2023年11月16日木曜日

【全年齢版】ねこねこアイドルグループ

  ネコの着ぐるみ&特殊メイクのアイドルグループの話。



 十八で上京して、そのままアイドルデビューなんて聞こえはいいが、十年間地下アイドルをやってると言えば、誰もが顔を顰めるだろう。


 別段この仕事が嫌いだというわけでもないが、活動費は赤字、レッスンも舞台に立つのも、自分たちでお金を払わなければならない。

 夢のために養分にされていると言う意味では、ホス狂いとの差は僅差だろう。

 メンバーのシホちゃんとクミちゃんも、同じ状態だ。


 ファンがいない訳では無いが、何と言うか三人の低身長を活かしたロリ展開、百合展開に刺さっているオタクだけだ。

 もう三十を手前に、どうすべきか悩んでいる。

 体力にもパフォーマンスにも自信はあるが、十年選手のアイドルなんて、笑いの種だろう。


 そんな時、事務所が潰れた。

 様々な違法行為が露見した。

 事の始まりは、別グループが枕営業を強要されたと言う、ありがちな問題だ。

 ヤバいのはその証拠映像を問題のアイドルが公開して、その中に有名プロデューサーの顔があったのだ。

 問題の子は、自分の仕事ではなく、他のアイドルとのバーターだった事から、復讐の鬼になった訳だ。

 挙げ句に、事務所の人間が彼女を殺そうとして、そこを警察に現行犯逮捕されるなんて事件まで起きた。

 何から何までカスな話ではあるのだが、これのお陰で長い間仕事もレッスンもできなかったし、同じ事務所と言うことであれこれ嫌な取材を受けた。


 そして、誰も何も保証してくれないまま、私達は放り出されたのである。

 ただ、私達もこうなるだろうことは分かっていたので、当たれるところには兎に角声を掛けまくった。


 そんな時、ご当地キャラとかマスコットキャラクターのプロデュースを手掛ける会社からお声が掛かった。

「顔は出せない仕事だけどいい?」

 と言われて、いろいろな事が頭をよぎる、イリーガルな仕事なのか、それとも流行りのVTuberの仕事か。


 提示された条件はかなりよかった。

 きちんと最低保証のお給料と、レッスンは会社持ち、衣装やなんだかんだを請求されることなんかもない。

 それだけでも夢のように思える。

 まぁ、常識的に考えて前の事務所が異常なだけなのだけど。


 ギャラはある程度実績に左右されるそうだが、きちんと努力すればちゃんとお金を出すと言ってくれる。


 顔出しはNGで、身バレもNG、当然他の仕事をするのもNGと言う条件だ。

 結構厳しいな……


 それで仕事は……と言う話になる。

 着ぐるみを着てのアイドル活動だと言う。

 着ぐるみは採寸してからの作製なので、その間は最低保障の分だけだが、それができたら早速舞台を用意すると言う。


 着ぐるみとはどういうものになるのかよくわからないが、イメージのポンチ絵を見る限りは可愛いネコちゃんらしい。

 三人で相談して、そしてそのお仕事を請けることにしたのだ。


 背に腹は代えられない。

 今勤めている夜のお仕事も、いい加減若い子に押されて厳しくなってきている。

 そもそもそのお店でも、いい扱いは受けていないし、性格の悪い子にいじめられているまである。

 最低保証の金額は、普通に生活するならば悪くない金額だし、その上、週四でレッスンを受けられる。残り三日は”自己啓発”なのだけど、夜仕事に行かなくていいし、成果報酬は魅力的だ。


