2014年3月6日木曜日

艦これ~沈んだ世界から 第九話

 私の狼狽ぶりは、もう、見ていられなかったと思う。

 胃のむかつきも、妙な匂いの汗も、全部忘れて、鎮守府中を駆け回った。

 日常の執務のことなんかそっちのけで探した結果、天龍と龍田さん、ついでに隼鷹をどうにか見つけ出した。


 もう、昼飯時は過ぎたが、そんなことはどうだっていい。

 窓から入る日差しは短く、窓枠ばかり太い影が、黄土色の床に映る。


 三人を執務室に連行して、机の前に並べると、顔を近づけ、小声で昨晩のことを聞き出す。


「参謀寝ちゃうし、提督だって眠そうだったからねぇ。

 もーお開きにしようかなぁって時だよ、天龍と龍田が来たのは」

 隼鷹は、きょとんとしながら、その時の状況を説明する。

「大変だったのよぉ。参謀の服を着替えさせるの。

 うふふ、提督も変な趣味を持ってるのね」

「提督も引っ張って行きたかったけど、チビが四人もいたからなぁ」

 天龍も龍田さんも、ある事ないこと言いふらすようなタイプじゃないか。


 三人に話を聞いた以上、自分が何故、そんなことを気にし始めたのか、説明しないわけにもいかない。

 下手な創作をするより、正直に話した方が、ボロは出ないだろう。

「実は、私って、しょっちゅうセクハラするじゃない?

 酔った勢いで、参謀に何かやらかしたんじゃないかって思って……」

 私の告白に、三人は何を憚ることもなしに吹き出した。

「笑い事じゃない!」

 私の真剣な怒りは、相手には伝わらず。隼鷹に至っては「参謀は、ああ見えて酔ってもしっかり憶えているからねぇ」と、不吉な事を喜々として予想してくれる。


「有り難う、結構だ!」

 呼んでいながら、この扱いは酷いと思ったのは後の事。

 三人を追い出して、一人になって考えるが、問題の答えは出そうにない。

 暁が答えになりそうな気がするが、特に何の確信もなく、酒を呑みに行ったと言う事実だけで、"仲直りした"と思っているだけなら、下手に刺激しない方が良い。

 どうしたものか。


 それは、二日酔いの所為だが――昼休みに空腹感は一つもなかった。

 しかし、それが食堂が閉まった頃になって、猛烈に空腹感となって、精神を苛つかせる。

「間宮さんの所に行くなら、参謀を呼びに行くいい口実になるかな」

 間宮さんと言えば、給糧艦の艦娘である。戦力としては殆ど役に立たないので、艦娘宿舎の酒保や食堂の世話をお願いしている。普通の人間にとって艦娘は気味が悪い存在だし、国家機密にそこいらの兵士を使う訳にもいかないから、彼女の存在は、今となってはかけがえのないものとなっている。


