2015年10月27日火曜日

ロリババァ・プリキュア・第一部

第一話


 眠るには遅く、起きるには早い時間に起こされる。神羅万象、苛烈に機嫌を損ねてよい理由だ。それがどれほど齢を重ねていようとも。


 その少女は、ふてくされた面で、二人の警官とラテン系の青年との会話に耳を傾けていた。

 尤も、その言語は、英語ではない外国語なので、細かくは分からない。警官の方もこの言語に堪能だとは言えず、四苦八苦していて、話の主導権は、青年にあるように見えた。


 少女は、白い肌に銀髪の長い髪、小柄だがもちもちとした四肢を持つ子供だった。体格に反し、赤い瞳の切れ長の目が、表情を大人びさせていた。

 淡い紫の着物は薄手に見えるが、質感が絶妙である。

 名前を聞かれると「いっぱいあってのぉ」と答えたが、紆余曲折あってハルカと名乗ることになった。

 一方青年は、ナチュラルなマッチョと言う雰囲気で、身長は190センチ前後あるように見えた。イケメンと言えばイケメンだが、どことなく欠陥があるような顔である。彼は、アリアスと名乗った。




 少女と青年の出会いは小一時間前、彼が彼女を封印を解いた事から始まる。

 社は、街角の一角にある、小さなうえ、古いという以外の謂れはなく、周囲が宅地開発されても、なんとなくそこにだけ残されていた。

 外国人の男が、誰が監視するでもないこの社を暴き、その中の謎の封印を解くとなったら、それはそれで大ごとだ。しかし、価値のあるものがあるだなんて思われていなかったし、幾らか薄気味悪い社の事を、近所の住民は努めて無視していた。故に、誰もその事に気付く者はいなかった。

 しかし、そんな青年が、小柄な着物を着た少女と、何やら口論めいた話をしているとなると、流石に治安上の問題と思われたのだ。


 口論の内容は、彼女が彼の故郷であるバル・ベルデ共和国を救う伝説の戦士だと言う内容だった。

 最後に現れたのが、1985年と言うから、伝説も手軽だなとハルカは笑った。

「何百年も眠っていたと言うのに余裕だな」

 嘲笑われたアリアスは、腹を立てたまま反論するが、

「千年近く生きていると、眠るの概念が違ってな。黙っていても世間の事は脳髄に染み込んでくるのじゃ」

 と逆に見下されてしまった。

 とは言え、この男にも使命はある。何とか口説き落として、仲間に引き込まなければなかった。


 そこに警察が現れ、冒頭の状況に陥った。

 アリアスは、在留カードを見せると、迷子になった友達の子供だと説明し、電話でその友達とやらを呼び出した。

 警察とにこやかに過ごすこと十数分、ハイエースが現れ、同じくラテン系の男たちが現れた。

 ハルカは考える。ここで怯えて鳴き声でも出せば、この男を片付ける事も出来る。しかし、それでは今夜の寝床がない。この男の願いとやらを叶えてやる代わりに、満足いくまで集ってやろう。

 少女は「ダディ」とそれらしい発音で駆け寄ると、警官に頭を下げ、一行はその場を去ったのだ。




 車中、「この子がそうなのか」とアリアスは聞かれるが、「この石が教えてくれる」とレーザーのような光を放つ、赤い宝石を取り出した。

「お、漸く魔法らしい道具が出てきたな」

 ハルカが相変わらず、相手を見下したように言うと、周囲の男どもは表情を険しくした。

「このお方はだな……」

 一人が、威張り腐った口調で、男がかつてのバル・ベルデ共和国大統領の子息である事を告げた。

「何を抜かすか小僧。大統領の倅が何だって言うのだ。

 お主が腰に隠しているその拳銃、そんなもので儂を黙らせられると想うたか!? 武器を持った程度で粋がるもんじゃないぞ。

 まぁよい。封印を解いてくれた礼じゃ。そこまで言うのなら、そのプリキュアとやらになってやろうかの」


 男達は、そんな簡単に話が進むものかと訝しんだが、ハルカの「その代わり、メシと寝床が腐っていたら、お前らの首はないものと思えよ」の言葉と、眼光に恐れ戦いた。




 闇夜の高速道路をひた走るハイエースは、次々にやって来る街灯の明かりを追い越し、追い越され、順調なテンポでキロポストを飛ばしていく。

 闇は青く、深く、眼下の都市の眠らぬ街路を見つめている。


 頭上に、反復した重低音を感じる。

 腹に響くその音に男は機敏に反応して、座席の下から自動小銃を取り出す。

「怪異が来るぞ」

 フロントガラスの向こうに、低空で飛行するヘリと、吊り下げられた十尺ほどの木偶のようなものが見える。

 ハルカは、時速100キロを優に超えるスピードで走る自動車に対して、あんなデカブツが襲いかかれるだろうかと鼻で笑うと、男達は「アレは、150キロ出しても追いつく。そして、目標を殺す」と慎重に答えた。

