2015年12月18日金曜日

艦これ~沈んだ世界から 第二十二話(最終話)

 我々が提督のことを疑い始めた頃、八木も同じ疑念に取り憑かれていた。

 大西洋の基地が開設されてからというもの、間接的とは言え、八木との情報交換は可能であったから、彼も提督の情報を仕入れることは出来た。

 だが、彼自身はその疑念について、我々に問いかける事は出来なかった――我々も見ようによっては、彼のシンパだからだ。

 そんなところに現れたのが合田である。彼は提督をいつも疑う姿勢があり、彼の死が怪しいとなると、陸軍潜水艦まるゆを使って大陸を目指した。

 八木と合田は共闘し、張政道の正体を突き止める事に至ったのだ。


 彼は、120歳などではなかった。張政道自身はずっと前に死亡していて、彼の意思を受け継ぐ三つ子によって、張政道と言う虚構が成り立っていたのだ。

 彼ら自身も優秀ではあったし、三人で一人分であったのだ、確かに伝説級の活躍も分からない事はない。

 後に、この報告を聞いて、我々は、個人的な問題に向き合うことになり、いささか落胆したものだが、それについては最後に思い出して欲しい。

 兎にも角にも、張はあの男が日本から脱出し、中国に何を与えたのかを教えてくれた。


 彼は、深海棲艦の沿岸部への到来を予言した。

 そして、彼は秘密裏にグエンの立場を奪い、八木ら優秀な技術者を奪取することにより、アジアの盟主へと躍り出るチャンスを与えた。

 その代わり、張は中国近海で、艦娘を好きなようにさせておく約束をした。

 その艦娘が、如何なる働きをしたかは不明だが、言う程、人類の希望と言えるような活躍ではなかっただろう。

 それは、彼が欧州へと向かった後も変わらなかった――艦娘による沿岸部の防衛を約束したのではなく、脅迫を行ったのだ。


 艦娘が彼の優秀なボディガードであるのは、既に証明済みである。

 彼に逆らえる者は誰一人としていなかった。


 私の育てた部下は、私との連絡が途切れがちである故に、スタンドプレーを強いられた。

 そして、それは、八木や合田が想定したように、私と提督とが夢見た世界が通底するものだとしたのである。

 中国人の手助けも当然あったに違いない。その為、彼は実に上手く、欧州で立ち回ることが出来た。

 各国の支配者が何処まで理解していたのか、それらは墓場まで持って行かれるだろう。





 我々は、米帝への二度目の核攻撃の後、西海岸に集結した。

 半月待機して、連邦や米帝が深海棲艦に屈すれば、早く泣きついた方の見方をしてやろうと考えたのだ。

 半月とは、ギリギリいっぱいの期限である。ちはやが強硬に粘ったお蔭なのだ。

 彼女は、まだ、政治家の善意を期待していた。


 そんな混乱の大陸に、燦然と現れたのは、あの提督であった。

 我々が抜けた穴を彼が塞ごうというのである。

 ここで、己の撤退を愚策だ何だと嘆いても始まらない。否、あそこで戦ってどうにか出来た問題じゃない。だから、その可能性は気にしない。

 問題なのは、彼が現れたのが米帝と連邦の間であると言う事だ。

 彼は各国に、二国間の戦争を止めるならば、支援の用意があると伝えた。


 最初に飛びついたのは米帝である。何故なら、連邦と通常戦力で戦って勝ち目などなかったからだ。、虎の子の報復戦隊はとっくに全滅している。

 次に、合衆国は"連邦が戦争継続を望むのならば、米帝の側に付く"と言い出した。これは、連邦が合衆国に攻め込む理由がないのと同時に、連邦と同調したら、米帝を滅ぼす手駒として使われ、米帝が消えた北米大陸で、事実上の属国となってしまうからだ。

