受けたんだ」

 高雄が助けてくれた――彼女の艤装が彼の頭を完璧に捉えていた。

 外からの攻撃に見せかけるために、艦橋の窓を二つ三つ割って、支障を来さない場所に、軽い弾痕を残した。

 一方、僕は彼の拳銃をホルスターに戻す。手が震える。

 返り血を浴びているのは、僕も高雄も同様だ。血と脳髄と、白い肉片で辺りが美しくもおぞましく染められた。

 暴風雨は、それをあちこちに伸ばしていると言うのに、その色はますます鮮やかになって見える。

 救護兵を呼ぶと、血に染まった服のまま、僕は指揮を続ける。

「副官は名誉ある戦死を遂げられた。我々は、この死地から、何とかして生還しなければならない!」


 敵は、無数の駆逐艦と、砲撃の間隔から察するに、少なくとも二隻の戦艦が随伴している。

 戦艦は、遠巻きに攻撃しながら、駆逐艦により両翼から包囲せんとしていた。

 輸送船を守ろうとするなら、その包囲網の中で、四方八方からの魚雷攻撃を受ける事になる。


「高雄さん、輸送船からの救難信号は、もう本国に届いているだろう。他のみんなが危ない。

 一刻も早く、基地と泊地を離れるように伝えるんだ」

 僕は、この判断がどういう事を意味するか分かっていた――オーストラリアの人間からすれば、輸送船を奪って逃げたように言われてもおかしくない。

 迅速に動かないと、次第に行動の幅が減らされるのは間違いない。

 ここから抜け出せたら、艦隊全員と合流して、そして、日本を目指そう。豪州政府は、日本との接触を図るに違いない。急がねば。


 前方を塞ごうとする駆逐艦やフリゲートを合計五隻沈めると、深海棲艦の艦隊は、"撒き餌"の方に食らいついていった。

 勿論、あの船にだって乗員は沢山いたのは分かっている。悪いとも思っている。

 だが、同時に、深海棲艦と唯一戦える戦力を、こんな馬鹿げた作戦のために喪失してはいけないという思いの方が強かった――何度も何度も心の中で唱える「この判断は、人類に資する判断だった」と。それが自己欺瞞だと言う事には薄々気付いているが、自分が死んだ方が良かったと思えるほど、僕はこの国に思い入れもない。


 何処へ行こうか? 政府は僕や艦娘が外界と接触する事を制限していたので、地理のことも世界情勢のことも、殆ど古いままで、何一つ更新されていなかった。

 アンダマン・ニコバル諸島は没し、ベンガル湾と海続きとなった。

 旧マレー半島も付け根が沈んだために、タイランド湾まで突き進む事が出来た。あとは、そのまま沿岸部を通って、バンダ海辺りで皆と落ち合おう。北上してフィリピン諸島に入れば、帝国海軍の誰彼を捕まえることも出来るだろう。

 と……その前に、今の乗組員を下ろさなければ。気を抜いた瞬間、襲われては仕方がないからな。


「ここからマレー半島まで、490海里あるな……二十ノットで走れば、昼までに到着できるか。

 みんなに、そこまで走れるか聞いてくれる?」

「畏まりました提督」

 彼女の存在感ある胸も、穏やかな顔も、血糊のお陰で、全てか狂っているように見えた。

「この暴風雨のお陰だ。敵機の様子も見えない。問題がないようなら、高雄さんも服を着替えてシャワーを浴びておいて下さい」

 僕は、自分の表情を見せないように、艦首の方を見ながら命令すると、

「提督こそ、すぐにお着替えになって下さい。私達は、こういうの気になりませんから」

 その申し出に、僕は第一声で「いや」と答えた。

 すると、高雄さんは首をかしげてからが答える「人は人の血で狂います」と。

 僕は、多分、自分の姿を鏡で見る事を恐れていたのかも知れない――既に、狂気の一歩手前に立っていたのだ。


 僕は、このように見透かされると、膝はもう身体を直立させる能力を失ってしまう。

 その場で座り込んで動けなくなる。


 どれほど経っただろうか?