 アラサー三人組アイドル、まるで十代に戻ったような気持ちで練習する。

 歌やダンスを人に見せるわけにはいかないので、レッスンのない日は基礎訓練と体力づくりを重点的に。

 地下アイドル時代も努力したつもりだが、背中を押されているのだと言う気持ちで努力することが、こんなにモチベーションを上げることに繋がるとは思わなかった。


 着ぐるみ製作は三ヶ月掛かり、その間、採寸や試着などを繰り返した。

 そして遂に全てが完成した。


 手足一体型のもふもふとしたファーのスーツと、頭を覆うパーツ、それと特殊メイクのパーツである。


 ボディはストレッチ素材でできていて、着込めば思いの外ボディラインが出る。

 手は肉球も表現されているが、ものを掴んだりスマホを操作するぐらいのことは問題なくできる。

 顔は特殊メイクでしっかりとネコの顔に仕上げられて頭の周りもしっかりとファーで覆われる。

 鏡を見れば、立派なネコ人間の姿だ。


 しかし、こんなにピッタリした姿で表に出ていいのか? と思ったら、きちんと衣装は用意してくれる。

 ネコ状態で衣装の着脱ができるか試すのだけど、この衣装がすごく可愛い。

 何着か着てみて、その度に宣材の写真を撮っていく。

 挨拶の動画の台本も渡されて、即興で演じる必要もある。


 ネコのキャラだと言われていたから、それぞれにきっちり役作りもしてきた。

 これでいいかな? と思った事も相談して、そう言うアイデアも受け入れてくれる。

 思った以上に順調に撮影も進み、事務所の人達は喜んでいる。


 自分たちも自分の姿を見て可愛くて飛び上がりたくなる。

 そういう無邪気な雰囲気の映像も撮られて、嬉し恥ずかしというところだ。


 そういうわけで、次からは着ぐるみを着た状態でのレッスンが始まる。

 猫の姿で舞い踊るのは、案外難しい。

 素材的に通気性がよいのだけど、それでも暑いのは諦めなければならない。

 そして動きを大きめにしないと、すぐに地味な動きに見えてしまう。


 レッスンは今まで以上に熱が入る。

 お披露目はご当地キャラや企業キャラの大きなイベントである。

 全国的に多くの場所から参加者がいると言う大きなイベントで、そこでシークレットキャラとして舞台に立つそうだ。

 イベント自体、この事務所が噛んでいるものなので、こういうねじ込みができるようだ。


 と、言うことで、イベントに向けてしつこいほどに歌とダンスを練習した。

 グループ名はフェリーン・ポーズと言う。ちょっと人を食ったような名前でもあるな。


 会場では一つテントが充てがわれているが、一日中使える訳ではないので、前日入りしたホテルでメイクをしてから会場入りする。

 ファースーツ自体は股間にファスナーがあるのでトイレも行けるし、口は普通に使えるので飲み食いにも問題はない。

 ただただ、些か暑いと言うぐらいだけど。


 様々なキャラがパフォーマンスを見せていく。

 ただただ可愛いだけでは埋もれてしまう。

 そういう中で、私達はフロントラインに立っていると言えよう。


 私達の出番が来る。

 二曲歌って、アンコールでもう一曲だ。

 自己紹介の時点で「可愛い!」と言う声が聞こえてくる。

 キャラの設定はペットショップの売れ残りのネコが、ブレーメンの音楽隊方式で成り上がったと言うストーリーがある。

 なんとなく自分自身を思わせるところがある。

 二曲歌って踊って、そしてアンコールが入る。

 私達は「ありがとー!」と叫び、そして本命の曲を歌い上げ、踊り上げる。


 会場の空気は最高潮だった。

 今までこんなに大勢の人の前でパフォーマンスをしたことなんてなかった。

 感極まって泣いてしまう。

 設定と自分たちのことを重ね合わせてしまう。


「ペットショップから逃げ出して、ただ野良猫にしかなれないと思ってた私達が、こんなに大勢の人の前で踊れるなんて……」


 精一杯の感謝の言葉とお辞儀をして舞台を降りる。

 スタッフから慰めてもらいつつ、「すごくよかった! 期待以上だよ!」と褒めてもらう。


 大きなイベントだったと言うこともあり、大反響だった。