 さて、この話は、南米の方まで流れていき、資源輸送の協力を得られるのならば、米帝の支援をすると共和国が言い出したのだ。

 これは、南米にある米帝領の総督と共和国政府の密約も考えられるが、いずれにしても、大きくなりすぎる連邦は、共和国にとっても邪魔であったのだ。


 ここに来て、連邦は、アントニア・ヒューズが追い出された理由に追い立てられる事となった。

 連邦の首都の目前には、ちはやの艦隊が停泊している。ここで、提督の軍門に降れば、彼女たちが、報復に出ないとは思えなかったからだ。

 確かに、敵戦力を増やすなら、街を塵芥に帰してもよいと結論付けるのも悪くない。

 尤も、辛抱強さを試される時間は長くなかった。

 ここまで状況が揃っているのに、誰も提督に逆らえないのだ。




 提督登場のタイミングの良さは誰もが疑うところだが、証拠なんてモノは一つもない。そして、生きている者の味方となった彼は、獰悪な指導者には見えなかったからだ。

 そう、彼は悪い指導者ではなかった。

 軍を引かせた後は、沿岸と南米との交易ルートの安全を保証した。そして、無用な争い事がない限り、政治に介入するつもりはないと言うばかりである。

 この無用な争い事の中には、我々の問題も含まれている。

 つまり、我々の再上陸は実に簡単に出来てしまったのだ。


 そんな風が吹いたとき、アントニアが最初に手を付けたのは、裏切り者の処刑である。

 慈悲深い彼女は、生物学的に殺すなどという事はせず、スキャンダルを垂れ流して追い込むのだ。あれはあれで、様々な醜聞をしっかり握っているので、それを出し惜しみせず放出した。結果、幾人かの自殺者が出たが、それをとやかく言う者はいなかった。

 例えば五人吊るすのと、五人を自死に至らしめるのとでは、後者が獰悪だと言うべきだろうか? その道徳的判断は、なかなかしづらい。それに、ここで用いられた精神的暴行の実行犯は、彼女の知らない、末端のマスコミとその読者なのだから。

 一つ、罪悪感を持たない方法としては優秀だと言うのは確かだ。

「こんな早く戻ってこられちゃったら、あそこで格好付けたの馬鹿みたいじゃない」

 アントニアはつまらなそうな顔をしていた。


 提督の登場で、国民は落ち着きを取り戻したが、一方、政治家は自身の立ち位置を決めあぐねていた。連邦にしても米帝にしても、疾風が吹いても、勁草が見つからないという状態だったのだ。


 勿論、どいつもこいつも役に立たないと言う話ではない。

 先の軍事的衝突の時、前主席を健康問題で引きずり下ろし、権力をかっさらってしまった現主席は、暫定の地位から晴れて正式な国家主席となった。

 合衆国や共和国の大統領は、難局を乗り切ったが、それは他にできる奴がいなかったからだ。

 米帝の総統は、提督と話を付けたあと引退を表明。軍の有力者に禅譲した。

 これらの見かけの安定は、ヨーロッパのそれとよく似ている。


 ここで一つ忘れてはならないのは、二回目の核攻撃の犯人である。

 米帝は、この件に関して箝口令が引かれているし、現場周辺は高レベルの核汚染のために立入禁止とされた。

 とは言え、このままにしておく訳にはいかず、連邦との平和交渉が始まると、すぐに深海棲艦の手によるものだと言う結論が付けられた。

 きっと、それは真実だと言えば、皆幸せなのだろう。だが、何でも都合の悪い事は、深海棲艦の所為に出来ると言うのは、あまりにも都合がよいのではなかろうか? 都合が良ければ何でも使う。それが人類か。


 我々に、もう騙されないぞと言う決意を持たせるほどの怪しさ。しかし、表向きに限れば、彼は人類から戦争を遠ざけ、多くの人類を救っているように見える。しかも、独裁制を用いずにだ。

 人々は、言論の自由を持ちながら、彼を批判する事はない。

 核攻撃の秘密で損している人間は真相を知らず、むしろ知っている人間は、手にした利益の為に、それを語る事も記録に残す事もしまい。したとして、証拠なんて一つもないのだし。