「参謀! 酒保行きませんか? 今日は暑いから、アイスクリームでも食べに行きましょうよ~」

 照れ隠しにユルい口調で語りかけるも、返事はない。

「明石中佐、大井大佐でしたら、艦娘と酒保に行くと仰ってましたが」

 通りすがりの兵曹長が語りかけてきた。

 またバツの悪いところを見られたなぁ。と気分を害しながらも「有り難う。結構だ」と紋切り型の答えを吐き出すと、酒保へと歩き始めた。


 二十年も本国を留守にしていただけに、私の顔を知らぬ連中ばかりだ。

 一部の将校とは、元々仲が良かったと言う事もあり、よく話すのだけれど、やはり艦娘と、あの提督に関してはあまり良い評判を聞かない。

 正直なことを言うと、若い連中からは私だって同類に見られているだろう。あの兵曹長だって。





「おお、いたいた」

 参謀に駆け寄ろうとしたところを、間宮さんに声を掛けられる。

「龍驤さんの注文なんですけど、コレ、大丈夫でしょうか?」

 艦娘にも一定の俸給――と言っても小娘が喜ぶ程の金額だが――が支払われており、市販されているものなら、大体何でも手に入るのだ。

 勿論、購入品目は検閲対象になるのだが、その時に撥ねられそうなモノは、間宮さんが事前に知らせてくれる。

 今回、龍驤が発注したのはサラシである。別に検閲で引っかかるものではないが、わざわざ何のために買うのか謎なのだ。

「硝酸と硫酸でも一緒に買おうって言うんじゃないからいいんじゃないの?」

「はぁ、そうですか」

 私の発言の意味を理解したのかしてないのか、難しい顔をしている。

「あ、隼鷹のヤツ、飛鷹の名前で酒なんて買いやがって。次、発注があったら、飲み過ぎるなって言っておいて」

「はい。承りました」

 彼女に笑顔が戻った所で、すかさず感謝の言葉を掛けてその場を後にした。

「いつも有り難うね。困ったことがあったら、執務室に直接来ても良いから」




 私が大井参謀の方へ顔を向けると、私に気付いたのか、手を上げて私を呼んでいた。

「ああ、参謀ぅ!」

 駆け寄ると、私の言葉もそこそこに、少女は急に頭を下げて、こう言った。

「いやぁ、昨晩の件はよく憶えていなくてな。

 何か悪い事をしていたら謝るよ」

 彼女が顔を向き直すと、ウィンクをして私に合図する。

「そんな、上官が部下に頭を下げるものじゃありませんよ!

 私だって、昨晩の事は何が何やら」

 微笑みを残したまま、彼女は第六駆逐隊に顔を向け、

「ほら、誰も思えていない。電が見たのも暁が見たのも全部夢だよ」

 にんまりとして、優しく少女を見つめる小さな参謀は、見た目以上に大きな存在に見えた。


 後から聞いた話では、私と参謀の仲を心配していた暁達に、龍田さんが「あの二人なら大丈夫よ」と伝えていたらしい。

 酒の失敗は、何かと悪い方向に想像してしまうものだ――現実、あんまりな経験が多すぎて。





 執務室に戻ると、参謀は含み笑いから、それを我慢できないとばかりに、盛大な笑い声を立てた。

「今回はお相子だな!」

「はい! 参謀!」

 表情が明るい――この人はいつもそうだ。"酒だけで事を解決した"かのように見せるのが、実に上手い。


 和やかな表情のまま、参謀は机の上に届けられた書類に目を通し始める。

 私自身は、なんだか、この部屋の居心地が良い感じでいたので、部屋を出るのを惜しんでいた。


「明石君。これを」

 参謀は、数秒前とはまるで違う、暗転した表情、そして声で私を呼び止めた。

 不吉の予感が、彼女の机の隅から染み出している。





 残酷な命令書を受け取ると、参謀は鎮守府長官室へと抗議に出掛け、その後、半日絞られた上、執務室に帰ってきた。

 午前中は気持ちの良い天気であったのに、淀みがちな空模様に変化し、僕が彼女の部屋の扉を開ける頃ともなると、参謀の顔色同様の、重く暗い均質な鈍色に塗り固められていた。

「それで、引き下がってきたんですか!? 昨日のことで見直したのに、何ですか!」

 上官に対して、この言い分も酷いモノだが、あの決定は、もっと酷いモノだった。


 あの時、参謀の机にあった命令書とは、「運用コストの増大を鑑みて、睦月、如月の二隻を解体する」と言うものだった。

 運用コストと言ったって、一度に動かせる艦艇は、私が率いて南北を往来するだけだ。

 確かに、訓練として、幾人かを交代で哨戒任務に出しているが、それだって、所詮は雑魚を狩る程度の仕事だ。出撃を減らせられない訳じゃない。


 しかし、抗議に出掛けた参謀は、逆に上層部に説得されてしまった。

「自分の権力を誇示したいんだよ。海軍が言いなりになるのか試したいんだ。

 ご大層な趙高殿じゃないか!」

 憤懣やるかたないと言う体で、椅子に納まっている。

 しかし、どういうことか、こんな時に限って、昨晩の愉快で不愉快な光景がオーバーラップする。頬が緩んでしまう。

 そんな表情を見せられないと、参謀に背を向けて、それらしい台詞を考える努力をする――気持ちとしては怒っているはずなのに、はずなのに、参謀の所為で、全く、脅し文句が思いつかない。

 頭を激しく掻いて、誤魔化す。

「大体、長官や大臣は何のために、あんな給料を貰っているって言うんだ!