 公式SNSが更新されて、一気に拡散された。

 可愛いネコのアイドルと言うのは、なかなかのインパクトだ。

 中身は何者だ? と言う話も駆け巡りながらも、徹底した情報管理により身バレすることはない。


 中身が謎故に、余計にネコとしての扱いの方が大切になる。

 公式も、周囲の人間もきちんとネコとして扱ってくれるし、私達もその通りに演技し、演出する。


 次の舞台はご当地アイドルや売出し中のアイドルなどのイベントだ。

 地方都市の中心にある広場で、一生懸命パフォーマンスをする。


 周りの子は、自分の顔に自身がある子ばかりだ。自分に自信がなければアイドルなんて苦しいだけだ。それこそが正しい姿だ。

 それ故に、顔を隠し身体を覆った私達は、ちょっとしたイロモンにしか見えないだろう。

 実際、他のアイドルが色々と交流している中で、私達は完全に浮いていた。


 だけど、こちとら十年選手の気合がある。

 舞台での私達を見て、そんな彼女たちも認識を改めたようだった。

 流石に舞台裏でネコに徹するのは痛々しいけど、身バレに繋がるようなことは一切言えないので、かなり表面的な対応になる。

 ややスカしている風に見えたかも知れない。


 とは言え、実力でひっくり返したこと自体は気持ちが良かった。

 実際、まばらだったギャラリーが一気に満員になったのだから運営からも喜ばれた。


 事務所の営業というか、マネジメントがいいのかも知れない。

 地方局だけど、テレビの取材を受けて、そこでしっかりネコとしてのキャラを売り込んだ。

 お陰で地元情報番組でちらっとサビの部分も流してくれてた。


 それから事務所は私達の特性に合ったイベントやお仕事を持って来てくれる。

 今までの演者のことを考えないマネジメントではなく、きちんとグループの為になるようなイベントと企画を仕掛けてきてくれる。


 完全にボランティアで参加した、保護猫の譲渡会とシェルターの募金イベントでは、「私達みたいに歌って踊れなくても、大切な命なんです」と訴える。

 私達のお陰で、普段取材なんか来ない譲渡会でもちょっとしたニュースになったりした。


 尤も、ネコが関係するからと言って何でも請けることはない。

 ノネコ問題で陰謀論的な態度を取ってた団体の話はお断りしたし、野良猫保護の団体でもシェルターを持たず、公園で餌を撒いているだけのような団体は無視した。


 ネコの問題は割と複雑だ。だからこそ正しい情報は必要だ。

 でもだからと言って、自分たちがネコの代弁者だと言うような顔をするつもりはない。

 その辺はキッチリと打ち合わせをしているし、知識のアップデートや共有は大切だ。


 ツシマヤマネコ保護基金の時に登壇したときは、出しゃばった事を言わず、きちんと正しい知識で語ることを念頭に置いた。

 ネコグッズ即売会にゲストで出演したときも、主役はクリエイターさんだと言う立場でお手伝いをした。


 ネコ好きが"ネコ型の人間"に好意的とは限らないが、活動は評価してくれるようになってきた。

 勿論、普通のアイドルのイベントやキャラクターのイベントにも登場する。

 恐らく「小さな仕事」と馬鹿にされるような仕事でも、かつてのチェキと握手券頼りなイベントよりもずっと健全で明るい。

 小さな子供が喜んでくれるし、女子高生だって手を振ってくれる。


 あの頃の自分だって、アイドルと言う仕事を好きだと言っていたが、しかし今の方がもっと好きだ。

 楽しいだけではなく、人々のためになっているのだと思えるからだ。


 顔を出さないと言う事に関して、不満は一切なかった。

 気分のいい話ではないが、アラサー女のアイドルなんて馬鹿にしていい種族と思われる。

 それはネットでも舞台の上でもだ。


 地下アイドルの末期は、後輩のグループに「おばさん」と呼ばれて一悶着あると言う"恒例のフリ"があったし、ネットでもそう言ういじりに、笑いながら怒るフリをして笑いを取っていた。


 誰だって自分の年齢を笑い者にされて気分が良いはずなどない。

 それを笑って見ていたオタクだって、その年齢で童貞ってどういうことだと突っ込まれて笑っていられるだろうか?

