2017年10月29日日曜日

お稲荷さんは安く飲みたい 第二話 末廣屋

第二話 末廣屋


 一仕事終えて――所詮は三流の妖魔じゃから、一瞬で終わってしまうのじゃが――大須界隈をぶらぶらする。

 今日は土曜日か。人が多い。

 新天地通を万松寺から北に向かう。万松寺の電飾が明るく、献血の呼びかけが響く。食い物の店から漂う香り、ゲームセンターの喧騒、スマホとパソコン絡みの店があって、アニメのパネルが置かれたパチンコ屋、再び食い物の店で甘いモノ辛いモノ。アーケードの中で右へ左へ人を避ける。

 天井はシースルーの為に暗くはないが、何分人が多いので、閉塞感はある。アーケードとはそんなものか。

 そこから突然開けた新天地通り。正面の公設市場は閉鎖されて久しい。


 大須は、地下鉄で言えば大須観音から上前津、並びに矢場町の一体のことじゃな。大須観音と万松寺を繋ぐアーケードがメインの通りとなる。

 大須観音通、仁王門通、万松寺通、東仁王門通、門前町通、大須本通、新天地通、赤門通が主な商店街だ。他にも細かい通があり、老若男女、小中高校生、オタクから酔いどれまで引きつける街じゃ。

 加えて、神社仏閣の多い地域でもある。大体、愛知県は全国でも寺の数が一番多く、神社もその数は全国四位じゃから、こう言う街であるのも不思議ではない。

 尤も、そう言う街じゃから、面倒臭い妖怪の類いが闊歩する。

 人と妖怪が共存するようになって久しい。尤も、人と生活を共にする連中というのは、概して力が半端な奴等じゃ。そんな訳じゃから……


「てめぇ、喰われてぇのか」

 弱い犬ほど声がデカい。実際、犬の顔した二匹の妖怪が、ぶつかった女性に息巻いていた。

 女性は車道にへたり込んで、二匹の犬は、歩道の高みから睨め付けている。

 通りを通行する車も遠慮して徐行し、たばこ屋の前にいた連中は、皆火を消して立ち去ってしまった。

「人を喰おうとは穏やかじゃないのぉ」

 背後から声を掛けると、図体と態度と同じく、大柄な動作でやおら振り向く。

「三下の狐がやろうって言うのか?」

 挑みかかる片割れは、歯を剥き出して臭い顔を近づけてくる。

「カッカッカ! お望みならやるがの」

 斜に構えて、親指を鍔に当てると、片方はいきり立ち手を伸ばそうとした。

 いつ振り払おうかとタイミングを伺っていると、流石に片割れが、「面倒くせぇ、行こうぜ」と切り出して危機は去った。

「尻尾が緊張しておるわい。他愛もない」

 振り向けば、女はさっさと逃げておった。まぁ、こんなものじゃな。


 そのままふらふらと西の方へ歩いて行くと、行列を見つける。時計を見れば、二時半じゃ。


 大須で昼過ぎに美味い刺身を食いたくなったら迷わず末廣屋に並ぶといい。

 「酒」「廣末屋」の提灯と、金色酒樽の看板が目印の店じゃ。

 行列は、隣の駐車場にまで続いていて、最後の客が入店名簿に名前を書いて、次来る客を待つと言う仕組みじゃな。

 十五分ぐらい前に店が開き、紺色の暖簾を潜り店に入る。

 店内は綺麗だし、カウンターに様々な料理が並び、おばんざい屋の雰囲気もあるが、あくまで大衆酒場。カウンターの奧にビールサーバや業務用酒燗器がひしめいている。

 開店同時に満席となってしまう。

 カウンターの席は早々に埋まり、四人席に。中年二人組と相席になる。

 客層は常連らしい客が半数ほどいるが、若い男の一団や、三十代の夫婦の姿も見かける。

 正面の二人は、仕事の話を続けている。


 しばらく待っていると、酒の注文を聞かれる。名簿順じゃな。

 瓶ビール大瓶はキリンラガービール。

 カウンター上に貼り付けてあるメニューを見ながら、次に肴の注文を待つ。

 豚肉煮、厚揚げ煮、鱧の湯引き。それに、鮪の刺身を頼む。

 鮪の刺身は時間が掛かるので、先に来た三品でビールをやっつけることにする。どれも安定感のある味なので安心する。


 鮪が出て来るタイミングで、冷酒を頼む。

 鮪は、トロが五切れ。食べ応えのあるボリュームなのに600円である。


 ささっとここまで呑んで食べて2550円。


 日も高いので、またそぞろ歩くかの。

 傾き掛けた陽の光に向かって歩いて行く。

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