 見れば、隣の男など、シャツが張り付くほどに汗を掻いている。


 半メートルほどの高さから落とされた怪異は、一度、目標を見送ると、猛烈な勢いで追いかけ始めた。

 幅の広いストライドから、信じられない加速度が産まれる。

 その怪異、緑がかった土色の肌をしており、筋肉の異常な発達が見られる。頭にフルフェイスのようなヘルメットを被せてあり、唸り声一つ立てずに突進してくるのだ。

 男達は、リアガラスが割れるのも気にせず、真後ろに向かって銃弾をばらまいていく。

 その腕はそれなりのものなのか、結構な数の弾丸が命中している。しかし、それらは一向に有効弾とはならなかった。

「儂に任せるとよいぞ」

 ハルカは隣の男をどけると、徐にスライドドアを開ける。

 夜明け前の冷たい空気が、側面から破れた後方の窓へ猛烈な勢いで流れ込んでいく。


 天井のフレームに手を掛け、座席を蹴ると、後方宙返りをしながら、天井に上がる。

 腰の鞘から引き出した一本の剣は、次々に過ぎゆく灯りに怪しく照らされる。

 脈動するようにやって来る光源の数々、遠方のヘリの響き、対向する自動車の風切り音、そして怪異の足音と、己の鼓動を一つにした時、ハルカは漆黒の路上に躍り出た。

 白刃の煌めきは、まるでその刀が無限の長さを得たものか、伸びやかに怪異の首へと突き進んだ。


 怪異の首は、黒いセダンのフロントへ突っ込み、体は惰性で走り続けた後、前方へともんどりうった。


 ハルカは、後方の車に飛び移ると、そこから、別の車、別の車を踏み台にして、ハイエースの開口部に吸い込まれていった。

 唖然とするアリアスを横目に、一人の男が呟く。

「変身とかする必要ねぇじゃん」




 その後、一行は、車を捨て、散り散りになっていった。

 アリアスとハルカは、"石"が次に教えてくれる街へと旅立つ。


「あの街はいいのか?」

 ハルカは、そんな"ありがち"な疑問――"土地に縛られた亡霊"扱いに辟易した様子で答える。

「お主は刑務所に入ったら、刑務所のことが愛おしくなるか?」

 そして、不満そうなため息を吐くと続ける。

「そんなことよりメシだメシ! あと酒もな!」

 男は、いきなり常識人ぶって、「子供がそんなモノを飲んでたら、警察が飛んでくるぞ」と脅すが、「誰が子供じゃ! 今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞ!」と逆に凄まれてしまう。

 厄介な人間が選ばれた事に、神を呪うしかない。





第二話


「本当なら、十万ドルポンとくれてやりたい所だがな」

 アリアス(正確には、アリアス・ジュニア)が、こんな下らない冗句を吐いたのには、ちゃんと理由がある。

 それは、ハルカが彼の懐具合を過大評価していたからだ。

 独裁者として追い出され、その後の事件の結果殺された元大統領の息子なのだから、己を慰めてくれる程度の資産はあると考えていた。しかし、彼の活動は第三国によって支えられ、殆どの場合、工作員と武器の直接的支援に限られていた。

 つまり、それ以外大体のことは、一人でやらなくてはならないのが実態なのだ。

「難民申請も律儀にイミグレーション通したんだぜ」

 ご自慢の在留カードは、日本国謹製の本物であった。


 そんな彼が、選んだのはロフト付きのワンルームマンションだった――この街の事は予め調査しているらしい。

「学生か? しょぼいのぉ」

 毒づくハルカに、そんなことに慣れたアリアスが「また職探しから始めないといけないんだ、贅沢は出来んぞ」と吐き捨てた。

 荷物は今日中に"同志"が運んでくれる手筈になっている。


 がらんどうの部屋で、ハルカの姿が見えない。

 と、アリアスが辺りを見渡すと、ロフトの上にその少女は陣取っている。

「これから、ここが儂の部屋じゃからな!」

 まだ、布団もないというのに、そこに転がっては、寝入ってしまった。


「どうしようもねぇなぁ」

 色男が独りごちると、ジャケットを脱いで、彼女に掛けるために、梯子を登り始めた。

 その刹那。

「耳ー!」

 ハルカの頭に生えた耳を見て、動転した彼は、そこから派手に転げ落ちた。

 余りにも派手な音がしたため、寝入っていたその子も起きてしまう。

「何じゃ? 何の騒ぎじゃ?」

 のたうち回るアリアスを頭上から見下ろすハルカに、男は「お前、ソレ!」と指を指す。

 しかし、「お前さんは、狐も見たことがないのか」と馬鹿にされる始末。


 社の封印を解いたら出てきた、戦闘力抜群の少女が、タダの人間ではないのは間違いないのに、何故これほど驚いたのか。そもそも、怪異なんてものと戦い負け続けていた男なのに、この驚き方は、些か大袈裟すぎている。

 聞けば、まさかのケモノ嫌いと来ている。

「ほほぅ」

 狐は不敵な笑みを漏らす。

 どう遊んでやろうと思案しているところに、インターホンのベルが鳴る。


 アリアスは、俄に本気モードに入り、そっとドアに近付くと、ドアスコープを覗く。

「誰だ?」

 インターホンの所に戻ると、緊張したやり取りが始まる。

「我々としては、穏便にしませたいので、出てきてくれませんかね。

 ドアと窓ガラスの修理代も馬鹿になりませんし」

 対する、ドアの外の黒服は、精神的優位があると見える。

「表に五人、窓の外に八人いるな」

 ハルカがアリアスに告げると、「ああ、大人しくしておいた方が良さそうだ」と、降参の弁を口にした。




「あのさぁ、ウザいんだけど。

 最近、ちょろちょろ嗅ぎまわってるでしょ?」

 黒服に連行されたのは、この街の外れの、ちょっとどころの規模じゃないお屋敷だった。

 目の前で、アリアス達に説教するのは、ジェニーと言う名の、線の細い、ブロンドの少女だった。歳にして十二、三歳ぐらいだろうか? その細さは慎重に扱わないと折れてしまいそうだが、その覇気に満ちた面構えは、そのか弱さを補って余りあるほどであった。

 彼女の事は、アリアスとて知らぬ存在ではなかった。


 彼女の家は、明治の頃に日本にやって来た政商らしく、実際大金持ちだし、怪しい商売も継続中なのだ。

 彼女は、その家の当主と言う事になっているが、表舞台に立つことは殆どない、謎の存在である。

 そんな険呑な人間など、アリアスとて裸足で逃げ出すところだが、"石"が反応してしまっている以上、無視するわけにもいかなかった。

 今まで、自分の手駒(某国から手配された同志だが)が、彼女の調査に当たっていたのだ。


 この真面目腐った、そして生命の危機すら感じるような状況で、プリキュアたるものの説明を如何に繋げるべきか? それは国会招致で特殊性癖の素晴らしさを説くようなものである。