 自分ならば怒るようなことを、人に言っても怒られないと言うのは、ちょっとした麻薬なのだ。

 馬鹿にしていい種族、見下しても反撃してこない人間、そう言うのを叩くことにハマってしまう人間は何処にでもいる。

 その相手は、私達のような落ちこぼれアイドルかも知れないし、社会的弱者やクリアなイメージの必要な政治家かも知れない。


 今の自分たちは、そうした状況から解き放たれている。

 表立って馬鹿にされないこと、きちんと努力を評価されること、小さな事だけど、とても大きな自信をくれる。


 自信があるから努力が出来る。

 自信を努力で付けるのだと言う人はいるけれど、どうあってもその原資は必要だ。

 その原資を使い込まなかったことは幸運な事だ。

 もし、この仕事のお誘いがもう少し遅かったら。

 もし、こんな風にフリーにならなかったら。

 少しした事で人生は大きく変わる。

 恐ろしい。だけれど、それだからこそ私達は全ての人に感謝できるのだ。


 SNSで悪く言われたり徴発されるのは慣れている。

 一切無視して何も触れない。反論も何もしない。

 そう言う安定感も私達が好まれる理由の一つであった。

 中の人は謎に包まれているが、運営会社が着ぐるみに特化しているところだ。だから自然に「まぁ元野良猫だから」と笑って、「中の人間は誰だ」みたいな野暮なことを言う人は無視されるようになる。


 たが、そのイメージを守る為には割としっかりと情報管理する事が必要になった。

 日帰りの仕事ならば事務所で変身してから出掛けるし、それがどうしても出来ないようならなるべくしっかりしたホテルに泊ることにした。

 それも難しいようなら会社名を伏せて泊って、車内でメイクなんてこともする。


 そんな時、ある特番のお仕事を貰った。

 ネコと一緒に旅行が出来るお宿の特集番組だ。

 何で私達が選ばれたかと言えば、リアルなネコのテレビ出演が難しいご時世になったからだ。

 ちょっと撮影時間が長引くだけで、動物愛護団体から虐待ではないのかと突っ込みが入るのだ。

 ネコ向けのお店や宿の話なのに、そこで撮影すれば虐待と言われるのは、流石に同情しかない。しかし世の中、バズる為に嫌がるネコを桜の木の枝に乗せたり、怖がるものを見せて驚かせたりする人間がいる。慎重ぐらいが丁度良いのかもしれない。


 と、言う訳で、私達の初めてのテレビのお仕事となった。

 勿論主役は、猫好きで有名な大女優さんだ。

 嶌嵜美智代さん。

 まさかこんな事でもなければ、私達なんか一生一緒に仕事なんて出来ない大物だ。


 彼女は私達が変身する姿を見たいと言うので、メイク開始から付き合って貰うことにした。

 素の私達が「案外オバサンで驚きました?」と笑うと、「女の子がそう言うものじゃないわよ。私だって明日女子高生になれって言われたら、きちんとお仕事するつもりなんだから」と励ましてくれた。


「でも……思ってた人よりは全然イメージが違う」

 と言って、どんなことかと思えば「もっと堅物かと思った」と言うのだ。

 この前、嶌嵜さんが雑誌のインタビューで答えた事が、あらぬ誤解で炎上したことがあった。

 最終的には誤解を解いて話は落ち着いたのだけど、「炎上ってやっぱり気分の悪い事よ」と笑う。そして、「あんなに炎上しない子なんて事務所でガチガチなんだろうな」と考えていたのだという。


 「設定だの話題だのは結構ガチガチに打ち合わせしてますよ」と答えたけど、「でもノビノビしてるように見えるわ……あぁ、ネコだものね」と勝手に納得して貰ったのだ。


 ネコの姿で旅館を訪れ、"ネコ様"のように接待を受ける。

 私達は嶌嵜さんの飼い猫として同行するのだ。

 その旅館はネコ向けのサービスが充実していて、人間と一緒に食べられるディナーとか、ネコ向けのマッサージ屋さん、お風呂が好きな猫向けに家族風呂も用意されている。


 変身が完成すると「かわいー!」と大喜びで、「ハグしてもいい?」とか「自撮りしちゃおう!」とかキャッキャしていた。

 本当に可愛げのある人だ。


 旅館の案内や、旅館の浴衣に着替えてみせたり、ディナーでは食レポまですることになった。

 完全に嶌嵜さんにリードされていて、食レポのコツなんかも伺うことができた。

 ネコにも安心の味付けや食材だと言う話もする。

 旨味を主体にした料理の味付けは、腎臓の弱いネコが食べても安心できる塩分になっているし、デザートで出てきたチョコレートケーキのようなケーキが、カカオの入ってないケーキだと言う話もする。