 さて、八木と合田の話に戻ろう。

 彼らが、厚みの増した艦隊を引き連れ、太平洋横断を果たしたのは、アントニアによる事業再興が一段落ついた頃だ。

 移動する人間はたった二人だから、食糧に関しては問題なかっただろうが、何せ艦隊運用なんてやってこなかった連中だけである。長門よ、よくぞやってくれたと言うところか。

「来るのがもう少し早かったらな」

 私が残念そうに言うと、二人は察したように頷いた。


 敵が強かったのか――艦娘の練度が低い可能性は排除されるにしても、兎に角、艦隊の被害状況は、なかなかのものであった。

 アントニアは、気前よく修復と補給、艦娘の宿舎を開放した訳だが、病み上がりのヒューズグループに、よくそんな事が出来たものだと、ひとしきり感心した。

 それを彼女は、「凡人に把握できるほどの資産で済むと思います?」と嘲笑う。

 確かに。


 彼女の立ち上がりの良さは、豊富な資産や、情報網と言うのもあるが、人材の宝庫を手元に抱え込んでいたからと言うのもある。それは、ちはやの艦隊である。

 彼女の"彼女を裏切れない自分を恃む能力"は、そういう所にも潜んでいるのだろう。


 さて、そんなアントニアも、大物として、再びのし上がってくると、当然、提督と関わりを持たないで済む訳がない。

 第一、手元の艦娘を遊ばせている訳にいかず、かといって、彼と対決する訳にもいかない。全く無策ではいられず、平和裏に会合を持つ事になったのだ。


 参謀は、「下手に、奴と密約を持ったなんて疑われては仕方ないからな」と、私にアントニアとの同行を命じた。

 そう思うなら、自分も行けば良いじゃないかと思ったが、参謀は彼女の事を信頼しきっているから、何を言っても無駄だろう。

 むしろ厄介なのは「私も!」と飛びついたちはやである。

「お前は隠し球だからダメだな」

 ぴしゃんと希望を撥ね付けると、「あと、惚れられると困るからな」と付け加えた。

 これは、半分冗談で、半分本気である。

 今のあの男は、人を魅了する能力を持っているのだ。我々も、うっかり、彼を信じてしまいそうになった。ちはやが、もう一度言いくるめられる可能性がある。





 さて、我々も状況に流されている訳にはいかなかった。己の海軍力を活かして、提督に頼らず、南米から輸出入を増やしていた時期でもある。欧州とのやり取りは、ほぼ独占できる状態にあるが、未だに各国が腹の探り合いをしている。

 連邦が傀儡であった時なら、その陸軍を使って、アフリカに橋頭堡を築いていたかも知れないが、夢の話をしていても仕方ない。


 提督とアントニアの会談は、そんな時に行われたのだ。

 提督の招きに、我々一行は、アークロイヤルに降り立つことになった。

 我々二人と提督の三人だけが、広い飛行甲板のど真ん中で、椅子を並べて会談した。

 暗いぐらいの青空だ。

 周囲は雲の流れ一つなく、時間の経過を教えてくれるものはない。

 世界から全く切り離されたただなかで、退屈に静止した画像が流れるばかりの空間だ。


 この時、話し合われたのは、表向き、誰がどの都市を守り、誰がどの程度の費用を負担するかと言うことである。

 今までの流れから自然なのは、連邦と合衆国はちはやの艦隊が守り、その他を提督が守ると言う事になる。これには、提督も納得し、同意した。

 話は、それでめでたしめでたしなのだが、実際二人の間でやり合ったのは、今後のアメリカをどう統治するのか、世界をどうするのかと言うことである。


 提督は、アメリカそのものの支配には、それほど意欲を持っているようには見えなかった。

 また、アントニアが平和裏に統治する事を考えているのなら、それを邪魔するつもりもないと言う。それは、彼女が核兵器の制限を口に出してからだから、彼にとっても、アレは懸念事項ではあったのだろう。

