「何故、僕の隣に、女の子がいるのだろう?」
なんとなく、僕は茫然としていた。
「やっぱり、あの恰好の方が好きなんだね?」
彼女は、そう言うとお決まりのポーズから……
人が理想の世界を実現しようとした時、個人主義か全体主義かのどちらかの選択を迫られることになる。
比較的下部の望みは、全体主義的パターナリズムによって、機械的に提供され、それを侵さない範囲で、人々は自由な表現と自由な肉体を得ることができた。
こんなユートピアを出せば、必ずそれに逆らう人間を想定したがるものだが、実際は、ゲーム理論が実によく働き、人々の多様性を許容する事が、血液のような緩衝能を与えることになる。
"帽子"と呼ばれるコンピューターは、人々の「自由意思」の中で、割合衝突の少ない人々を自動で組み分けし、適した環境に人を送り込むように出来ている。
コンピューターが人類に奉仕する事に対して、我々が与える対価は、人間を放置しておくとどこまでも高みに走り出して、情報のポテンシャルを引き上げる事である。
僕は、何故、"A51クラスター"に組み分けされたのか、今一つ腑に落ちなかった。
機械好きである事から、工学系の学園クラスターに組み入れられるとばかり思っていた。しかし、そんな希望は打ち消されて、男は皆主夫として働く、女性中心の、言わば逆封建主義的な世界に放り込まれる事になった。
男性は、義体化を許されず、男女のつがいが成立すると、性器を取り換える手術を受け、離別が原則認められない事になる。
控えめに言っても、狂気だ。
"帽子"は、成熟度や自由への渇望の度合いなどから、十二歳から三十五歳ぐらいになると、組み分けを行い、ほぼ強制的に別のクラスターに送られる。組み分け一年前に予告され、半年前に決定し、一か月前に、スケジュールを決めなければならない。
勿論、すでに暮らしているクラスターが、当人にとって適していると考えられた場合は異なるが、コンピューターの目的からすれば、その可能性は低い。
僕は、故郷の因循姑息な暮らしに飽き飽きしていたから、十一歳の誕生日に予告通知が来た時、小躍りしたものだ。
とりわけ仲の良いわけではない幼馴染や、悪友とさっさと縁を切って、なるべく早いスケジュールで移住を決めた。
そして、旅立ち後に知らされた、行き先と内容を見ると、そんな最悪な故郷が、地獄の二歩手前ぐらいにあったのだと後悔し、懺悔した。
一度目の移住は強制だが、旅行の自由と、転居の自由は制限されていない為、実家に逃げ帰る事は、制度上可能だ。しかし、"帽子"に逆らう事は、余程愚か者と言うレッテルが張られる事になる。
状況に大きな変化があり、また当人が望めば、何度も"帽子"の意見を仰ぐ事が出来るが、それとて一度でも拒否されると、やはり、己の名誉に傷がつくことになる。
A51クラスターへ向かう便に同乗した、オジサンのようなオバサンは、学園クラスターで用事を済ませた後、自分の生まれ故郷に少し寄って、これから自分の家に帰るところらしい。
自信に満ち溢れていて、実に生き生きしている。
男に家事を任せて、自分は悠々と旅をするのだから、A51クラスターとは、余程、女性中心的なのだろう。
"彼女"は、A51の良いところを、色々と挙げて話してくれたが、僕自身の印象は最悪だったので、話は相槌だけで、言葉は全く頭に入らなかった。
A51に着いてからは、独身寮へ入り、学校へ通うとある。
せいぜい、女性の奴隷になるように訓練されるのだろう。全く、こんな時代に、なんたる酷い社会制度があるものか!
僕が"クラスター間移動体"から降り立つと、美しく整った町並みは、どことなく画一的に見えた。
暮らしたクラスターに建つ家々よりも、ずっと大きかったが、通りに見える人影は、少女から歳の食った女性まで見かけるが、男らしい人影は、若いカップルを見かける以外、特に見当たらなかった。
それにしても、人はまばらだ。この偏った感じは、やたらと広い往来から来るものだろうか?