 普通にナイフとフォークでご飯を食べていたけど、嶌嵜さんは茶目っ気を出して「あーん」とやったりする。

 恥ずかしがりながらも「あーん」と手からパンを戴いて、「おいしー」と喜んでいたりする。


 なんだか本当に飼い猫になったような気分になってきてしまう。


 嶌嵜さんは何かと優しくしてくれる。

 ネコっ可愛がりなのはそうなのだけど、普通に話していて楽しい人だ。

 ただ、何かと抱きついてくる。

 まぁ、自分たちもメンバー同士で隙あらば抱きついてモフモフしているのだけど。


 一応、お風呂に入ってグルーミングとマッサージと言う映像的な流れだが、ファースーツを乾かすのは流石に時間が掛かる。なのでグルーミングやマッサージを先に撮影をする。


 しかしそこで服を脱ぐ必要がある。

 一応、ケモセーフなんて言葉がある。

 人間の肌が表に出ているわけではない。

 それに私達は結構ちっぱいだから、そんなセンシティブな感じにはなるまい。

 と思ったけれど……多少の遠慮は必要である。


 それで服を脱いで、完全にネコの状態になると、嶌嵜さんはテンションが上がった。

 否、最初からテンション高めのオバサンだったが、かなり盛り上がる。

 ネコ吸いを要求までしてくる始末だ。

 別に、彼女ならいいかと言う気持ちがあるけれど。


 グルーミングは身体の各部をドライヤーで乾かしながらブラッシングをしてくれる。

 実際は専用ルームなのだけど、お部屋でやってもらう。

 グルーマーの人も、「まさかこんなに大きな猫ちゃんのお手入れするだなんて思わなかった」と笑っていた。


 映像的には顔の周りとか背中とか足とか、微妙に差し障りのないところを映していく。

 あくまでフリなのでそれでいいと言えばいい。

 ネコ用のトリートメントがファースーツに使える訳じゃないんだし。


 そしてマッサージの方は、人間用のエステティシャンに施術して貰う。

 ベッドがちょうど四人分あるので、そこにうつ伏せになって、嶌嵜さんも含めて四人でマッサージして貰う。


 勿論、これもあくまで撮影用のフリだけで、ちょっとだけやって貰う。

 ファースーツが痛むのも心配だからだ。

 とは言え、それだけでもかなり気持ち良くて、あとで普通にやって貰おうと思ったぐらいだ。


 それからお風呂の撮影だ。

 タオルを巻いてセンシティブにならないように気をつけながら、家族風呂に入る。

 スペース的に二人入るぐらいなので、嶌嵜さんと私の二人で入る。

 こんな状態でもベタベタしてくるのだから、相当猫好きなんだろう。


 ファーの抜け毛が大量に流れていくのはまずいと、目の細かいタモを持った職員さんがスタンバっていたけど、それは杞憂に終わった。


 流石にお湯でぐっちょりしたのはどうにもならないので、着ぐるみを脱いで今日のお仕事は終わりだ。


 嶌嵜さんは、脱いだあとの私達にも何かと気を配ってくれる。

 テレビの仕事なんて初めてだから、こういう気遣いが兎に角嬉しかった。


 翌日の観光地での撮影でも、嶌嵜さんのはっちゃけ具合は面白くて、番組的にも嶌嵜さんの意外な一面と言った雰囲気で和気藹々と撮影が進む。


 魚のぬいぐるみを見つけて、それで私達と遊ぶシーンとか、たまたま道端に生えていた猫じゃらしを抜いて、それでまた遊ぶとか、アドリブを入れつつ楽しく一日が過ごせた。


 地元の猫カフェに入ってみると、嶌嵜さんのテンションはマックスになった。

 それでも私達そっちのけで楽しむほど気の利かない人ではない。

 自分のところのネコ自慢と同列に、私達が可愛いという話までしてくれる。

 本当にいい人だ。


 そんなこんなで二日目のロケも終わる。