 彼が一体何発の核爆弾を手にしていて、どれほどの供給力があるのかは知らない。そもそも、何処で作ったのかも分からない。

 無駄に広いこの海原で、無数にある無人島の何処で何をしようと、誰が監視出来るものか。彼が、核戦力の保持を明言しようとしまいと、我々にはどうしようもない問題なのだ。

 そう考えると、一旦、彼の事は別にして、目の前にある米帝と連邦の関係をどうにかする事を先決にすべきだ。と、言う考えに至ってしまう。

 勿論、それが姑息である事は分かっているが、相手が要求をしてこないのだから、問題先延ばししか我々に手段は残されていないのだ。

 提督は言う、「先ず北米を平定して戴けたら」と。


 そして、話は欧州に移る。

 最大の問題は、難民である。

「酷いようですね」

 他人事のように言う彼が憎たらしい。

「欧州で、もしもの事が起これば、僕の努力が水の泡になってしまう。

 紛争が起これば、沿岸の防衛から手を引くことになっています。かといって、簡単に見捨てることも出来ませんからね。

 ヒューズさんも、投資が無駄になってしまうでしょう? マネタイズにはほど遠い訳ですから」

 奴の言う事は、何から何まで、尤もらしさを備えていた。

「陸戦部隊を出せる我々に応援を頼みたいと?」

 アントニアは、話をさっさと終わらせたいようだった。議事録も残らない環境では、言質がどうこうと言うのは、もはや無関係であった。

「察しが良いですね。

 無論、いざと言う時ですよ。第一、他が助けてくれと言ってくれないと、私も貴方も、手が出せない訳ですからね」

 そして、各国の動きを御しているのが、彼なのだ。


 我々は、言いたい事なんて、一つとして言えぬまま退艦する事になった。

 悔しさしか残っていない。

 あの時、大人としての恥とか外聞とかかなぐり捨てて、提督に挑みかかるべきだっただろうか?

「仮に――証拠があっても、私達にはどうすることもできないでしょう?」

 アントニアが、大人しめな口調で語りかける。

 それでも証拠は欲しい。そうすれば、次こそ、私は奴を憎めるし、殺す事だって躊躇しなくて済むのだから。

 私が、己の気持ちをそのまま吐き捨てると、「それは結構な事ね。他の艦娘が納得してくれるなら」と笑う。

 それも問題なのだ。

「第一、あなた、私達だけで、世界中の海を守るつもり? そんな恐ろしい事言わないで頂戴」

 逃げ場のない反論に、黙るしかなかった。





 会談以来、胸のわだかまりは、今まで以上に強く大きく膨れあがってしまった訳だけど、それを解消するどころか、より胸糞が悪くなるように、世界の情勢は悪化していく。

 アメリカで、相互不信が強くなっているのが、その一つである。

 米帝にしても連邦にしても、一般国民からすれば、核攻撃からこっち、陰謀論に近い恐怖が覆っている。

 もう一つは、欧州の方だ。難民が引き金となり欧州が全体的に不安定になりつつある。特に、東欧の諸国は、大国に振り回されている。潜熱は無視出来ない。


「ミス明石、朗報よ」

 アントニアがそんな事を言い出して、いい予感なんて全くしない。参謀もむっつりしている。

 資料を覗き込んで、その内容が、提督の核攻撃の証拠となりそうなものである事を説明した――それは、提督が攻略したあの島から、高純度プルトニウムの痕跡が検出されたという内容である。

「定期連絡の時に、八木に調べて貰ったんだ」

 参謀の事だから、続いて「喜べ、好きなだけ恨めるぞ」とでも言うと思ったが、どうやら、そう言うテンションではないらしい。

 否、私も彼女の気持ちが分からないではない。手塩に掛けて育てた男が、人類の裏切り者になったのだから。


「これ以上、提督を信じる訳にもいかないですね」

 ちはやは、そういうものの、世界平和への希望自体は棄てていなかった。

 彼女は、小さな頃から、艦娘と過ごし、見ず知らずの艦娘を含め、彼女ら全てを信じていたからだ。

 長門たちが、八木を連れてきてくれた事も、その希望を揺るがさない理由の一つである。


「長門さん、みんなと手分けして、彼を乗せた艦娘に訴えかける事は出来る?」

「やってみよう」


 我々のそれからの仕事は、艦娘に対するヒヤリングであった。

 艦娘が何を隠しているのか、何を考えているのかは、未だに分からない。

 長門や大和曰く、艦娘の願いは世界平和だと言う。その為なら、どんな協力も惜しまない。きっとみんな同じだという事を言う。それは、誰に聞いても同じだし、その事に関して、反目する意見を耳にしたこともないという。

 気がかりは多いけど、艦娘の事は信用する事にした――それしか選択肢がないだろう?

