2015年11月11日水曜日

艦これ~沈んだ世界から 第二十一話

 ちはやのいる空母航空部隊と、行動を共にする第一打撃部隊は、目前の敵に攻撃を始めた。

 敵は、戦艦四、空母二、軽空母二、重巡軽巡がそれぞれ四、駆逐艦が十二と言う陣容であった。

 正面から出くわした各々の艦隊は、セオリー通りの攻撃を行った。我々は、充分な戦力と火力により、ほぼ無傷で、この状況をすり抜けられそうだった。

 その頃、第二打撃部隊と機動部隊により、敵A艦隊は挟撃を受け始めた。


「気に入らないわね」

 私がちはやに呟くと、彼女も些か状況に引っかかりを感じていたと返事をする。

 戦力の逐次投入の感が否めない。これは故意にやっているのか?


 今回の戦い、戦艦や空母を沈めたが、遁走した敵を追いかけるほど、有利な戦いをしたわけじゃない。

 勿論、緒戦から全力で戦うのは愚かだから、この判断は誤りではない。


「戻ろう。我々は機動上不利だ」

 島を抱え込んだ連中より不利だというのは、我々はその島を攻略しなければならないからだ。

 そして、今や、全艦隊の位置は完全に丸裸にされている。

 敵A艦隊への攻撃は大変有利に進んでいるが、後続に艦隊がいた場合、輸送上陸部隊から離れられなくなる。


 恐れていた通りの状況は続く。

 我々は次に、重巡からなる小艦隊と、島からの航空隊の攻撃に曝された。

 これも善戦したが、なかなか今の位置から移動しづらくなった。

 敵潜水艦も、駆逐艦によってサーチ・アンド・デストロイされた訳だが、ちっとも状況の好転を感じさせない。


 絶え間ない波状攻撃に、武蔵が「戦果を稼げ!」と艦隊を鼓舞する。しかし、終わりの見えない戦いほど、精神に堪える戦いはない。

 いっそのこと、島を攻略してしまった方がいいのではなかろうか? 今なら余力もあるのだし。

 しかし、背後を取られるリスクは存分にある訳で、それが敵の狙いだとしたら、なかなか優秀な戦略だと言える――その損害が相手にとってどれだけ意味を成すか分からないのだけれど。


「先ず、戦艦でアウトレンジ攻撃を行いましょう」

 今のところ、敵の射程は13海里以下だと考えられるので、戦艦、重巡による攻撃で、航空戦力を封じる事は出来そうだと考えたのだ。

 島は、岩礁を除けば、直径五キロほどのものが一つあるだけだ。そして、この島は南北に傾斜したような地形をしており、現在位置から南寄りに潜り込んでいく形で進攻すれば、北岸の崖や密林に隠した砲台からの攻撃を避けられる筈だ。

