2014年6月28日土曜日

艦これ~沈んだ世界から 第十二話

 グエンは、艦娘の火力を利用し、周辺の島を次々に平定していった。

 勿論、彼自身の戦略や戦術、優秀な人材があってこその勝利だ。我々は、彼に協力する見返りに、今の基地に充分な投資を受けている。

 ドックは次々に完成した。宿舎も立派なものだ。リン鉱石を運び出す岸壁はしっかりしているし、荷揚げされるのは石油に石炭。粗鋼にアルミのインゴット、銅や諸々の金属が不足なく入ってくる。


「これで腕前の程は証明済みだ。旦那のお褒めに与れば、それで結構」

 八木が悪魔の言葉をそらんじた。

「"自由な海は、精神を解放する。思案するなどと言う事は全く無意味だ"と?」

 僕の言葉に、男は「海賊稼業みたいなモノじゃないか」と笑った。

 灰色の女に目をやられて、悪魔の手で墓穴に突き落とされるなら、それもいいだろう。僕にはマルガレーテはいないのだけど。


 艦娘を支える為に、僕は実に罪深い仕事をしてきたのだと思う。

 深海棲艦に向けるための刃が、人々を殺している。

 そして、その人を殺す道具を、八木配下の技術者達は必死になって作っているのだ。

 赤城さん、加賀さんに積む艦載機も、金剛姉妹の火砲や弾薬――そして、遂に電探も試作機ながら積む事が出来るようになった。

 ああ、そうして、また、人を殺す。




 今日の任務は、不知火さんと阿武隈さんによる、阿片密輸の現行犯逮捕である。

「それでは、停船を呼びかけて下さい」

 隣の細身だが筋肉質の男が、現地の言葉で、名乗り口上を上げている。

 彼はグエン配下の男で、形ながら警察権も持っている。腕っ節が立つ上に、周辺の言葉を幾つも使い分けられる語学力を持っている。

 彼の横顔の向こうには、一隻の舟艇が走っている。エンジンを強化しているらしく、船の規模に見合わぬ唸り声を上げている。

「逃げると言う事は、やはり、情報は正しかったようですね」

 男は僕に微笑みかける。僕は、そうでなかった方が嬉しかったのだが。


 密輸船は、一旦アプローチした我々を引き離そうと、舵を切り、スピードを上げる。

 元々、この手の船は、深海棲艦に出逢った時、逃げ切ることを第一に考えている。エンジンもそうだし、小さいながら、波を越える能力も高い。

 勿論、駆逐艦も負ける程ではない。小島、小島を切り抜けていくのを、阿武隈さんと連絡を取り合いながら追っていく。

 景色が流れる。波頭もすぐに後方へと吹き飛んでいく。


 街のある島が見えてくる。港に入ってからでは、艦砲を撃つわけには行かない。

 どうしようか、見通しが良いから、全速力で突っ込めば、追いつけるだろう。しかし、岸壁に激突してしまうかも知れない。

 僕の迷いは、不規則な発言となって具現化した。

「不知火さん、あの船を上陸させちゃダメだ」

 その言葉に、彼女は「期待に応えてみせます」と答えると、主砲を指向する。狙いが完全に定まると、揺れに合わせて、砲身が上下するようになる。

「沈め」

 哀れ、入港前のターゲットは、12.7cm砲の一撃で仕留められた。





「なんでしょうか。

 不知火に落ち度でも?」

 日本の鎮守府よりも立派な執務室で、僕と不知火は相対する。


 悪いのは僕だ……

 本件、密輸船の乗員に助かった者はいなかった。

 ただ、沈んだ船の船室から大量の阿片が見つかったと聞く。この部分が、自分を誤魔化すためには是非とも必要だった。無辜の命を奪った訳ではないのだと。

 八木と夜釣りをやってからも、僕のこの罪悪感の喘ぎを隠すことが出来ないでいる。もしや、グエンはそれを分かっていて、沈んだ船を調査したなどと……やめておこう。


 しかし、取引相手が誰であったか分からず仕舞いになってしまったのは間違いない。この部分、我が軍閥にとっては、失点の一つになってしまった。

 支配地域が広まるにつれ、統制の度合いは落ちていく。


「僕と――否、人間が愚かな所為だ」