 私がそう言う旨を冗談めかして言うと、「私を信用すると思って下さい」とちはやが割り込んだ。

「随分と毒されたものね」

 アントニアが、冗談とも本気とも付かない台詞を吐くと、「提督みたいになるなよ?」と参謀が茶化し、場の空気を、ギリギリの所で保つことに成功した。

 皆、不安で仕方ないのである。


 不安は不安なのだ。艦娘は何だかんだで、あの提督に好意を持っているのだから、彼女が彼と手を組んでいる可能性を否定出来ない。

 第一、表向き、世界平和への一番の近道は、彼に従う事なのだから。彼女たちの目標もそれである限り、我々を騙し続ける可能性も高い。

 その時は、我々全員で、ボートに乗って、太平洋横断コースだろう。そうしたら、提督みたく生まれ変わるかも知れない。





 それからは、もう、ローラーコースターのようなものだ。

 世界は、一気に暗闇の中へと堕ちた。

 東ヨーロッパで起きた、テロや政変にかこつけ、かつての列強が、自国民の保護の名の下に内陸部の使える土地に殺到したのだ。

 今まで、曲がりなりにも平和であったものだから、再び訪れた戦争は、ずっと苛烈な形で舞い戻ってきたのだ。

 詳しい情報は仕入れられないが、生物兵器化学兵器が使われた戦場もあるようだ。

 「手を引くのは心苦しい」と言っていた提督は、さっさと艦隊を引き上げ――と言うよりも、抑えていた深海棲艦を差し向け、沿岸都市は火の海となった。


 アメリカはアメリカで、自分勝手な愛国者が、好き勝手に行動を始める。

 ここでの活動に、政府による目立った支援はないのだが、あからさまな世論誘導があったのは否定出来ない。

 帝国は帝国で、自由主義的であると目された人間はリンチを受けた。連邦は連邦で、スパイの嫌疑が掛けられれば、個人だろうが企業だろうが、徹底的に追い込まれ、自殺する以外の選択肢を奪われる。これらはすぐにエスカレートし、暴行は殺人にいたり、人格否定は社会的殺人に至る。

 世相がどす黒くなると、暴力は目的になり、理由さえあれば、市民へ向けた爆弾攻撃さえ、躊躇を必要としなくなる。

 こんな風にしてテロルが発生するのは、若者に行き場がないからだ。。

 大災厄から、もう三十年だ。だのに、社会構造はそこからちっとも変わっていない。

 年寄りは生き延び、若い者はあまり産まれず、かといって雇用は増えない。そこから逃れて、どんな土地へ行っても、常に他人様だ。


 ちはやは、そんなテロリストを憎むと同時に憐れんだ。自分のような道があれば、誰も被害者にもならず、加害者にもなれなかったのにと。

 確かに、そこに潜む高慢さは、指摘されるまで気付かない程、彼女は若々しい。

 それでも、"己の出来る事は"と考え、アメリカ全土分け隔てなく、カウンターテロに血筋を上げる。

 欧州の惨状を理解しながらも、割けるリソースが殆どないのだ。


 ちはやが、艦娘の前で泣き言を言っているのを知っている。

 艦娘もやりたくない陸戦を、艤装を担いだまま行っているのも知っている。

 周囲の大人達も、彼女に協力している。かつての友人、今の仲間の助けもある。

 絶望的な世界の中で、幸せな空間がある。そして、決してそこに安住しない。

 我々は、そこにまずまずの安心を得ている。きっと明日は今日より良い日だろうと。

 だが、追いついているだろうか? あの男に。あの男のしようとしている事に。

 単に、自分たちの砦の中で、回し車を回しているだけなのではないだろうか?


 艦娘同士の無線通信は、人間には皆目見当もつかない暗号で取り交わされる。いや、もう、鯨の歌のようなものなのかもしれない。

 我々は、この艦娘がどういう決断をするかという事に賭けるしかないのだ。

 もういいじゃないか、我々が滅びても。そうなら、ひと思いに、この海原に沈めてくれないか。







「みんな、聞いてくれ。提督が亡くなった」

 長門が報告したのは、あの男の突然の死であった。

 死因は、艦娘の手による射殺。遺体は飛ばされて海に沈んだらしい。

 場所は黒海。提督が率いていた艦隊の子らしいが、誰がやったかと言うのは不明なのだそうだ。


 らしい……全ては伝聞だ。

 情報の不足は、意図的なものを感じるが、それをやっているのは、我々の艦娘なのか、提督が率いていた艦娘なのか、どちらも考えられる。

 しかし、ハッキリしているのは、彼女らにその判断を強いたのは、我々だと言う事だ。

 我々にしても、艦娘にしても、彼に好意を持っていた者は少なくないだろう。しかし、それを殺させる材料は我々が渡した。あの核攻撃の間接的な証拠を。

 確かに、それは決定的な証拠ではない。しかし、二度目の核攻撃からずっと、我々は折に触れて、彼女たちに選択を迫っていたのではないだろうか?


