2023年9月26日火曜日

【全年齢版】転生したら創作ドラゴンになりました

  俺の本業は作家だ。

 作家としての収入が副業の会社員を超える事は未だ嘗て一回もなかったが作家だ。

 本業の新聞の赤字を不動産で補填している新聞社もあるらしいし、副業が主たる収入というのも悪くはないだろう。


 今、丁度良い感じに書けている話がある。

 今度こそは本になるだろう!


 会社から真っ直ぐ家に帰り、気付けの一杯を煽り、そしてキーボードに向かう。

 書ける! もの凄く書ける! この分なら一時間で一万字は書けそうだ!


 と、思っていたらいつの間にか死んでいた。

 別に死んだ光景を見たわけではない、明らかに現実とは違う空間にいる。

 手足の感覚もなく、目の前には漠漠濛濛とした空間が広がっている。

 目の前にエラく美人の女性が立っている。

 もやがかかっているが裸っぽい。


「あなたは遂に創作で身を立てることは出来ませんでしたね」

 いきなり先制パンチ酷くないか?

「そんな貴方には転生先でもずっと文字を書いていられる身体を差し上げましょう」


 そう言うと世界は暗転した。

 全身粘液に包まれていて、微妙に不快だ。

 狭苦しいし、どういうことだろう?

 思い切って壁を蹴破り、押し開ける。

 明るい外の世界が見える。


 その瞬間、俺は脳に直撃を受けたような衝撃を受けた。

 目の前にいるのは優しい顔の雌のドラゴンで、それが自分の母親なのは明確なことなのだと思えた。

「くわぁ……」

 初めて声を上げた。我ながら可愛い鳴き声だ。

「初めまして! 私の可愛い赤ちゃん!」

 ママは私を抱き上げキスをする。

「あなたー! 生まれたわよ!」

 ママが誰か呼ぶと、ママじゃないドラゴンがタオルを持って現れる。

「おぉ! 元気そうじゃないか! 僕の愛しの我が子よ」


 自分がドラゴンの子供であることは確定的に明らかだった。

 ドラゴンの子供は珍しいらしく、街の話題になる。

 この街は、ドラゴンと人間の共存する世界だ。

 私はすくすくと成長し、一年程度である程度話せるようになる。

 人間の子供たちとも遊ぶし、みんな仲良くしてくれる。


 ドラゴンは身体の大きくなるスピードも一流で、三歳には十歳ぐらいの子供の身長を追い抜き、八歳になれば大抵の成人男性よりも大きくなるそうだ。

 最終的に十五歳ばかりで雌は体高五メートル、雄は四メートルぐらいになり、その辺りで成獣と呼ばれ子供を作る事ができる。

 私は雌のドラゴンだった――そして雌のドラゴンの方が腕力が強い。

 両親も周囲の人間やドラゴンも、私が立派なドラゴンになることを望んでいる。


 ドラゴンは長命故に子供は少なく、長く生きてなるべく子供を沢山産まないと滅んでしまう。

 伝説では人とドラゴンが交わればドラゴンは繁栄するそうだ――しかしドラゴンと人との交配は禁忌とされていて、この街の住人は大昔の禁忌の末裔だという。

 大きさ的に考えて、成獣になったドラゴンと人が交わることなんて不可能に思えるのだけど……

 住民の呪いとは確率でドラゴンを生むと言う事だ。

 尤も、今はその確率も十分に薄まっていて、ここ百年余り生まれていないそうだ。

 王国はこの街を隔離し、そしてドラゴンを管理しているが、その制度も形骸化し始めている。

 ドラゴンが束になれば王国を脅すぐらいは造作もないが、ドラゴンは平和を望んでいたので、制度が緩くなったのに付け入るつもりはなかった。


 街はそれなりの大きさだが、田舎と言えば田舎なので割とのんびりとしていられた。

 王国は隣国の帝国との衝突もあるようだが、条約だかなんだかでドラゴンを兵器利用しないことが決められているそうだ。

 我々の街が戦渦に巻き込まれることもないだろう。仮に王国が裏切るなり、王国が誰かの手に落ちるとするならば、ドラゴンたちは全力で戦うだろう。


 ドラゴンの歴史、人間の歴史、文化、風土を学んでいく。

 街で読めそうな本は片っ端から読み漁った。

 知識が無限に頭に染み込んでいく。若いから? ドラゴンだから?

