2015年10月16日金曜日

艦これ~沈んだ世界から 第二十話

「すぐに助けに行きましょう!」

「駄目だ」

 ちはやは、ここに来て、始めて、艦娘の厳しさを知る事になった。

 那智を旗艦にした艦隊は、遠巻きに核爆発の猛威を目の前にして、逃げ出すことしか選べなかったのだ。




 ちはやは、艦娘たちとの生活と、学園生活の両立に自信を持っていた。そして、参謀や明石、アントニアに期待もされている事に、むしろ張りを感じている。

 そう言う彼女が、しばしば艦娘の都市防衛任務に同行するようになるのは、決して無理のある話ではなかった。

 それは、彼女の"秘密の生活"を己の中に刻み込む、些か幼い動機が隠れていたと言われても仕方あるまい。


 そして、今回の任務は、米帝の領海に近い位置でのパトロールであった。

 その日の快速な軽空母が、沿岸部へ突入する状況は既に観察されていたが、敵国領海内である事から、要請がないと侵入出来ない旨説明され、渋々状況を見守ることにしていた。

 深海棲艦がただの野生生物扱いされている以上、人の土地に入って、勝手に駆除は出来ないのだ――勿論、それらがそんな単純なものではない事を承知した上での話なのだけど。


 この暫く後に、閃光ときのこ雲を水平線の向こうに見ることになる。


 この一大事に、ちはやは、超法規的活動も辞さないつもりでいた。

 しかし、那智は決して首を縦に振らない。

 理由は沢山ある。領海侵犯が後々問題になるだろうという事や、タイミングの良さは、この件への関与を疑わせるだろうという事を説明した。

 ここでの真意は、むしろ、被曝を恐れての事である。この艦隊にいる人間はちはやだけであるが、そのちはやが"人類の希望"である限り、そんな危険な目に遭わせる訳にはいかないのだ。

 ちはやは、「幸運は勇気ある者を助ける」と引いて、那智の懸念を見抜いている事を示唆した。

「大プリニウスは、そのお蔭で死んだ。そんな事があれば、私は大井殿に申し訳が立たない」

 大人の理屈も理解できない事もないが、やはり納得はいかない。

 不満はあれど、指揮権はないのだから、我慢して従うしかないのだ。




 大井参謀は、その話を耳にして、大いに喜んだが、それ以上に、那智に対して感謝の言葉を述べた。

 ちはやは、ずっと不満なままだ。学校では流石に、怪訝な態度のままでいる事はないが、元気のない様子は、周囲を大いに心配がらせた。

 米帝のニュースが届いてからは、ちはやの事だから、きっと何かを知っているだろうと、同級生は察した。

 ニュース以前に、彼女は参謀や明石に届く情報を目にしていたから、それこそが大きな心の傷になっていた。


 参謀は言う。

「教育はとかくに、やりたくない事こそやるべきで、見たくないものは見るなと言う。だが、ちはや、いいか。やりたくない事はやるな。だが、見たくないものから決して目を背けるな」

 ちはやの瑞々しい感性に、その方針は些か酷ではないかと、アントニア嬢は言うが、尊敬する大井参謀の言葉を、彼女は必死に受け止めている。


 当初の心の重さに一段落付けると、「では自分は何をすべきだったのか」を考えるようになる。

 医療器具もその知識もない私一人が、あそこへ乗り込んで何ができただろう?

 医者や軍人を運ぶというのは? 私が領内で人を集められるだろうか?

 あの時、軽空母を沈めるべきだったのではないか? 領海侵犯の咎を受けるのは参謀だ。外交問題になった時、大変な目に遭うのはトニだ。


 では、その無力な自分はどうしたらいいのだろうか? ちはやは考える。考える。

 ここで考えているのは、出ている答えと、社会的な妥当性だ。

 その逡巡の結果として、個々の力よりも組織的な力が必要だという所に至る。


 自分一人で出来ない事を、個人の資質の問題として落ち込まない、その前向きさは評価に値する。だが、そうした内容に対して、極めて無邪気だと言う欠点がある。

 彼女は、力を志向する理由を善意の行使としか考えていない。それ故に、我々にも実に誠実に、包み隠さず語ってくれる。

 こういう純粋さは、色々な危険を孕んでいる。

「ちはや、いいかね。地獄への道は、善意によって舗装されるんだ。

 力が小さいなら、一つの人生で、せいぜい煉瓦一つ分ぐらいにしかならない。

 大きな力が誤った方向を向いた時、人は一気に地獄へたどり着ける。

 天国への門は実に狭い。だから、ほんの少しだけでも方向を見失うと、全く違う風景を見ることになるんだよ。

 だから、そういう事には慎重になるんだ。

 人間の目が見える範囲は、時間的にも空間的にも、それに質的にも限られている。だからこそ、自分の善意に潜む自意識を意識しなくちゃいけないし、それを監査し続けなくちゃいけないんだよ」


 この返事に対して、ちはやはムっとした表情で反論する。

「大人から見て充分じゃないかもしれないけど……それでも、考えるだけの事は考えました!