 高雄さんの姿が見えないことに気付く――狂ってしまったのかな? 自分は。

 と不安になりながらも、彼女の名前を呼び続けた。

「提督、私はここです!」

 顔を上げると、スカートと上着、スカーフを脱ぎ捨てて、ブラウス一つだけ身に付けた彼女が、バスタオルを抱えて立っているのが見えた。

 タオルで僕の身をくるむと――僕の目に血が映らないように、シャワールームへと誘ってくれた。

 服を脱がし、身体を洗う。献身的に尽くす彼女に、僕は何一つエロティックな事を感じず、自分の目の前の現実――僕はあの瞬間に、彼女の名前を叫んだ。それは当然、"俺を守れ"と言う趣旨のものだ――に押しつぶされそうになっていたのだ。

「提督。気になることがあれば、何でも仰って下さいね。

 提督を守るのが艦娘の務めですから」

 務めか……別な艦娘は習性だとか本能だとか言っていたな。

 天龍さんと龍田さんの時だってそうだ。僕が殺されそうならば、彼女たちは何の躊躇いもなく、人を殺せる。確かに、彼女たちはただの兵器なのかも知れない。

 しかし、そんな彼女達は、こんな風に気配りも出来る。僕は、今後も、この現実に吐き気を押さえながら立ち向かわなければならないだろう。

 今、一番恐ろしいのは、彼女たちを理解しない人間が、こうした現実を知ったとき、彼女たちをどう見るのだろうか? と言う問題だ。

 そもそも、彼女たちが人間の女性の姿に見えるというのも、一部の人間に限ったことである。それを除いた殆どの人間は、彼女たちがただいるというだけで不気味に思い、何も考えられなくなるだろう。

 だが、それでも、僕は、彼女たちを守るつもりだ。


 僕は、彼女に抱かれるようにして、そのまま眠ってしまった。




 朝――僕は一体何時間寝ていたのだろう?

 部屋の外の騒がしさに気付く。

「提督、決してドアを開けてはいけませんよ!」

 高雄の声だ。珍しく語感が鋭い。

「どうしたんだ! 何がある」

 船室からでは、状況が分からない――と思ったら、伝声管から、オーストラリア訛りの罵声が飛び込んできた。

 叛乱だ。

 蛆の湧いた肉を食わせた訳でもないのに。


 高雄が言うには、他の艦にこの動きが伝播しないように、各艦は船室の扉をロックさせたと言う。

 彼女自身も、己の体内の事は全て把握しているが、一部の人間が甲板へと出て、また別の数人は"もう一つの姿"の目の前で対峙していた。

 どうしたものだろうか? 残り三時間保つだろうか?

 外の様子を知りたいが、扉はロックされて、人間の力では到底動かせそうもない。

 壁に耳を当てれば、あちらこちらで壁を叩いている音が聞こえる。


 昨日、深海棲艦と出くわしたときよりもずっと恐ろしい。

 人間が恐ろしい。

 あの士官を殺した高雄さんよりも、僕を殺そうとしたあの士官の方がずっと怖かった。それは頭が吹き飛ばされた後でもそうだったから、遂に、僕は人間側から逸脱したのだろうと、一人船室の中で独りごちた。

 しかし、そんな風に人間をどうにかしてやりたいと思ったところで、高雄さんやその他の艦娘に、これ以上人殺しをさせるのも御免だ。

 どうしてだろうか? 恐らくは、大井参謀の「お前は戦争がしたいのか?」と言う言葉がアンカーとなって、心を現実に係留しているのだろう。

「高雄さん。今、雨は降っている? 風は? あと、波は?」

「曇り空ですが、雨は暫く降っておりませんわ。むしろ、東の空が明るいぐらいです。

 波は少し残っていますけど、風は強くありません。じきに収まりますわ」

 彼女は、目の前の乗員を威嚇しつつも、的確に状況を報告してくれた。

「よし、分かった。全員を甲板に出そう。 段階的に少しずつ出していくんだ。

 あと、発光信号は使わせないようにして、手旗信号も分からないように、各艦、充分距離を保って航行して下さい」

「畏まりましたわ、提督」


 彼らが去れば、艦娘はそれまでと同様、無防備になる。例えば、ダメージコントロールなどは、彼女自身の能力には限界がある。それに人の手を介さない事には――深海棲艦を食べてしまうと言う手を除けば――補給作業を行うことは出来ない。