 飛行機の時間だとか諸々あって、撮影が終わってもこの街に一泊する。

 嶌嵜さんが泊まるような立派なホテルに私達も泊めさせて貰って、何から何まで気を遣ってもらった。


 翌日、「何かあったら私に連絡頂戴ね!」と言ってにこやかに解散となった。

 実際、私達一人ひとりに、個人用の連絡先を教えてくれたぐらいなのだから。

 これはきちんと恩義に報いるべきだろう。


 番組自体がかなり成功したので、特番はシリーズ化するし、他の番組にもちょこちょこゲストとして呼ばれる事になった。


 嶌嵜さんのお気に入りと言うのは、いい意味でも悪い意味でも耳にした。

 厭味ったらしく言う人もいるし、「これはいい加減に扱えないな」と朗らかに接してくれる人もいる。

 別に芸能界がいい事だらけの場所とは思っていないし、前のグループでも悪い思い出は多かった。だけれど今の活動を初めて、どうしても腹の立つようなことは起こらなかった。仮に何かあっても事務所もしっかり私達を守ってくれた。


 さて、私達は何だかんだで、動画共有サイトでも活動している。

 別段ストリーマーのような事をするつもりはないが、メンバーシップ限定動画とか限定グッズ販売なんかも悪くない収益を出していた。


 そんな折、嶌嵜さんもそこに一枚噛ませてくれと言う話になったのだ。

 そんなもの断るはずがない。


 嶌嵜さんがネコを大切にしているのははっきりと分かっている。

 個人的に撮りためた、自分の家のネコの可愛い姿の動画は、私達を抜きにしてもかなり好評だ。

 そんなことなら、私達と絡まなくてもとは思うのだけど。


 とはいえ、一緒に撮影する動画も多い。

 私達が嶌嵜さんのお宅に伺って、猫ちゃんたちと戯れる動画とか、嶌嵜さんが私達を可愛がってくれる動画、嶌嵜さんのお友達が経営している猫カフェに出かけてみる動画。

 ネタは無限にあった。


 それからプライベートでも普通に会うようになる。

 会社にお願いして、着ぐるみ状態で会いに行くこともある。

 会社としても、嶌嵜さんの機嫌を損ねたくないというのもあるだろうし。


 旅番組は年四回ペースで収録があるし、歌番組にまで呼ばれるようになった。

 お給料は、今までとは信じられないぐらいに入ってくるようになったけど、思った以上に使うことがない。

 三人で暮らすようになったことと、何かにつけて嶌嵜さんに良くしてもらっているからだ。


 弟分のウルサスベアというグループも出来たし、世の中の風向きが変わった感じがした。

 尤も自分の年齢から、この先のことを考える必要があるのだけど……


 写真集の発売やライブイベントの開催も決定した。

 日々が目まぐるしく過ぎていく。

 保護したネコの支援や、ヤマネコのキャンペーン。ライフワークと言える活動も続けている。

 今やネコのことと言えば、フェリーン・ポーズを呼べとまで言われている。


 さて、そんな私達、そして嶌嵜さんとのNGな話題は結婚と恋人の話だ。

 「忙しくてそれどころじゃない」と言うのを言い訳にしている気がする。

 だからこそ四人で仲良く遊べるし、その状態が続いているのだ。


 そもそも私達の素の顔を知っているのは、基本的に事務所の人達ばかりだ。

 じゃぁ、事務所の人達とそう言う関係になっていいかと言うと、それも怪しげだ。

 それにマネージャーさんも、メイクさんもみんな女性で既婚者と言うのもある。

 なので、合コン的なお誘いがあるとは思えないし、年齢的にキツイと言われるのも嫌だ。


 あと――トラウマだと言うと怒られそうだけど、ロリキャラで売ってた過去はいい思い出ではない。それを売りだそうとした人達も、それを求めた人達も、決して尊敬できるようなタイプの人ではなかった。

