大災厄後の地殻変動が一段落した後の事、この国の一般人は全て帝都へと集められた。
そんな事情で、重要軍事施設である大和田通信所が再建されたのは、廃屋が点々と残る草原のど真ん中である。
ここはありとあらゆる無線通信を傍受し、延々と記録し続ける諜報の最前線。
のどかな光景の中に、アンテナが林立し、フェンスと巡回兵が歩いているのは、むしろ超現実的に馴染んでいる。
合田少将が使わせてくれるのだから、有効に使おう――彼が当初、何を求めて我々をここに引き入れたのか、それは提督の行方不明によって有耶無耶になってしまった。
そうした所で、この大きなアンテナを使ってしても、彼の足取りは杳として知れなかったのだが。
幸いなことに、我が国の新秩序への挑戦は、今の所足踏み状態である。
海外の様々な施設が警戒対象となり、商人達は多少不利な条件を飲まされ、手も足も出なくなっているのだ。
尤も、それは各軍閥や勢力が足並みを揃えたわけではなく、漁夫の利を恐れたからに他ならない。
さて、こんな時にキーとなるのは、ソビエト連邦であった。
大災厄による、日本海の大陸側への浸入は激しく、日本との連絡は遅れ気味であったが、マンパワーで鉄道を敷き、遠からず日本との主要な貿易相手になるのは目に見えていた。
日本側の準備はまだ整っていなかったし、それ以前に国力の差がありすぎるので、陸軍はソ連に関しては慎重であったのが幸いした。
まだ具体的な攻勢には入っていないが、何か口実さえ見つかれば、極東を再編する力を彼らは持っているだろう。
勿論、ドイツを始め、中央アジア付近から東の端に抜けるまで、険呑な連中が点在している以上、そんな派手な事もするとは思えないが。
"彼"が逃亡したとして、一番合理的な出口がソ連であった。
この合理性では説明の付かない世の中を、そのような見方で判断するのは間違っているのかも知れない。しかし、情報がないのだ。
「響、今度のはどう?」
理由は分からない――むしろ話してくれないが、彼女はどういう訳か、ロシア語に堪能だ。
「陸軍で軍需品の横流しがあるみたい。多分、それだけ」
涼やかな眼差しで、そのように告げると、再び無線に耳を傾けた。
「やっぱり、シベリアに落ち延びたってのは無理があるんだよ。義経=ハーン説みたいなものでさー」
私が砕けた口調で、不満を述べると、現場の責任者が、怪訝な表情と舌打ちをする。
幾ら海軍相手とは言え、三階級も下の男に舌打ちされるのは、正直気分のいいことじゃない。
とは言え、今の立場は、今の立場だ。グッと我慢する。
「あー、もう、全く!」
無理でした。
鎮守府まで堪えていたのは、もっと褒められるべきだと思っているが、参謀はそんな私を冷笑するばかりだ。
「合田の奴は、多分、何もなくてもソ連の情報を探りたかったんじゃないかね。
アメリカの方は、ずっといい加減な案配だし、先を見るなら、ソ連だろ?」
そんな事は、陸軍が目を付ける前から分かっていた。問題は、何故、それを私にやらせる必要があるかと言う事だ。
今の所、その動機に迫れるような情報は取れていない。暗号文は、次々に解読されているが、どれも小粒だ。
我々の調査力不足と言う可能性もあるが、提督がソ連やその西へ逃げていったなら、西側諸国がざわめくのは必至だ。
こんな風に、我々が、手を動かせないでいると、世界は世界で勝手に動いていく。
グエンがオーストラリアと手を結んだ――但し、オーストラリア側の航路を守らせるほど、グエンは艦娘を使えている訳ではない。それでも、オーストラリアは資源の販路を広げられるし、グエンは陸軍力を得られる。
当然の結論とは言え、我は、忸怩たる思いに苛まれる。
我々の存在は一体何なのかと。
奴は、かねがね艦娘の正体に関して色々と思索を巡らしていたし、幾らか議論したこともある。しかし、それよりも大切なのは、自分自身が何者であるかと言う事だ。