 しかし、彼ら全員を拘束する訳にもいくまい。




 二十ノットで走りながら、乗員の誘導は進んでいく。

 混乱らしい混乱は当然の如く起こったが、総員が外に出る頃には陸地が随分と近いため、動揺はすぐに沈静化した。


 乗員は、これぐらいの規模の艦艇ともなれば、普通七、八百人あるものだろう。しかし、艦娘は一人でその何百人分も働けるので、実際の乗員は二百人以下である。

 一方、装載艇は、十一米内火艇、十一米内火ランチ、九米カッターがそれぞれ二隻ずつあるから、カッター二隻とランチ一隻もあれば、総員を退避させるのに足りるだろう。


「本日ヒトヒトマルマルにて、我が艦隊はオーストラリア海軍の指揮下から離れる。そして、諸君らは同時刻を以て任を解かれる」

 状況を一つずつ説明していく。勿論、これは対話ではなく命令である。彼らがどう思おうと勝手だ。そう、日本にいた時とそんなに変わっている事じゃない。


 旧マレー半島の北端から、三キロの位置で投錨した。

 僕の命令通り、彼らはカッターとランチに分乗した。

 高雄さんは、定員通りである事を確認して――万が一何処かに隠れていても、それが彼女の体内である限りすぐに目論見は露見するのだが――彼等は艦を去っていった。





 海岸が近いと当然海賊や、武装した部族が登場する。

 だが、遠巻きに見ているだけで、発光信号で会話を試みたが、反応はなかった。

 我々の艦艇は、これらの海域ではすっかり有名になっているから、オーストラリア海軍の威光もまだ効いているのだ――ないにしても、重巡を旗艦にする戦隊を相手出来る軍事力はどこにもないだろう。


 この水道の幅は三百キロ近くあるが、深海棲艦の脅威が薄いのだろう。高速輸送船の往来が多い。

 輸送船の規模は決して大きくないし、燃費もよくないだろう。そう考えると、オーストラリアが大型の輸送船やタンカーを使って大規模な交易をしたがった理由は分からないではない。


 金剛や愛宕さんたちとの合流を急ぎたいところだが、燃料の方も大切だから、あまり急いで移動することも出来ない。

 バンダ海を目指そうとしているのは、彼女たちと我々との位置関係として丁度中間にあるからだ。

 そうなると、フィリピンまで移動するのにざっと倍近い日数が掛かってしまう。

 だが、島の多い海域だ何かが起こるか分からない。そして、そうした時、彼女たちは大過なくやり過ごせるだろうか?

 だが、ぐずぐずしていれば、オーストラリアが我が国と接触するかも知れない。

 日本は日本で、新しい提督が着任しているのだから、僕が今更帰ってくるメリットと言えば、同時に遠征に出せる船が増えるぐらいだ。

 問題を小さく収める為に、外務省の連中があらぬ条件を約束する可能性だってあるのだ。







 あの男がオーストラリアで働いている間、我々も手をこまねいていた訳ではない――と言いたいのは山々なのだけど……

「明石君、また、外務省から苦情が来ているぞ」

 大井参謀が困った顔をして、書類を手にし、上目遣いで私を睨んでくる。

 私の活動を気にくわない、外務省と陸軍がケチを付けているのだ。


 海外で動いている海軍の"集団"は、私が育てた連中だけだ。その点で、海軍の上層部は私を邪険にしない。一方、海軍再興と引き替えに、様々なカードを捨ててしまった軍令部は、私の活動を後押しする気概も持てないでいた。

 そうした国内の敵のお陰で、私の本来業務は滞り、提督稼業に忙殺される事になったのだ。

「しかしです、参謀! あの男、また戦艦を一隻見つけたんですよ! これで同型艦を四隻、オーストラリア海軍との戦力は開く一方じゃないですか? このまま東南アジアの覇者となればですね!」

「みなまで言うな」

 彼女は、私の言葉を遮る。

「そんな事は、やっこさん達だって考えているよ。

 だが、考えてくれ。今まで資源不足に喘いでいたのが、一気に生活が安定する水準に達したんだ。一度安定を手に入れると、それ以上の事をしようとしなくなるものなんだ」

 そう言う愚物どもの所為で、またこの国が鎖国同然となれば、今の政治家だって国民や財閥から見限られるに決まっている――そうか、自分が引退した後の事は考えないのか。政治家に、我々のように歳を取らない人間はいないから。