 そう言う部分もあって、男の話――と言うよりも恋愛の話はしたくないのだ。


 嶌嵜さんと少し話した事がある。

 彼女は実は既婚者だったらしい。

 若い頃に同じ夢を見た男の人と結婚していたそうだ。

 しかし、売れはじめの頃に既婚者はよくないだろうと言う話もあり、事務所から色々あって、その男性と別れたらしい。


「その人は?」

 嶌嵜さんは首を振った。

「少し前に、病気で亡くなっちゃった。

 死んじゃってから初めて連絡がついたの」

 嶌嵜さんは悲しい顔ひとつ見せずに言うには、「運命ってそういうものよ。でも、今は今で幸せだからそれでいいわ」と笑う。


 そういうのを考えると、自分の経験したアレコレは随分と軽いもののようにも思えてきた。

 とはいえ、いい加減三十路の女が今更足掻いても嫌だなと言う気持ちにさせる。


 ただ、嶌嵜さんは私達が自分たちを自嘲して言うと「まだ可愛いのに勿体ない」と嗜めるのだ。

 私達からしたら、嶌嵜さんは年相応の容姿でありながら、その年齢の中では明らかに極上の美しさを保っている。


 勿論、そのために日々の努力は欠かせないのだ。

 遊びに行った時でも、毎日の日課のトレーニングや肌のお手入れは入念と言う言葉がふさわしい。

 私達も嶌嵜さんに色々教えてもらって、顔や身体、髪の毛のケアに今まで以上に気をつけるようになる。


 そんなある日、私達の素顔がすっぱ抜かれた。

 事務所に入っていく時の姿の写真を撮られたのだ。

 "ある程度名のしれた顔の見えない人間"と言うのは、一定数の無遠慮な視線を集める。


 英雄や偉人の欠点を探して、「所詮人間」と笑うのである、「そりゃぁ人間だろうけど、あなたは何も成してないじゃないか」と突っ込みたくなる。だけど、そのような人は、自分が凡人であっても許される根拠が欲しいだけなのだ。

 凡人と偉人の違いなんて確かにない。だけど"欠点を必死に探さないといけない"と考える時点で、自分と偉人が別物と理解してるのは、まさにその人のほうなのだ。

 トレパク疑惑で得意げになる人は、自分が絵を描かなくてもいい理由が欲しいのだ。完全に空想の物語を見て、重箱の隅をつつく連中も創作の価値を低く見積もることで、価値の差が小さいのだと、自分に言い聞かせているだけだ。


 人間の価値を相対的に評価してる時点で、それは自分の価値を人に委ねているだけなのに。


 そして、「あの歌とダンスのアイドルも、顔を隠しているのは不細工だからだろう」と言って、人の努力を馬鹿にしたいのだ。

 しかも不細工と言う言葉は非常に便利だ。完全無欠の顔なんて世の中そうそうない。だからどんなモデルでもどんなアイドルでも、自分の主観で”不細工”の烙印を押せるのだ。


 そういうわけで、週刊誌はよく売れただろう。

 ネットではすぐに「やっぱり不細工だ」と言う人間が次々に出てきた。

 私達の過去を引っ張り出して、売れないアイドルだったとか、事務所が反社会的だったとか、好き勝手言うのだ。


 ただ、そういう事を嬉々として語る人間は、最初から私達の曲を聴かないし、ダンスもテレビ番組でのやりとりも、イベントやネットでの活動も、そんなに興味のない人なのだ。


 こういう時は黙っておくに限るし、会社も「弊社の社員の個人情報を公表するのは誠に遺憾である」と言うに留まった。


 隠されたものを明るみに出すのは、ある種の人には正しく、正義に満ちた行為だろう。

 しかしこういう人たちも、同じネタを何度も擦っているうちに飽きてくる。

 飽きるようなものに正義だなんだと言うのはおかしな話だ。

 そんなに正義だと思うのなら、一生戦っていればいいのに。

 社会だの政治だのでも、そんなものをよくよく見せつけられて、人間と言うものを色々と考えてしまう。

 結局、誰かを批判するヒーローだと言う自己イメージに酔いたいのだろう。だから世間が飽きてくると、他の敵を探して彷徨い歩く。そして、また人から注目されたいのだ。

 同じ注目されるなら、もっと楽しいほうが絶対にいいのに。


 何にしても大きなダメージはなかった。

 逆にファンとしては「思ってたより可愛い」とか「これで笑ってる奴は、自分の顔がどう見えるのだろう?」という擁護の声が上がったし、そういう面で安心されたのも確かだった。