 明石君もそう思うだろう!」

 黙っていても、参謀は、気持ちが良いぐらいに、上層部と政治家、陸軍の悪口を並べ立てたのだ。


 この苦痛の時間は、私の考えなしの発言で終止符を打つこととなる。

「何処かの島へ逃がしてしまってはどうですか?」

 殆ど無意識に近いぐらい、苦し紛れに呟いた言葉に、大井参謀は飛びかかった。

「そうだよ! よくぞ言ってくれた!」





 参謀におしりを叩かれて、早速、二人とその姉妹に事の事情を説明する。

 こんな事ばかり、私の執務室を使えというのだから、あの参謀も悪い人だ。


 睦月型駆逐艦は、現在八人が我が鎮守府にいるが、その中の姉二人を失うことになる。

 二人は寂しさと悲しさに声も出ないようだった。

 そして、残された姉妹は、何を言葉にすれば良いのか、或いは何も言うべきでないのか、沈痛な面持ちで押し黙っている。

「そう言う顔をするのはやめてよ」

 と、言っても、無理な話か。

 解体はしないにしても、捨てられたようなものである。

 兎に角、フィリピン南部に移動して、そこで知り合いの海賊に面倒を見て貰おう。

「必ず迎えに行く。今は辛抱してくれないか?

 本当に申し訳ない。この通りだ」

 深々と頭を下げると、「司令官が悪いわけじゃありませんよ~」と緩い口調で止めに掛かってくる。

 駆逐艦は総じて、子供っぽいが、真面目な話の時には、しっかり大人並みに理解してくれる。助かる反面、猜疑心も訪れる。彼女たちは、我々の仕打ちを許してくれるだろうか? と。

「本当ね? 約束よ」

 如月の懇願する表情は、女の私でも心を揺さぶる。

 そう言えば、この子は、一番最初に鎮守府に来た子だったなぁ。

 このまま、あの提督とも再会できないのかな?

「南の方へ行ったら、オーストラリア海軍とも接触できるかも知れないし!」

 場を和ませるつもりの一言だったが、あまりにも不用意な一言だ。

「明石司令? それ本気で言っているの?」

 一瞬前の愚かな自分を責めたい気持ちばかりで、返す言葉は一つも思いつかなかった。

「冗談よ、冗談」

 額の汗を感じながら、無理に言葉にすると、

「おりょ? 提督? 滅多な事言っちゃダメなのね」

 と、睦月にまで責められる始末。

「参謀には内緒だぞ」

 作り笑いもぎこちなく、私はその場を足早に去って行くしか出来なかった。

 姉を気遣う言葉が聞こえる。やめよう。これは、身内の会話だ。







 オーストラリア海軍の無茶な作戦から逃げ出した我々は、バンダ海に到着した。

「テイトクー!」

 高雄さんから、金剛に乗り換えると、金剛さんが飛びついてくる。

「私、淋しかったデース」

 そう言いながら、衆人環視の中で、僕の胸やら脇やらを指で突くのだ。

 そこには、僕がオーストラリアに来てから出会った、全ての艦娘が揃っている。恥ずかしいやら、恐ろしいやら。

「おい、時間と場所を弁えろって言ったのは誰だよ!」


 他の艦娘の手前、余り喜んでいるように見せられない。

 例えば、次女の比叡が、何かを惜しむような顔をしている事などに気付かずにはいられない。


 そのような、艦娘の間の愛憎に首を突っ込むのは、些か恐ろしげである。

 仮にも彼女たちは艦艇だ。殺すとなれば一発だからだ――否、そんな尤もらしい考えなんて嘘っぱちだ。

 僕の中には僕は二人居て、彼女たちを人と見て、人間らしくある事に喜びを感じる一人と、あくまでもそれは自分の主観であり、彼女たちを理解する事は、自分が人間から離れていくことだと危惧する一人がいる。