「ああ、あと、東南アジアの適当な地域に泊地を設けるって件、アレも却下だよ。

 地元政府が許さないだろうって言うのと、オーストラリアに気を配っているかららしい」

 私のやろうとする事は、悉くこんな風に片付けられてしまう。

 国内に閉じこもっている連中は、未だに大英帝国だの合衆国だのの影を気にしているのだ。

 "敵となるやも知れぬ"と考え、国や人を過小評価しない姿勢は、褒められるべきかも知れないが、過度であれば全く役に立たない。

 地元政府と言ったところで、元植民地政府の力が及ぶのは、総督府のある都市に限った事で、大体は各種の部族が群雄割拠している。

 候補地には、海軍と友好関係にある部族が実効支配している。我々の後ろ盾があるとより喜ぶ連中ばかりだ。

 彼らが勢力を持ってから外交活動を開始してももう遅いのだと言うのに。




「ところで、最近あんた肥ったんじゃない?」

 立て続けのお小言の極みに、とんでもない事を言い始めた。

「な!」

 私が変な声を上げると、参謀は低く笑いながら、「日々の鍛錬を怠るからそう言う事になるんだ」と説教に入る。

 勿論、反論はしないが、デスクワークだらけの日常や、参謀の晩酌に付き合わされれば嫌でもこうなるものだ。

 ふつふつとこみ上げる怒りを抑えていると、「参謀は、どこも出っ張らないから楽ですね」なんて嫌みも、ついつい出てしまう。

「そうか、そうだな、サラシを巻いていた反動でデカくなるのか。それとも、艦娘よろしく改造でも受けたのかな? もう、あの日々には戻れないな!」

 売り言葉に買い言葉で、「参謀こそ、第六駆逐隊に合流したらどうですか? 勿論、末っ子として」とか、普段思っても口にしない言葉の応酬となる。

 そうして、お互い、言葉に詰まったところで、私は部屋を出て、参謀は椅子にふんぞり返るのだ。


 このやり取りを盗み聞きしていたのは――駆逐艦の連中だ。

「司令官さん、司令官さん、そ、そのぉ……参謀に謝りに行きませんか?」

「一人前のレディはちゃんと謝れるんだから!」

 私の所に、電と暁がいるって事は、参謀の部屋には雷と響が行ったのか……

 この健気で小さな駆逐艦を見ていると、今にでも抱きついて、ここぞとばかりに頬ずりするところだが、私にもメンツと言うモノがあるんだ。

 誘惑を断ち切って部屋に籠もる。




 万年床に転がると、考えるのは大井大佐のこと。

 もっと他の重要なことがあるだろう! と己を鼓舞するものの、必ず終点は、小さな参謀に行き着いてしまう。

「ああ、ダメだな!」

 時計を見れば、日付が変わる十分前、秘蔵の酒瓶をひっつかむと、参謀の部屋へと参じた。


 ――のだけど、やけに賑やか。

 千歳と隼鷹がいるのは間違いないとして、他にも誰か……


 "勝負"とばかり、躊躇いもなく扉を開けると、酔っ払った参謀が電の格好をしていて、電が参謀の格好をしている。

「明石司令はそこに座るのです!」

 顔を真っ赤にして、偉そうに着席する彼女は、別な意味で可愛いのだけど、誰が一体飲ませた?

「あぁ、提督~、こっちに来て呑みましょう。

 お、それは!」

 隼鷹が私の酒に反応する。

「うふふ、提督も一杯どうですか?」

 千歳が私に杯を差し出す。

 ヤバイ、酒飲みの二人に挟まれた。

 電"参謀"はそれをよしとして、満足そうに頷く。

「参謀、これは……」

 と聞こうにも、大井参謀は黙りこくって酒を飲むばかりだし、それ以前に電が一々反応して面倒臭い。

 誰か助けになるような者はいないかと、周りを見渡すと、第六駆逐隊の残り三人が酔いつぶれて壁に寄りかかっている。

 こうなったら、飲むしかないか!