 四歳になったのだけど、私は相変わらず子供ぐらいの大きさだ。


 今年で六百歳になるドラゴンの長老は首を捻った。

「成長しないドラゴンなど今まで見た事もない……」

 パパもママも自分たちに何か問題があるのではないかと思っている。

「もしかしたら……」

 両親は共に、呪いを受けた人間から生まれたドラゴンだった。

 ドラゴンも街の人間も、呪いを受けた人間から産まれても、それが卵から孵化して、見た目も成長も能力も、全くドラゴンのままだったから、そう言う出生の問題に今まで気付かなかった。

 パパは三百年前に、ママは二百年前に生まれた。

 今まで二匹産んできているけど、"異常な"ドラゴンはいなかった。


 私はこの身体を気に入っている。

 人間の世界の何処にでも歩いて行けるのだから。翼だってあるし、いつか飛ぶことも出来るだろう。

 私の楽観視は無根拠ではない。

「こんなに可愛い子なのだから、しっかり育てよう」

 街の人達もドラゴンたちも、この事態を受け入れた。

 ただ……些か王国には説明がしづらい。

 私は領主様の家で匿われ、両親はその家に通って私を愛してくれた。

 目立たなければいい。そうすれば王国もとやかく言わないだろう。


 五歳。

 私は自分で文字を書き始めた。

 頭の中にある異世界の話。人間とドラゴンの冒険談。人間の勇者とドラゴンの和解のお話し。優しい農夫が正しい行いをして結果報われる話。

 どれもこれもこの世界にはない話だった。

 領主様とその子供たちは私の書いたものを喜び、そして街の人達にも勧めたのだ。

 領主様は人間もドラゴンも等しく学ぶ機会が必要と考えていて、街とその周辺の恵みを、教育に注ぎ込んでいた。

 それが街の発展の原資にもなっている。優秀な人間として王都で重宝されているし、豪商となった人もいる。

 尤も、街の人間が王国で出世する事はない。ドラゴンの血が王家に混じる可能性を限りなく排除したいからだ。


 いずれにせよ、優れた領主様のお陰で街の識字率は高く、私の物語は模写され、本にされて、色々な街へと旅立っていった。

 まさかドラゴンが書いた物語とは思わないだろう。


 紙は最新の発明品だ。しかし優れた街の職人は、紙を量産する技術を開発し、真っ白でしっかりした紙を沢山作ることが出来た。

 最近は『紙の街ヴィーヴル』としての認知も広まってきたのだ。


 だからこそ私はモノ書きを始められるようになったと言える。

 だけど、それを手書きで写すのには限界がある。

 私は機械職人達と相談しながら印刷機の試作に取りかかった。

 私に機械の知識はないけど、頭の中にある謎の知識が私を助けてくれる。

 一文字ずつのスタンプを大きさを揃えて四角く作り、それを大量に並べて大きなスタンプを作れば、一回スタンプするだけで一ページ分の模写が出来る!