 こうして、我々は島を東西からの攻め始めた。


 通常の榴弾に加え、アルミ箔のリボンを詰めたシャフを大量にばら撒く。

 敵のレーダーは無効化され、空港は破壊される。

 先の攻撃から間がないため、出撃する航空機は少ない。

 当然、敵も反撃に出る。次々に現れる深海棲艦と挟撃される状態になるが、それを必死で撃退する事になる。

 ちはやが不安げである。

「一度あなたが決めた事なのだから、そういう顔しちゃダメ」

 私の一喝に、彼女は「はい!」と元気よく答えたが、内心を隠すには、無理のある顔をしている。


 島へのダメージの累積と同時に、我々の艦隊は、徐々に押され、徐々に島の方へ追いやられていく。

「背水の陣だな」

 と笑いながら問いかけると、「それは正面を限定して、戦力を集中させる事です。今は、どこを背にしても敵はやってきます!」とムキになって反論してきた。

「よく勉強しているじゃない」

 私が一人で愉快になっているのが気に入らないのか、ちはやは苛立ちながら呟く。

「勉強も大変結構ですけど、生きていてこそです」

 その通りだ。




 五つの部隊は、島のすぐ南で集合した。しかし、敵を目の前にして上陸するのは危険すぎるので、我々は完全に留め置かれている。

 日暮れが近くなる。

 レーダーがあるだけに、戦闘は不可能ではないが、私が敵ならデコイを用意する。

 そんな戦いは、あんまり考えたくはない。

 また、水雷戦隊で突っ込んでいくのは、最後の手にしたいのだ。


「残念ですが……島を放棄しましょう」

 ここで放置すれば、敵は対策を施して、より攻略しがたい要塞となる。

「今戻れば、また来られます」

 ちはやの成長に涙が出そうだ。

「大和さん、武蔵さん、しんがりお願いします!」


 西からやって来る敵に、戦艦、巡洋艦が切り込んでいく。間隙に、揚陸艦、輸送艦を滑り込ませて、空母が続き、大和型の二人が後ろを守っていく。

「全員で助かるからな」

 と、私も調子を合わせてみたが、それはそれで、被害を増やす可能性を秘めている。

 一番遅い船に合わせた密集陣形は、恰好の的になるからだ。

 それに追いすがる敵艦隊も余裕だ。


 徹甲弾が、敵を粉砕して落伍しても、次が戦線に復帰する。そして、それは肥え太っていく。

 冷静を装う私の背筋にも冷たいものが流れ落ちていく。ちはやも泣き出しそうだ。

 増援は夜明けまで来そうにない。

 どうしたものか。


 その時、渾身の一撃が降り注いだ――敵の上に。





「お前、一発殴らせろ!

 そうだな。ちはやと参謀、アントニアの分も含めて四発だ」

 夜が明けた頃には、敵は霧散した。新たな戦力が加わったからだ……それは、あの提督が率いる艦隊である。

 戦力は、空母や戦艦がそれぞれ十隻以上もある大艦隊だった。

 東側の敵艦隊は、次々に撃破され、我々が落としかけた島にもちゃっかり上陸していた。

 我々が逃げ回っているうちに、一人で上陸して勝鬨を上げていたのは、正直辟易とさせられた。それでも自分たちを助けてくれたのだから、何も言う事も出来なかった。


 少し明るい海を見つめ、まだ暗い黄土色の砂浜で、私とちはやは、死んだはずの男と再会した。

 尤も私は、前々からこの男が死んだとは思っていなかったから、嬉しい事など一つもなかった。

 ちはやはちはやで、面識が薄いので、何の感慨もない。提督は、その辺を淋しがっていたが、それは当然、嫌らしい冗句である。


 提督曰く、お得意の潜水艦で日本を抜け出し、中国に一時匿われた。その後、欧州へ落ち延びたらしい。

「よく陸軍を出し抜けたものね」

 私が挑戦的に聞いてみると「あんたらが作ってくれたルートがあったからね。東南アジアもインドも混乱してたから、中央アジアまで抜けるのも楽だったよ」と、得意げな顔をされた。

 私と参謀の"骨折り損"が、こうもあっさり使われてしまうと、正直気分もよくない。

「あんたの為じゃない!」

 いきり立つのも不格好なので、腹を立てるのはここまでにしたが、胸糞の悪さだけは残っていた。


 提督は、欧州に出ると、ゼロから艦娘を集め、その力を政治力に変えた。

 そして各国を説得して、沿岸防衛を買って出たのだ。

 尤も、彼らのメンツもあるので、水平線の向こう側での戦闘に限られた。反面、どこも整備や補給には協力的だった。

 そして、その協力体制が整うと、村八分を恐れて、国際間でのトラブルは激減した。

 欧州が安定的になると、シベリア鉄道経由の輸入も安全に行えるようになった。

「中国に助けてもらえたのは、それのお蔭だからね」

 と、はにかむが、この勢いなら、東南アジアでの動乱も彼とは無関係とは思えなくなる。


「それで、結局、貴方は何しにここに来た訳?」

 と言ってみたら、ちはやに「せっかく助けてもらったんですから」と怒られた。

 すると、「来るかなと思ってたら、実際に来た」ぐらいの答えを貰い、こちらは、どういう顔をすればいいか分からなくなった。

 参謀なら、「そんな時は笑っておくものだ」と言いそうだが、感傷も束の間、「僕はこれでも忙しいものでね」と挨拶だけして、島を後にした。

 島の整備が始まる。





 欧州とアメリカの通信が漸く再開した。

 大災厄で途絶した海底ケーブルの復活は無理そうだが、各国首脳との連絡には無線で充分だ。

 交易も幾らか安定するだろう。戦える艦は増えているのだし。

 それと共に、当然と言うと悲しいが、核兵器の秘密が漏れる事となる。

 ここで、情報漏えいの犯人を取り押さえて、ケチな欲望の為に、愚かな行為をした人間を断罪したい衝動に駆られるが、実のところ、そこまで単純な構造ではない。


 核兵器みたいな、人類を滅ぼしかねない道具が、数少ない勢力に管理されるのは、むしろ人々の隷従と抑圧の危険を生み出すのではないか? と言う危惧を持つ科学者が、その犯人であった事が、暫く後に判明する。