 逆に株を上げたのは、弟分グループのウルサスベアの四人だった。

 四人ともダンスの好きな子たちだったけど、一人の親がダンスで食べていくのを強行に反対したのが始まりだった。

 その時、私達の活動を見て、これだと思ったのだと言う。

 四人とも顔を隠して活動することになる。


 それでここに来て素顔が曝されると、一気に女性ファンが増えたのだ。


 一言で言って、四人ともイケメンの部類なのだ。

 僻み屋は「こういう男がDVやるんだよな」みたいな事を言っているが、実際会ってみると性格もいいし素直な子達だ。

 尤もこのお陰で、小うるさい親がガタガタいい出したのは確かだ。それでも顔を隠してもパフォーマンスでお客さんを沸かしてきた事実は、「そんなもので食えるはずがない」と言う批判を一気に覆す力となった。

 両親は彼らを認めざるを得なかったのだ。


 そういうストーリーも含めて、四人の子熊は一気にブレイクしたのだった。

 近頃は私達以上に稼いでいるのではないだろうか?


 尤も、それを理由に私達の事務所が秘密主義をやめると言うことはなかった。

 そして、夢を持つけれど、様々な事情で顔を出せない人々への最大の希望になったのだ。


 ある小児がんのサバイバーの子が事務所を訪れた。

 如何にも病弱な顔で、毛の類がまつ毛から髪の毛まで一切ない。

 そんな彼女は抜群の美声の持ち主だった。

 歌だけを希望に生き抜いてきたと言う凄みがあった。


 事故で、顔に大やけどを負ったプロゲーマーもやってきた。

 痛々しい顔でイベント主催に辞退してくれと言われるようになったお陰で、競技の場やプロモーションに声がかからなくなったらしい。


 顔が良すぎて、顔しか褒めてもらえないと悩んでいる子もやってきた。


 昔いじめられた経験が苦しくて、顔だけは隠したいと言う子もいる。


 顔を隠したい理由はそれぞれにある。

 そして、事務所はそれに一つずつ応えていく。


 ルッキズムがどうのこうのと言うのは、些か手垢がつきまくっている。

 ”見た目なんか気にしない”と言う事を、”見た目を否定する”と理解している人がいる。


 歌が上手ければ、それがどんな顔の人間でも歌を評価する。

 それが見た目にこだわらないということだ。

 しかし人間はどう足掻いても見た目で物事を判断する脳みそになっている。

 だからこそ、顔を隠して活動する事に意味がある。


 小児がんのサバイバーと、美人過ぎる子、いじめられた過去のある子、同じ世代の三人がユニットを組んでいるなんて、世間の人からしたら信じられないことだろう。

 でも、それはお客さんには無関係なことだ。

 ただただ純粋に歌を聞いて欲しいと言う願いが叶うのであれば、着ぐるみが暑苦しいとか、顔を隠す生活をしなければならないと言うことは、それほど大きなデメリットではない。


 表面的にしか物事を見られない人間は、そういう会社の事情を勝手に最悪な想像して、醜悪に表現する。

 そういうことこそが本当のルッキズムなのだけど。


 真実なんてそんなに美しくも正しくもない。

 しかし、意識して作り上げた虚構は、それ自体が全て理解した上で存在している。

 美しくない真実に喜んでいる人間は、結局、人生がつまらないと言う事実を、みんな同じなのだと言う一点で肯定したいだけなのだろう。

 皆不細工で、皆愚かで、皆善良でなければ、自分がそうであってもいいし、それを隠す努力をしなくても良いのだと。


 何か立派な虚構を作り上げて、そのなかに自分を投げ込むことで見えてくるものもあるし、得られるものは多い。

 虚構の美しさに手を伸ばし、虚構の正しさを自分のものにしようとする。

 その努力こそが真実であるべきなのだ。


 私達もお客さんも、同じ虚構を楽しめば、つまらない現実も苦しい真実も耐えられるし、いつか打ち勝てる。


 だから、さぁ! 私達と踊ろう!

0 件のコメント:

コメントを投稿