究極の目的として、人類がかつてのように、自由に海を行き交いできるようになればよいのだ。その解決に至る途上、艦娘が神仏の類であると言われたり、深海棲艦が世界からの警告なのだと分かったところで、また、何も分からなかったところで、我々がそれを諦めることはない。
熟練の粉挽き職人が、ある日、思索の沼に填まり込んで、風車や水車小屋の前で、水行末雲来末風来末を心配したところで、それは何の役にも立たない。
確かに、気象学者や河川土木技術者にでもなるのなら、それは重大事かも知れない。しかし、それは粉挽き職人の仕事ではない。
我々の仕事は、この世界の、有象無象の障害をすり潰し、国家、ひいては民衆に、その恵みを分け与える事だ。
グエンによって、東南アジアの島々や半島は粗方治まっていたし、オーストラリアは、南半分の世界を支配していた。
これで、オーストラリアは、インドへの回廊を得た事になるし、グエンは中華圏への正面に集中できる事となった。
この行動に対して、中国人――と一括りには言えないが、彼らは何らかのアクションをとらざるを得ないだろう。
我が国に出来る事は、それを注意深く見つめるだけだ。
幸いなことに、八木とのチャンネルは開いたままなのだから。
この青い海から、提督が消えてからと言うもの、すっかり忙しくなった。
連中には散々疑われたが、筆談とは言え、艦娘に指示を出せる俺を、グエンやオージーが手放すはずがなかった。
また、その能力を使って、俺が様々な情報を本国に連絡しているだろう事は、既にお見通しなのだろう。余計なことは知らされず、己の仕事に専念する日々。
俺は、人間同士の愚かな暗闘には興味はないのだ。
艦娘が強くなれば、人類は目の前の闇を振り払える。
かつての人類は、たいまつのか細い光でこの闇を照らしてきた。
光源を増やし、強くし、この洞窟を歩んでいく。
英知は光、光は英知だ。
無知蒙昧の世界から、我々は更に前進しなければならない。
こんな雁字搦めの鎮守府の中で、艦娘とちはやが遊んでいる姿を見るのは、実に心の保養となる。
特に叢雲への懐き方は微笑ましい。
叢雲の方は、我々の目の前では強がって見せているが、それでも"耳のアレ"が機敏に反応しているので、全てが明らかである。
このように、艦娘と私達の宿舎の中に限れば、そこは平和で、楽しげで、暖かみのある世界だ。
国民だなんだと言いつつ、正直なところは、この中身だけそっくりそのまま保存できれば、我が国などなくても良い――そして、世界のおおよそ全ての平和な人々の家々の中では、皆等しい願いをしているに違いないのだ。
ああ、この救いようのない厚かましさ! キリスト教徒なら何度でも懺悔室に通うだろう、仏教となら何時間と座禅を組むだろう、イスラム教徒ならいくら喜捨しても構わない。
しかしだ、こうして自分の罪深さを自覚したところで、何もしなければ、生き方を改めなければ、救いは得られまい。
ここで、自分は、それを参謀や、ちやは、そして、この姦しい艦娘達を言い訳にして、何も変わらぬ日々を送る。
ここに来て、何故、こうも、あの男の事ばかり思い浮かぶのだろうか。
軍人は詰まるところ、巨大な機関の歯車に他ならない。
個人の趣味など、その機関に影響が出ない限り自由だが、影響が出ない以上、その嗜好に何の価値もないのだ。
あの男は、それがたまらなく苦しかったに違いない。
軍人である限り、歴史を作るチャンスはいくらでもあっただろうに。
「お前、あいつの事ばかり考えているな」
参謀にはお見通しだが、私がこんな風になるずっと前から、参謀は私のような状態にあるのだから、これでお相子だ。
「我々のプランはどうするんです? もう、ずっと流されっぱなしですよ」
噛みついたところで、何の意味もないのは、お互いに分かっている。こうやって、香辛料を口の中に突っ込んで、失った味覚の代替を探っているのだ。
「犬じゃあるまいし、そう、せっつくな」
そこから、一旦、息を吐いたところで続ける。