 艦娘たちの中で、如何なる合意があったのか分からない。

 否、この世界を巻き込む乱痴気騒ぎから、あの男が退場した以上の事を我々は知らない。

 恐ろしいのだ。あの男が、更に人間性を失って、それで戻ってきて、もっとおぞましい攻撃を人間に加えるのではないかと。そして、その時、艦娘は我々を見捨ててしまうかも知れない事を。




 我々は、提督のいない艦隊を己の戦力に引き入れ、その力を持って、東ヨーロッパの平定に乗り出した。

 尤も、難民を受け容れる都市の建設と、その守備を買って出たに過ぎない。

 ヨーロッパは、ソ連を除き疲弊していたから、提案はあっさり受け容れられた。


「あの男が、後ろで糸を引いていたらしい。どうりで、化学工場をいくら潰しても攻撃が止まない訳だよ」

 合田は、ヨーロッパ各地で起こった化学兵器による攻撃の証拠――化学弾が海からもたらされた事を示唆する書類や写真――を見せてくれた。

 彼は、一人ヨーロッパに渡って、我々に情況を伝えてきてくれたが、同時に、ヨーロッパの艦娘に、その情報を渡していた。

「あまり気負いしなくてもいいよ。あの男を殺させたのは僕だよ」

 化学兵器は、各国の"別働隊"に供給され、ゲリラ戦にも用いられ、或いは、前線にも送られた。

「こんなもんを使いたがった奴等がいたのも残念な話だがな。

 お陰で、毒まみれの土地だらけだ。ここを使えるようにするまで、一体何年かかる事か……」

 このまま戦争が続けば、農業生産に於いて、比較的マシな土地が全部ダメになっていただろう。

「艦娘には、なるべく早くあの男を始末して貰わなくちゃいけなかったんだ」


 ヨーロッパの精神的立ち直りの為に、この証拠は大いに役に立った。

 一人の危険な男の為に、人類は追い詰められていたのだと。


「それにしても、合田少将は、人垂らしがお上手で……人間ばかりか艦娘まで」

 私の言葉に、彼は輝く笑顔で応える。

 合田は、彼の地で私兵をまとめ上げ、艦娘の中に協力者を見つけ、幾つもの作戦を成功させた。

「提督を怪しんでいたのは我々だけじゃないって事だよ。むしろ、我々は周回遅れしていたぐらいだ」

 合田は、その協力者の事を、ナントカ騎士団みたいなものだよと、はぐらかすばかりだ。

 合田や彼等の作戦が、詳らかになる事は果たしてなかったが、艦娘の功績は明確に数えられた。

 戦争をやめさせる努力と、あの男の排除を行った艦娘は、歓喜で迎え入れられた。




 八木は、中国で培った、産業再興のノウハウを大いに活かし、彼方此方へ飛び回る。

 当然、ちはやが艦隊に引き摺り混んだ若者達も同行している。彼等には、人類の未来が託されているからだ。

 ある時、科学が人類に不幸をもたらした、と嘆く人に出逢った時の、彼の言葉が、その時の態度を印象づける。

「いいか、人間の問題は、大体は人間が諦めるか捨てるかすれば済むようなものばかりなんだ。だけど、それを大多数の人間は出来ない。だから、科学が世界を変えてやらなくちゃならんのだよ。

 科学が世界を悪くするだなんて、二度と言うなよ。いつだって世界を悪くするのは人間自身だ。

 悪いものを知らなければ悪くならない? その知識を得なければ、悪いものを作らずにすんだ? ああ、そうだよ、それなら、諸悪の根源である人間を皆殺しにしろよ。

 死は全てを解決する。

 悪いのは、世界でも科学でも、他人でも、ましてや神ですらない!」

 後の話だが、ヒューズグループが、ヨーロッパに教育機関を持つ時、彼が学長に就く事になる。




 こうした経緯は、アメリカにも伝えられる事になる。

 力を取り戻したヒューズグループは、米帝の簒奪に取りかかる。この時、ジョシュア・ノートンが役に立った訳だが、彼の演説が、人々に与えた影響が少なくない。

「済まない。私は皇帝になりたくない。

 出来れば援助したい」

 連邦も米帝も、政治家がテロルを誘導した証拠(ヒューズ女史のする事だから、どこまで本物か怪しいが)が次々にすっぱ抜かれ、政府に失望した時、ノートン1世の純朴さは、清涼感さえ与えたのだ。