 ハルカ自身は、彼に義理立てする理由はないし、彼自身が言うほど裕福ではない事から、テキトーに余裕をぶっこいていた。

 そんな彼女は、ここに来て、「プリキュアになってくれ」と言われるとは思いもしなかった。

 謎の宝石が沢山付いたコンパクトを渡され、魔法の呪文を叫べなどと言われれば、彼女が狐だとしても、なかなかの公開処刑に近かった。

「嫌じゃ! そんなこっぱずかしいコト嫌じゃ!」

 至極尤もな反応である。

 「そこを何とか」と追いすがるアリアスに、「そう言う事は、払うモノ払ってから言え!」と叱りつけるハルカ。

 業を煮やしたのか、ジェニーが「アレを持ってきて」と黒服に言うと、ハルカに優しく問いかける。

「このままじゃ埒が明かないでしょう? もし、やって失敗したら、この男を叩きだせばいいし、成功したら成功したで、興味深いわ。

 いずれにせよ、私の為にやってくれたら、コレをあげるわ」

 黒服がジェニーの下に持ってきたのは、一本の一升瓶だった。

「これは! 幻の銘酒、四次元殺法!」

 酒が好きだという情報は、すぐさま回収されていた。かなり早い時期から逆監視されていたに違いない。彼女がタダ者じゃない事は確かなようだ。

 ハルカは訝しげにしながらも、(呑兵衛以外には単なる透明な液体だが)よい日本酒の放つ"美味いオーラ"に気圧され、「そこまで言うのなら」と了承した。


 ハルカが恰好を付けたポーズで、呪文を叫ぶと、まばゆい光とか、裸体のシルエットやら、お決まりのシーンが目まぐるしく変化し、雲から地上に舞い降りたように、そっとつま先から着地した。

 二人は目を見張る――美形だ。

 肌の白さと、赤く燃える瞳の美しさはそのままに、美しいプロポーションで成長したその姿は、中性的な造形美を湛えている。

 銀髪の髪は腰まで垂れ、冷たく切り裂くような目じりが、ある種の女子を魅了しそうである。

 そして、触り心地の良さそうな狐耳と、抱き心地抜群の尻尾があれば、もう、いう事はない。

「ど、どうかのう」

 照れながら出てきた言葉は、その容姿と見事なギャップを見せつけていた。ジェニーは上ずった声で「おねぇさんと、あっちの部屋に行かない?」と、邪心ダダ漏れで声を掛ける。全くハルカの事などお構いなしに高揚している。

「こらこらこら。何をするか!」

 手を引くジェニーに、妖狐は抵抗するが、この娘もなかなかの腕力を見せる。

「もっと美味しいお酒もあるし~」

 更なる甘言を囁くが、しかし、己の貞操の危機となると、それどころではない。

 押しては引き、引いては押しての――それはそれとして見どころのある風景がそこにあった。


 獣の臭いに虫唾が走るアリアスとて、そんな危険な状況を察知する事が出来た。

 そこで、彼なりに冴えた一計を案じた。

「ジェニーさんも変身したら若しくは……」

 言い切るか、言い切らないかの所で、彼女は男からコンパクトを強奪すると、胸ぐらをつかみ、呪文を聞き出す。

「そう? ありがとう」

 と、何処まで感謝しているか怪しい言葉を残し、すぐさま変身に入る。

 閃光が止むと、そこに現れたのは、素晴らしいの一言でしか形容できない見事な美女であった。

 変身したハルカに劣らない身長と、モデルばりのすらりとした体系は、二人並ばせると、奇跡のカップルを思わせる。

「あ、うん。まぁ、悪くないけど」

 黒服に持ってこさせた姿見に己を写すと、あまり満足度が高くない様子だ。

「違うんだよなぁ」

 と、ぼやきつつも、ハルカの手を引いた。


「ちょっと出てくる」

 お嬢様の言葉に、黒服は畏まりましたと返事をする。

「おいちょっと!」

 アリアスがそれを止めようとするところを、その男たちは阻止した。




 街中では盛大に注目を浴びる。

 普通の成人女性が、ハロウィンでもないのにコスプレ姿で街中を歩けば、それなりに問題になるが、この辺はイケメン無罪という事か。

 奇抜で華やかな衣装を着ている美男美女と見られている。やたらとカメラを向けられる以外は、誰も接触しようとしない。

「儂を逢引に誘ってどうするつもりじゃ?」

 ととぼけた振りをするハルカに、ジェニーは答える。

「どうせ気付いているんでしょ?」

 と。


 十六世紀ごろの話だが、彼女はいわゆる魔女であった。否、今もそうだ。

 そこで、彼女は不老不死の肉体を手に入れたと、実にあっさり説明してくれた。

 代わりに多くを語らないところを見ると、碌でもない方法と、それに纏わる様々な苦労があるのだろう。今の肉体は、そこから更に若い肉体を手に入れようと四苦八苦した結果、今の姿になってしまったようだ。

「若い頃と同じ姿を手に入れた事は嬉しいのよ。でも、あっさりと手に入っちゃうと何か、悔しいじゃない。

 ま、魔法の研究としてはなかなか面白い体験だったけどね」

 さばさばした口調で心境を語る。

「じゃが、あの男のいう事を信じるのか? 儂も、何処かで適当に見切りをつけるが……」

 ハルカは、この予断ならない筈の魔女に対して、何故か信用してもよいような気がしていた。

「折角だし、お酒飲んでいかない? もう、百年近く外でお酒なんて飲めなかったのよ」

「儂もじゃ」

 二人は適当な店で、フォーマルな格好に着替えると、ホテルのバーへと場所を移した。

(この間に生じる瑣末な問題の解決は、全て黒服の仕事だ。実際彼らは優秀なのだ。)




