2015年3月18日水曜日

男ってこういうのが好きなんでしょ④(終)

 そうして僕は戻ってきた訳だが、前線から離れるとき、透明になった僕の視界は、"移動体"の中のわずかな時間で、にわかに濁り始めた。

 あの決意は何だったのだろうか? 何もかも納得して、心を丈夫にしたはずなのに。


 どんなに不安になったとしても、ヒトミはもう新しい体を手に入れているし、彼女と結婚するという事情に変化はない。

 しかし、心のどこかで、僕の後輩が現れ、母親譲りのすばしこさで、その男を掻っ攫ってしまっているのではないかと期待した。

 裏切られれば多分、酷いショックを受けるだろうが、そうすれば、今の自分の不安定さを説明出来る。加えて、そうした事情から、僕は誰彼との交際や結婚をずっと先まで延期できるのだ。

 我ながら卑怯なものの考え方だ。


 姑息である事は重要かもしれない。努力で片付けられない問題は、時間に任せるしかない――しかし、それがもし、己の怠惰だったとしたら、その問題は、時間を糧に肥え太り、忘れたころに襲ってくるのだろう。




 しかし、それほど己の都合のいいように事は進まない。

 人生の対決は、訪れる時に、逃げようもない形で訪れるのだ。


「お帰りなさい」

 彼女の声は、出発前よりいささか張りが出ている。。

 そして、未来を期待する輝きと紅潮が、彼女をずっと大人びた雰囲気を与える。美しかった。

 僕は、そうした変化に対して、何もものが言えなくなった。

 僕自身は、質的な変化を感じる事は全くなかったのに、彼女は事実、新しい体を得て、そして明確に自信を強めている。

 押し黙る僕に、母親が「見違えたね。私が若かったら、誘惑しちゃうかも」と、からかうと、盛大に噴き出した。

 見た目からすれば、普通に誘っても良さそうだが、夫のいる身で誘うほど倫理観に乏しいファイターはいるまい。


 前線で教えてもらった事曰く、夫と死別したファイターと、妻のいる既婚者との不倫は、なんとなく許されているらしい。

 ここに至っても、人間同士がいがみ合うという事は怒らず、愛人と妻との関係は良好さを保つという。

 これは、夫側にとって都合のよい事のように思われるが、男が未亡人を誘う事はルール違反だという。"交換手術"を受けた男は、あくまでも女性に従属的でなければならないのだ。


 コンピューターが弾き出した結論は、ファイターの素質は男系女子に遺伝する傾向にあるらしい。

 勿論、コンピューターは明確にそれを人類に教える事はないが、経験則からして、そのように我々を選んでいそうだという。

 他に、機械的な興味や戦いに関する興味など、A51に対する順応性も評価の対象だと考えられるが、遺伝子の何を見ているのか分からない以上、憶測でしかない。

 生殖機能の交換は、(殆ど死滅したと思われる言葉で申し訳ないが)"母体保護"の観点から行われる。一方、そのままでは近親相関が進むので、男子は順次入れ替わるように、自然の寿命に制限されなければならない。

 目的の為に大事なのは、ファイターと、その子を産む可能性のある遺伝子であるから、そちらを一纏めにしようという事情から、ファイターは結婚相手のペニスと精巣を手に入れる事になる。