 ブリスベンから逃げ出した彼女たちが、心細かったのは分かる。

 戦艦なんて、缶を温めるのに半日は掛かるものだ。

 彼女たちは、どうやって港を脱出できたのだろうか? 目立った傷はないから、海軍と交戦したとは思えないけれど。


 この事について、なかなか聞き出す勇気は起こらず。

 時間の流れるまま、状況に流されるまま、彼女たちの笑い声の渦に紛れて、我々は新しい旅に出たのだ。




 陣容は、戦艦四隻、正規空母二隻、重巡四隻に、軽巡二隻、駆逐艦も二隻だ。

 確かに、燃費の悪そうな娘達が揃っている。オーストラリア海軍が舌を巻くのも肯ける。

 あの士官に啖呵を切ったクセに、我が国もこれ程の船が突然増えて、それを養えるかどうか怪しいものだ。


 しかし、戦力は集中した方がいいに決まっている。

 船団毎に軽空母を張り付けるよりも、艦隊戦に於いて、海域の安全を確保する方が優れた戦術であるに違いない。

 我が国にせよ、オーストラリアにせよ、それをやって来られなかったのは、単純に、指揮できる提督が僕一人しかいなかったと言う事実からだ。

 あの明石が、これからも提督として頑張ってくれるなら、我が海軍は、いよいよ海軍らしい仕事をすることができるだろう。




 さて、すぐ近くにある邪魔な戦力と言えば、後続のフリゲートぐらいだ。我々の行動を監視している。

 僕を殺す事だけを考えるなら、玉砕覚悟で掛かれば不可能ではあるまい。少なくとも、旧マレー半島北から行方知れずだった僕の居所が判明した訳なのだし、彼らとて無駄な努力をしたわけじゃない。


 空白だらけの海図に目を向けると、真の敵は地球そのものだと言う事に気付く。

 バンダ海も酷いモノだが、旧マルク海の島々は、特定のルートを選ばないと、金剛や赤城達が立ち往生を喰らってしまう。

 この時、軽快なコルベットや魚雷艇が、島影を使ってヒット・アンド・アウェイすれば、深海棲艦じゃなくても厄介である。

 今までは、オーストラリア海軍の威光と、彼らの魚雷艇のお陰でこの海域の警備、警護を行うことが出来たが、今の我々ではそれがない。

「少しだけ戻って、マカッサル海峡を渡ろう。深海棲艦が出るけど、せいぜい重巡ぐらいだ」

 カリマンタン島とスラウェシ島に挟まれた海域は、大災厄の後、最狭部でも350km近い幅を持っている。

 この両岸は切り立った崖とジャングルが迫っているため、人の気配のしない――つまり深海棲艦がよく出没する海域なのだ。

 どのみち追われるなら、行動に制限が掛かる海岸線を選ばず、海峡のど真ん中を突っ切るのが上策だ。





「榛名さん、15ktを維持して! 下手に気を遣うと、逆に衝突するよ」

 艦隊は列を乱しつつも、右へと舵を切っていく。

「夕張さん、相対距離大丈夫? 気をつけて」

 運動盤を書いて、思う様に指示を出したつもりだが、艦隊運動は一朝一夕で上手く行くようになるものではない。

 彼女たちだって、己の巨躯を完全に制御しているわけではない。

 人間の運動機能は、筋肉のみならずそれを動かす神経のしなやかさにも強い影響を受けている。物理的に可能な運動が、何でも思いの通りになるのなら、訓練も運動も必要ないのだ。

 そう。彼女たちにも練習が必要な筈なのだ。

 オーストラリア海軍と、帝国海軍との艦娘に対する取り扱いの違いは、この部分にあった。

 豪海軍にとって艦娘とは、あくまでも人間の言葉を聞き受けて動く機械でしかないのだ。


「日本に着いたら、演習が必要だな」

 僕の不機嫌なつぶやきは、金剛の心に響いたらしい。

「横須賀デスカー? 途中でフジヤマが見られるとウレシイネー」

 艦橋内を和ませようと、おどけた調子で振る舞う。

 艦娘は、何故か、日本の記憶を持つ者がいる。それどころか、実際に攻撃を受けたこともないのに、潜水艦の話題に身をよじらせるほどに恐怖する娘や、特定の地域に深い思い入れのあるのか、地名を聞くだけで酷く不快な顔をする娘もいる。