「そう言う事なら、協力しよう!」

 ハルカはジェニーとの、アリアスに対する共同戦線を張ることを快諾した。

「久し振りよ、こんな気持ちでお酒を飲めるのは」

 ハルカは、しみじみとしている娘っ子を見て、自分が飲むのが何年ぶりなのかは、思いの中に止めておくこととした。

「それでものぉ。あの男を狙ってか、怪異が現れているのは間違いないのじゃ。

 背後に何があるかは調べなくちゃならん」

 空になったカクテルグラスを眺めながら言うと、ジェニーは「もう一杯飲む?」と挨拶のように返事をすると、「オーケ-、それは私が調べるわ。それに、そんな怪しい生き物がいるなら、研究してみたいじゃない?」と続けた。

「私と彼女に、キールをお願い」





第三話


「相手の狙い?」

 アリアスは身支度を整えながら、ハルカと問答を繰り返していた。

「一つは、俺みたいな人間が国に戻ることの阻止だ。この国が俺の難民申請をあっさり受け付けたのは、そんな事情もあるだろう。

 もう一つは、この石とコンパクトだ。

 勝手に光る石だの、変身できるコンパクトだの、どう考えても普通の物理学の範疇じゃないだろ?」

 男は、自分に対する質問には、それなりに誠実に答えていた。

「いきなり現実的じゃの」

 面白みのある回答を期待していたハルカは、落胆したような顔を見せていた。

「あのね、逆に俺が何して食っているか分からないような男だとしたら、君は俺についてきたか?」

 ハルカは、寝床と食事、出来れば酒にありつければ、それでよかったので、男の経済観念まで気にしていなかった。最悪周囲の邪魔者の首を刎ねてでも脱出できるのだし。

 彼は、そんな話を聞いて、「無茶苦茶だ」と憤ったが、「魔法の道具なんて持ち出す奴が何を言うか?」と反論されて黙るしかなかった。


「何にしても、あのお嬢様には感謝しきりだよ。

 仕事まで手配してくれたんだから」

 ジェニーは、アリアスを手元に置くことに決めたのは、単純な善意ではなく、監視のためであるのは明白だ。男は、それに気づいているのかどうか分からないが、コンパクトは各自で管理しろと言っているぐらいなのだから、存外、単純な男なのかもしれない。


「あ、君は外に出ないでくれよ。平日の昼間に子供に見える人間が出歩いていたら、補導され兼ねないんだから」

 狐娘は聞いているのか聞いていないのか、例の一升瓶を手ににんまりしていた。

「あ、あと、この家、固定電話引いていないから」

 と、いわゆるガラケーと呼ばれるタイプの携帯電話を投げてよこした。

「遊びで使うなよ」

 釘を刺すと、颯爽と玄関ドアを開け放ち出ていった。




「おー、そうかそうか、お主もいける口じゃからな。今度、座敷で飲もう!」

 半時間後には、ジェニーと電話で談笑していた。

 この月の通信料は、MVNOの格安SIMと中古スマホを使い、LINEでやりとりさせた方がずっと安くなるほどの金額であったが、狡猾な彼女が己の電話代を、彼に悟らせることはなかったという。


「それで、あの男はどうなんじゃ?」

「一応、立派な学校出ているし、我が儘放題で育ってきた訳じゃないから、なかなか使えるんじゃない?

 もしいい具合なら、バル・ベルデなんか奪還させないでおこうかしら?」

 冗談めかしていたが、半ば本気だったからだ。


 ここでバル・ベルデ共和国についておさらいしよう。

 カリブ海に面する風光明媚な国で、熱帯雨林が広がる。国名はスペイン語で緑深い土地と言う意味であるぐらいだ。

 公用語はスペイン語と英語。主要産業はコーヒー、砂糖、バナナの輸出及び観光業である。

 70年代後半までアメリカの傀儡政権が存在していたが、民主化運動が勃興、その時の反政府軍リーダーが彼の父親である。

 アリアス父は、一時期政権を奪取し、大統領にまでなったが、その後、アメリカの介入で新しい大統領が据えられた。1985年に再奪還を計画したが、武装勢力は元コマンドー隊員により壊滅させられたと言われる。

 その事件は、まだアリアスの母が彼を身ごもった頃に起こったらしい。

 隠し財産のお蔭で、彼はとりわけ不自由な少年時代を過ごした訳ではなさそうだ。(故に今はジリ貧なのだが)

 しかし、大学卒業後の行方は一般に知られていない。どうやら、第三国の助けによって、日本に渡り雌伏しているらしいと伝えられるばかりだ。


 事件からこっち三十年間のバル・ベルデは、麻薬戦争と汚職の世界であった。アメリカとしては、アメリカに歯向かわず、周辺に騒ぎを起こしてくれなければ、政権そのものを云々しようという意志はないらしい。

 若きアリアスが、その現状に何も思わない筈はなかった。

「でも、あの人の父親っていうのも、結構な曲者だったらしいし、同情するのも難しいわね」

 別に、ジェニーにしてもハルカにしても、アリアスに同情して付き合っている訳じゃない。あんな魔法の道具を渡されて、無関心を突き通せるほど、知的好奇心の乏しい生き物ではないと言うだけだ。

 こうした類の"厄介な代物"に手を出した故に、大変な目に遭ったと言う過去があると言う点で、二人は共通点があった。

 「封印が怖くて狐などやっておらぬ」とは、ハルカの言であるが、ジェニーも似たような心境なのだ。


「で、あの男は大丈夫なのか? 高速道路の一件じゃて、無関係な人間も巻き込まれておるのじゃろ」

「大丈夫よ。ウチに強い子がいるから」

 ジェニーが言うのだから、さぞかし強いのだろう。だが、AK-47の7.62mm弾ですらものともしない怪異相手に、黒服の持つ拳銃が役に立つとは思えない。なら、他に隠し玉でもあるのだろうか? ハルカは、空にした一升瓶を、火照った視線で見つめながら、それが何なのか気になりだした。




 相変わらずの注目である。

 狐耳と尻尾を揺らし、上質な着物を着て、気高さを感じる美しきその人。彼女に瞳を奪われることを、恥じる必要がどこにあろう?