 完璧ではないなら始めるべきでないとしたら、何事も始める事などできません」

 艦娘を世の中に役立てたいのなら、深海棲艦を相手にしているだけじゃ足らないと言う旨を表明した。

 悪く言えば、正義の味方になりたいのだ。

 しかし、これは実際、あの提督の望んだ事に近い話かも知れない。

 究極の目的は、深海棲艦ではなく、人類の人類に対する闘争の終了である。そして、そうした目的に軍を持つ以上、それらが人命のために行うことは多いはずだ。

 軍は戦争をするばかりのものかと言えばそうではない。それこそ、彼女が望んだ大プリニウスの時代には既に、軍は災害のためにも動いていたのだ。

 とは言え、ちはやには早い――が、それで納得いくような子ではないな。





 統一中国政府の不可解なことは、海運の為に艦娘を一切使わなかったことだ。

 そんな事より内政が大事だというのは分かるし、陸送で資源を手に出来るから、人的資源を海へ向けるには、数が足りないのかもしれない。

 中国だって、大災厄の後遺症に苦しんでいる訳で、その部分は理解できる。

 むしろ、海運を封印してしまえば、世界はシーパワーの存在しない世界となり、ランドパワー主体である中国の優位がはっきりするのかもしれない。

 今のところ、艦娘は、沿岸を襲う深海棲艦のパトロールに精を出しているばかりだ。それで手一杯と言う理由も加わるか……


 そこだけ見れば、中国が海運に手を出さない理由も納得できるのだが、一番に理解できないのは、それに対して、諸外国が何も口を出さない事である。


 外交問題のプレイヤーは、インドとソ連、あと欧州の各国ぐらいである。

 オーストラリアも日本も、海運が途絶えた今、暗黒の時代に後戻りである。

 日本は、かつての貧しい暮らしに戻るだけだが、オーストラリアは少なからず海運が生きていただけに、それがなくなると、様々なものが立ち行かなくなる。尚且つ、難民を労働者として引き受けていたのだから、困窮は酷いものとなる。


 楽観的に見れば、日本も豪州も外交的なパワーが足りないというのは分かる。欧州も中国に手を出さない代わりに、欧州を引っ掻き回すなと言っているのかもしれない。

 今のところ、資源や工業製品は、シベリア鉄道を経由して、平和裏に輸出入されている。ドイツやフランスも含めて全ては順調だ。

 何故、欧州はこんなに平和になってしまったのだろう? やはり、深海棲艦の"お蔭"だろうか?


 アメリカは兎も角、欧州の動きを日本はどれほど捉えているだろうか? 陸軍は? 外務省は? 明石は? 合田は?





 米帝第二の都市での核爆発は、北米の全ての国、全ての国民を動揺させた。

 そして、米帝と連邦の間での緊張は、かつてないほど高まったのだ。


 都市での企図しない爆発がもたらした、絶大なる被害は、その兵器の戦略的価値をまざまざと見せつけてくれる事となった。

 そうなると、お互いに核武装している二国の間に、疑心暗鬼が生じる事になる。

 ヒューズ女史は、緊張緩和に向けて、様々な工作を行うが、妨害が多いのも確かである。

「世界は滅びても、自分たちだけは生き残れる自信があるらしい」

 そうやって笑っているが、大災厄を経験したから、そんな気分にもなるだろう。

 本当かどうかは知らないが、子供の頃に大災害や事件を、命に関わらない範囲で経験すると、冒険的な行動原則になるらしい。そう言う事も在るだろうな。




 もう一つの動きとしては、ちはやの事だ。

 我々大人(には見えない二人を含めた)三人は、彼女に帝王学を授ける事にした――が、人的資源の扱いについて、我々はプロと言えばプロなのだが、王道を外れている気がする。