 その想いは当然裏切られ、無秩序な拡散が、人類の危険を増大させることになるのだが、こういう問題が人類を苦しめるようになるのは、ずっと後の事になる。差し当たり、欧州は安定したように見せて、危険なチキンレースを始めたのだ。。


 平和と言うのは、戦争の見えない継続状態でしかない。尤も、市井の人間にとっては、そう言う社会こそがこの世の春なのであるが。

 人類の処世術は、生活経済の拠点を沿岸を遠ざける事だった。外界への限られた出口を艦娘で守る事によってなけなしの繁栄をモノにしているのだ。


 沿岸都市は、更に整理されることとなった。

 米帝の一件も盛んに宣伝されたから、深海棲艦に核兵器で挑むと言う選択肢は誰も選ばなかった。

 "提督"が影ながら守ってくれるから必要ないのだ。

 それに掛かるコストは、傷ついた艦娘の修復と、僅かな燃料弾薬の補給だけだと言うのも気が利いている――僅かだという根拠は、彼らが交易によって取得する資源から試算した。

 何故なら、提督に防衛権を譲り渡しているなどと、何処の代表者が国民に向かって説明出来よう。故に、その取引は何処でも公然の秘密となっている。教えろと言ったところで、どれぐらいの資材と金銭を奴の懐に入れているかは、誰も教えてくれない。

 だから、ヒューズグループお抱えの経済学者が、あらゆる会計学、経済学のツールを使用して推計してくれる。

「少ない……」

「この前の戦いで、敵勢の半分を破ったと見ても、他で行われているだろう戦闘の説明が出来ませんね」

 ちはやを含めた四人は、資料を睨みながら、唸り、頭を抱えた。

「提督は、昔、艦娘が深海棲艦を吸収して補給すると報告していましたね」

 私の言葉に、「ああ、儂も見てたぞ」と参謀も答えたが、表情は苦かった。

「正直、見ていて気分のいいものじゃなかったからな……野生の艦娘は、ああでもして生きながらえていたんだろう」

 言葉数少なく、そして気持ち早口で説明すると口を噤んだ。

「でも、人間に接触した後は、何もなかったんですよね?」

 ちはやは、その表情から察したのか、恐る恐る参謀に尋ねる。

「いや、それは単に観察されていなかっただけって可能性もあるだろう。

 あの男が、艦娘にとっての"特別"なら、あの姿を見せても構わないと思っているかも知れない」





 当世のアメリカの深層は、イデオロギーではなく、超企業体の経済力の戦いであり、政治とは、利益の源泉に他ならない。

 アントニア・ヒューズは、艦娘の力により軍事的に圧倒し、基地を作り、物流を独占し、防衛費を巻き上げる。

 他の企業体が彼女に対抗できる手段は多くない。彼らが参入出来て、その上、一番ホットなのは、核兵器ぐらいだ。故に、その界隈での戦いが熾烈になってきている。


 米帝は、艦娘に防衛をお願いしていながら、ちゃっかり核開発と配備は続けているのだ。

 彼らは、基地を増やし、住宅密集地や都市を避ける作戦に出た。そもそも、守るべき都市は一つ以外は整理されるのだ。

 "対深海棲艦"と言う名目では、その配備を止める事は出来なかった――事実上、米帝を守る艦娘が人質になったようなものである。


 この問題を、ちはや以下一同は苦々しく思うしかなかった。

 とは言え、これに関して口出しするという事は、相手国の国防に関して、ケチをつけるような事であり、主権侵害でもある。





 中国での仕事に忙殺されているとはいえ、全く情報が入らない訳ではない。

 相変わらず、明石の密偵があちこち嗅ぎまわって、必要な事を教えてくれる。

 俺から得られる情報も、全く無価値と言う訳ではなさそうだからだ。

 さりとて、大きな変化がある訳ではない。

 一つだけ例外があるとすれば、明らかに船の数が増えている事だろう。

 どうやら、提督が生きていたようだと言う情報は、割とすぐにもたらされた。この変化は、彼の仕業なのだろうか?