 霊的な畏れを振りまきながら往来を進んでいくと、綺麗だがこぢんまりとしたオフィスビルに行き着く。

 この街自体は大きくないので、七階建ての建物は、割と大型に分類される。

 ジェニー自身の資産規模から考えると小ぶりな会社に思われるが、本社と言いつつ、本社機能は殆どないからである。これは、全国展開している地方企業ではありがちな事だ。驚くことではないか。


 さて、その本社ビルの目の前では、少女が怪異を絞め落とさんとしていた。

 端的に表現すると、それだけなのだが、それ以上に説明しようがなかった。

 怪異は、先般襲って来たものと同じもののようで、筋肉隆々の巨人であった。ミオスタチン関連筋肉肥大の牛を連想させる。肌は太陽光を浴びて、緑色が強く出ている。見ていて気持ちいい代物ではない。

 少なくとも、一体の怪異は首の骨が、自然でない方向に折れて、こと切れている。他に、三体の怪異がいる。

「数で勝負とは芸がないのぉ」

 ハルカは、すぐさま抜刀すると、踊るように飛びかかる。ワイヤーアクションを思い出して頂ければよいだろう。50メートルほどを僅かな助走でジャンプし、相手の反応を待つこともなく一息に断頭する。

 着地と同時に、後ろから覆いかぶさるようにする二体目は、輪舞するように足を切断し、どうと倒れたところを、後頭部から突き刺す。

 金属製のヘルメットがそこにはあったが、彼女の太刀はそんなものをものともせず、羊羹に刺す楊枝のようであった。

「こんな体でも血は赤いのだな」

 呟いている間にも、戦いは続く。先の少女は、未だに格闘している途中である。

 うつ伏せに倒した怪異の背中に飛び乗ると、もう一度、首を狙って攻撃を始める。

 そこにもう一体が追いすがる――が、すぐさま、ハルカは回り込み、頭から胴体から、縦に真っ二つにしてしまう。

 返り血を浴びながらも、首に取りついた少女は最後の一息を入れて、首を捻じ曲げる。

 圧潰する何かの手ごたえを覚えたのだろう。手を放すと、颯爽と立ち上がる。

「まだ残ってる?」

「死体だけじゃ」

 最初に斃した怪異は、既に腐敗が始まっていて、なかなか正視に堪えない。

「おお、お主がジェニーの隠し玉じゃな? 生身であれを絞め殺すとは……」

 少女は、シンディと名乗った。少し色の黒い少女は、ゴリラ的ではないが、引き締まった硬い肉体を持っていた。ショートボブで思春期らしい顔立ちの表情は、そこだけ取り出せば、可愛らしい妹と言った風情であった。




 お互いの健闘を褒めあい、その後、ビルの中を案内される。

「玄関がめちゃめちゃじゃ」

 閉口するハルカに、シンディは「壊れたものは直ります」と笑った。

 よくよく見れば、右足をかばっているように見える。

「大丈夫か?」

「お嬢様なら、すぐに直せますし」

 ハルカのカンは、どうやら正解していたようだ。





第四話


「お主は、何故にこうも、役立たずなんじゃ」

 二人してシャワーを浴びた後、応接で寛いでいると、のこのことアリアスが現れた。

 三人目のプリキュアは、シンディであると言い出したのだ。

 シンディは、ジェニーの一件を知っているので、説明は不要であった。

「詳しい事は、お嬢様の前でないと……」

 と、渋った事が原因となり、その日のアリアスは半休となった。


「ハルカ様はお気づきかと思いますが、私、魔法生物と死体のハイブリッドなんです」

 言い出しにくそうな事をよく言うなと、アリアスは驚いたが、シンディ自身は、「脳みそも別物ですし、体の材料なんてどうでもいいんですよ」と笑った。

 道中の話は、主に彼女自身の事についてだった。それ以外の情報は、すでに共有されていたからだ。

 あとは、アリアスが意外に職務に真面目だとか、そんな程度の話で、男は男で何とも反応しにくいという顔をしている。




「お嬢様、申し訳ありません。右脚部を壊してしまいました」

 謝るシンディに、「そんなものは幾らでも取り換えられるわ! そんな事より、痛くない?」

 ジェニーの口調は、慈愛に満ちていた。自分の子供みたいなものだからか。

 尤も、作成されてからもう二百年以上も経っていると言うから、子離れできていない親の臭いがする。


 二人は、半時間ほど席を外すとすぐに戻ってきた。

「これでできた」

 ジェニーは誇らしげで、シンディは新しく変えられた足の具合をに満足しているのか、我々にも見せびらかせている。

「じゃぁ、シンディの変身姿を見せて!」

 過保護な母親を思わせる抑揚で命令すると、シンディは変身を始める。


 彼女の姿は、男装の令嬢であった。端整な顔立ちは、男装をしているからこそ、より女性を強く思わせるところがあった。

 こちらもハルカに劣らず美形ではあるのだが、こちらは男前受けになりそうなキャラクターであった。

「ハルカ、変身して」

 ジェニーの鼻息が荒い。

「な、なんじゃ!」

 拒否に似た聞き返しに、「そして、シンディを襲いなさい」と、己の欲望を吐露すると、「腐ってやがる。早すぎたんだ」とアリアスが頭を抱えた。


 シンディは自制心があるからそうしないだけど、実際はジェニーを襲いたい所はあった。否、大体、彼女たちはしばしば同じ床で寝ていると言えば、深い説明は不要だろう。





 それから、何度かの戦闘があり、徐々に強い敵が現れる頃――それはハルカは酒欲しさに、ジェニーの命を受けて、あれやこれやをする事に抵抗がなくなった頃である。

 何といっても、4L二千円行かない焼酎と、数十万から数万円のウィスキーや日本酒とで、何を比較すればいいのだろう?

