2015年9月26日土曜日

艦これ~沈んだ世界から 第十九話

 良いニュースと悪いニュースがある。

 この言い回しは、同じ事件の陰陽を強調する時に使われるものだが、今回は、どちらも無関係な、良いニュースと悪いニュースである。


 前者は、提督が死んだとは、とても考えにくいと言う証拠が見つかったことだ。

 エスキモーがもたらした新聞に、暗号文を乗せた広告が紛れていた。

 この手の通信方法では、流石に乱数のように見える文字列を載せる訳にもいかないし、かと言って文章の中に隠すにしては、情報が少なくなりすぎる。

 そこで、我々は、レースのような模様を文字として、その組み合わせで文様を作り出すという手に出た。

 勿論、エスキモーがどの日付の新聞を届けてくれるか分からないから、毎日掲載された。

 この暗号は、我々と合田少将しか知らない。ソースとして信頼がおけるだろう。彼自身を信頼するとすればだが。


 提督には艦娘とコミュニケーションが取れる人間だという事で、特殊交信徽章と言うものを用意しているのだが、発見された焼死体は、軍服こそ本物だが徽章が偽造品だと分かったという。

 わざわざ、死体を偽装しているのだから、誰かしか協力者がいたことになる。

 また、艦娘が嘘を吐かなかったとすれば、彼はまだ国内にいる事になる。




 さて、もう一つ、悪いニュースだが、これは予想された通り、米帝は深海棲艦に核兵器を使用した。

 爆撃機による決死の攻撃だったようだ。

 攻撃は、敵が海岸まで20kmに迫ったところで行われた。

 その時、多くの市民が、閃光を見、爆轟を耳にし、衝撃波を感じた――発表はされないが、無視できない量の放射性降下物をも浴びた事は間違いない。

 敵艦隊は、重巡1、軽巡3、駆逐8だったという。深海棲艦が挫けるという事を知っているといいのだが……





 東南アジア、東アジアのヒトとモノの往来は制限されるようになってきた。

 少ないリソースを主要な分野に絞ると、小さな島々は孤立を余儀なくされる。多くは自給自足など出来ないし、出来てもその選択しなかった。

 この人々は島を脱出して、難民となった。


 人間は、孤独に弱いものだ。それは、文化圏としても似たようなもので、常に外部と接触し、交流しようという動きが存在する。

 日本も鎖国だなんだと言っても、外に出ていく人間はしょっちゅういたし、公式非公式問わず、僅かな窓口は存在していた。

 大災厄は、その孤立を人間に強いた。そして、今、更なる強い引締めで、人類は孤立する事になる。

 特に、日本は、東南アジアから差し向けた船を利用しなければ、外の情報を得るのも一苦労する次第だ。


 インド経由で伝えられる事によると、中近東でも深海棲艦が猛威を奮っているらしい。

 欧州は、アフリカの資源を頼りに出来なくなった。

 結果として、中国、ソ連を経由した陸路での交易が活性化する事になった。

 東南アジア、オーストラリアは、手元の資源の販路が増えた上、競争相手が減ったおかげで、商売自体はやりやすくなった。

 しかし、内部で発生した難民やら、多忙な政府の間隙を突いた軍閥の跋扈は、内政を著しく困難にした。

 オーストラリアとしては、安い労働力を、難民保護と言う名目で使えるようになったのだが、私にはそれがいい事のようには思えないのだけど。