 参謀は名で人を動かすタイプだし、私は隠然と影響力を行使するタイプだ。そして、その両方を強力に推し進めるのがアントニアなのだ。


 人間は人間を動かす時に必要なのはパワーである。

 「人を動かす二つのテコがある。それは恐怖と利益である」とはナポレオン・ボナパルトの言葉であるが、ちはやが今それを行うのは不可能だ。敢えて言うなら、ヒューズ・グループと言う背景だけである。

 勿論、「この人の為に働くのだ」と言う意思を抱かせるのは重要である。この部分は、恐らく彼女の性格的に合格点だ。しかし、この種の要素は、どちらかと言えば、人を動かし続ける為に、裏切られないようにする為に必要であって、前段がなければ何の意味もない。

 差し当たりは、背後の大きなモノを見せつつ、彼女の才覚によって人が付き従うようにしなければならない。


 ただ、彼女が貴族か何かに生まれていて、自然と"認められる高慢さ"を身に付けているなら、この問題は大して苦しむ事もないだろう。しかし、実際は、学校に通う普通の――むしろ優しさと謙虚さを基調にする少女だと言う事だ。

 その切り替えを、この歳の子に強いるのは酷い話に見える。

「自分が望んだことだから」

 彼女は、自分に言い聞かせるように、我々の労いの言葉を受け流す。


 彼女の日常は、早起きな艦娘と共に、ランニング等のトレーニングをする所から始まる。

 食堂で朝食後、車内で予習をしつつ登校、学業にいそしみ、帰宅したら艦娘と共に特別授業、食事風呂なども宿舎で済ませつつ、学校のレポートを済ませて就寝である。

 軍人の私が言うのもナンであるが、ストイックだ。


「何も完璧である必要はないんだ。完璧であると相手に思わせることが出来るのなら」

 参謀は、そう言って、教練を控えるように諭しても無駄である。

「いつから、こんなに頑固になったのか」

 曾祖母のボヤキに「血は争えませんから」と答えるほどの胆力まで付いている。


 体力的な余裕は、精神的な余裕につながる。

 強い力を扱えれば、それだけ自信も強まる。

 拳銃からライフル、護身術まで一定のレベルで扱えるようになると、粗野さには至らない方向性での積極性を産んだ。

 それが学校生活にまで現れるようになると、学友も"変わった"と認識するようになる。

 別に、学校で銃をぶっ放すようになるとか、命令口調になったとか、そういう訳ではないが、自尊心の低い人間には不快なものに映るだろう。

 表向き立派でも、自らに恃むもののない人間というのは、何処にでもいるものだ。それは没落貴族でも高貴さを失わないような人との対比で、しばしば物語を彩る。

 学校では、そこまで極端な人間は少ないにしても、東洋の孤児だからと安心していた連中も少なくはなかった訳だ。そのような人々は、"ちはやの身分を馬鹿にする事による心の安定"を保つ為に、"証拠がない"事に必死でしがみつくしかないのである。


 以前、"この地域は、人種差別の少ない"と形容したが、勿論、そんなものは、南部と比べてと言う話である。この地域の隠れレイシストがそうしていられるのも、有色人種と関わることがないのと、少数の人間を名誉白人と例外処理しているだけに他ならない。

 最近は、そう言う人間の態度も露骨になってきたので、流石に、悪意に対して鈍感な彼女でさえも気付くようになる。

 それでも、仲良く付き合ってくれる友達は沢山いるし、不都合もないのだから、意に介さないでいる。それこそが悪意を持つ者にとって一番の屈辱である事を知ってか知らずか。


 人間的成長は、好意によって促進され、精神的強靱さは、悪意によって鍛えられるに違いない。

 彼女は、神の見えざる手によってもたらされた、好意と悪意の混合物を、己の中で、反応生成物へと変えていったのだ。

 尤も、男相手の問題になると、何処かの恋愛小説の鈍感主人公みたく、全く適当にやり過ごしてしまう。

 さりげない交際の誘いを、関西人の言う所の"行けたら行く"ぐらいの返答をして、軽く受け流し、教練と学習に打ち込んだのだ。

 彼女にとっての不幸は、友達付き合いと言うモノのプライオリティが中途半端に低いことにある。

 友達というモノを全く必要としていなければ、孤独に暮らしてその中で己の居場所を見つける事も出来るが、人並みの社交性を持っているものだから、表面的にも内面的にも上手くやり過ごせてしまうのだ。