 そんな訳で、イケナイアルバイトの対価を今日も飲んで愉快でいると、アテが足りない気がしてきた。

「コンビニの唐揚げを食いたいぞ!」

 と言ってみたが、日中のワンルームマンション、ロフトの高みから眺める部屋には誰もいない。


 いつも、ここで一度変身して、男だか女だか見分けのつかぬ美人に変身するところだが、しかし、今日はどういう調子かすっかり忘れていた。

 否、単に頭の中が唐揚げでいっぱいになっていただけだ。

 その決断が、どういう結果に至るかは、もう説明の必要もなさそうだ。




「ほー、これがパトカーかぁ」

 彼女は笑い上戸だったし、唐揚げを1パック食べた後だったので、上機嫌で保護された。

 説教は、強い口調であっても、右の耳から左の耳に抜けていたので、警官はもはや諦めてしまった。それに本部へ彼女を照会すると、程なく「丁重に扱え」とのお達しが届いたのだから、苦い顔をして対処するしかなかった。

 署へ着くと、すぐに応接室へと連れていかれる。その廊下で一人の少女とすれ違った。

 どことなく不思議な匂いのする少女である。

 ハルカは、特異なものを感じると、隣の女性警官に尋ねる。

「非行少女ですよ」

 この警察官も苦笑いである。偉い人から命令を受けなければ、ハルカもその仲間だからだ。

「あの子は、この後、どうなるんじゃろうか?」

 この問いに、彼女は、親を探して引き取らせたい所だが、知らぬ存ぜぬを押し通して手を焼いていると、迷惑ついでに愚痴を吐露した。

「そんなに気になるなら、話してみる? 貴方のお迎えもすぐに来ないみたいだし」

 市民に対してタメ口なんて、公務員としてらしからぬ行為だが、この女性警官は、ハルカの酒臭さに嫌気がさしていたので、もはやなんでもありであった。




「ケイコ、お主も気づいているじゃろ」

 黒髪の少女は、飾り気も何もなく、清純そうに見える。そのままセーラー服を着せれば、青春小説のヒロインになれるだろう。男なんて触った事すらないという顔をしている。

 しかし、実態としては、SNSを駆使してロリコンを釣り上げて、売春行為を行うとんでもないビッチであった。

「ここで話しづらいことじゃからな、まぁ、ツレの迎えが来たら、一緒に行くぞ」

 ハルカは、黙りこくるケイコに対し、熱心に語りかけていた。

 その後も、暫く話をしていたが、好意を拒否する返事以外は貰えなかった。

 とは言え、ハルカはジェニーに話を付けると、ケイコの身柄も彼女のものにしてしまったのだ。


 一部の熱心な人間を除き、警察はこの介入をよしとした。

 どう考えても面倒臭い案件に違いないからだ。親の呼び出しに応じない援交家出少女なんて、都会に行けば山ほどいるかも知れないが、こんな街では珍しいからだ。

 それに、何処かのエライさんが介入するとなると、どう考えても普通じゃない。

 警察のような恒常性を目的とした組織は、そう言う状況を嫌うのだ。




「ここまで来たのなら、もう、話してくれてもいいじゃろう」

 ハルカは促すが、ケイコは「ばっかじゃねぇの? 連れてきたのはお前だろ!」と毒づくばかりだ。いや、正論ではあるのだが。

「お前さんが、今まで何年生きてきたか分からんし、これから何年生きるか分からんが、別に好きでロリコンの相手をしている訳じゃあるまい。

 幸い、儂らは、もう五百年、千年生きておるからの」

 この狐は、妙なところで根気強かった。ジェニーは、そこまでケイコに固執する必要もないだろうと思っているが、ハルカがそうしたいと言うものを反対する理由も見つからないでいた。

 しかし、こうした問いかけに対しても、「あんたの顔を、これから何百年も見なくちゃいけないなら、クズ野郎の相手をしている方がマシ」とか、そんな事を言うばかりで、埒があかない。


「あのねぇ、どいつもこいつも、勝手に死ぬし、勝手に忘れるし、勝手に拒絶するだよ。そんな風にやってきてるのに、今更仲良くしましょうとか言われても困るんですけどー」

 小馬鹿にした口調に、ハルカの堪忍袋の緒が切れる。

「正直な話な、お主のような者が嫌いじゃ。

 お前さんの前で、今までどれぐらいの人間が死んでいった!?

 知らないことだけが、おそろしいのではなく、同じようにおそろしいのは、もう少しで、すべてがわかるはずだと、ささやきかけるその声じゃ。

 そうした声に、どれだけの人間が苦しみながら死んでいったと思う!

 お主が、厭世的になっていても何も言わぬが、時間を好きなだけ捨ててもよいと言う考えを持つような者は、他者を根拠なく馬鹿にし行き続けるしか出来ないのじゃ。

 儂は高慢か? そうじゃ、高慢じゃ、お主の生き方は、お主の自由じゃ。だから、儂の言う事じゃない。

 じゃがな、お前が生きてきた年数、それなりに気に掛ける人間もいたじゃろうし、これからも出てくるじゃろうて、そうした連中を十把一絡げに馬鹿にする態度は同じく長く生きてきた者として許すことが出来ぬ。何故与えられた時間を憎むのか」


 ジェニーは、ハルカの熱の入れ方は少し行きすぎではないかと思えた。普通の人も、病弱な人より長生きだろうが、その分について、何か責任を持てと言えば、それは言い過ぎだと言える。

 それに、研究のために死の運命から逃れようとした自分と違って、それを望まず不老不死の身体を手に入れてしまったとしたら、それはその運命を呪うしかない。

 ハルカをそのままにしていたら、何処まででもケイコをなじりそうだったので、引き離し、食事と寝床を用意させて、明朝仕切り直すことにした。




「随分とご執心ね、昔何かあったの?」

 ジェニーは、ハルカのグラスにラムを注ぎながら訊ねる。

「封印される前に、随分と色んな人間を目にしてきた……分かるじゃろ?