 中国は順調らしい。尤も、何らかの力による強い結束ではなく、外交術によって繋がっている仲なので、不透明である事は否めない。





「あ~。世界平和とか言ってるのが恥ずかしくなるぐらいじゃない!」

 見た目では最年長の私が苛立っているのを、二人の少女は冷たい視線で眺めている。

「恥ずかしいだろうな」

「軍人さんにそんなこと言われちゃってもねぇ」

 米帝は首都機能を内陸に移しつつも、大都市の空港には爆撃機と核弾頭が配備される計画が発動された。

 これは、当然、連邦と近接する都市への配備も含まれる。

 そうなってくると、連邦とて、何らかの対応が必要となってくる――そう、核武装だ。

「米帝だって、プルトニウムの確保は大変でしょう? まだ急ぐ必要はないわよ。私達も準備しなくちゃならないけど」

 頭の中を無限に広がるお花畑にするのなら、他の一切合切を無視した上で、核武装の愚かさを延々と訴えられるだろう。

 核武装が、全く面倒な事であるのは、ヒューズ女史も先刻承知ではあるのだが、政治状況がそれを許さない。

 にわかに核兵器の時代に入ってしまい、それに対する戦略も戦術も、何一つ用意されていない。その中で、我々は、あらゆる可能性を考慮しなくてはならなくなった。

「はっきりしているのは、合衆国に取り付けた協調路線を維持するためには、戦力の均衡を保たなければならない。綺麗事を叩くにしても、勝者でありつづけなくてはならない。

 気に入らないが、背に腹はかえられない。儂はトニを支持する」

 いつの間に、参謀はヒューズ女史をトニと気安く呼べる関係になったのかと、微かな苛立ちを憶えたが、そこまでの仲ならば、私が何を言うのも無駄だろう。

「艦娘にはどう説明します?」

 なけなしの反論に対して、彼女らは「そんなのお前さんの仕事に決まってるだろう」と復讐をしてきたのだ。


 気が重たい。

 ここで勘違いしてはならないのは、彼女たちは彼女たちなりに仕事があると言う事。それに、本格的な大戦略は、私も参謀も出席しない会議で決定されると言う事である。

 方針としては、

①深海棲艦への対処は、今まで通り艦娘にお願いする。

 これは、連邦のみならず、合衆国の幾つかの都市に関しても同様に行われる。

②核実験への行動を開始する。

 物理学者の会議が行われた場所には、ささやかな実験炉があるわけだが、それとは別に、既に転換炉を運転しているらしい。だから、実験に使うプルトニウム確保の見通しは明るい。

 理論だけで言えば、米帝と同じ実験をする程度の事は余裕だという。

③核兵器工場の拡充を行う。

 抑止力として利用するならば、いつでも頭数を揃えないといけない。

 核兵器は、実のところナマモノであるから、絶対に譲れない。


 以上を行うために、"女帝"は様々な報告を受けなければならない。

 同時に、核戦争が起こった場合の戦術を検討しなければならなくなった。

 全く新しい兵器であるから、そのドクトリンを一気に改編するのだ。

 しかも、それに対する知見は、現状、世界の誰一人持ち合わせていない。

 軍人に限らず、物理学、放射線医学、政治学、経済学、地学、気象学、様々な専門家が集められる。

 核兵器が世界に如何なる影響を与えるか、考え得る可能性は全て考慮するのが仕事である。

 当然、情報戦も活発化するだろう。


 気が重たい。

 大切な事なので二度言う。

 艦娘に何と説明すればいいのだろう?