 この事に関して、統一中国政府は、良い事として受け止めている。

 燃料弾薬に関しても、艦娘の食費にしても(俺は"唯一の見える能力者"として、しばしば宿舎に出入りしている)必要とされる量は、ささやかとされている。(食費は相変わらずだが、同じ戦力の人間に比べればという事だ)

 東南アジアにいた時は、あんなに燃料弾薬を、大量消費していたのに、全く今の状況が理解できない。

 勿論、沿岸都市を整理して、護送任務がほぼなくなったからと言うのも一つの理由だろうが、それにしても少なすぎるのだ。

 尤も、沿岸の哨戒も、深海棲艦との戦闘も、概ね水平線の向こうで行われているし、出かける船は大量なので、他で何かやっていても、我々には分からない。そして、それに関して、政府はあまりにも不干渉である。




 中国でも、内陸部への逃避が続いている。誰も居なくなった沿岸部には、南方の島々から来た難民やごろつきが残っているが、政府が見捨てた人間は、艦娘に保護されることもなく深海棲艦に殺されている。

 難民は、ややもすれば、反政府勢力として活動しかねないから、コテラルダメージと見ているのだ。

 上手く利用すれば、足りない労働力を補填できるかもしれないと考える者もいる。しかし、そこには様々な問題が生じる可能性があるのだ。

 本土の労働者から仕事を奪うだろうし、界面では文化的衝突を起こすだろう。ドロップアウトすれば、犯罪者が純増する。そんな危ない"船"では渡れないのだ。

 また、山奥の危険な鉱山で、半ば強制労働を行われる人間もいる。政府が頑張っていても、腐敗は発生するものだ。国としての歴史が浅いと国民意識も低いのだ。それも仕方ない。


 ヨーロッパの経済は、いわば中国の生産能力と、シベリア鉄道の輸送能力によって律速状態にある。

 アフリカからの交易は、沿岸部の壊滅によって死滅の危機に瀕している。

 確かに、艦娘による警備は行われているが、提督は、船団保護までやってくれない。旧ジブラルタルや旧チュニス、小アジア-中東経由もほぼ全滅だからどうしようもないのだ。

 では、アフリカ国内はどうなったかと言うと、武器弾薬が尽きれば、あとは人海戦術である。生産能力が全くない世界ではないが、充分量でないとなると、もう、戦国時代のような有様となる。部族ごとが殺し合いをし、難民が流れ、行き場を失った者たちは、海へと沈む。

 そんな悲劇が繰り返される。

 ヨーロッパの安定は、この地域へも難民の流入が起こることを意味する。

 決死の渡海も、数が多ければ、そこそこ漂着するもの。

 そして、南や東ヨーロッパから、北や西に向かうにつれ、難民はフィルタリングされ、金と技術のある人間が、奥へとたどり着ける仕組みが働いている。これらの事情で、北部東部は難民受け入れを表明し、南部西部は拒否するという事態が起こっている。また、ここでも、沿岸部が見捨てられている。


 難民問題は、非常に矮小化してまとめれば、持たざる者が、持つ者へのヘイトを、居場所のある者が、ない者へのヘイトを募らせる結果となったのだ。

 内情は、そこまで単純ではないが、多くの人は、そのように理解している。





「核攻撃!?」

 流石のヒューズ女史も狼狽した。

 米帝一の都市が核攻撃を受けた――今度は、前回のような"事故"などではなく、純然たる攻撃であった。

 前回の攻撃を受けた都市は放棄されたから、事実上、唯一の巨大都市であった。

 その被害者数については、後年になっても正確な数字が発表されることはないぐらい、インパクトのある攻撃であった。


 米帝の行政上の首都は内陸へ疎開していたが、混乱により多くの機能を停止。すぐさま軍が状況を掌握すると、彼らは半日も経たずに爆撃機を離陸させた。

 米帝はあの後も核開発を進め、攻撃を受けてから報復までの時間の短縮を実現していたのだ。

 報復先は勿論、連邦である。


 アントニアの知る限り、こちらが先制攻撃を行う理由はなく、計画もなく、準備もなかった訳だから、この報復は寝耳に水とも言える。しかし、常識的に考えれば、米帝の事実上の敵国である連邦しか、この手の攻撃能力を持っていないのだ。彼らが直ちに連邦を目指すのは、誰の目からしても明らかであるのだ。