「ソ連の南下が近いのは、お前さんも知ってるはずだ。今の所、考えられるルートは、中央アジアだ。
我が国も、第一師団の特務第一大隊が"義勇兵"として派遣されるそうだ。
まだ人口に余裕があるという訳でもないのに、随分と勇ましいことだ」
ヒマラヤ山脈は、今の時代とて世界の屋根である。むしろ、峻険な地域は広がりと厳しさを増した。一方、地中海は最奥から、黒海、カスピ海は広がり、そして繋がっている。
今は所々、狭い海峡となっているポイントがあるお陰で、ヨーロッパからアジア、アフリカへの連絡路を見つける事が出来る――その争奪戦とその趨勢が、今の欧州各国の情勢のキモなのだが、ソ連はその更に東の、このヒマラヤを越えようというのである。
この危険な地形を選ぶ理由は色々ある。
第一に、ヒマラヤはほぼ回避できないからだ。東側にずんずんと歩めば、中華圏と衝突することになり、分裂中とは言え、今でも屈指の人口を抱える地域を敵に回すのは賢いやり方ではない。
また、より高くなった山脈は、大陸中央部を更なる乾燥に導き、高山病と熱中症とで、行軍は不可能である。
山脈が海岸まで迫っているから、踏破は難しいが、海岸沿いを進む分には、リアス式海岸が守ってくれる。
「この作戦は、長期の消耗戦になるに違いない。尤も、人口が人口だけに、先の大戦ほどではないがな」
そこに私が口を挟む。
「山岳民族がぽつぽつといるにしても、孤立しているんだから、各個撃破は可能なのでは?」
そんな山がちな地形なら、対舟艇用の火器だってたかが知れている。手こずれば、そこを無視する事だって出来そうなものだ。
「その為の我々だよ。
躓くなら犠牲も少ない。早ければそれに越したことはない。
ソビエトにしても、我が国にしても消耗してしまったと他に知られれば、どういう作用が起こるか知れぬからな」
こうして、"提督"も艦娘も不在のまま――勿論、無線の傍受と攪乱には大いに役に立った貰うつもりだが――我々の戦いが始まる。
鎮守府と通信所に隔離されて、玉将だけ残された大局将棋を挿すようなものだ。
そう形容したら、「せめて獅子と行こうじゃないか」と励まされた。
彼らより二倍動こうではないか。
さて、ここで現地の人間を懐柔するのは至難の業である。
脅威が迫っているなどと喚いたところで、誰が聞き入れてくれるだろう。
ここでは、商人の振りをして――事実半分は商人なのだが――彼等との交流を図る所から始める。
これは、ソビエトがいつ攻勢に出ても、彼らに必要な武器を用立ててやると言う名目で支援も出来るし、投資がフイになるのは嫌だと"本音"を語れば、彼らに有利な支援をしても、何も疑われる事もない。
勿論、地縁のネットワークがあるに違いないので、それに敵対することなく、そこへと潜り込む技術に関して、我々は強みを持っていると確信している。
武器密輸は難しいと思われるだろう。計画経済のしわ寄せが、官僚機構の腐敗をもたらしているこの国なら可能だ。それどころか賄賂さえ弾めば、我が国で調達せずとも、ソビエトの武器を横流しすることは容易なのだ。
他の国だって、役人に能力以上の仕事を任せ、それに見合わない程の低賃金しか与えなければ、生きていく為に、汚職に手を染めるのは無理のない話である。
考えてみれば分かる。船大工に金を出し惜しみすれば、どんな船を作るか知れたことではない。
勿論、船大工がそんなにモラルの低い職業とは思わない。しかし、それは皆、相場以下の賃金を支払うことがないからである。
ソビエトで簡単に金で動く役人を見つける事も、輸出品の横流しのルートも、陸軍が開拓してくれた――そう、その情報を掴むための通信所も陸軍のものだ――仕事は実にスムーズに進んだ。
だが、世の中、上手く行っている時というのは、罠に填まっているか、然もなくば、間違いを犯しているのを、敵が邪魔していないかのどちらかだと相場は決まっている。