 参謀が言うように、「何で貴様は、勝手に彼女たちが核兵器を嫌うと決めつけているのだ?」と言う単純な問いに答えられない以上、気を病む必要などないのだ。

 しかし、嫌な予感しかしない。それは、女の勘というよりも、士官としての勘だ。

 人間、誰かに対して、消極的に真実を告げるにしても、積極的に蔑むにしても、何を嫌がるかを察知する能力が必要だ。


「と、言う訳で、大和さんと武蔵さんに相談なんだけどさ」

 フランクな出だしを演出してみたが、私の内心は穿たれていたようだ。二人の表情は硬い。

 私が彼女たちを選んだのは、艦娘の中で影響力があったし、こんな話題に騒ぎ立てる事はないだろうと判断したからだ。

 あとは、鳳翔さん辺りに声を掛けてもよかったが、いきなり何人もに声を掛けて、それで失敗したら元も子もない。それに、彼女は今、任務中だ。


「率直にお答えしますと、気分良く受け容れる艦娘はあまりいないと思います」

 勿論、これも、なんとなくぐらいのイメージだと言う。

 艦娘の"人種"も随分増えてきたので、日本的な名前の船以外は、どう答えるか分からないらしいが、未だに艦娘のシェアは、日本からやって来た船の方が多いのだ。

 今や、ドイツやイタリア、或いはアメリカ的な名前の船も増えてきた。艦娘によっては、苦手意識を持つ者もいる。それでも概ね良好な関係でやって来ているのだ。

 そこで、政治的な問題を持ち出せば、その関係が崩れてしまう恐れがある。気分を害すると言う問題以上に、そちらが心配だと二人は言っていたのだ。


「でも、"米帝だけが極悪人"みたいな言い方は好きじゃないなぁ」

 丸く収めるには、「米帝が作った原爆は危険だから、人間の寄越した爆撃機には気をつけろ」と言った注意喚起で済ませるのが一番だ。

 しかし、それでは連邦が核実験をした時、何の申し開きも出来なくなる。

 抑止力の話をすることはいくらでも出来るが、艦娘がそんな事で丸め込まれるだろうと言う確信が、私にはひとかけらもなかったのだ。

「仕方ありませんね。私の方から言っておきますから、中佐からは何も仰らないで下さいね」


 大和や武蔵が、どうやって説得したのかは分からない。

 ちはやぐらいは知っているかも知れないけれど、あまり首を突っ込むべきじゃないだろう。

「明石さんが悪いわけじゃないけど」

 と含みを持たせたフォローは、何人から貰ったが、気持ちは晴れない。皆には苦労させてばかりだ。





 厄介な事が起こった。

 反乱だ。

 この青い島々で、グエンの部下が、グエンを裏切った。


 軍港で反乱と言えば、蛆の生えた肉でボルシチを作ったぐらいの動機で起こるようなものだ。

 で、今回も動機は割と短絡的だったようだ――と言っても、逃げ出した以上、その動機を調べる事は叶わないが――この島を支配すれば、艦娘の利権を手に出来ると考えた奴が無視できない数いたのだ。


 俺と、部下の技術者、その他諸々の人間は、"いつ脱出する事になってもいいようにしておけ"と伝えていたので、避難は迅速に、確実に行われた。

 また、幾人かの協力者を作っていたから、動きを事前に察知する事が出来た。

 当然、これは、俺がグエンを裏切るシナリオで準備されたものだし、現実的に行われる予定は、微塵も存在しない。そんな事が役に立つとも思ってもみなかった。

 俺がもっと真面目な軍人だったら、「負けることを想定するのは敗北主義だ」などと思っていただろうけど、そんな馬鹿馬鹿しい考えを持つ連中など、最初から日本に放置してきている。


 グエンとその身内、親衛隊みたいな連中が命からがら船に駆け込んできた所で、全ての船は出港した。

 もし、艦娘と直接話せたらやれる事は多かっただろうが、今ある条件で、我々はベストを選ばなくてはならない。

 では、逃げ出すのがベストだっただろうか? と問われれば、決して"はい"とは言えまい。だが、反乱を起こした奴が、何処まで勢力を伸ばしているのか、現状で判断がつかなかったのだから、しょうがない選択ではあったのだ。


 それで、我々はフィリピンに向かって、明石配下の連中と接触する事にした。

 現状、日本人とて、あまり信用できるものじゃないが、明石の仲間と見なされれば、安パイだろう。

 俺の部下の一人を港までやり、様子を伺わせる――嫌な待ち時間だ。

 短くない間、寝食を共にした人間である、捨て駒みたいになってはいけないのだ。

 漆黒の海の中、灯火管制をした我々は、遠くに燃える街の灯を見ながら時を過ごす。


「グエンさん、もし、色よい返事がなかったら、我々は何処へ行けばいいんでしょうねぇ」

 グエンは答えることが出来なかった。

 自分の築き上げてきたものが、一瞬で無になったようなものだから、こればっかりは仕方ない。恐慌のあおりを受けて、財産を失った富豪のようなものか。


 そうこうしていると、連絡員が戻ってきた。

 結論を言うと、中国に向かうのが吉との事だ。

 現状、態度を迫られれば、中立の人間が多い。だけれど、艦娘の割り当てが減った地域では、反発する意志が強く、しかも、深海棲艦の襲撃は、防御側を巧みに避けているので、我々の評判は頗る悪いらしい。