 中国は中国で安定しているが、難民問題は解決していない。これに関しては、長門達を戻して、沿岸の防衛に宛てる事とする。ついでに、日本の面倒もみよう。

 この辺のことに関しては、合田とアントニアが、何か企んでいるが、考えないでおこう。もう、私は、これ以上、精神をすり減らしたくないぞ。




 ちはやは、全世界の艦娘をとりまとめる役目を果たすことになる。

 参謀がついているから、大丈夫だろう。世界を救うには、まだ戦力が足りないのだし。




 私は……こうした面々の使いっ走りに徹している。

 艦娘と話をする時間が多く取れるから、それでいいのだ。


 長門は言う。

「あの提督は、それでも、人類のことは考えていたと思うんだ。

 今日の一万人と百年後の一千万人なら、後者を選ぶだろうと」

 彼女のこの報告には、引っかかりを感じる。あの男は、むしろ、今の一人のためなら、明日の百人の事を考えないような種類の人間だと、私は見ていたからだ。


 彼と少なからぬ時間を過ごした艦娘の一人である彼女の言葉は、私の認識を少しずつ解きほぐしてくれる。

「あの人は、暇な時間が多かったから、深く考えすぎたんじゃないかな。そのくせ、人と会うことも少なかったのだし」

「自分から語る事は少なかったけど、自分が特別である事を常に意識していたと思うんだ。自分の生きているうちに全てを済まさなければならないって」

 などと。

 そこで、こんな金言を思い出す。「走るときに邪魔になるのは、反対側から走ってくる人ではなく、同じような方向へ向かって歩いている鈍間である」と。

 あの男にとって、我々は鈍間だったのだろう。彼が志し半ばで倒れたとき、参謀や私、明石やちはやが、彼の望むような未来へと、矢を継いでくれるなどとは思えなかったに違いない。


「だけど、あいつは積極的に人を殺したんだぞ? 功利主義ってレベルの話じゃないだろう」

 彼の思想が理解出来たとしても、承服など出来なかった。

 ちはやは言う。

「私は……自分に自信がありません。彼のしたことは、正常には見えませんが、もし、私が一人だったら、同じ事を考えるようになったかも知れませんね」

 また、ちはやの一番怖いところをチラリと覗かせる。彼女は、善意に真っ直ぐなのだ。そして、その危険性について、自分でも恐ろしく思っているのだ。





 日本に到着すると、一層貧しくなった我が国に歓待される。

 危機により強くなる国だ。内政的な争いは、概ね解消されたように見える。

 さんざめく日差しが、妙に心地よい。浜辺の景色と潮風は、間違いなく日本である事を教えてくれる。





 内務省と陸軍省の人間に、私だけ呼び出される。

「貴方の経歴を洗いましたよ」

 と口をほころばせながら話す担当者に、私は警戒心をみなぎらせる。

 彼等は、我々の弱点を探そうと、あらゆる情報を探っていたようだ。分かる。その為に、私は多くの手を打ってきたのだから。

「実は、お呼び立てしたのは、その事ではありませんで……

 問題なのは、この度、戦死なされた、あの提督の事なのです」

 あの男の経歴は、海軍省によって様々に偽装されていたが、海軍も陸軍もはたまた内務省にも壁のないこの時代になっても、一向に全貌が見えてこないという。

 学歴は、尋常小学校に至るまで全校照会したが一切出てこない。父親の貿易商と言うのも嘘。母親の存在さえも見つからない。

「正直な話、我が国で生まれたと事さえ、実に怪しいものでしてね」


 憮然とする私にもう一本の矢が射られる。

「それと、大井大佐の事ですが、あの方に、実は曾孫はいらっしゃいません」

 孫の代で家系は途絶えたのは確からしい。


 その重大さは、電撃の如く、脳髄をかき乱した。

「そうですか、なら、私の監督が重要ですな!」

 虚勢を張ってみた。

 国内の人間に、私の動揺を知られてはいけない。

 私が生きているうちは。

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