 何故かと訊ねても、「何となく知っている」程度の答えしか返ってこない。

 しかし、僕が以前に見た奇妙な夢、知識を与えた夢に比べると、彼女たちのそれは、"体験"として身体が憶えているもののように見えた。

 いずれにしても、彼女たち自身もよく分かっていないのだから、これ以上の詰問は無意味だった。

「残念ながらなぁ……今は昔のような横須賀じゃないし、富士山もずっと小さくて、遠くからじゃ見分けが付かないんだ」

 そして、彼女たちの記憶は、"かつての世界"に留め置かれていた。


 "かつて"は、近くとも二十年以上前の事を意味する。しかし、艦娘の中には、明らかに二十年前の造船技術ではない艦が存在している。

 仮に"かつて存在した艦船"が艦娘となるのなら、戦国時代の鉄甲船だって艦娘になれたっていい訳だが、そんなことは全くないのだ。


 他国の状況はどうだろうか? 我が国の人口が未だに十五万人前後で推移している中で、僕と明石、大井参謀の三人の"能力者"が見いだされている。これを単純に考えると、これは五万人に一人の割合となる。

 現在七万人程度のオーストラリア国民の中に僕のような性質の人間は見いだせなかった。中国でそのような人物には未だに出会っていない――万が一いれば、確実に商売敵となっていただろう。

 人口比から言えば、大英帝国やアメリカ、フランスやドイツ、イタリア、それにロシア。こうした国々に我々と同じような"提督"が現れないとも限らない。

 大災厄前の世界の人口を二十億強と推計して、あの時期を乗り越えた人間が、五百分の一程だとしよう。そこから未だに回復していないとすれば、総人口は四乃至、五百万人程度か? そうであるなら、百人の"敵"に遭遇する可能性がある筈だ。


「そんな、辛気くさい顔していると、運が逃げちゃいます!

 善いも悪いも考え方ひとつデスヨ」

 僕の考え事を中断するのは、深海棲艦でなければ、艦娘だ。

 艦娘の場合は、やたらと元気で明るい子と相場が決まっている。そして、この艦隊でその役割を果たすのは――金剛だ。

「ああそうだな。深く考えるのは、地に足を付けてからにしよう」

 僕が彼女に愛想笑いをしてみると、それを我が事のように無邪気に喜んでいる。

「あとは暫く、陣形を変えることもないだろう。お茶にしようか?」

 紅茶好きの高速戦艦は、僕の提案に歓喜し、大急ぎでお湯を沸かしに艦橋を飛び出していった。


 アジアから輸出することのなくなった茶葉は、半発酵茶になるか、緑茶になるかのどちらかだ。かろうじて紅茶が作られるのは、オーストラリア向けであり、その点で、金剛は幸運だったのかも知れない。