「全く、嘆かわしい事じゃないか」

 前線で出会った、老練な学徒が豪快に笑ったのを思い出す。

 彼は、男性ホルモンのインジェクターを持っていて、閉経後は卵巣も取り払っていた。

「生物に雌雄の別が生じてから、男って奴は、遺伝子の運び屋でしかなかったんだ。

 だからこそ、人を遠くまで運ぶ機械ってのが好きなんだな!」


 コンピューターが決めた事だろうと、何だろうと構う事ではないか。

 特定の遺伝子を持って、男に生まれた事ばかりは、どうやったところで誰の所為にも出来ないし、自分が生まれるよりも前の過去はどうする事も出来ないのだから。




 僕が考え込んでしまうと、何を黙って居るのだと言わんばかり強引さで、ヒトミは僕の腕を掴んだ。

 かつてはなかった、全く遊びのない力強さを体感して始めて、彼女の身体は変わってしまったんだなと理解した。

「いやぁ、僕なんか、お父さんには敵いませんよ」

 そんな謙遜に対し、「前線のみんなからは、カンがよく利いて、いいセンスしてるって評判だったよ」と追撃する母親は、幼い顔して執拗に僕を追いかける。

「もう、お母さん!」

 姉妹ほどに見える母娘は、そんなやり取りをしながら、僕を中心に綱引きした。





 そうして、僕はヒトミと連れ立って、学校のガレージへと向かう。

 ガレージと言うよりも格納庫だが、何事もガレージから始まると言う故事から来ているらしい。

 彼女は、頬を赤らめながら、その中心に立つ。


「なんか、恥ずかしいな」

 そんな事もいいながら、その場で体操座りをすると、コンテナが、彼女の下半身をすくい上げ、飲み込むように合体していく。

 切ない顔で、天井の方を向く顔、下半身から腹部、胸部を機械が蠢き、肥大していく。

 一瞬動きを止めた瞬間、蝶が羽化するように外装が飛び出す。

 トランプの城が組み上がるように、戦闘機が形作られていく。そこに飲み込まれるヒトミの顔は、死者の色をしている。


 そうして姿を現わした戦闘機は、実にセクシーだった。

 大胆でメリハリのある機体構造は、大出力のエンジンと、多数のウェポンベイを隠している。しかし、それでいて無骨さを感じさせない。なだらかなシルエットと、要所要所の直線的なデザインにより、抑制的で風雅な印象を持たせた。