 脱帽して、深く頭を下げると、不知火は、狼狽したような、言葉にならない言葉を漏らした。

 反応に苦慮したのか、そのまま静かに幾ばくの時間を過ごすと、「次回は、期待に応えてみせます」と返事を残し、執務室を去って行った。







「あー、参謀! 無茶言わないで下さいよ。

 艦娘の言葉が分かる人間が二人も海に出られる訳ないじゃないですか! アイツのお陰で、私だって、窮屈な思いしているんですから」

 大井参謀が、久し振りに幼女らしい我が儘な表情を見せる。

 提督が戻ってこないなら、自分が行って話を付けてやるというのだ。

「そ、そんな顔しても無駄ですからね。

 そんな事したら、牢屋に入るか、国外逃亡のどちらかですからね」

 それでも「むー」と唸りながら、上目遣いで訴えかけてくる。


 音信不通だった提督の情報が、グエン一行と合流してから、怒濤のように流れてくるようになった。

 参謀は、それに対する、自分の態度を隠しておこうと、必死になっているが――無駄な努力だ。

 近頃、妙に腑抜けていやがる。体調不良を理由によく休んで、息抜きに出掛ける。大丈夫かしら?


 彼女の真意とは別に、確かにあの男には、一度話を付けた方がよさそうだ。

 グエンは、艦娘の火力を実に巧みに、効果的に利用して、その勢力を拡げている。

 勿論、日本には遠慮をしているし、我々には特別な待遇を以て貿易の便を取り計らってくれる。

 一方、オーストラリアに向けては、さや当ての時期が訪れている。

 オーストラリアが支援する部族への攻撃が始まり、その領土を拡大している。

 大陸側への進出はまだだが、親しくしている地域もあるから、上陸も遠くないだろう――尤も、陸戦となると話は違ってくるのだが。


 我が国は、その状況を、ただ笑ってみている訳にはいかない。

 事実、陸軍の連中を大陸に運んでいたりする。海軍上層部は、それについて、特段の注意を払っているようには思えない。

 私の作り上げたネットワークは、海軍のために存在している筈だが、活用されていない。国内の立場が未だに盤石でない海軍にとって、「陸軍が何かを企んでいるだろう」と言う情報は、己の無力さを思い知らせるので、耳障りなのだ。

 それに、あの提督やグエンの活動に比べれば、陸軍がやろうとしているのは、公式には我が国の経済、軍事力に資する活動だ。我々がケチを付ける訳には行かない。


「だが、このままだと、グエンと帝国陸軍がぶつかるぞ?」

 参謀の懸念は、衝突そのものではないのは明確だが、言葉通りの意味だとして、返事を返す。

「帝国陸軍だけではありませんよ。オーストラリアとインドは政治的に近い立場にあります。

 下手をしたら挟撃されかねません」

 真面目な台詞を吐いてみたが、"しまった"と思っても後の祭り。

「だから、儂が行かなくちゃならんのだ!」







 私は、次の輸送任務で東南アジアに向かうと、グエンを始め、軍閥の幹部と提督、八木を加えたメンツと合流した。

 そして、近頃の中国方面の動静とその勢力、インドの兵力、軍事力、オーストラリアの意向を、最新の極秘情報を交え解説する。そして、対するグエンの戦力と、我々が行える支援の上限を比較して、決して有利な戦いにならず、大陸に手を出せば、必ず軽い火傷どころでは済まない怪我をすることになると説得した。

「明石中佐、ご高説は尤もだ。

 だがしかし、我々は東洋(彼らにとってはインドシナ半島の事を指す)の統一を目指している。

 歴史から言えば、我々は、中国からもインドからも多大な影響を受けている。しかし、だからといって、このまま、彼らの支配地域になってよいだなどとは、決して考える事はない」

 私は「やっぱり、そうなるよね」と、独りごちた。

 そこで提督が手を上げる。

「我々は海軍だ。支援が出来るのは、沿岸地域だけに限られる。

 大陸には、深海棲艦に向けて、沿岸砲が幾つも作られている。これが我々に向けられないと言えるだろうか?