 金剛は、時々手に入る茶葉を大切に保管し、大量にストックしていたのだ。




「提督! 前方十六海里に潜水艦です。

 分散して、四隻。いえ、五隻見えます」

 加賀さんからの入電だ。

 すぐさま、「直ちに攻撃しろ」と威勢良く言いそうになったが、偵察に出ていたのは戦闘機だ、脊髄反射で命令を出すと恥を掻く上に士気にも影響を及ぼす。

 それに、艦爆や艦攻を航空爆雷に装備換装するには時間が掛かるし、発艦し到着するのには更に時間が必要だ。

「他に艦影はないんだね?」

「ええ。半径二十海里以内には、水上艦は確認できませんでした」

「では、哨戒の戦闘機を増員した上、艦爆の半分を航空爆雷に換装。可及的速やかに攻撃を開始して下さい」


 航空部隊に指示を出したら、次は艦隊の陣形を変えなければならない。

「全艦に次ぐ。これより、対潜水艦戦闘に移ります。

 軽巡と駆逐艦を前に出して、全艦横陣をとって下さい。

 但し、焦らず、慎重に。時間はあります」

 僕の言葉に、全艦が色めき立つ――勿論、加賀さんの言葉も、皆の耳に届いている筈だが、提督の言葉ともなると、艦娘とて、重みが違って聞こえてくるのだろう。

「こんなに嫌な、めでたい日は初めてネー」

 金剛が、お茶の道具と共に艦橋に現れた。

「あんまり笑える状況じゃないぞ」

 僕は、彼女の顔も見ずに腹を立ててしまった。

「潜水艦が怖いのはワタシも同じデスヨ」

 その声色に驚き、振り返ると、ただの小娘が不安そうにたたずんでいる様に見えた。

「僕がいる限り、誰も沈めやしない!」

 僕の言葉を聞き届けてくれただろうか? 金剛は、艦長席に静かに座り、前をじっと見つめたまま、艦隊運動に集中した。


 天気も良いし海も明るい。深い海ではないから、潜航しても見失うことはないだろう。

 現在、我々は15ノットで進んでいる。潜水艦がどれぐらいのスピードで進むかは分からないが、遅くとも小一時間で遭遇することになるだろう。

 ただ、潜水艦部隊だけで終わる戦闘とは思えない。この後、何が出てくるだろうか?


 加えて、気になるのが、最後尾にいるオーストラリア海軍のフリゲートだ。

 我々と一緒に居れば安全だと思っているのだろうか? 混乱に乗じて、妙な動きは? まさか。




「第一次攻撃隊、発艦!」

「一航戦、出撃します」

 陣形の転換を後回しにした赤城と加賀から、爆撃機が飛び立ち、次々に金剛を追い抜いていく。

 その勇ましい姿は、みるみるうちに、抜けるような青空の中に消えていく。

 五分もすれば、潜水艦を捕捉、攻撃を開始することだろう。


 表に出て、見上げれば暗いぐらいの天頂が艦隊を包み込んでいる。

 金剛の艦橋からでは、13海里先までしか見えない。表に出たところで何の意味があるわけでもない。

 僕は、硝煙にまみれる前に新鮮な空気を吸いたかったのだ。

「テイトク?」

「すぐ戻るよ」

 前方には、夕張さん、阿武隈さん、不知火さん、そして舞風さんの四人が、せり上がってくるのが見える。

 危なげのなさを確認すると、金剛さんからの再度の勧告に従うことにした。


「第一航空戦隊、全弾投下、戦果確認中です」

「距離は?」

「旗艦より十三海里」

「そろそろ見える頃か」

 双眼鏡を覗くと、艦爆が戻ってくるのが見える。

「目標甲乙丁健在、丙撃破、戊は浮上してきています」

「流石に、一撃で片付けるのは無理だったか……

 第一次攻撃隊帰投前に、第二次攻撃隊発艦。

 夕張さん、水雷戦隊四人は第三戦速で前進。加賀さん、赤城さんの指示に従って各個撃破して下さい」

 何としても、六海里に近付く前に沈めたいところだ。さもなくば、魚雷の射程範囲に入ってしまう。

 あと半時間!




