はじめに
ふと大ジョッキを持った時に、ロリ稲荷が両手で抱えて呑む姿を見たいなぁと思った所から始めました。
一部、過去作品とキャラが被ったりしそうですが、全く別作品だと思って戴ければと。
あと、稲荷以外の人物も、基本的に創作ですのでご安心を。
お店の方は、全部本物で行くつもりですが、場合によっては創作が入るかも知れません。
「そこの稲荷様!」
居酒屋のおっちゃんが声を掛けてくる。
「ビール、瓶ビールを頼む」
「キリンかサッポロか」
「なら麒麟じゃな」
店員は入ってくる客に席を割り当て、座って大人しくしていると、"ふぁーすとおーだー"を聞いてくる。そうやって、この店は、テンポよく全てが流れていくのじゃ。
儂は、見ての通りの狐じゃ。十二前後の少女の格好をして、物の怪やら悪霊やらの退治を生業としておる。
この手の仕事は、人との接触が多い故、古老からは軽んぜられるし、給金も少ない。
じゃが、酒は飲みたいので、安い酒場を巡るのが儂の日課となっておる。
しかして、この街はそれほど酒飲みに向いた街とは言えぬ。じゃから、今日も新しい店を開拓せねばならぬのだ。
第一話 大甚 本店
開いていない時間に前を通ると、二人の男がラグビーをやっている絵が描かれているシャッターに出くわす。店の作りに似合わず抽象的な絵じゃ。
午後四時に開いて、八時には閉まってしまう、すぐに席が埋まってしまうし、料理もなくなってしまうので、時間があるなら、開店直後に入店するのがよかろう。
地下鉄伏見駅の七番出口を出ると数歩も歩かず店がある。酒王 賀茂鶴の大きな看板が屋上に聳え立つ三階建ての建物がお目当ての酒場じゃ。
正面のファサードは、長細い板張りの壁と、一階、硝子張りの大窓を、何本もの柱で目隠しする形になっておる。これで、外からの視線は気にせずに済むのだろうな。庇の付いた看板に大甚の文字。ここじゃ。
黒地に白の大甚本店の暖簾をくぐる。引き戸を開ければ、目の前は、ビールサーバーと酒の樽、燗酒の為のかまどが左手に見える。一つ目のテーブルの奥には、大皿小皿の料理が並ぶ卓が二つ。その奥に調理場を構えておる。
奥に座敷、それ以外は、一枚板の大テーブルがひしめいておる。
青黒い石畳、年季の入った時計、日本画などが壁を埋め尽くす。メニューは意外なほど肩身が狭く、左手の壁の高いところに掛かっているものばかりだ。しかも、品数に対して明らかに足りず、刺身に至っては時価と来ている。そう、ここは、幾ら呑んだかを気にしてはいけない空間なのじゃな。
壁や椅子は古くさいが、無垢材のテーブルにはシミなど見当たらずに清潔じゃ。
酒飲みの間では有名な店じゃ。創業は明治40年と言うから、今年で丁度百十年となる。じゃが、そんなことはおくびも出さずに粛々と酒を出しておるのじゃ。
開店と同時に流れ込む客を店員が次々に捌いていく。禁煙席は瞬時に埋まるし、予約客も他の客と相席になる。
まとめ役のおっちゃんに声を掛けられ、箸を置かれた場所に腰を下ろす。
そして、冒頭のやり取りじゃ。すぐに、キリンラガーの大瓶とグラスが目の前にやって来る。
酒が来たので、いそいそと料理を取りにいかねば。
他の客もわんさか来るので、目に付いたのをちょちょっと手に取って帰ってくる。
煮穴子と、レバーを甘辛く炊いたのだ。どちらも安心出来る味付けだ。
手酌でビールを注いでぐいぐい呑めば、手の方も進んでいく。
周りを見渡せば、年配のジジイばかりではなく、女性客も見えるし、二十代、三十代の男も見える。じゃが、上品に呑もうと言うつもりの顔した連中がいないので信頼できる。
目の前に座ったのは、居酒屋巡りが好きそうな若い男、隣は常連と言った風情の中年サラリーマンじゃ。
前者は、中肉中背と言うには少しばかり筋肉質か。後者は、筋張った印象のある細身の男だ。どちらも一人酒をキメに来ている。話し相手にはなりそうもない。
大体、稲荷という存在は、世に知られているし、珍しくもあるが、驚くほど珍しくもなければ、好奇心を旺盛に向けるほどの相手でもない。自分で言うのもなんじゃが、神仏の側に立ってるような連中と言うのは、追い払う訳にもいかないが、深く付き合うには面倒が多いと、人間から思われているものじゃ。そして、その見方は正しいと言わざるを得ない。そう言う事情から、店員にせよ、他の客にせよ、儂の事は見て見ぬ振りをしておるのだ。
あれやこれや思いを巡らしておれば、ビールの残りも半分なぞとおに切っている。手に付けた料理もなくなる頃。
次の皿に移る。
バイ貝を手に取り、「なまこは……」と聞けば「はい! なまこぉ」と店員が出してくる。
他のお客が小皿を持っていけば、店員が大皿から小分けした小皿で埋めていくと言うのが一連の流れである。なので、卓の上に望みのものがなければ、或いは大皿で見て、コレが欲しいと言えば、すぐに出してくれる。
さて、席に戻ってきた。
四粒入っているバイ貝から、爪楊枝で一つをひねり出し、取り切れぬ内臓を見限る。これとなまこで、残りのビールを飲んでしまい、さっさと次の酒に入る。
「済まないのぉ、熱燗を二合頼む」
そう問えば、ほぼノータイムで酒が出て来る。お猪口も暖かい。
この店、賀茂鶴を樽で仕入れているので、酒は木の香りがして馨しい。
酒のペースを弛めて、香りを楽しみつつ、酒の肴をやっつけていく。
なまこの酢の物は歯ごたえが楽しく、酸味も丸くてよい。
酒の蘊蓄は……やめておくが、飲みやすいので、どちらかといえば、"危険な酒"の部類になる。なので、意識的に食べ物を増やした方がよい。それに日本酒を口にすると、刺身が食いたくなるもの。
「鮪のお刺身をひとつ」
店員に頼めば、暫く後に持ってきてくれる。
そうこうしていると、客は少しずつ入れ替わっていく。回転の早い店じゃ。こう言う店は、あまりうじうじと居座っても仕方がないものじゃからな。閉店が八時というのも、二次会で使うなと言う張り紙があるのも、そう言った事情があるものじゃ。
飲むものも食うものもなければさっさと帰るに限るものじゃな。
刺身もツマまですっかり片付けて、口の中がリセットされても、酒が少し残っておるのぉ。
もう一度、料理の卓に舞い戻れば、目に付いたのが茹でた蝦蛄じゃ。
席に着けば、やおら殻をむき始める。
背と腹の殻をプチプチと外す。こうした作業も料理の一つじゃと考えておる。
甘い身が美味しい。だが、もう少し先に食べてもよかったかなと思わせる。じゃが、そういう計算は、概ね酒の入る時の高揚感で飛んでいるので、気にする事じゃない。
さて、会計の時間じゃ。
おっちゃんが机の上の皿と瓶の数を見て、そろばんを弾いていく。レジところか電卓すらない。
ビール大瓶610円と、熱燗二合720円以外は値段が分からないが、それほど心配することではあるまい。
3870円は、入る時に想定した値段より若干脚が出てしまったが、楽しかったのでよいよい。
まだ外は明るい。五時前じゃな。
伏見は、大須、栄、名駅の中間地点、ここから何処へでも行ける。
さぁ、梯子じゃ。
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