 戦場が大陸に移れば、否応もなしに、艦砲射撃を利用出来ぬまま戦うことになる。

 それに対して、深海棲艦との戦いならば、我々は一度も敗北を喫していない。

 ここは、海に目を向けるべきではないか? あの環礁のような土地が他にないとは言えないだろうし、アメリカ大陸との連絡に成功すれば、そこから引き上げられる富は、我々が独占出来る」


 彼の言葉には嘘と真実が混ざっている。

 沿岸砲が多数存在するのは確実だが、その砲が深海棲艦に対して火を噴く事は殆ど考えにくいことだ。

 一つとしては、深海棲艦はあまり沿岸に近寄らない。そして、人間は人間同士の戦いに明け暮れているから、現地の統治者にとって、沿岸砲の重要度は低い。

 グエンの力を察して、整備を始めるにしても、練度は低いし、砲も旧式だ。金剛型が最大射程で狙えば、立ち所に無力化出来るだろう。

 さもなくば、空母から発艦した爆撃機で空襲でもすれば良い。


 真実側だが、今、アメリカの情報が入ってくるのは、ベーリング海峡(当然、地殻変動のお陰で、その幅はざっと700kmを越える)両岸に張り付いた無線通信によるものが殆どだ。さもなくば、深海棲艦に捕捉されないことを願いつつ、決死の思いで飛行機を飛ばすしかない。

