2015年3月17日火曜日

男ってこういうのが好きなんでしょ③

 状況が変わったのは、こちらに越してきて、一年経った頃だ。

 否、その少し前から兆候はあった。

 例のお店は、通うにつれ、やたらと親しげになり、常連客以上のもてなしを受ける事も珍しくなくなった。

 手前味噌だが、僕が優秀であったというのは、理由の一つだろうし、内気に見えたヒトミとも、徐々に打ち解けて、しばしば、雑談を交わす事もあったから、親から見て、良い友達に見えたのかもしれない。


 さて、そういう事もあって、僕が引き越してきて、ちょうど一年が経った頃、お店の夫妻から、お祝いがしたいと提案された。

 同輩に聞いても、「特段、一周年を祝う風習があるとは言えないが、パーティの口実にする事は多い」ぐらいの答えしか返ってこなかったので、訝しむ心がなかった訳ではない。

 しかし、他の常連客とも上手くやっているし、お蔭で、人脈も広がった事だから、申し出自体は、有難く受け取ることにした。


 祝いの席は、腕を振るった料理、代わる代わる掛けられる声は、素直に嬉しかった。周りの人たちと楽しく過ごす事が出来て、良い思い出になった――のは、その時までだった。

 ヒトミの母親が、手を叩いて注目を集めると、「実はうちの一人娘、ヒトミの事で、皆さんにご報告したい」と丁重に口を開くと、続いて、「先日、"帽子"から連絡が来て、ファイターの候補生として、来年から訓練に入る事になりました!」

 と、本来の明るい、砕けた物言いで、自分の家族の事を打ち明け始めた。


 しくじった!

 しかし、逃げようがない。

 誰も気づいていやしないが、母子の視線が注がれている。

 下手な答えは許されないし、実際問題、ヒトミか気にならないかと言えば嘘になる。今の関係を壊したくないが、さてどうしたものだろう。


 決定的な質問が僕に回ってくるかと戦々恐々としていたが、果たして、そのようなオチは付かなかった。ただ、それを知ってしまった以上、それ以前の気持ちでいられるはずがない。

 ほぼ毎晩出かけているお店に、この会を境に、突然行かないようにすると言う選択肢は、いくらなんでも選べないし、行けば行ったで、無言の圧力は高まるだろう。

 この件に関して、母親は前科持ちだ。娘が最短で一人前になるように努力するのは、想像に難くない。


 父親はどうだろう? 泳ぐ眼で、会場を追いかける。

 と、肩を叩かれた。

「ウチの嫁は、執念深いよ」





 教官の娘に目を付けられたという噂は、翌日には、クラスターに暮らす人々に知れ渡ってしまった。

 今までそこそこ仲良く付き合ってくれた候補生は、ずっと素っ気なくなってしまったし、同輩からは「頑張れよ」と茶化され、指導してくれるレベルの先輩(この学校に、専任の教官はおらず、学徒は同列である)は、「あの人に認められるって事は、なかなか名誉な事だよ」と祝福された。

 全てが既成事実として、押さえられつつある。




 神秘主義など持っていないのに、こんなのは全部嘘っぱちだと、自分に訴える自分がいる。

 何度も書くけれど、僕自身、彼女の事は好きではあるし、容姿も性格も申し分ないと思っている。

 あの夫妻だって大好きだ。あの人達と親子になれるなら、それはきっと幸せなんだ。

 それでも、全力で僕が踏みにじられている気がする。僕が何を欲しているのかを、あの人達は、承知で、それだからそれを与えたというのに。


 僕は運命という言葉が嫌いだ。未来とは、これから数式を書き込んでいく白紙のノートだ。それは未計算でしかない――答えが存在すると言う事を知るだけでは不十分なのだ。

 そうした予想は、自分自身を己の手で、未来の中へ投げ込む為に必要なことだ。

 人が他の生き物と違うとすれば、意図してそうする事が出来るかどうかに他ならない。

 そこで、牛や豚や鶏を可哀想だと思うのは、人類が人類の未来を慮った結果であり、ああした生き物に、本当の意味で権利を与えたという訳ではない。

 否、自分自身が、権利というものを、何者かに与えられるなどと思う所から、高慢が始まるのだ。

 権利は、空気の中から自由に取り出せるだろう。それは、海水から金を取り出すようなものだが。

 僕は僕の未来を自分の権利と責任に於いて、選び取らなくてはならない筈なのだ。


 だが、どうだろう?