「美しい」

 無意識に感嘆の吐息を漏らしてしまう。

「やっぱり、男の人って、こういうのが好きなんだ」

 ヒトミが語りかけてくる。

「男だからね」

「そういうものなのかな?」

 僕は、それを、自然なやり取りだと勘違いして、そのまま、仕事の準備を始める。

 整備の為の工具や、作業をサポートするロボットや治具などを所定の位置に移動させる。

 閑かだった。それ以外の音は全くなかった。この広い部屋に二人だけなんだと、ここに来て、強く意識する。


「それじゃぁ、始めるね……気になるところとかある?」

 医者が問診から治療を始めるように、動きや音、その他、気になる所、よくしたい所を聞き取っていく。

 フラップにぎこちなさを感じるとか、機銃の照準が何処となく安定しないとか、そういう話から、重点箇所を絞り込む。

 最後に今日の作業方針を話し合い、そして、実際に取り掛かる。

「大丈夫?」

 僕は、彼女の言葉に緊張を感じ取り、気遣ってみる。

「大丈夫だけど、緊張する……お父さん以外の人に触られてないから」

 と言って、息をのんだ。

「触っていい?」

 と問いかけると、一拍置いて「いいよ」と返事をした。


 僕は、いつくしむように、外装を撫でてみる。

 訓練は始まっているから、その表面は、既に熱の壁と戦っている筈なのだ。

 傷や過度な焼けなどないか、静かに目視検査を始める。

 「ここは大丈夫?」とか「こっちは、あとで詳しく見よう」とか、なるべく黙らないように努力する。

 そうしていると、彼女は、少しずつ緊張の糸を緩めていった。


 訓練生から見て、(このクラスターの)男と言う連中は、やはり、メカを見ている時の方が、素直で、目を輝かせている。そして、優しく自分を取り扱ってくれるのだという。

 僕からしたら、それとこれは別腹だが、彼女たちにとって、人間である時も、戦闘機であるときも、どちらも等しくあるのだ。

「男は馬鹿だからね、目の前にあるものに夢中になっちゃうんだよ」

 と、答えを捻り出してみたが、しかし、実際、それは答えではなかった。

「それとも――目に見えていないものが怖いのかな」

 僕が彼女と歩く時、心を支配しているのは、真っ暗闇の中を歩く種類の恐怖だ。機械はその点、複雑でも目に見えるし理解できる、それに答えがあるのだ。

 きっとこの学園には、そういうタイプの男ばかりが集まっていて、女の子よりも戦闘機の方を優しく扱えるのだ。

「そう」

 彼女は、言葉を続けなかった。

「ごめん」

 反射的に答えてしまったが、僕もそれから話す事がなくなってしまった。


「でも、みんな、どっちの姿を好きって言ってもらえると嬉しいんだろう?」

 出し抜けにヒトミが話しかけた。

「やっぱり、女の子の方なのかな?」

 根拠もなく、僕は即答してしまった。

「自分でもよく分からない――どっちが本当なんだろう」

「どっちも本当じゃないかな」

 そう回答したところで、僕は、先の言葉との矛盾をどう解消したものかと考え込んでしまう。

「男って、やっぱり、機械を見ている時の方が単純だから。その時の言葉の方が本当なのかもしれない。だから、女の子の姿の時に、素直に褒めるなら、それは本物なのかもね」

 こう言い終わると、直後に、ガツンとやられる。

「あんまり褒めてもらってない」


 ここで、露骨に褒めそやしても嘘くさいので、僕は「ごめん」と軽く答えて作業に取りかかろうとする。

「今日はやめておこう?」

 彼女に背を向けた直後、唐突に――否、そう言う結論になると分かっていて無視していた――リセットしようと言い出した。

 どうしよう。ここで必至になって引き留めるのは、却って惨めだ。かと言って、言外の意を無視するのは、もっと悪いと分かっている。

「僕は、自信がなかったんだ」

 自分は、彼女を愛する権利があるのか信じられなかった。押し付けられたものだと言う意識もあっただろう。

 違う。あの日、始めて彼女を見た時に惹かれるものがあったのは間違いない。

 それからずっと、あの店に通い続けた理由の一つに、彼女があったのも、恐らく間違いない。

 父親は、そんな僕の事を最初から見抜いていたんだ。

 そんなものが、全く何の苦労もなしに手に入ってしまった事が恐ろしかった。何故、僕に与えたんだと。


「ごめんなさい、一人で盛り上がっちゃって」

「そんなつもりじゃないよ!」

 本当は、僕から声を掛けるべきだったのだ。

 僕は、こんな身近な事から逃れる為に、社会の事だの、人類の事だのを論じていた。それが一番みっともなかったんだ。

 違和感を感じながら、それが一向に解消されないのには、自分自身の中に問題があるときだ。しっかりと本質を見つめて、臆断してはならない。

 機械をいじり、科学をかじり、そうした中で何度も経験し、失敗し、乗り越えてきた事なのに、何故、今まで、そんな事に気付かなかったのだろう。

 そして、実際、そう言う事を気付かせてくれる人は沢山いた筈なのに、何故、僕はその存在を頼らなかったのだろう。


「それじゃぁ、告白してくれますか?」

 今の彼女には、はっきりした位置に目がある訳じゃない。しかし、今、この部屋で二人きりで、熱い視線が身を焼く。

「覚悟を決めなくちゃね」

 と、自嘲してみたが、その唇が震えている事に自分でも気付いている。

「始めて出逢った時から、ずっと気になっていたんだ。

 こんなになってまで気付かなくて、悪かったと思う。

 今、分かったよ。

 大好きだ。君がいれば、老いも死も怖くない。

 付き合ってください」

「はい、喜んで!」

 予定調和だった。しかし、それこそが人生の安堵だ。

 このだだっ広い部屋が、急に四畳半ぐらいの近さに感じられる。

「ありがとう!」

 立っていられない程、自分の臓腑を痛めつけ、それを立ち所に快復させた。ああ、蝶のサナギのような体内が、いま、漸く固まり、立ち上がることが出来る。


「あ、ちょっと待って。今の訂正です」

 心臓が、一拍分だけ止まった気がした。

「やっぱり、人間の姿の時にしてほしい。

 だって、その時じゃないと、抱きつけないし」

 戯けるような言葉を残すと、内部へアクセスするパネルを開いていく。

 そこには、恥ずかしげもなく裸体を曝すような笑顔を感じた。

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