物資なんてものが、人が行き交う道路で運ばれる事なんて滅多にないはずだ。何故、こんなに空間にゆとりを持たせたいのだろう?
その無闇に幅の広い道を進んでいくと、学校の規模に比べて小さめの寮と、聳え立つ校舎、大規模な格納庫が眼前に飛び込んでくる。
形はどれも前時代的な、角ばった、単調な、ひどく合理的なものであったが、それ故に"未来的"な光景である。
出迎えたのは、十六歳前後の男だった。
「"帽子"は、なかなか新しい人を選んでくれないから嬉しいよ。
特別な仕来りが多いから、戸惑う事も多いだろうけど、慣れてしまえば天国だよ」
リップサービスだろうな。怪訝な顔をしながら、学校の中を見学する。
講堂や、研究施設を巡る。なるほど、僕が希望する機械専門の学校のようだ。
設備は最新で綺麗で、贅沢。説明を受けるに、研究学園クラスターに引けを取らない、部分的には優れてさえいると言う。
入学者一人一人に割り当てられる、かなり大きなガレージをさえあるという。
「これが、今の彼女さ」
と、案内役の彼から、一機の戦闘機を見せられると、僕は言葉を失った。
「こういうの好きだろ?」
真っ赤な機体は、豊満さと実直なラインで固められていた。所謂デルタ機だからだろうか、機首はずっとすっきりして見える。
それから、ほぼ無意識に一歩二歩と、足を踏み入れると、
「おっと、それ以上は、彼女をモノにしてからだ」
と、肩を掴まれた。
言葉は穏やかであったが、僕を止めるその腕には、強か力が込められていた。今日一日で、一番印象に残る出来事だった。
それからは怒涛の日々である。
意欲があれば、能力を伸ばす努力を、学校は全力でサポートし、期待に応える限り、研究も製作も無制限に許されていた。
それ故に、望まれる内容はふんだんにあり、追いつこうとするのに必死となる。
この時代、知識だの技能だのと呼ばれる外部記憶は、一瞬にして脳裏に落とし込めるのだが、そこから独創へと繋げるには、充分な経験を得、感覚を研ぎ澄まさなければならないのだ。
一方で、僕が"奴隷科目"と馬鹿にする、一般教養や、家事、コミュニケーション能力に関わる、「息抜き」科目は、僕にとって、むしろ邪魔なもののように思えた。
独身寮に暮らす男子は少なく、"帽子"が男を選ばないのは、真実らしかった。そんなに、男を奴隷にしたかったのなら、もっと増やせばいいのだろうに、コンピューターの考える事は、全く、非人間的で、謎としか言いようがない。
生活には満足していたが、先輩たちは、よくパーティを催し、好き好んで、女性に選ばれに行く道を歩んでいる。
僕もしつこく誘われていたが、真っ平御免と、にべもなく断った。
現状でも、学業に必死なのに、浮かれ遊ぶ暇はないのだ――あんなに遊んでいるのであれば、僕が追い越すのも遠くないだろう。じたばたするのは、その時になってからでも遅くないはずだ。
「今日で、丁度一ヶ月だな……今度こそ、パーティーに来て貰わないと」
実験室で、一人作業をしていると、二十歳近い先輩が声を掛けてきた。
この人は、先鋭化された閃きのある優秀な学徒の一人であった。同じ学校で勉強する身としては、僕を導いてくれる先生ともなる一人だ。しかし、度々連れて歩く女性が変わるから、プライベートに関しては、全く信用出来ない男でもあった。
「女漁りのお手伝いは出来ませんよ」
僕が吐き捨てると、彼は「そうか、それじゃぁ仕方ない。せいぜい気をつけるといいさ」と脅しにも似た台詞を突き付けて、その場を去っていった。
女にでも振られたのだろう。その腹いせに、あんなみっともない発言をするなんて、実際大した人間じゃないな。
独りごちると、大がかりな加工機に向かって歩み出す。
「ああ、言い忘れてた、そこのテーパーは、もう五秒深く削った方がいい」