 どいつもこいつも、死にたくない、まだやらなくちゃいけない事が、と言って死んでいった。殆どが悔いを残して死んでいった。じゃが、そうした連中が人生の負け犬かと思うか?」

 ジェニーは静かにかぶりを振る。

 ハルカは、酒を呷ると、鼻から息を吐き捨てた。

「でも、本当はそれだけじゃないでしょ?」

 優しげに訊ねると、「そう言う話は聞くな」と戯けた調子で頬を赤らめた。

「貴方に思い入れがあるんなら、あの子にだって何かしらあるでしょ? 本当は私達より長生きかも知れないし」

 そうして、短い間笑い合って、再び落ち着く。

「儂は、そうは言ってもただの狐じゃ。特に神たる資格を持っている訳ではないからの、ただ、見守るしか出来なかったのじゃ」

「貴方が弱いからじゃないわ」

 ジェニーは膝に手を掛け、ハルカを覗き込む。

「そうじゃろか?」

 弱気な目で見つめ返す。

「そうよ。それに、ラムはもっと陽気に飲む酒よ、もっと強気でいかなくちゃ。

 あんな生意気な娘に負けていられないんだから」




「あんた達って、いつもこんな良いもの食ってるの?」

 実に美味そうな肉が食卓に出ている。それを目の前にして、ケイコは信じられないと言う顔で、シンディに尋ねたのだ。


 この子が、清純そうに見えてやさぐれた態度を取るのは、別にハルカへの反抗心があったからではない。

 勿論、頭ごなしに叱られたことにはムカついたのだが、思うほど説教に応えたわけではない。むしろ、彼女の人生は、人から説教を受け続けるばかりであったので、説教然とした口調は、自動的にスルーされるのだ。残りは、脊髄反射の反論であり、そこについて、くどくどと考える事はなかったのだ。

「そうですね。お嬢様は、お肉よりお魚の方が好きでいらっしゃいますね」

 その言葉を少し残念そうに受け止めながら、あまり上品とは言えない食べ方で、ステーキを胃に収めていく。

「あんたも、やっぱり長生きなの?」

「いまの私は、今年で二百十五年になります。その頃は、いまで言うドイツにいました。

 私は、お嬢様によって作られた魔法生物なんですよ。元々の土台は何処かの貴族の娘だったらしいんですけど、完成した頃には、その一家は離散してしまったようです。その頃からお嬢様のお世話をしてますわ」

 ケイコは、好奇心の赴くままに、彼女の秘密へ足を踏み入れていく。

「じゃあ、あんたみたいなのが他にもいるの?」

「いいえ、私だけです。他にもそうした人がいたと言う話も聞きません。

 最初に、生き返らせようとした一件も、何やら事情があったようですが、私には関係のないことですので、存じ上げません」

 こうした突っ込んだ質問に対して、平然と答えるのは、彼女の良さであり、怖さでもあるのだが、ケイコはそれを感じ取る事が出来ないのか、止まることを知らなかった。

「ワインは飲まれます?」

「飲むよ!」





第五話


 ハルカは、腑に落ちないものを感じつつ、ケイコの機嫌の良さを受け止めていた。

 ジェニーにしたって、妙に引き留めたところもあるから、彼女がこの家に寄生しようとしている事に、苦言を呈することも出来ないでいた。

 シンディには、ケイコに優しくしてやれと言いつけていたので、原因は彼女にありそうだ。それ故に、暖かく受け容れるしかなかったのだ。

 さて、ここから先の展開は、あまり詳しく述べなくても良かろう、アリアスの石が、やはりケイコに反応して、一緒に戦ってくれと懇願されるのだ。


「でも、私、武闘派とかじゃないんだけどなぁ」

 まさにその通りだった。否、そもそも、プリキュアと言うモノは、普通の女の子がなるものだから、他のメンツのような――変身してもしなくても同じような連中の方が異常なのだ。

 しかし、断るつもりもなかった。一宿一飯の恩と言うか、これから寝床と食事を集ろうと言う相手なのだから、それぐらいの対価は支払ってやろうと思ったのだ。

 今まで、シリアルキラーにも病人にも出会って、高リスクな事をやってきたが、死ぬどころか傷さえも負わなかったのだ。戦ったところで死ぬことはないだろう。むしろ、いっそ死ねるならそれも悪くない。