 勿論、連邦の空軍も馬鹿ではない、すぐにスクランブルを掛けて、大規模な空中戦が行われる事になった。

 幸いなことに、米帝の持つ核弾頭など数が知れている。爆撃機の撃墜や、様々な道路、鉄道の徹底した検問により、あらゆる攻撃を封じることが出来た。


 しかし、この状況は、どう考えても全面的な戦争を意味する。

 連邦は非常事態が宣言され、あらゆる事が制限を受ける事になる。

 アントニアは、私人としても、グループトップとしても、戦争に反対であったから、直ちに主戦派の切り崩しに掛かる。普段から不測の事態に備えて、様々な準備をしている彼女である、こんなことはお茶の子さいさいの筈であった。

 彼女の目論見通りに進むなら、米帝とすぐに連絡を再開し、お互いの誤解を解くように仕向けるのだ。上手く行けば、ちとせの救援隊も活躍の場を得られるかもしれない。

 その為に、米帝にも合衆国にもロビイストを送り込んでいるのだから。




 しかし、そうはならなかった。

 ヒューズ・グループによる支配に反発した連中が相当数いたのだ。

 こんな事も予想して、彼女の諜報部は、政治家の思想監視を行っていた訳だが、なんと、そこに裏切られたのだ。


 ドイツから買い付けたFa223が、ビルの屋上で待機している。

 足元には、陸軍の車両がどしどし集まってきている。警備員は既に職務放棄しているので、迷路のような入り口だけが頼りだ。

「また逃げ出すのか」

 大井参謀は、残念そうに振り返ると、目の前に広がる街々のビル、住宅街、更なる遠方の平原と山々を望む。風が髪をかき乱す。

「最近、強引でしたから」

 アントニアは、核攻撃の一報の時ほど動揺しているようには見えなかった。否、楽しそうにさえ見る。そして、少しばかり紅潮している。


 軍と政府は必死である。我々を取り逃せば、沿岸部は丸裸だからだ。それなら、クーデターを起こさなければいいのに、と思う所だが、そんな合理的判断が出来るのなら、人類はもっと明るい未来を歩んでいる筈である。

 我々が不合理だと思っても、彼らからしたら、戦争できるチャンスでそうしないのは、大きな経済的損失なのだろう。少なくとも、ヒューズグループの利権を切り分けて一部が貰えるのならば、それぐらいの損失は大したことがないのだ。

 それは、全体的な富が増えるのなら、自分自身は一番手に拘らないと言うアントニアの哲学とは真逆である。確かに、一番である事がもたらす富は莫大である。彼女はそれを承知の上で、隠れた一番であることを目指していたのである。

 こうした動きの切っ掛けは、ヒューズグループが大きくなり過ぎたからである。それは他のグループを食い詰めさせ、一か八かの状況へと追い込んだ。山分けの取り分も大きくなるだろう。