 我々にとって、暗黒大陸と思える程だ。

 しかし、その閉じこもった世界の中でも、高い経済力を誇っているのは確かである。

 "域内経済"などと言いつつも、その範囲が広いのだから、その勢いが上限に達するまでには、充分な時間があるのだ。

 我が国も、北方からの連絡を試みたことがあるが、カムチャッカ半島に至るまでに、戦艦や空母に追い回されることになり、我々の戦力では難しいと判断した経緯がある。


「我々の目的は富ではない。それは手段だ!」

 メンバーの一人が叫ぶと、グエンが制止する。

「まあまあ、確かに明石や提督の言う事には一理ある。だが、我々からアメリカに何を売れると言うんだい?」

 彼はしっかりとグエンを見据えて力強い口調で一言「労働力です」と答えた。

 勿論、奴隷売買という意味ではない。

 アメリカ国内は内戦中だ。一方資源には恵まれているから、人手はあればあっただけ欲しいはずだ。

 中国やオーストラリア、インドから、渡航希望者を募ることにしよう。

 彼らが外貨を稼いでくれれば、その送金もかなり大きな額になるだろうし、経済的な橋頭堡にもなる。


 世界に我々側の人間が満ちれば、情報も増える。そして、また、外交的な強みも得ることが出来る筈だ。

 現状、世界で一番遠くまで足を伸ばせるのは我々だけの筈なのだから。


 グエンは、口元を緩ませながら、日本人に目配せをした。そして、幹部達には、「この件、自由闊達に意見が欲しい」と、半ば誘導的に同意を求める。

 そうすると、彼らは口々に、外洋政策を肯定する理由をひねり出していった。一度否定したその口を、格好を付けて閉じたいのだろう。





「私達から支援出来る事はないけど……って言うか、こんな所に首を突っ込んでる事、中野学校OBにでも見つかったりしたら、どんな目に遭うかしら?」

 別れ際の甲板で、明石は、女性の声色で愚痴をこぼした。

「大丈夫だよ。日本には君と大井参謀しかいないんだから」

 そうやってなだめてみると、彼女は「もう、参謀を置いてくるの大変だったんだからね!」と、当時の怒りをありのままに再燃焼させた。

「大体が、あの人は昔から我が儘なのよ。人を顎で使うようになって一人前だなんて言っちゃったりしてさ!」

 それからも延々と大井参謀への恨み辛みを吐き続けた。僕は、ただ、静かに頷いてやる試練を耐えることに成功した。

 多分、それは参謀に鍛えられたお陰だろう。


「提督! 次こそ、酒を飲むぞ。とっておきの焼酎を持ってきてやるからな!」

 明石は、一人試合に満足したのか、ランチに乗り込み、電、雷のコンビの元へと帰って行った。




「参謀、どうやって誤魔化したんですか?」

 明石の姿が霞に消えた頃、僕は振り向かずに声を上げた。

「大井大佐は、風邪をこじらせて寝込んでいる」

 そこには、セーラー服を着て照れている参謀がいた。

「響さんですか? もう、頼むと断らない艦娘が多いですね」

 ため息交じりに答えると、「帰れと言わないのか?」と訊ねられる。

「気持ちとしては、明石さんと同じですよ。でも、絶対に帰るつもりはないんでしょ?」

 感動的な再会とは言え、呆れの方が強く出てしまう。

「貴様も随分と口が達者になったじゃないか。まぁよい、思ったように事が進んだのだからな」

 それなら、わざわざ顔を出す必要なんてなかったんじゃないかと、内心腹を立て、何と言い返してやろうかと思案した。

 衝撃は、その刹那にあった――目の前の可愛い小動物が、僕にしがみついてきたのだ。

「時間がないから、回りくどいことはしないぞ」

 ここまで言われて、無碍に扱う訳にも行かず、腰を落として、抱き合う格好になる。

「心配したんだぞ。色々とな。

 陸に大砲を撃っていれば楽だろうが、貴様には頑張って貰わなくてはならんのだ。

 絶対に死ぬなよ。

 無理をするなよ。

 必ず、日本に帰って来いよ」

 僕は、その返事については、考える事をやめた。温もりが心地よかった。


「は、榛名は大丈夫です!」

 均衡を破ったのは、僕を呼びに来た榛名である――会議中、密かに潜入した参謀は、彼女の助けなしには、甲板まで上がれなかっただろう。

 彼女は良い子だから、僕の言葉から察して、参謀のことを疑わなかったのだ。

 そこで、僕と参謀の抱擁を見れば、一番上の姉である金剛の気持ちと、僕への尊敬と、さて、どちらを優先すべきか? と当惑するのは無理のない事であった。


「おお、榛名、ご苦労だった」

 つい数時間前に初対面となったのに、この態度が取れる幼女は、やはり、大佐と言う階級によるものなのだろうか? 彼女がこさえた、響の衣装のレプリカには、しっかりと階級章が張り付けてあった。

「大佐……その、帰りの飛行機の準備が出来ました」

 未だにショックから立ち直れていない榛名さんは、参謀に対する職務だけで動いているように見えた。

「突然押しかけたのに、何から何まで、うまくやってくれて、本当にありがとう。

 本当なら、君の姉君にも挨拶をしなくちゃならんのだがな、今は少しばかり急いでいる。皆にはよろしく伝えてくれないか?」

 丁寧に、その労を労うと、榛名は、いつもの調子に戻って、「お心遣い、ありがとうございます」と返事をした。




 榛名は、風上に向かって走り始めた――カタパルトのレールを具合のいい方向に向け、彼女の乗った水偵は、エンジンを始動させる。

「それでは、また会おう!」

 参謀は、あの小さな身体で、火薬式カタパルトの衝撃に耐え、大空に舞い上がる。

 数時間のうちに、参謀は明石と合流出来るだろう。

「ああ、大目玉を食らうぞ、これは……」


 彼女の飛行機が見えなくなると、その感慨は、リアリティを伴って襲いかかってきた。

「それにしても無茶が過ぎる」

 彼女を除けば、艦娘とコミュニケーションが取れるのは、僕と明石だけしかいない。

 そんな貴重な存在を、艦載機で運ぶと言うのは、いささかやり過ぎた。艦娘だから事故の可能性は殆どないと思うものの、それでも危険な行為である事には違いはない。

「変わったお方ですね。ご自身は変装される必要なんてないのに」

 僕の心配を余所に、榛名は無邪気な笑顔を見せてくれた。


 それにしても、本当に響を身代わりにしたのだろうか?