 と、私の酒を空けるや、総員寄って集っての宴会となった。

 さて、この酒は日本酒よりも当然強い酒で……真っ先に電が撃沈した。

 千歳は、「まだ触っていいだなんて言ってませんよ」と言いつつ、こちらに寄りかかって「触ってるのはお前だろう!」と言う状況になった。もう、どっちがセクハラ提督か分かったもんじゃない。

「おねえ! それ提督だよ! 部屋に行くよ部屋に!」

 千代田が現れ、助け船を出してくれた――ソレって何だよ、ソレって。

「千代田さん、帰ったら、天龍と龍田さん呼んできて。誰が飲ませたのか、そこの四人が酔いつぶれちゃっていて大変なんだ」


 千歳が退場して、少しは身動きできるかと思えば、今度は隼鷹のからみ酒が始まる。

「パーッといこうぜ! パーッとな!」

 飛鷹と同型艦だというのに、この性格の違いはどうにかならんのか? と思いつつ、コイツにセクハラしたらどう反応するのか気になり始めた。

 そっと手を伸ばしていくと、本物の参謀が怒鳴った。

「明石君、君の望み通りに駆逐艦の格好をしてやったぞ!」

 で、私にどうしろと……

 一瞬、自分が女である事を忘れていた。

「か、可愛いじゃないですか?」

 酒のために、頭が混乱しているという事情を差し引いても、感情は複雑だった。一つ目は、真実として彼女が可愛かったからだ。そして、二つ目としては、そうは言っても昔からなじみのある恐ろしい参謀の姿が脳裏を掠めるのだ。

「うむ」

 私の言葉に納得しているのか、それとも、していないのか、参謀はそこで仁王立ちになった。

 上司が立ち上がったのに、自分が座して酒を喰らうというのは流石に不味いと、私も立ち上がると、殆ど無意識ににらみ合いの格好になった。

「お、やるねぇ、やるねぇ」

 分かっているのかいないのか、隼鷹は笑ってそれを観戦している。

「明石君、どうかね!?」

 何が"どうかね"だよ。いい加減にしろよ。と思いつつ、聞き返すと余計に腹を立てるんだろうなぁ。面倒臭い上司だなぁと心の中で呟き続けた。

「可愛いって言ってるじゃないですか! どう見たって、海軍の参謀じゃないですよ!」

 口が滑る。

「そうか、艦娘みたく感じるか!?」

 何だ、このテンションは? 参謀は、何故か胸を張るのだ。

 こ、これは、まさか、ハグでもしろって事なのか?

 冷や汗が首筋から、脇から滝のように流れる――沈黙の時間、全くの沈黙の時間。

 もう、やっていられない。

 酒瓶に口を付け、残った酒を一気に飲み干すと、参謀を抱きしめ、頭を撫でてやった。


 その後の事は良く憶えていないが……参謀の部屋で、二人抱きしめながら朝を迎えたのは真実だ。





 参謀は、小さな少女のように、すやすやと眠っている。

 私は、彼女を起こさぬよう、そっと引き離し――手を強く握られていたのには往生したが――二日酔いで揺れる頭蓋骨に悪戦苦闘しながら、直線状の廊下を厠に向かって歩き始めたのだ。


 厠に入ると、天龍と鉢合わせになった。

「お、提督!

 昨日は大変だったんだぜ、アイツら、子供のクセして酒なんか飲んじまったもんだから、今でもヒーヒー言ってるんだ。

 こういう時って、やっぱり水を飲ませた方がいいのか? 濃いお茶ってのも聞くけど」

 グロッキーな私に質問をするな! と腹を立てる元気もない。

 「そうだ」と言うつもりで、手を上げると、突然の吐き気に襲われた。


 もう、散々だ。

 天龍に背中をさすられ、龍田さんに水を持ってきて貰った。

「な~に? 提督、情けないですねぇ」


 みっともない姿を見せてしまったのは、失態と言えば失態だが、吐き気の次に私を襲う、兇悪な眠気のお陰で気にならない。

 吐いてしまって楽になると、部屋に戻って二度寝をした。

「もう、酒なんか飲むものか!」

 二日酔いの度に思っては、数日ですっかり忘れてしまう誓いだ。


 昼近くに起き上がると、何か大切な事を忘れていたような気がして、酷く焦った。

 兎に角、これは参謀の所へ行かなくては。と、身支度を調えると、急ぎ足で部屋を出た。


「ああ、司令官! 参謀と仲直りできてよかったですね」

 すれ違った暁に励まされる。

「ああ、暁のお陰だよ。あなたこそ大丈夫?」

 と軽く言葉を交わし、私は足早に参謀のいる管理棟へと走って行った。


 いや、待て、何が「大丈夫だ?」――そうか、そう言えば、暁はあの時、完全に落ちてたな。

 落ちてた? 参謀の部屋に行った時には――その瞬間、脳みその回路は全て繋がった。

 天龍と龍田さん!

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