我々が努力している裏で――まさに大陸の反対側で、行動を起こしている者共がいた。
張政道と言う男だ。
この男、今でこそ三十前後の青年に見えるが、大災厄の時点で齢九十を超える大長老であった。
四十年近く前までは、大地主であり、政治家であったが、倅に家督を譲り、自分は暢気に隠居暮らしをしていた。
仙人のような暮らしに終止符を打ったのは、後継者争いが紛糾したからだ。
大災厄の時期の疫病は、血縁関係をずたずたにしたので、山師のような連中も"家族"に紛れ込んでいて、実際、家系そのものの危機ですらあった。
また、己の暮らしていた地域の情勢も決して気を許せるものではなかったので、請われて政治の世界にも復帰したようだ。
そうして、この男は、百十歳は下らない年長の熟慮、経験と、若者のバイタリティで、近くの問題から問題を収めていった。
その政治力が、遂に外へ向かい始めたのだ。
この男は、その当時から穏健派で、諍い事を好むタイプではなかったから、まさかと思われる部分も少なからずった。。
大体、隠居から復帰してから、家族や地域の問題を解決に導いた手法は、度々強引であったから、この時点でマークしていれば良かったのかも知れない。
勿論、私としては、気に掛けていた出来事ではあったが、クーデターからこっち、人的リソースに余裕がなかったのだ。
何よりも悔しかったのは、あからさまに何者かの支援の影があった事だ。
それは陸軍でもロシア人でもない。当然、オーストラリアも東南アジアでもない。
何故なら、中華圏が戦国時代さながらに分裂していた方が、パラーバランス的に好ましいからである。
だから、この動きは、周囲の人間にとって、決して愉快な事ではなかったのだ。
こうなってくると、ソ連も"我が帝国陸軍"も黙ってはいられないのだが――張の立ち回りは、更に上手を行った。
支援を受けているとは言え、そんな人材が今までくすぶっていたと言うのも、いささか違和感を感じないではないが、動きが余りにも正確で素早いのだ。単なる熟練と言うだけでは説明できないほどスマートに……
間違いなく、敵情を知り、工作に長けた連中の仕業だ。
ソビエトと対立している、フランスやドイツだろうか? 私の知りうる限りの情報では、そんな西洋人がいたという話は聞かない。(勿論、中国系のフランス人やドイツ人がいないとは限らないが)
張による、中国の再統一は、着実に進んでいる。
表面的には、そう見えなくても、上手い具合に話をまとめて、平定していくのだ。
その手法は、やはり、グエンよりも洗練されていて、禍根を残さない。
原因は、殆ど、その地域の氏族長の権限を奪わない形での緩やかな連合であったからだ。
無論、それだけで統一できるかという話なのだが、今までが野心家による簒奪とか、民主主義だ共産主義だのと言う頭の上から飛び越えてくる連中ばかりだったのと比して、温和で好印象だったと言うのはあるだろう。
そう、中国人自身も、現状をよしとしていなかったのだ。
彼らが持つ"情報の正確さ"に関しては心当たりがある……
「合田少将!」
と、威勢良く詰め寄ってみたが、あの輝く瞳には勝てず、戦意は瞬く間に喪失した。
「とぼけていても仕方ありませんからね」
頽れた私に、彼は優しい言葉を掛け――頭の中では、こんな策謀家に瞞されてはならないと言う意識は先行しているが、耳は素直に傾いていく。
合田は、国に内緒でこの作戦を実行していたらしい。
「目的は同じなのですから、結構じゃありませんか?」
の言葉通り、確かに、中国での再統一の動きは、ソ連による南進を思いとどまらせた。
ただ、彼がそんな程度の動機で、こんなに手の込んだ、そしてこんなに危険の多い作戦を実行したとは到底思えない。
いやしくも我々は、帝国軍人である、長期的には兎も角、短期的には国の損にしかならない行動を取る事自体がおかしな事だ。
我々は、まだ独立愚連隊という顔もしていられるが、彼は第一線で戦う情報将校だ。合理的な理由が見えてこない。