 差し当たり、一年、彼女は普通の女の子だ。

 そう自分を誤魔化し続ければ、上手くやれるだろう。

 思い詰めた結果として、僕はそう言う妥協案を自分に承認させた。


 当然、そう言う場当たり的な対処は、一年後には行き詰まる事は分かっていた。そうは言っても、考えた所で、他人や世界が変わってくれる筈もない。自分が変わるか、時間が変えてくれるかを待つしかないのだ。

 そんな風にして、僕は、その後も、定食屋に通い詰め、ヒトミとの懇意も深めていった。


 ぎこちないデートも何回か重ねた。

 自分自身も彼女を好きになっていく感覚が分かる。

 この感情の動き、与えられる暖かみ――そうしたもの全てに、心地の良さを感じていたのは間違いない。

 しかし、それでも、僕の心の中の、嘘を吐いているのだと言う黒いものは、次第に大きくなっていく。


 彼女の想いは感じる。僕もそれに応えたい。彼女は細かなところに気付くし、一対一でいれば、存外よく話してくれる。

 話題も、他の候補生のようにメカに掛かりっきりであるのとは、雲泥の差だ。僕自身の趣味に合うかは別として、可愛らしく、耳触りが良い。

 だが、逃げ出したくなる。

 何故だろう? 地元からさっさと出ていきたかった気持ちと、近しい感情がそこにある。




 そんな時、僕は、前線に向かうチャンスを得た。

 かつて、人間が直接戦っていた時代、人生に思い悩んだあまり、軍隊に入ろうという連中の話は、たんまりあった。多分、僕も同じだ。

 尤も、そういう物語の主人公に感情移入したいという話ではない。

 人間は、きっと、どうしようもない所で、酷く類型的なのだろう。千年も二千年も前から続き、向う数千年も変わりそうもない。


 ファイターはコンピューターの作った無人戦闘機よりも、ずっと上手く戦える。

 今の仕組みになってから、戦死者は出ていないという。

 撃墜される数がそもそも少ないのもあるが、脳殻やその他重要な生体組織はすぐに放出され、他の仲間がすぐさま回収してくれるからだ。

 機械による整備はずっと高度に行われるが、それでも、人間の手による整備は必要となる。特に、彼女たちの精神的な休息のためにも必要なのだ。

 普通は、それを夫がやるのだが、彼らが老齢であるとか死別しても、ファイターは現役である事をやめない。そうなると、他の人間がそれを行うことになるのだ。

 学徒は、その整備と学園、家庭を適宜循環させながら生きていく人生である。

 入学一年半ほどの僕が、その権利を得られたのは、やはり、僕自身の成績のお蔭なのだが、あまり喜ぶべき理由はない。

 いつか、ヒトミを整備するのだという使命感――否、両親からの無意識の圧力を感じていたからだ。

 学園が、その所を汲み取ったのかどうかは知らないが、希望すれば行けると知って、この好機を逃がしてはいけないと悟った。


「僕はクールダウンが必要なんだ」

 自分には、そのように言い聞かせた。

「もっと自分の腕をあげなくちゃいけない」

 ヒトミとその家族には、そのように説明して。


 前線と言っても、僕が直接危険な目に合う事はないし、この派遣の性質は、研修みたいなものだから、任期は一年に満たなかった。

「帰った頃には、君もファイターだね」

 僕の言葉に、彼女は何処かしら、悲しげな眼で頬を緩ませた。





 前線と言っても、空の色と風の匂いが変わるぐらいで、見える風景はこれと言って変わらない。

 建物は、クラスターに根ざす文化によって、多様に変化していくが、ここでは、学園の光景と変わらぬ、システマティックで合理的な構造が優先される。ファイターが離着陸し、整備し、そして、いくらかの娯楽を与える程度の環境に特化されているのだ。

 そこで、僕は、再び自分自身の課題だけに打ち込む日に戻った。


 この基地で整備を行う相手は、熟練のファイターばかり。

 彼女たちと接している、濃厚な時間の中で、様々な言葉を頂く。厳しい意見もあれば、細かい指示もある。

 尤も、悪意を持たれることも、また僕自身がそれを抱くことはない関係だ。

 人類は、悪意を克服したと言われている。


 では、我々は、何と戦っているのだろうか?