 職人達は私のアイデアをバカにすることはなく、「レイラちゃんの頼み事なら聞かねぇとなぁ!」と真剣に話を聞いてくれる。

 私も職人達を手伝った。

 私はドラゴン並みに体力があるから、職人達がヘトヘトになっても働けたし、力仕事も全部手伝えた。


 七歳の年に"出版"と言う言葉が出来た。

 この時手伝ってくれた少年の為に私は一つの物語を作った。

 いつかドラゴンと人間が分け隔てなく愛し合える時代の話だ。

 人間の世界にドラゴンの居場所はない。

 制度的な話をするならば、ドラゴンはこの街と限られた領地だけで生存を許されている。

 仮に人間の住む街に行くとしても、檻に入れられ見世物のようになるしかない。尤も、これを試したドラゴンはいないようだけど。

「いつか旅がしてみたいな」

 私の願いは彼に響いたようだ。

「いつか一緒に旅をしよう!」

 彼は私の手を握ってくれた。

 この時代、ドラゴンじゃなくても旅行は困難な時代だったのに。


 私の話は出版され、街のみならず世界のあちこちへと伝播した。

 印刷機も世界中へと旅立っていく。

 ヴィーヴルの紙、印刷機、そして小説家。

 この時から世界は大きく変わっていく。


 大きく変わったのだ。

 知識にアクセスできるのは政治家や聖職者の特権ではない。

 印刷機によって古代語の聖典は現代語訳されて出版される。


 国教会は大混乱だ。

 出版を悪者扱いしたところで、民衆に渡った聖典や様々な本は簡単に消すことは出来ない。


 私は誰もが悲しみを持ち、喜びを求める心を持っているのだと言う物語を描いていた。

 それが思想的なうねりを産んだ。


 宗教の改革と自由と平等を求める運動が盛り上がっていく。

 五年のうちに印刷機は改良され、もっと小型で安く出版できるようになる。

 王国の隣の帝国でも同じようなことが起きていた。

 但し、帝国の場合は徹底した弾圧で対処していた。

 不都合な書籍を持てば逮捕、印刷機を持っていれば処刑と言った具合だ。


 一方、王国はこの空気を上手く読んでいた。

 帝国の知識人を招き、様々な知識を出版物として出していく――とは言え、王国内で好き勝手されるのも困るので、幾つかの地方都市に住まわせた。

 ヴィーヴルもその街のひとつだった。


 亡命者はこの街のドラゴンに驚くが、ドラゴンが人間に好意的なのですぐに溶け込んでいく。

 私は帝国語を学び、すぐに王国語を学ぶ為の教材と辞書作りに取りかかった。

 亡命者には協力者が沢山いたので、思いの外すぐに本が作られた。

 新たな亡命者は喜ぶし、他の街の亡命者も喜んだ。


 ある亡命者は言う。

 自分たちの知識をひとつにまとめた出版物を作ろうと。

 私はそれに賛同した。

 そうして、街の人達と亡命者は手を取り合い知識大全を作り上げる。

 勿論、王国語版と帝国語版の二つだ。


 最新の科学知識から自由な気風に染められ改革された宗教、思想……そう言うものが一つの本になる。

 王国はこの知識が他に漏れる事を危惧したが、王国内にもキレ者がいるのだろう。改編された帝国向け版を生み出した――思想の爆弾だ。

 この帝国向け知識大全は、密かに帝国に届けられ、人々は隠れながらそれを読んだ。

 私は請われて前文に寄稿した。自由を求める人を讃え、勇気を与える言葉を。


 知識大全は国内でも新たな運動を生んだ。

 各都市や帝国の知識人との手紙のやりとりから、各カテゴリで最新の知識を共有する出版物を求める動きが出たのだ。


 私は知識大全の出版の管理のため、会社を立ち上げていた。

 そこに論文誌と言う仕事が舞い込んだのは僥倖だった。

 私は街の知識人の殆どと顔見知りだし、他の都市の知識人との文通も多い。

 彼等の要望を汲み取り、科学や神学、思想などの論文誌を次々に立ち上げ、年に一度とりまとめて印刷する事にした。


 思想や宗教の論文誌は、王国の支援もあり、それ故に王国寄りのものになっている。

 尤も、王国自体も時代に沿ってその形を変えることは吝かではなかった。

 ゆっくりと進む改革に、多くの貴族は新たな事業への鞍替えを進めていけたし、この時期から商人と貴族の関係も深まる。

 それは情熱的でありながら平和に行われる。


 ヴィーヴルの制限はもはや形骸化されていたのに加え、自由と平等を求める人のこと、そして私の出版物のお陰で、この街の出身者とドラゴンに対するあらゆる制度は撤廃された。