 布団を頭から被るにしても、艦娘の言葉など誰にも通じないのだし――参謀のことだから、根回しはしっかりしているのだろうけど。





 関係者全員に、突飛な決意を表明してしまったお陰で、僕はハワイを目指すことになった。

 大災厄の後、その島の存在を確認した者はいない。太平洋上の無数の島が無事であったとは思えない。一方、隆起も少なからず起こったはずだ。

 我々の本拠地のような恵まれた環境が手に入るとは思っていないが、中継地が出来るのならば、それに越したことはない。

 いきなり新大陸の"再発見"は難しいだろう。

 ノルマン人や、一説には鄭和、更に主流から離れると、ずっと昔から、アメリカ大陸の人間は、太平洋や大西洋の向こう側の人間と交易をしていただなんて話も聞こえる。

 こんなに科学の進歩した現代でも、それが成し得ない現実は、深海棲艦に対する怒りよりも、人類の不甲斐なさを思い知らせる。


 先ずは、外洋を進む訓練が始まる。

 艦娘自身は、決死の逃避行で、実戦経験を持つ。鍛えなければならないのは人間の方だ。

 グエンは、遠くない未来、海軍を創設するつもりらしく、その為の水兵に経験を積ませたいらしい。

 艦娘としても、(それが頼りないにせよ)ダメージコントロールのための機関兵が乗艦するのは心強いと来ているようだ。


 そして、未来の海軍トップを期待される、レと言う男が、それらの兵士を仕切る事になった。

「南シナ海で輸送任務をしていたのでは、あまり訓練になりませんからね」

 レは、大きな色の濃いサングラスを掛けながら笑った――甲板は眩しかった。

 彼は、海軍の男と言うには小柄で、身体の線も細かった。何というか、僕自身も、海軍の人間らしからぬ印象を人に与えていたから、ここに来て、少しばかり安心した。

 尤も、身のこなしは、やはり軍人と思える、緊張と強固さを感じ取ることが出来たから、部下に対する統制は、これまた安心出来る。

「今回の行程は一週間です。戻れば、また暫く運送屋をやらなくてはなりませんけどね」

 嫌みを言うつもりはなかったが、見慣れぬ海域へ行けるのだという、浮ついた気持ちは、僕にもレにもあったから、それを戒める必要はあった。







「参謀? 参謀!」

 日本に帰国して早々、また姿をくらませやがった。

 彼女は、身体ばかりは小さいので、幾らでも隠れられるのだ。


 何はともあれ、帰国後の手続きや報告を一通り済ませ、参謀の執務室に顔を出すが、誰もいない。

 すれ違った少尉に話を聞くと、我々の出航間もなく、病に伏せってしまい、宿舎で過ごしているという。

 参謀の自慢げな話は本当のようだ。それをどうやって、上手い事やってのけたのかは疑問だが、宿舎に行けば逢えるらしい。


 参謀は、市街地にしっかりとした邸宅を持っているが、一人暮らしの身なので、専ら、艦娘の宿舎で寝起きしている。

「もう、日もとっぷりくれたから、酒盛りでもやるかな?」

 古くさい木造建築の宿舎は、艦娘の手によって、少しずつではあるが、修繕が成され、住環境の改善が日々なされている。

 すれ違う駆逐艦や軽空母、軽巡なんかを相手にしながら、急ぎもせずに部屋へと向かう。


 部屋を空けると、地味な布団に一人の幼女。

 相変わらず、趣味っ気のない部屋だなと思っていたが、卓袱台の上には折り鶴なんかが投げ出してあって、「あの人にあんな趣味があったかしら?」と違和感を覚える。

「参謀、私ですよ! もう、芝居なんかいいから、酒でも飲みましょうよ! 間宮さんが、いい焼酎見つけてきてくれたんですよ!」

 無遠慮に上がり込んで、布団を捲ると、寝ぼけ眼の参謀が、やたらと可愛い声を出して、苦情を訴えていた。

「もう、こんな時間から寝ちゃうんですか? 歳喰いましたねぇ」

 私が、更に迫ると、彼女は怯えた様子で後ずさりをする。


「貴様、何やってる!」

 扉が勢いよく開いたと思えば、参謀の声。

 今度は、私が混乱する番だ。

「参謀が二人?」




「もう、心臓が飛び出るかと思いましたよ!」

 食堂で、本物の参謀と二人で酒を酌み交わす。

 あまりにも美味いので、「これは手柄だ」と、間宮さんもお相伴に与るになった。

 酒好きの軽空母二人は、その姉妹に引っ張らせておいた。厨房には、間宮さんの代わりに鳳翔さんが入ってくれた。

「儂みたいなのが二人もいたら、大変だからな」

 豪快に笑うけれど、こっちとしては笑い事じゃない。


「あれは、儂の曾孫でな。本人には、私は親戚の子で、お姉ちゃんって呼ばせている」

 ここで少しばかり噴き出しそうになったが、我慢した。

「おい、少しぐらいは遠慮しろ」

 この笑いは、隠しきれなかったか。


 参謀は、まだ大人の姿だった頃、仕事中毒であった。家庭を顧みず、それ故に子供からは相当嫌われていた。

 そして、大災厄で身体が縮むと、拒絶の度合いは一層増してしまい、以来、手紙を交わすことさえなかったという。

 それが、あるとき、孫を名乗る男から連絡を受けたという。

 彼の兄弟が事故で亡くなったから、引き取って欲しいと。

 子供の名前は、ちはやと言う。


 この時代、災厄以来の低い出生率は回復せず、それ故に自分の子には、資産を全力投球して育てるのが、世の習い性となっていた。

 それ故に、直接の血のつながりのない彼女は、誰からも相手にされず、路頭に迷う寸前であったという。

 その男は、こういう内容の書面を送りつけたという。

「私どもの方で預かるにしても、本当に冷遇しか出来ません。

 はっきり言って、貴方の情に訴えかけますが、我々は、課せられる義務に対して最低限の養育しかしてやるつもりはありませんし、義務教育が終われば、適当な住み込みの仕事を宛がって追い出すつもりです。