「みんな考える事だよ。

 ファイターはなぜ戦うのか、コンピューターとは実態として何者なのか、我々は何処から来たのか……でも、答えは出ないよ」


 全てが上手く行っている。人類の歴史として、これほどまで自由に平等に豊かさを謳歌している時代はない。老衰と脳の物理的劣化を除いて、我々は病を克服している。

 物理的限界の先は、コンピューターの中に意識が溶けていくだけだ。

 望めば鬼籍に入った人物に、自由に話しかける事だって出来る。それがシミュレーションなのか、本物の人格なのかは、判断できないけれど。

 人間は表向き、死さえも克服したのだ。


 単純な労働は機械の仕事となり、合理的な食糧生産と人口計画は、重労働と貧困からも人類を解放した。

 コンピューターからは、"勧告"されるだけで、行動は自由である。

 人間は、自分が思い描くように自由でいられる。先取りされているきらいがあるにしても。


「私たちから見て、敵は抽象的な"点"でしかないんだよ。外の世界は、単純な数値の羅列でしかない。全部嘘なのかも知れない。でも、いつの時代でも、世界がインチキじゃなかった頃なんてなかったでしょ?」

 ファイターの一人は、そのようにこの問題を嚥下している。




 ここで、正義感に燃える主人公は、世界の闇に対して、敢然と戦いを挑むべきだろうか?

 みんな幸せに思っているけれど、本当は酷く不幸で、その目を覚まさなければならないのだろうか?

 では、真実に目覚めるとは、どういう事だろうか?

 真実に目覚めたなんてのは、自分自身の問題から目を背けるための方便ではないのか?


「仮に、コンピューターが私達の心を人質にしていたとして、それが他のあらゆる国家形態で行われた、国民と言う縛りや、社会だとかという檻と何が違うって言うの?」


「今見えている世界を超越した視点を得られたとしたら、きっと、その外側の仕組みが気になって仕方なくなると思うわ」


 妥協案だ。全て、決着を付けずに和解しているだけだ。


「若いよ。結婚がまだだからだね。

 英雄になりたいなら、一生若くなくちゃいけないし、その為には、世界との和解なんてあり得ない。でも、世界の緩衝能は、英雄の誕生を拒むよ。何より、惨めに死ぬか、じきに劣化してしまう。そんなのが幸せか?

 幸せなんていらないと言うなら、幸せ以外に何の価値観があるって考えているの?

 真実は真実を証明する何かがなくちゃいけないけど、それって実際、何なの?

 結婚生活と、社会生活は妥協の連続だよ。そして、それを経験するだけ人は老いてしまうの。悲しいことにね。

 研究者として若いままである事は結構だけど、世界は貴方の実験室じゃないのよ」


「私の夫は随分前に死んでしまったし、子供とも疎遠になってしまったわ。

 でも、私はこの世界が好きよ。

 だって私の大切な人が生きた世界だもの」


「帰ったら結婚するの?

 そうなの? 慎重でいるのも大切だけど、踏ん切りを付けないと。

 結論を先延ばしにしていても、時間ばかりは経っちゃうんだから。

 歳を取っても、頭は青いだなんて、最悪でしょ?

 嫌でも大人の役割に目覚めるんだから」


 ファイターは口々に好きな事を言う。


 彼女たちを見ていると、被弾や損傷があっても、それについておくびにも出さない。

 それでも、僕の青臭い疑問を受け止め、答えてくれる。


 僕は安全な所で何をやっているのだろう?

 ヒトミもいつか、この場所に来ることになる。

 人知れず傷つく時が来る。

 それを僕は支えられるだろうか? 否、支えなくてはならない。

 妥協を馬鹿にして、真実を追いかける振りをする事こそ、現実からの逃避ではないのか?

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