 ただ、ドラゴンはそれだからといって領地外に出たがると言うこともなかった。

 "支配"を広げるには、ドラゴンは少なくなりすぎていたのだ。


 ドラゴンの中で一番年若く、そして小さな私は一番活発に動いた。

 この頃には翼を広げ自由に飛ぶことが出来た。勿論、王国に遠慮して国内旅行しかしないけど。

 各都市で様々な知識人や職人、聖職者、貴族、商人と会い話し理解を深める。

 様々な美しい風景を見た。空を飛ぶ私の姿に多くの観衆が驚きと喜びの声を上げた。

 ドラゴンが隔離される時代は終わったのだ。


 私はもうすっかり、ドラゴンとして"年頃"になっていた。

 ドラゴンでもいいドラゴンは沢山いるけれど、その巨体でのし掛かられたら潰れてしまう。

 自然、私の目は人間に向く。


 印刷機を初めて作ったとき、私を手伝ってくれた少年も立派な大人になっている。

 今や私の右腕として働いてくれている。

 気心も知れているし、軽口も飛ばし合う仲だ。


 彼――ジョージは一度空を飛んでみたいと言ってきた。

 私とベルトで結んで、その上でしっかりと彼を掴んで空を飛んだ。

 彼は感動した。そして私に「夢が叶って良かったね」と叫んでいる。

 地上に戻り、彼は興奮気味に感想を述べた。

「君ともっと新しい世界を見たい」


 それから私達は結婚した。

 街中が祝ってくれて、そこにはドラゴンも人間もなく、大いに喜び大いに祝杯を挙げる。


 それから私は彼との子供を産んでいく。

 卵で生まれると思ったらお腹から直接生まれた。

 妊娠期間は短くて、妊娠に気付いてから四ヶ月ほどで生まれた。

 誰もが経験のないことで驚き、私も何をどうすればいいか分からない。

 ドラゴンは基本的に発情期でしか子供を産めない。なのに私はそれとは無関係な時期に子供を産んだのだ。

 子供は双子だった。

 片方は人間の子供で、もう片方はドラゴンの子供だった。


 私達はありったけの愛情を子供に注ぐ。

 人間の子は人間としては少しばかり成長が早く、そしてドラゴンの子は私ぐらいの成長スピードを見せた。


 子育てを頑張っているうちにまた子供が出来る。

 ドラゴンの双子だ。

 それから毎年、年に一、二度子供を産んだ。

 ドラゴンと人間の割合は三対一ぐらいだった。双子のこともあれば一人の時もある。ある年は三つ子だった。

 成長したドラゴンは子育てを手伝い、そして家族はどんどん増えていく。


 私の子供は"通常の"ドラゴンの大きさになることはなかった。

 雄も雌も私と同じぐらい、人間の女性ぐらいの大きさになっている。

 ドラゴンはその見た目で雌雄の区別が付きにくいと言われるが、人間でも慣れると分かってくると言う。

 成長した子供たちは自分の望む分野を学び、そしてそれぞれに研究者なり職人なり商人になる。


 私の書く物語は、夢から現実へとシフトしていく。

 夫との幸せな暮らし、王国での平和な暮らし。そう言うものを描くと世界中から反響がある。

 私は陰ながら帝国のレジスタンスを鼓舞していた。

 自由と平和のために戦う尊さ、そう言う人達の犠牲のお陰で自分たちの幸福があるのだと。


 子供の一人は、そのレジスタンスを支援するために今日も空を飛んでいる。

 帝国との静かな戦争は続いている。

 王国は穏やかに立憲君主制へと移行していく。

 他の国も騒ぎの大小あれ、形を変えていく。


 あれからどれほど時が経つだろう。

 王国にドラゴンは増えていく。

 全部私の子孫なのだと言うのだから恐ろしい。


 亡き夫は私に「君は君の一生のまだ始まりなのだから、新しくいい人を見つけて欲しい」と言ってくれた。

 二人目の旦那さんは王国の政治家だ。

 とても高潔な人で、正真正銘人々のために仕事をしている。

 私は私の筆で彼を助けた。

 彼とも沢山の子供を作った。

 良き人との良きドラゴン、良き人。

 世界はきっと良くなっている。


 ペンで世界は変えられるかと尋ねられる事がある。

 私は自分の小説で世界を変えただなんて思わない。

 行動する人を応援しただけだ。

 一匹のちっぽけなドラゴンがした事と言えば……

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