「練度の高い部隊をみすみす消耗させたくはありませんからね。
それに、華僑のネットワークに貸しを作るのは、存外悪くない投資です」
見え透いた理由が、私には異常に見える。考えすぎではないはずだ。
しかし、訝しむ表情を見せる間もなく、話はそれきりとなり、彼はいつものように、笑い声を私の耳に残して消えた。
「ここはポジティブに考えよう。
お陰で、中央アジアに連絡路を作ることが出来たんだしな」
大井参謀に励まされては癪に障るが、しかし、これは新しいシベリア鉄道の急所を突く位置に、自分の息の掛かった人間を配置するのも同然なのだ。
ソ連による行軍は成されなかったが、それは状況を悪化させなかったに過ぎないのだから。
そして、我々の大陸への入れ込みの結果、"提督"の不在は信じられるほどとなった。
不在どころか、移動した形跡も見つからない。
大陸を南から横断したならば、グエンやオーストラリア、インドのイギリス人に見つからずに済むとは考えられない。
加えて、密かに拘束するにしては、東南アジアを中心とした艦娘の動きがないというのもおかしな事だ。
一方、ソビエト経由に関しては、シベリア鉄道の修復は、最近の出来事だから、彼は所々で様々な乗り物に乗り換えなければならない。これをKGBが不審に思わないはずがない。
残るは、死亡したのか、それとも一番考えにくいが、アメリカへ渡ったかだ。
しかし、どうやって? 太平洋への冒険旅行は、散々たこ殴りにされたのだから、あり得ない。決死のベーリング海峡横断だろうか?
アメリカの情報は、相変わらず不足している。
中国の動きをを牽制しつつも、それ自体がまたパワーゲームに飲み込まれるアジアの動きは、ヨーロッパにとっては、もはや無視できないものとなってきている。
アジアとの接続は、ドイツとソ連ばかりが握っているけれど、イギリス人やフランス人だって無脳ではない。しっかりと浸透して、諜報の命脈は手放していない。
そんな彼らとて、アメリカとやりとりしている様子がないことから、他国での艦娘の登場はまだなのだろう。それとも、充分な量を確保できていないのか。いずれにせよ、その点だけは、我々の優位なのは確かだ。
「名実ともにいいぜ! ミスター・ミステリー」
隣で喜んでいる少女。見た目は十五、六と言った彼女は、勝ち気なアメリカ南部の女性という感じで、非常に扱いにくい――そして、僕の今のスポンサーなのだ。
明石と大井参謀と同じ類の人間である。つまり、僕よりも年上だ。それどころか、艦娘と言葉を交わすことも可能だと言うから、なかなか気が抜けない。
彼女は、アメリカの実業家アントニア・ヒューズその人であった。大災厄前の時点で、世界の半分の富を握っていると言われ、今に至ってもその勢力は衰えていない。
分裂後のアメリカの中で、公然と跳梁する企業体の一つである。
現在のアメリカは、分裂や併合の結果としての大体四つの国家にまとまっているが、これは表面的な、俗世的な支配構造である。深層では、三つの企業体の殴り合いをしており、ヒューズはその中でも、最強であり最狂である。
我々はその力を借り、密かにかつ迅速にドッグを完成させ、誰にも見つからないように、艦娘を運用している。
八木が見たら、さそ悔しがるだろう。
尤も、正規空母や、戦艦と言う、燃費が尋常じゃない艦娘ばかりが多数揃っている現状で、日本や南洋の基地では、確実に持てあます戦力だ。
ここで現在のアメリカについて軽く説明しよう。
南北アメリカ大陸もご多分に漏れず、随分形を変えてしまったが、人間の棲み分けは、大体変わっていないようだ。
北米に関しては、かつての南部を中心とした、保守主義のアメリカ帝国、中西部で中道のアメリカ合衆国、西部と東部のリベラルが強い地域がアメリカ連邦が支配している。カナダ方面は、実は細分化してあちらこちらで、何処の国にくっつくかでばらばらな挙動を見せているが、概ね合衆国か連邦のどちらかに付いている。