 第二次航空隊は、更に二隻を撃破し、一隻を浮上させた。

 夕張さんの主砲で、浮上した一隻を沈め、不知火さんが残る一隻を沈めたところで、状況が動いた。

「旗艦より十時の方角、十八海里に重巡、軽巡、駆逐艦各々四隻ずつを確認しました」

「二時の方角、二十二海里に重巡二隻、駆逐艦四隻の戦隊を確認」

 立て続けに、敵艦の存在を確認した。

 深海棲艦の水上機は、偵察中の戦闘機が撃墜したらしいが、他にも飛んでいるかもしれない。

 水雷戦隊からは四海里離れている――悪い事に、大きい方の戦隊に近い。

「水雷戦隊は、回頭し、第三戦速で東の方角に進んで下さい。

 我々主力は、複縦陣に転換して、第四戦速で彼女を追いかけます。

 目標は敵、第二戦隊。気付かれる前にこちらを叩く」

 海図に線や図を引きつつ、指揮を出していく。

「航空隊の装備換装はどうしましょう?」

「二個小隊だけ、航空爆雷のままにして下さい」


 海はまだ静かだ。何も見えないのは、何も起こっていない証拠にはならない。

 二十分強で敵は視野に入る。

 しかし、おかしい。戦力は集中運用するのが海上戦闘の要諦である。それを分散していると言う事は、こちらは明らかに餌である。

 しかし、かといって、夕張さんたちをそのままにして、我々が追いかけようとすれば、敵の第一戦隊に水雷戦隊がやられてしまう。

 悪い事に、この戦闘を聞きつけた敵の水偵は、水雷戦隊と僕たちの艦隊を確認する所までやってのけたのだ。

 赤城さん加賀さんには、深海棲艦第二戦隊より奥にいる戦力の確認を急がせ、金剛姉妹と高雄姉妹には初弾の装填を指示した。


「第三次攻撃隊、状況を報告します。

 重巡、一を大破に、駆逐艦二を撃沈しました」

「大変結構だ。有り難う」

 第四次攻撃隊と行きたい所だが、準備が整っていない。


 水雷戦隊と合流し、第四戦速のまま敵艦隊に突入する。

 射程圏内だ。

「撃ちます! Fire~!」

 八隻の高速戦艦と重巡は、射程に入った順に、間断なく発砲を続けた。

 敵艦は、ギリギリ水平線の向こうである。偵察機の情報を信じて攻撃する。


 敵は、空爆とこの攻撃のために、有効な機動を取れないでいるようだ。

 このまま前進すれば、相手の射程外のまま、もう一撃食らわせる事が出来る。

「重巡一撃沈、重巡一大破、です」

 目隠しで撃っても割と当たるモノだな――と思ったが、彼女の視界は艦橋よりも高い位置にあるのを思い出した。

「他の艦隊や、潜水艦の艦影は?」

「まだ確認できませんね。敵第一戦隊は、こちらに進路を向け18ノットで前進中です」


 残りの重巡と駆逐艦を追撃すべきか、それとも、反転して敵第一戦隊と対峙すべきか?

 前者ならば、敵戦力に背後を取られる可能性がある。後者ならば、残りの三隻が何をするかが怖い。


 何より怖いのは、状況が上手く行きすぎる事である。

 第一、戦隊を二つに分けて挟撃するにしても、二つはあまりにも離れていた。

 誘導されている? そうならば、彼らは僕にどのように指向させたいのだろう?


 残存する深海棲艦第二戦隊は、北東側、旗艦からは十二時の方向十三海里にある。追撃するならば、ここで面舵を入れて縦陣で挑めば、殲滅は充分可能である。

 第一戦隊は、西側より接近しており、すぐに対処するなら、取り舵いっぱいで反転すべきだろう。しかし、それを行うと、第二戦隊の残存艦艇と接敵することになる。そうなれば、魚雷による攻撃をも受ける事になる。

 逆に面舵で第二戦隊を追撃し、そのまま舵を切り続ければどうなるだろう? 彼らも面舵を切って、我々は丁字戦で不利な位置に立たされることになる。


 それは確かに優れた作戦だ。

 だが、それだけだろうか? 何か、もっと恐ろしい何かが……


 その時、今まで忘れていた存在を思い出した。

「オーストラリア海軍のフリゲートはどうですか?」

 僕の声は、金剛さんの無線を介して、全艦に伝えられる。

「私の後ろを付いてきているわ」

 と、愛宕さんの声が帰ってきた。

 愛宕さんはしんがりを務めている。その後ろとはつまり、一番、深海棲艦に追いつかれやすい位置にあるのだ。

「狙いはこれか?」


 深海棲艦が、たかだかフリゲート一隻を沈めたところで、何の価値があるのか分からないが、一番沈めやすいと言う意味では、確かにその通りだが、それでいいのだろうか?

 深海棲艦が、動物的な一面を持っているとするなら、それはライオンの群が、シマウマの群の中で、子供や弱った個体に狙いを定めて狩るのと似ている。

 勿論、あくまで仮説なのだけど、それ以上に納得の行く考えが思いつかなかった。


「全艦、面舵いっぱい。第二戦隊の殲滅を計ります。

 その後は、二十海里前進し、舵を北東に戻して、海域を抜けましょう」

 逃げるが勝ちだ。

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