 オーストラリアとしては、現状を維持するつもりなら、誰でもいいが、負担を抱えるのは、国内世論が許さないだろうと言う判断がある。下手をすれば飼い殺しにされる。

 一方、中国は何かとコネがあるらしく、場合によっては日本との和解の可能性もあるという。


 この報告を信じないという選択肢も当然ある。

 しかし、情報がない中で、そういう勝手な判断をするのであるなら、別に、中途半端に情報なんて集めなければよいのだ。

 それに、燃料は兎も角、食料は少なく、確かに中国に行くのが限界だろう。

 勿論、出来過ぎなきらいはあるが、盛大な団体で危険な海域を超えるのは、司令もいなければ無理だろう。艦娘と一番コミュニケーションがとれる俺でさえ筆談が限界なのだから。


「雌伏の時だよ」

 グエンに笑うと、メモ帳に行動予定を書き付け、長門に手渡した。




 アジア方面の海域は、流石に強力な艦隊はないのか、空母や戦艦が薙ぎ払ってくれる。

 本来は、燃料弾薬の節約のためにも、水雷戦隊をもっと活用すべきなのだろうけど、俺にはそれをする事が出来ない。

 艦娘たちも、自分たちで考え、作戦を組み、戦うので、軽巡や駆逐艦という戦力が無駄になっている訳ではないのだが精彩を欠く。

 もやもやした気持ちを抱えながら、艦隊は黄河に近付く。

 黄河は元々広い川だが、大災厄のおかげで、深く広い湾となっていた。長門が座礁を心配しなくてもよいと言えば、もう充分な説明だろう。

 道中、張政道との連絡を確保したが、こんなに上手く行くのは、結局、彼らとしても海軍力が欲しいからに他ならない。

 それをグエンの政敵にくれてやるのと、明石の顔の利く人間にくれてやるのとの違いであって、本質的な違いはない。

 科学に故郷はないが、科学者に故郷はあるようなものが、艦娘にあればいいのだが……




 それからの事は、実は多く語る事もない。

 出来てまだ間のない統一中国政府は、人材不足だと言う事情があって、我々を厚遇してくれた。

 グエンだって、失脚したとは言え、未だに人脈や威光が残っている。

 艦娘の事など実際、まるで何にもなかったかのように、怒濤の日々に押し流されていく。

 建築や産業振興、技術開発、様々な方面へ人と資源を割り振っていく。

 張政道は、なんともつかみ所のない男であった。悪く言えば無個性な青年である。何故、この男が、急激に中国統一を果たしたのか謎なのだ。120を超えるから、さぞ老練な印象を受けるだろうと思っていたが、ちょっと賢いなと思ったぐらいである。