 手間が掛かるのならば、(当世、醜聞しか流れてこない)孤児院に預ける事も、躊躇うことはないでしょう」

 参謀は、我が孫ながら"立派"な男だと思い、その曾孫の引き取りを願い出た。

 私自身は、卑怯臭い男だと思ったが、格好を付けて嘘を吐く連中に比べれば、それなりに評価すべきか。百歩譲って、この男は、その子にとってマシな道を模索した結果、(実の子からも嫌われる)参謀に手紙を出したのだ。もう、二十年も一族から音信不通になっている相手を頼るのは、因循姑息な我が国に於いては、なかなか苦しい決断だっただろう。


 参謀は遠い目をして告白する。

「こんな歳になって恥ずかしい話だが、孫から手紙が来たとき、妙に浮かれてしまってな。

 あの子の事も、実は、深く考えずに返事を書いた」

 酒の勢いに任せて、「良い子そうだし、いいんじゃないか」とか無責任で適当な言葉で、その場を誤魔化した。

 しかし、艦娘だらけのこの宿舎に、あの子一人でひと月近く留守にしたのは、正直、ぞっとしない。

 その事を、言うべきか、言わざるべきかで悩んでいると、答えを向こうから与えてくれた。

「実は、あの子は、艦娘と話せる――我が国の事を考えたら、あの子も将来、海に出る必要が出てくるかも知れない。

 だが、私が、そんなことを口にしたら、あの子の将来を、私が制限する事になるんだ。

 そして、いつか、こう思うだろう。『自分の能力を目当てに恩情を掛けた最低な奴だ』と」

 昔から、家庭のことは何一つ口にしない人だが、今日はやたらに饒舌で、そして、その弱みを、酒に頼って吐露し続けた。

 大災厄以前からも、所帯じみたところが微塵もない人だったから、家庭が崩壊する事に対するトラウマを抱えているなどとは、殆どの人は知らないでいる。それ故に、今日の話は、特別で、重要なのだ。


 一通りのつまみを作り終えた鳳翔さんが帰ってくると、背中を押されたように、表情を反転させる。

「幸い、艦娘も、ちはやも、仲良くやっているみたいだ」

 二人の艦娘を前に、素直な微笑みを湛えると、それを交互に見せつけるようにしていた。

 「ちはやちゃんは、大人しくて良い子ですね」と、鳳翔さんが褒めれば、間宮さんは「ご飯も好き嫌いせずに全部食べてくれるんですよ」と続く。

 あからさまに、三人がかりで、私にも世話係に入れと言っているようなものだった。


 ぱっと見、大井参謀かと見まごう容姿は、「参謀が本物の子供だったら……」と言う、私の願望を実によく具現化してくれている。が、しかし、同時に現実にそう言うモノが迫ってくると、実際戸惑うものだ。

 子供のいない私としては、子供とどう接すればいいのやら。


 参謀によると、この事実は、限られた者しか知らないらしい。

「勿論、艦娘と話が出来るだなんて事は、下手に上層部に知れたら大変だ。

 幸い、面倒臭い連中は、艦娘の宿舎に足を踏み入れることは絶対にないから、外を出るときは、私の軍服を着せれば良いだろう――長く続けられる作戦ではないから、根回しを急がなくてはならない」

 参謀は、至極真面目な顔で訴えた。

 こんな風に頼ってきた参謀が、やたらと頼りなさげに見えてきて、正直ムっとした。

「私の自由に動かせる連中って、国内にそんなにいないんですかど」

 とやんわり返したが、それでは、腹の虫が治まらず、自然と語気を強めて続ける。

「つか、何、弱気になってるんですか! あの子の話になってから、急に腑抜けになったみたいですよ。

 これでも私、部下なんですから、ビシっと命令して下さいよ」

 手塩に掛けて育てた提督が自立して、守るもののなかった幼女が、再び子供の世話を焼くことになるとなれば、弱気になるのも肯けるか。しかし、それは私が惚れ込んだ参謀の姿ではない。


「参謀、子供の可愛さの余り、艦娘引き連れて、南に行くだなんて言わないで下さいよ」

 私が嫌みを畳みかけると、強気な笑顔を取り戻してこう宣った。

「それもいい作戦だな! お前と私は一蓮托生なんだし!」

 二人の艦娘は、この馬鹿な人間共を見て、上品に笑っていた。


「では、貴様に命令する。明石中佐、海軍上層部の弱みを握れ! 懐柔しろ!」

「そうこなくっちゃ!」

0 件のコメント:

コメントを投稿