先輩は、わざわざ戻ってきて、そんな事を言うと、廊下から出した顔を、すぐに引っ込めて、鼻歌交じりに去って行く。
癪に感じたが、取り敢えず、設定を変えると、また要らない事を言われるのではないかと恐れ、廊下まで出て、見渡し、部品の試作に入った。
その日の研究は、それ以降、誰にも邪魔されず、そして、実に腹の立つことだが、先の先輩の言うとおりにした結果は、進捗状況を一日半進めたと言って良いほどドッピシャな条件であった。
そうして、スケジュールを確認していくと、明日以降に行う予定の実験をやるには、少しばかり無理があるように警告を受ける。
脆弱な人間は、過度に疲労を与えてはならないという、コンピューターの意思である。
「夕食を食べよう」
そう考えると、一緒に食事を食べてもいいと思う、級友、先輩リストが取り出されるが、どれもこれも取り込み中か、件のパーティだ。
仕方なく、一人で食堂に向かえば、今日は臨時休業。
機械がメシ作って、ロボットが給仕するような店で、休業とかどういう事かと腹を立ててみたが、一人で何やっても詮無いことである。
「久し振りに校外に出るか」
校外に足を踏み出し、無駄に広い道路に、僕一人だ。
逆光の光が、背負う校舎の威容を見せつけている。
その影の闇の中から、明るみに踏み出せば、長い長い影が足から先に伸びていく。
何故、こんなに身体が重いのだろう?
鉛の靴で、一歩一歩踏みしめていくと、背後二メートルあまりの距離で、僕の名前を呼ぶ少女の声が聞こえる。
振り返ると、銀髪の女の子が微笑む。その容姿を確認しようと、身体をむき直して、声を掛けようと思ったところで、彼女は、地べたにしゃがみ込み、僕を見つめると一言発した。
「男ってこういうのが好きなんでしょ?」
彼女は前のめりに手を突き、首の筋が切れたかのように、視線を地面に落とし、その表情は凍り付いたようになっていた。
半開きの口からは「あぁぁ」と苦しむような喜ぶ様な正体不明の声を響かせる。
刹那、背中が一直線に隆起する。
彼女の背後に控えていた、20フィートの自走アーカイブコンテナが、自動で開梱しながら、接近してくる。
先端のジョイントと思しき突起が、彼女の尾骨あたりから、差し込まれると、「ん~」と、感情不詳の雄叫びと共に、両腕はあり得ない角度で、首の後ろに折りたたまれ、両足はヨガのように膝が胸に、臑が側頭部に掛かるように真っ直ぐと折れ曲がる。
コンテナから伸びていく各部のパーツが、彼女を飲み込んでいっては、離れて再結合を繰り返す。
もはや、四肢が何処にあるのかさえも分からなくなったとき、僕の眼前に姿を現わしたのは、一機の戦闘機である。
透き通るような青色の機体は、機首からエンジンに掛けて、くびれを思わせるカーブを描いていた。
圧倒される存在感にたじろぐ。
「もう、フランちゃんずるい!」
逆側から、声が聞こえると思えば、別の少女が、変身を始めるところであった。
もう、僕の視線などお構いなしに、彼女は抱きついたコンテナからの突起に貫かれ、そのままスカートの乱れも気にせず、おしりを僕の目の前に向けた、コンテナに身を任せる。
背骨が折れるのではないかと思うぐらいにのけぞり、否、実際、それは、上半身を突き刺したそれが、身体を支えながら真っ二つに折りたたんでいた。
そんなときの彼女は、人形のような微笑みのまま、髪の毛が揺さぶれるがままにしている。
コンテナから次々に現れる構造物は、両手を両足を引きちぎらんばかりの形で、体躯を飲み込んでいく。
「君は――」「男って――」
「こういうのが好きなんでしょ?」
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