 急進的な政治的進展である。暗殺を恐れ、影武者を立てているのかも知れない。





 悪いニュースと、それなりに悪いニュースがある。

 ああ、エスキモーからの情報だ。

 提督の情報は掴めていない。だから、心の根っこでは、良いも悪いも、その強度は割り引かれたニュースになる。

 悪いニュースは、グエンが失脚した事だ。状況はよく分からないが、艦娘を手に入れたい奴の一人二人は珍しくあるまい――それが誰の差し金か分からないが。

 "それなりに悪い"ニュースは、艦娘と八木が無事中国へ脱出したと言う事である。

「中国とは微妙な所に……」

 と、我々サイドは一様に苦笑いした。

 政治的な問題にしても、地理的な問題にしても、中国以外の選択肢はないのは仕方ないのだが、中国の情報ときたら、全くの合田頼みとなってしまう。

 今まででも面白くない状況だというのに……


 米帝の核弾頭は、プルトニウムの生産力のお陰で、配備のペースはゆっくりだ。加えて、深海棲艦への攻撃にも使われている。

 この状況を見ると、我々の方にそれが向けられる心配は、もう少し先でもよい気がしている。

 それでも、連邦の核武装計画は粛々と進められる――今日はその実験だ。


 科学者や関係者向けのトーチカよりもう少し後方に、ヒューズ女史の為にあつらえたトーチカが置いてある。

「なぁに、大災厄で受けた光に比べれば蝋燭みたいなものだよ」

 参謀はそう笑って、周りの緊張を解していた。

 この計画を推し進めていたヒューズ女史は、浮かない顔である。

 心情と、国の為、会社の為に必要な事として実行する事には隔たりがあると、以前から愚痴っていた。私も気持ちは分かる――容易に分かられてたまるかと怒られそうだが。


 3・2・1・0


 遮光眼鏡越しの世界は、暗く陰鬱であった。

 目まぐるしく変わる世界の景色に、時代の終わりを見た。


 未明の実験は大成功であった。

 米帝よりも七割増しの核出力を達成したからだ。


「米帝の実験の時、世界中の人類を焼き尽くすほどの爆発になると予想した学者もいたらしいよ。

 もしそうなら、何も苦しむ事もなかっただろうにね。

 何故世界は、人類が取り扱えるギリギリのものを人類に与えるのだろう?」

 これは、アントニアの世界観を物語る発言だ。

 アメリカ人にして、キリスト教的価値観の外側にある。これが良い事なのか悪い事なのか、判断に苦しむが、それ故にグループを率いていられるのかもしれない。

 人類は、世界の可能性の範囲でしか成長できない。問題は、その可能性を規定しているのは、今のところ人類なのだ。観測できていないものは、不可能、可能の話ではなく、その定数はブランクなのだ。

 我々は、艦娘と言う存在を、如何にして理解していくのか。核兵器と言う問題を、如何に利用していくのか。


「ありがとう。大変結構」

 グループのトップたる顔をして、彼女と我々は、実験場を立ち去った。

 帰りの車内で、「こんな事やってるから、深海棲艦も暴れるんだよ」と皮肉を言ってやると、「政治家が馬鹿だと地震が起こって、民草が虐げられれば台風が吹くか」と参謀が続いた。

 結局のところ、人々が信じ込む因果関係の原風景とは、人が槍と弓矢で野生動物を追いかけていた頃と、あんまり違う所はないのだろう。

 科学のふりをした何かに簡単に騙され、感情に踊らされる。

 そして、その嫌な感情に目を伏せて、結局、もっと嫌なものを誘い込むことになる。

 我々が、ここに核弾頭を手にした事は、その愚かさの偉大な記念になるだろう。核弾頭を人類が手に入れた事そのものより、それによる対立関係と言う原罪が全人類に対して下されたのだ。

「誰かが世界の警察として、全ての核開発を監視して、規制する事なんて、実際不可能でしょ?」

 アントニア嬢は、どうしようもなく作ってしまった核兵器と、受け入れてしまった艦娘とを同一視しているのかもしれない。

「でも、実際困った問題よ。だって、原爆が深海棲艦に効くなら、艦娘にも効くって事でしょ? 提督の計画にとって邪魔じゃない?」

 大和が言っていた、"嫌な顔をする艦娘がいる"と言うのは、この事だとは思わないが、しかし、彼女たちがこの方面でも嫌な顔をするだろうという事は確実だった。


 深海棲艦が沿岸部まで攻撃するようになってから、連邦の原爆製造に関わる資材の一部は、艦娘に頼って輸入されている部分もある。

 その事は、少なからず罪悪感を感じさせる。否、何だかんだで好きなように彼女たちを使っている事自体に、罪悪感を抱くべきなのだろう。

 勿論、士官たるもの、そんな罪悪感を持っていたら、守れる国も守れない。

 軍人が出来るのは、与えられた条件の中で、最善の結果を国に提供する事だ――それが、今や何の為の軍事力か分からなくなってきている。


 一つだけ艦娘と原爆が違うのは、それを扱える人間が限られるかどうかという部分だ。現状、思った通りに海軍力を発揮できるのは我々だけなのだ。

 と、なれば、我々はこのアドバンテージをもっと積極的に利用すべきではないか?