「それで、ここから引き上げて、艦娘をどうやって食わせて行く気ですか?」

 意地悪な質問をすると、「それは考えていなかった」ととぼける二人。

「もう、いい加減にして下さい!」

 先に苛立ちを表明したのは、ちはやだった。

「我々はもう、流浪の民みたいなものじゃないか」

 民と言うには、民間人と言える人間がいないのが気になる訳だが……

「何とかして、踏みとどまるべきなんじゃないんですか?」

 余裕綽々な参謀やアントニアに、ちはやは我慢ならないようだ。

「ちはやは、資源大国を向こうに回して戦争したいか? よしんば、我々に継戦能力があったとして、内戦なんか望むのか?」

 片眉を上げながら訊ねる参謀。教育の時間だ。

「政争なら、政治の力で解決すべきです!」

 彼女の闘争意識は萎えることを知らない。

 彼女の返答に、小馬鹿にしたような笑い声を上げて反論する。

「政治は力だ。力がなければ政治的には勝てない。

 グループを簒奪されたトニが、今のままで戦えるか? 大統領選にでも出るか? 知名度も低いのに?」

 そこまで言い詰められ、黙り込んだ彼女に、アントニアが救いの手を差し伸べる。

「ちはやの心配は分かるよ。でも、私は何もなくしてはないわ。貴方達がいるし、私自身に必要なものは、私の頭と手と足に全て詰まっているのだから」

 オデュッセウスがそうであったように、彼女はいつかここに帰還するのだ。


 空軍の"お見送り"を、空母から発艦した航空隊が退ける。

 空へと向けられた対空砲は、陸地を指向する艦砲により、発砲する事が出来ないでいた。

 そう言う真空地帯をくぐり抜け、ヘリコプターは、無事、艦隊へと合流した。

 航空機は艦娘が操れば、人間に後れを取る事も、不慮の事故も起こらないのだ。




 さて、アントニアが権力を捨てる事に納得できたにしても、心優しいちはやが、沿岸都市を無防備のままにさせておくのをよしとする事はなかった。

「補給もないのに、どうやって守るっていうの?」

 私も、一般市民を見殺しにするのには気が引けるのだが、それを実行する事は困難であった。

 我々が律儀に己の責務を果たしている間に、あちらもその善意に絆されるなどと言う事があればいいが、そんな事は到底考えられる筈もない。

 人間も所詮自然の産物であり、我々がライフルを捨てようと、森の熊は人を襲うし、ダムを切り崩した所で、洪水は人を襲うだろう。二国は互いに核武装し、平和裏に事を収めようとした者を追い出した――そんな人間が、恐怖も利益もなしに、再び我々を迎え入れる事などないのだ。

 我々の意志が幾ら立派なものであろうとしてもだ。




 それにしても、今回の事件、誰が犯人なのだろうか?

 無理矢理戦争状態に導こうとするにしても、流石に何十万人もの無辜の命を葬る人間がいると言うのは、あまり考えたくない。否、人間故に可能性は否定できないのだが。

 仮にそうだとして、そうする事の意味があるだろうか? ヒューズ・グループを完全に掌握するつもりならば、もう少し上手くやれただろうし、むしろ、そこまで大規模な策謀を巡らしていたら、アントニアが気付かないで済むはずがない。

 同様にして、一部の過激なグループが米帝への先制攻撃を仕掛けたと言う可能性も否定される。そのつもりなら、連邦は、被害などお構いなしに即反攻に出ていたはずだ。

 悔しい事だが、彼女の政敵は、チャンスをしっかり掴み逃さないという"主人公的特質"を持ち合わせていたのだ。


 では、別の可能性はどうだろうか? 例えば、米帝側でもクーデターが起こったと言う可能性は?

 意味がない。表向きの民主制を保持しているにしても、軍が政治の実権を握っている状況に揺るぎはなかった。それは、事件前も後もである。

 軍内部でいざこざが起こった可能性も否定できないが、それならば、沿岸部の都市ではなく、内陸へ移動した政治中枢への攻撃を行うだろう。


 偶発的事故?

 米帝は、最初の事件以来、核兵器の取り扱いに慎重だ。作戦時にも市街地上空を飛ばないルールを定めているのだから、余程の事情がない限り、可能性は棄却されるだろう。


 あと、第三者によるテロルも考えにくい。

 いくら扱いやすいように改良を加えているにしても、組み立てに時間と手間、技術が必要なシロモノをお手軽に持ち出せるはずがない。


 欧州へと漏れた研究が、すぐに結実して……どうやって北米大陸に輸送するんだよ!


 と、言う所まで話を突き詰めると、全員口にしたくない事を口にするしかなかった。

「深海で作れるモノだろうか?」


 何度も書くが、深海棲艦が本当に深海に棲息しているかは分からない。イメージが先行した言葉である。彼らが何らかの拠点を持ち、場合によっては、我々のような協力者がいるのであれば、リークした核技術から核兵器を作り出すことは、考えられないとは言えない。

 こういう所まで、思考が進めば、後は谷底まで転がっていく。

「あの男が?」

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