また、南米をサンパウロを本拠地として、南アメリカ共和国と言うのが北米の連中と戦っている。
ケベックは体よく島国になったので、この競争を静観しているようだし、ベーリング海峡の向かい側であるアラスカは、環境が一段と厳しくなったため、ほぼ真空地帯である――資源も乏しいから仕方ないのだが、ユーラシアへ連絡できそうな唯一のルートであるため、各国がにらみ合っている状態である。
南北アメリカ大陸は、もはや陸続きではないが、多島海となっているので、事実上陸路で繋がるルートが幾つか開拓されている。
この連絡を保っているのは、帝国と連邦であるが、条約により、民間人や医薬品等の移動は共和国や合衆国にも認められている。
領土紛争は、南米を中心に起こっているが、それでもお互いの貿易自体は途絶えていないため、アメリカ大陸の内部だけで経済は回っている。
この状態を作り出しているのは、勿論、ヒューズを含めた企業体の働きである。
話を元に戻そう。
このヒューズ女史が喜んでいるのは、彼女の目の前で、深海棲艦を叩いたからだ。
物見遊山が戦場とは、余程甘く見ているのだろう――他の軍人に見せたら、そんな苦言が口々に出てくるだろうが、彼女自身は、そう言うスリルに身を投じる事で、クソの様な謀略の恐怖を紛らわせているのだという。
「どうせ死ぬだけじゃない」
とは、彼女の口癖だ。
僕が、彼女と出会ったのも、そう言う"死亡遊戯"の最中だった。
彼女の設計した戦闘機を、彼女自身が操縦し、深海棲艦を目にしては逃げるという、狂気じみた行動を、我々は目の当たりにしたのだ。
翔鶴に着艦させた時の第一声が「貴方も相当馬鹿ね!」だったから、死ぬ覚悟はいつでも出来ていたのだろう。
アメリカに於いても、深海棲艦と正面から戦って、生き残れた船はないのだから。
それから、我々の46サンチ徹甲弾によって、深海棲艦を艦首から粉砕するのを見せつけると、目を輝かせたのを憶えている。
即座に、"寝返り"を打診して、今に至る。
「今になっても思うけど、本当に貴方って馬鹿正直なのね。
いくらでもふっかけてこれば良かったのに」
あの時は、そこまで頭が回らなかった。否、そもそも、海戦を除けば、修行僧のような生活を続けていたから、彼女の提案する、物質的な支援に、何ら魅力を感じなかったのだ。
それよりも、僕が気に入ったのは、艦娘の整備と補給に、幾らでも資源を投入するつもりだと言った事だったのだ。
今回の作戦は、敵正規空母が四、前衛に戦艦が二、重巡二、軽巡以下計二十隻あまりの艦隊と対峙する事となった。
我々は、ビスマルク他、計六隻を前衛に、翔鶴瑞鶴を以て敵艦隊と対峙。
側面を、蒼龍飛龍及び大和武蔵、他重巡、軽巡で脅す。
あとは力押しして、逃亡する退路を、伊401を初めとした潜水艦たちで塞ぐ。
こんな、コストの掛かった戦いなど、かつての自分では出来なかっただろう。
こんな事が出来たのは、スポンサーのお陰だが、彼女からすれば、深海棲艦を殺す事や、艦娘という存在を傷つけずに済む事は、何よりも優先する事であるようだ――スリルへの要求と言いながら、細かい事を考えている素振りはある。
だが、僕としては、アメリカへ来た目的の一つ目が達成されたから、それが何であろうと、今の所、知ったことはないのだ。
彼女は、アメリカの分裂状態を憂慮していない。何故なら、不安定な政治環境は、そちらへの陶酔をより強化してくれるからだ。
彼女は、自身でも認める狂人である。
戦争のストレスと、政治闘争のストレス、商売敵とのストレス――異なる種類のストレスをごちゃ混ぜにする事で、全部帳消しにしてしまおうと言うのは、僕から見ていても危なっかしい。
艦娘としては、それでいいと満足しているのかも知れないが。
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