 連邦の政治家の中でも、そんな意見は多い。しかし、それに関して、ヒューズ女史は慎重だ。

「圧倒的である時こそ、一番慎重に行かなくちゃ。だって、勝ちすぎている時は、大体、相手がそうさせているだけよ。そうしているうちに隘路に填まり込むなんて、高校生の歴史でも習う事ね」

 特に心配なのは、国民に対する心理的影響だろう。国内の状況によっては、国民の方が余程好戦的になる。そうなった時、軍人も政治家も戦争を止められない。


 一方、正面切った戦いじゃないものは、明確な終わりがない。

 深海棲艦との非対称な戦争に、米帝相手の冷戦。どちらも、誰か指導者を殺せば終わるというタイプの戦争ではないから、人類は希望を抱きにくいのだ。

 歴史に出口はない。だが、そればかり求められる。





 連邦と米帝の対立は、表立った形で緊張しているわけではない。

 否、緊張はずっと続いているが、実際の所、核兵器が戦略兵器として非常に限定的な量しか配備出来ていない以上、お互いに、容易に使えるものではないと言う共通認識を持っているのだ。

 反戦主義自体はまだ命脈を保っているし、アントニア嬢は彼らを活かさず殺さずの状態で、上手くコントロールしている。これは、帝国領内でも働かせていて、それが、政治の後ろ向きな協調状態をもたらしている。

 しかし、他の企業グループは、我々に楽をさせてくれない。様々な面倒事を起こしては、非常に挑発的な状況に追い込んでいく。


 一番好戦的ではないグループが、艦娘と原爆を手にしているのは何という皮肉か。

 そして、そのグループが、原爆の恐ろしさを吹聴する団体や、放射性降下物による健康被害を訴える団体を支援していると言うのも、馬鹿げた話である。




 その状況は、一つのとんでもない事件で一気に潮目を変える事となる。

 その説明の前に、米帝がどのようにして、深海棲艦と戦っているかを説明しなければならない。


 米帝の原子爆弾は、安全な状態から起爆可能な状態へ組み立てるのに、24時間を必要とした。元々は、もっと時間が掛かっていたぐらいだ。兎に角、即応性の高い武器ではない。

 それ故に、深海棲艦への攻撃に用いるためには、普段から哨戒の目を光らせる事になる。

 偵察機を鬼のように飛ばし、動向を探るのである。

 24時間以内の接近が見込まれると、組み立てを開始し、爆撃の準備に入る。

 爆撃機は、対艦攻撃の為に専用のものが仕立てられた。

 これは、一万ポンド爆弾一発を載せ、なるべく高速に飛行すると言う仕様で、航続距離や自衛用武器を一切犠牲にした、"大きな戦術爆撃機"と言う様相であった。


 ここで問題なのは、これらの基地は、深海棲艦に攻撃されることを恐れ、数十キロ内陸に作られている事である。

 と、言う事は、敵の進路によっては、街の上空を飛ぶことになるのだ。

 これが、如何なる結末になるのかは、大体察しの付くことである。


 その日は、いつものような迎撃命令が発令される。

 接近中の、戦艦や空母からなる大艦隊は、一気に攻撃出来れば大金星となるだろう。

 爆撃機と護衛機は、敵に真っ直ぐ向かっていった。生存者によると、それはもう、大層な戦隊だったという。

 手薄になった監視の目は、足の速い軽空母単艦による突入を許す下地を作ってしまう。


 敵は、誰もが恐れていた位置での攻撃に――米帝第二の都市の上空での、爆撃機撃墜、そして、その内部に仕込まれた原爆の起爆に成功したのである。

 この攻撃は、本来起爆させるべき高度よりもずっと高い位置での爆発ではあったし、正常な動作での起爆ではなかったが、恐るべき戦果を上げた。

 この都市では、四万人の死者を出したのだ。

 この数字は少ないように見えるが、人口が戻っていないこの世界では、充分に危険な数字である。


 流石の米帝も、この被害を隠蔽することは敵わなかった。

 軍が規制しても、都市全体を覆い隠す事は不可能で、潜入した記者や医療従事者が、その地獄をつぶさに観察する事になる。

 この時の被害については、いくら大袈裟に書いたところで、充分とは言えず、また不十分を補おうとすれば、随分と脚色することになる。

 蒸発し、融解し、砕け散った建物や人々の惨状に敬意を示したい。


 この人類史の、新たなページを目前にした一人の若者については、次回語る事にしよう。


 いずれにせよ、漸く人類は、己の身の丈が、この危険な兵器を扱うには、丁度足りないのだと言う事を知ったのだ。

 様々な団体が勢いづくのは目に見えている。しかし、同時に、それでも――それ故に核兵器を捨てられぬと気付く人間も出てくるのも避けがたかった。


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