 そういう事情で、辛い思いした男は多いだろう。とは言え、彼女はアメリカ人に比べれば肉体的発達が遅れていると言えるし、そんな彼女をモノにしたい男と言えば、何ぞ察しが付くか。


 彼女が何処までの"善意"を発揮したのか知らないが、言い寄る男(女もか)は、彼女の準備する"国際救助隊"とでも言いそうな組織に勧誘された。

 当然、世界一周を果たした海軍の軍人たちも編入される事になるのだが、組織そのものは、まだ不透明なままである。

 しかし、例えば、医師にしても何にしても、目指す道があるなら、その援助の道をどこからともなく見つけ出して、実に気前よく結び付けていく。

 当然、バックグラウンドにヒューズグループがあるのだが、彼女のお眼鏡に適えば、"裏切らない限り"栄光は約束されたように見える。

 彼女としては、グループの調査室に情報をアシストしているに過ぎないが、グループとしては、そうした人間を青田買い出来るから都合が良いのだ。

 否、グループ自体、多数の生徒を抱える学校を所有しているのだから、その必要がないと言えばその通りなのだけど、艦隊の情報をコントロールするためには、チャンネルを一つに絞りたいという都合もあるのだ。


 一方、彼女は海軍軍人としての道も歩んでいる。

 今までの、単なる見学者の立場から、指揮する側の人間へと脱皮しつつある。

 そして、彼女には、あの提督譲りの、新しい艦娘を見つける能力が備わっていた。


 手数が増えると、やれる事は増えていく。

 ここで言う手数とは、艦隊を指揮できる人間であり、艦娘そのものであり、また、それをバックアップする人々の事である。

 勿論、ただの学生、生徒を勧誘しただけで、その子らが戦力になる事はない。しかし、組織の拡充と新陳代謝の見込みは、組織を成長させる。

 新しい何かが入ってくれば、必ず問題が発生する。これを乗り越えなければ、組織は生きていけないが、命惜しさに、新しさを手に入れないでいると、組織は老化していく。

 老化とは、縮み、乾く事だ。しなやかさと俊敏さが失われ、最後に訪れるのは死でしかない。


 何にしても、ヒューズグループは、大災厄後の二十年で凝り固まった、南北両大陸の社会構造を変化させるだけの力を得るようになった。

 更に、政治が不安定な時期は、安定している時よりも、むしろ大胆に行動しやすい。

 ヒューズ女史は、艦娘の事やちはやの事とはまた別に、己の職務と野望に忠実に行動を起こしていた。

 特に合衆国や米帝の中で増していく影響力は、艦娘へと還流され、それが彼女の政治力を強化していく。





 目の前に広がるのは大西洋。

 その深部は、艦娘の産地……と言うと怒られそうだが、実際、ちはやは数々の艦娘とここで出逢っている。

 本作戦の海域は、メキシコ湾流から離れているために、プランクトンが少なく、海の色は明るく透明だ――大災厄によって、海流の向きや流れが変わっている為、サルガッソーと呼べる海域は、アメリカ大陸から離れ、概ね、アフリカとの中間点に近い位置に移動していた。

 さて、こんな所までやって来るにはそれなりに理由がある。


「やったー! やっと見つけましたよ、ちはや!」

 飛龍が喜んだのは、探しに探していた島を発見したからである。

 我々は、その島をヨーロッパとの無線の中継基地にしようと考えたのである。


 島については、北部から丹念に調べているが、めぼしい島を見つける事が出来なかった。

 グリーンランドは、見る影もなく、第一、極地方の季候は海上でも酷いものだった。

 その他の島も沈んでしまっていたし、存在しても、ユーラシア、アフリカまで距離がありすぎた。

 そんな訳で、探索には随分と手間が掛かってしまったのだ。


 何故、太平洋ではなく、大西洋なのかと言えば、日本や東南アジアはプレイヤーとしてほぼ脱落しているようなものだし、中国一国に頼るより、欧州で様々な国に取り入って、バランス戦略をとった方が、何かと便利だろうという判断である。