 そんなこんなで変身すると、何処かのプライベートバンクの女頭取と言うと信じてしまえそうな知的な姿になっていた。

「素晴らしい」

 アリアスが初めて変身後の姿を褒めた。

「なんだ、こういうのが好きなのか」

 ハルカが鼻で笑う。

 性別不詳に、高慢そうなお嬢様、ボーイッシュに、スマートと来たら、最後のを選びたいと思うのが、彼の好みであった。

 別段アリアスに気がある訳ではないが、どことなく苛立った。


「さて、全員が揃っていよいよ戦うぞ! って気分のところ悪いけど、敵は本日未明壊滅しました」

 ジェニーが唐突に口上を始めた。

 今朝からちょっとしたニュースとなっている、工場の爆発炎上の件を話し始める――そこが、所謂敵のアジトであった。

 アメリカによるバル・ベルデ共和国の支配に対する抵抗は、未だにくすぶっている。そして、それをバックアップしているのが、某国である事も判明していた。

 それに関する暗闘を、アメリカはアウトソーシングしており、その外注先がゾンビ的な生き物による兵器開発を行っている事が、怪異騒ぎの始まりだった。

 プリキュアの話が、この怪異騒ぎと呼応しているかどうかは、神のみぞ知る事であるが、何にしても、この問題は、アメリカにとっても面白い話ではなかった。

 一つは、そんなヤバい技術が、第三国に流れてしまう危険。二つ目は、プリキュアのような未知の能力者に対し、アメリカが向こうを張らなくちゃいけなくなる事。

 それに対する、良い手打ちは、アリアスを国の問題から遠ざける事である。


 そこで、ジェニーがアメリカ側に提案したのは、

①アリアスを諦めさせる。

②ジェニーは、怪異に関する情報の取得を諦める。

③ジェニーが集めた、アリアスの見方と、敵勢力に対する情報をアメリカに譲り渡す。

④これ以降、自分たちとアリアスに介入しないし、反対にこちら側は別の国に与しない。

 である。

 アメリカとしては、プリキュアの情報も欲しかっただろうが、それが第三国に漏れないなら、それもやむなしとしたのだろう。

 アメリカの秘密作戦は、昨晩から行われ、その仕上げが、問題の爆発であった。

 また、アリアスの支援者や仲間は、公安によって逮捕された。アリアスがその事に気づかないでいるという事は、公安の仕事は、なかなか上手くやれた事を意味する。


 ここで、アリアスは猛抗議する。何を勝手に決めているのだと。

「う~ん。ここでまた国内で騒ぎが起きると、私たちが短期決戦で敵を倒しても、アメリカの介入はずっと続くわよ。そうなると、また延々と安定しない国になるの。

 第一、アメリカの裏庭にのこのこ現れた政権が、某国の支援を得ているだなんて、どう考えたって邪魔が入るに決まっているじゃない」

 ここで彼女は、バル・ベルデ共和国の苦境についての理解を述べた。

 今の大統領は、アメリカの大学を出ているというだけで(それを向こうの用語で「民主主義に理解がある」と言う)、アメリカの信頼を勝ち得ている。しかし、そこで発生する様々な支援は、彼自身や身内の懐を肥やすために使われているだけだ。

 一方、メキシコやコロンビアの麻薬カルテルが、新天地を求めて侵入をしている事も、大きな憂いである。しかし、国は彼らがもたらす富や雇用を理由に、対策を講じない。

「それに、貴方、政治家向きじゃないわ。国民が大人しく従うか怪しいものでしょ。既得権益や麻薬カルテルとの激しい闘争を勝ち抜けるかしら?

 理想だけで上手くぐらいなら、国境なんて今頃死語になってるわ。

 何やったところで、国民が幸福になるとは思えないわね」


「そんな事で納得しろって言うのかよ!」

 アリアスは、怒りに声を張り上げる。

「してもらうしかないわね。それが出来ないなら、CIAに身柄を引き渡すしかない訳だし」

 生殺与奪の権は、ジェニーが握っていた。

 約束は彼が死ぬまで続くわけで、もっとシンプルにアリアスを殺してしまうという解決方法もある。

「儂としては、外で酒が飲めなくなると困るから、大人しくしてほしいものじゃな」

 呑兵衛狐は、どうしようもない理由で引き留める。

 男は、頭を抱えて頽れた。


「まぁ、なんじゃ、言うほど思い入れのある国でもあるまい。

 お主は、それを義理じゃなんじゃと思うておるのかも知れぬが、そんなものは幻想じゃよ。

 お主は、お主の人生を歩めばよかろう。寿命なんてものは何かを成すには短いが、何もせぬには長いものじゃからな。

 ほれ、お前さんが守ろうとした国の酒じゃ。ちっとも美味くない」

 昨日の飲みかけのラムを手渡すと、ハルカははにかんだ。


「おっさん、面倒なことは考えない事に越した事はないぞ。なんなら、変身した姿でデートしてやろうか?」

 ケイコは、彼に何の義理もないが、なんとなく、引き止めなくてはならない雰囲気に背中を押されて、要らぬ約束をしてしまいそうになる。


「あら、夜伽の準備をしませんとね」

 あろう事か、シンディまで悪乗りを始めてしまった。


 盛り上がる外野を他所に、一人、嗚咽を漏らしている男がいる。

 人生の目標が失われてしまって、整理がつかないのだろう。みっともない事だ。

 いざとなれば、力づくでもいう事を聞かせるし、この一件は、もうおしまい。

 ケイコの事は、また別の話で。


 あらゆる事は、いい加減に収められ、その矛盾を孕んだまま、人生は終わらない。





あとがき


 随分と書き散らしたクセしやがって、こんなオチかよと憤慨の向きもあると思いますが、ロリババアってのは、言ってみればプリキュアの極北の存在なんですよね。

 プリキュアは、いつか少女ではなくなるだろうという期限付きの存在なんですよ。仮に、アンチテーゼとして、大人のプリキュアを作り出したとしても、それは何処かで引退する、寿命を迎える必要が出てくるわけで、そう言う意味では制限と言うゴールが設定されているのです。

 ロリババアというのは、そう言う制限を得られない存在故に、物語を終えることが出来ない存在となります。

 それ故に、徹底的にカタストロフから逃げ出します。むしろ、カタストロフが逃げ出してしまうのです。


 そうした前提で、得られることの出来ない大人の肉体を、変身によって得る事が今後のキーポイントになりそうです。

 と言うか、変身しなくても全然強いですからね。




 名前のハルカですが、キツネ→安倍晴明の母親→あべのハルカス→ハルカと言う連想ゲームです。

 「いっぱいあってのぉ」は「ルドルフとイッパイアッテナ」だったりしますが、まぁ、若い人に分かるかどうか。


 バル・ベルデは、英語だとvery greenとなるが、まぁ、少しいい加減に訳した。

 と言うか、コマンドープリキュア状態だが気にするな。特に理由はない。


 コマンドーは、なんとなく混ざってきてしまい、ちょこちょこ台詞にも入ってます。むっちゃ死亡フラグ立ちまくりですが、あの子らは死ねないんで大丈夫です。

 ジェニー、シンディも、ケイコも出てきます。いや、出てきませんが。


 幻の銘酒、四次元殺法ですが、「よい子の諸君!」ネタから来ています。完全に子ども扱いの癖に酒かよと。

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