 それに、太平洋横断をするには、何かと大勢で押しかけないと難しいが、大西洋ならば、最低限必要な戦力も掴めてきている。既に、何度も往復を成功させている。


 こう言う時は、お約束の通りに、敵が現れるものである。そんなことは百も承知で出張ってきているのだが。

 偵察機は、島が要塞化されている事を確認した後、消息を絶った。


 直ちに周辺の索敵を開始し、邀撃機を準備する。

 要塞は少なくとも飛行場を持ち、密林や岩山に沿岸砲を隠している事は想像に難くない。対空砲もかなりの量を配備している。

 近くには、守備艦隊と思しき軽巡と駆逐艦が確認されているが、これほどの拠点に他の戦力がないとは考えにくい。

 敵はどう動くだろう? 一番嫌なところに配置されるのを嫌うに違いない。そうなれば、索敵は南側重点になるだろう。

 我々の戦力は、正規空母四からなる空母航空部隊及び、戦艦四を主力とした第一打撃部隊、戦艦三、正規空母三を主力とした第二打撃部隊、予備戦力として重巡と軽空母からなる遊撃部隊、あきつ丸を旗艦にした輸送上陸部隊がある。(なお、島も近いのに海図もない海域を潜水艦に行動させる事は出来ない)


 さて、敵が増強されるにしてもしないにしても、戦力も防御力も優位にある我々は先手必勝を得なければならない。

 敵の初手である空爆を凌げば、勝機は充分にあるのだ。

 いの一番に、一番強力な部隊と接触させるため、空母航空部隊と第一打撃部隊を南回りで、島に接近させる。

 第二打撃部隊は、敵の予備戦力を探りつつ、北回りに東へ回り込む。

 遊撃部隊は、島への攻撃が山場を迎えると、東へ移動しつつ、戦闘支援に加わる。戦闘に一区切り付いた所で上陸に移る。そう言う目論見で動いていく。




 島に近づいていくと、狙った通りに、敵偵察機に発見される。

 これより、レーダーピケット艦により、敵機を事前に掴み。戦いに備える。

 そして……敵機襲来である。

 邀撃機により勢力を吸収し、対空砲火によって航空部隊を殲滅へと導く。

 戦闘機は、巧みな機動により、戦艦主砲による三式弾の弾幕の中へと追い込んでいく。それはまるで、クジラがイワシ"漁"をする時みたいにだ。


 対空戦闘が一段落付いた頃、我々は太陽と島を結んだ線上に位置した。

 天候は穏やかで、空母を運用するにはもってこいの日だ。

「とーりかーじいっぱーい!」

 ちはやが元気よく一斉回頭を指示する。見事な艦隊運動だ。

 全艦、第四戦速で駆け抜けていく。

 戦闘機は島の防空圏に入る前に引き返すようにさせて第二波に備える。

 尤も、あれほど効率よく撃退された敵が、同じ戦いを挑むとは思えない。それよりも、対潜哨戒機と駆逐艦による、海面下の警戒を厳しくする。


 守備艦隊は西側からの回り込みを企図しているようだ。しかし、陽動だろう。あの程度の艦隊が回り込んだとして、何が出来るわけではない。仮に本隊と合流するにしても、さほど大きな変化となるとは考えにくい。

 とは言え、手を打たないでいるのも気持悪いので、空母から航空隊を差し向ける。


「レーダー照射を受けています!」

 敵艦隊は、その規模に見合わぬ程の対空火器を所持していた。

 この攻撃は、目の前の小艦隊を撃滅するつもりの出撃ではないから、発艦した攻撃機は多くなかった。それもあってか、攻撃は完全に失敗した。

 深海棲艦は、人間の戦術と技術を盗むという仮説があるが、やはり、真似されていると見るのが正しそうだ。

 しかし、さりとて、その防空力により守る相手がいない――本体と合流すると見てよいだろう。

 さて、どうすべきだろうか? より強力な航空戦力による力押しか、踵を返して、水上艦から攻撃するか? 自分たちが歩んだ後ならば、潜水艦も動けるが、足が遅い。

 敵戦力の全貌が見えないうちに、遊撃部隊を出すのは冒険が過ぎる。


 哨戒機が、潜水艦隊を発見する。地点は、島から10海里のところで機関停止しているようだ。

 これも総数が分からないので、あまり派手な行動は出来ない。

 位置関係からして、沿岸砲の有効射程内だろうと想像できる――そうなると、敵本隊は挟撃を狙って南か。


 島を攻略するとなると、当然時間がかかる訳で、転進するのが常道だろうだが、それで大丈夫だろうか? 未だに規模も分からない敵に対して、正面からぶつかるのは、はっきり言って脳筋である。

「飛龍さん、まだ見つかりませんか?」

 ひっきりなしに発着艦が行われる飛行甲板を見下ろしながら、ちはやは苛立ちを感じ始めていた。

「ちはやちゃん。まだ始まったばかりだよ。もっと落ち着いて」

 私が声を掛けると、「ごめんなさい」と謝られる。

「ま、苛立っていても、気楽にやってても、敵さんは挑んでくるんだ。もうちょっと肩の力抜こうよ」


 しかし、判断を迷っていていい時間はそれほど多くない。

「間を取って、東に向かったら?」

 西は遊撃部隊と上陸部隊が警戒している。北は第二打撃部隊が行動中。消去法で言えば、東が怪しいと見て悪くない。

 確かに、海は広く深い。それは索敵する側からすれば、実に茫然とするほどの広さである。

 八木の図面や、アメリカの技術力を総合した素晴らしい電探があるとは言え、物理的限界はある。

 二式艦上偵察機や彩雲には、レーダーを積んでみたが、それですらまだ戦場の霧を晴らすことは出来ない。


 大井参謀と話をしたことがある。このまま技術がどんどん進んでいけば、地球上のあらゆる地点をリアルタイムで見る事が出来るのではないか? そして、その時こそ、戦場の霧は消え、お互いの準備と戦略と装備を見せるだけで、あらゆる紛争は解決するのではないかと。

 それは、実現のアテもないただの思考実験である。

 その時、参謀は笑ってこう答えた。

「人間の認知能力と判断力と、精神的許容度こそが戦場の霧を生む。これは、人間の手で戦争が起こる限り、そして、それを産み出す政治を、神にでも相当する何かに委ねない限り解決しない」


 ちはやは黙って考え込むが、時間的な制約が背中を押したのだろう。

「では、そうしましょう。守備艦隊が、主戦力と合流した所で、島から離れる事には違いありませんからね」

 そうして、哨戒機に潜水艦の監視だけをさせつつ、我々は、島から13海里の距離を保ち東側へ向かうこととした。

 第一戦速で1時間ほどの距離である。


「もし、敵が島の東にもいなかったら、裏の裏をかかれた事になりますね」

 ちはやは、冷静さを取り戻しつつあった。

「その時は、第二打撃部隊を戻せばいい。第二打撃部隊は、島の北側で待機させよう」

 飛龍に、その旨を連絡するように伝えると、私は窓の外を眺めつつにんまりする。本作戦の司令官たるちはやは、緊張を残したまま、同じ方角を見つめる。




 状況が動いたのは、問題の一時間が経過したところである。

「敵艦隊、第二打撃部隊の西、40海里を東に向けて12ノットで航行中!」

 機動部隊からの入電を受けると、「陽動のために索敵を厚くしたのかぁ」とちはやが残念そうに呟いた。

 空母二に、戦艦六だと言うのを、敵の全力と見ていいのか悩む所だ。

「他の戦力も否定出来ない。引き続き警戒を厳にして」

 敵はまだ、第二打撃部隊の存在に気付いていないはずである。一方、空母航空部隊と第一打撃部隊は、東に向かったのが判明している。この艦隊が島に接近し、正面から我々と戦うつもりだろうか?

 勿論、それはかなり常道だと言える。今までの動きは全て時間稼ぎなのだ。

 しかし、そんな単純に考えられるだろうか? 我々が複数の艦隊を使うのは相手も分かっている事だし、相手もそれを見習っているのだから、その可能性は非常に低い。


 悩んでいると、今度は機動部隊及び、輸送上陸部隊から敵機発見との入電。こちらは、偵察機だが艦載機のようである。つまり、すぐに敵機が襲来する可能性が高い。

「第二打撃部隊をすぐに引き替えさせた方が良いでしょうか?」

 ちはやがお伺いを立てる。

 既に敵艦隊が一つ近くに存在している。これをA艦隊と呼称するが、彼らが輸送上陸部隊への攻撃を指向する可能性は高い。これへの備えは確かに重要だ。

「どうだろうなぁ。今、第二打撃部隊の位置は敵に知られていないだろう。そうなると、A艦隊の背後に回した方が良さそうな気がするね。

 それよりも、今、彼らはどう動いている? それを確認してからだ」


 偵察の結果、A艦隊は我々の予備戦力へ引き寄せられているのが判明した。

 そこを取られては話にならないので、第二打撃部隊は、回り込みつつ挟撃を狙う。


 さて、我々だ。と、気を引き締めたところで、次なる艦隊が見えてくる。

「北東に艦影!」

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